テラス
これは夢の中の話。
1人の少女がテラスでお茶を飲んでいる。
ファッション雑誌をパラパラとめくりながら、ぼやける視界で街の様子を見ていた。
(はあ、来てよかったぁ)
通りの向こうに沈む夕日を眺めながら、街が紅く染まる様子を楽しんでいた。
今回、少女は長期休暇をとって旅をしている。
その旅の最初の目的地にこの街を選んだのだ。
川沿いに広がる石造りの道、石造りの建物、石造りの街並み。
写真で見る景色は美しく、最初は必ずここだと決めていたのだ。
実際に来てみるとやはり街はとても、いや、写真以上に美しく、興奮が冷めることはなかった。
ホテルにチェックインした後、もっと街の雰囲気を感じたく、荷物を置くやいなや飛び出してきてしまった。
しばらく街を見てまわり、何となく目についたオシャレなカフェに入り、今テラスで休憩しているという経緯である。
風は少し冷たく、並木の黄葉を落としていく。
その風を切るようにして歩く人々にも風情を感じ、カッコよく、美しく感じる。
(やっぱり服も、街に合う服装ってあるよね)
(このコートいいなぁ、どこの店だろう?)
(探して明日 買いにいっちゃおうかな?)
(それで、この服着て、この街を歩くの)
雑誌を見ながら1人で妄想にふけり、頬が緩む。
パチッパチッという音とともに、アンティークな街灯に明かりが灯っていく。
茜色の空は、少しずつ紫色の空に場所を譲っていった。
(さて、そろそろホテルに戻ろうかな)
西の空がまだほんの少し紅い時間、少女は立ち上がった。
ポーチを肩にかけ、雑誌とティーカップを持って店内へ。
雑誌とティーカップを返し、お礼を述べてから店を出たとき、自分の視界がまだぼやけていることに気づいた。
(あ、眼鏡 外したままだった)
(テーブルに置いて来ちゃった)
(自分の座っていたテーブルは通りに面しているので、歩きながら回収していこう)
そう思い、通りを歩いて眼鏡を回収する。
そうしてとった眼鏡を確認したとき、眼鏡のフレームの色が赤く光ることに疑問を持った。
(あれ?わたしの眼鏡じゃない)
少女の眼鏡は、光沢のないシルバーグレーである。
間違っても光沢のある赤色はしていない。
また、形も少女のものとは違っていた。
(テーブルを間違えたかな?)
(確かさっき座っていたのは、左から2番目のテーブルのはず…)
そう思いテーブルを探すと、目的のテーブルの上に、少女の眼鏡が置いてあった。
(何だ、やっぱり間違えちゃったんだ)
自分の眼鏡を手にとり、眼鏡をかける。
(それじゃあ、この眼鏡は誰のものだろう?)
はっきりと見えるようになった視界で視線を右にずらしていく。
すると自分がいたテーブルの2つ右、左から4番目のテーブルに、初老の女性と2人の男の子が座っているのが目に入った。
2人の男の子はやんちゃな性格のようで、テーブルの上のケーキも食べきらずに、お互い取っ組み合いをしていた。
その2人のケンカを女性が止めようとしている。
眼鏡は誰もかけていない。
(あそこから取っちゃったのかぁ)
女性は2人を宥めるのに必死で、周囲の様子に気を配る暇もない。
(たぶん、あのおばあちゃんの眼鏡だよね)
(わたしも、眼鏡をとるときにテーブルを見てなかったからなぁ)
少女はずっと街の景色に夢中になっていた。
気をつけないといけないなと軽く反省する。
(さて、どうやって眼鏡を返そうか?)
(一声かけてから渡そうかな、それとも、こっそりとテーブルに戻そうかな?)
少女が少し悩んだとき、ふいに女性が顔をこちらに向け、少女と目が合った。
「あら?」
「あ…。」
瞬間、少女はビシリと緊張してしまった。
(しまったー!これじゃあ眼鏡を盗んでいる最中に見られてもおかしくないじゃん!)
(わたしのバカ!)
(さっさと声かけるか、テーブルに置くかすればよかったんだ!)
(そもそも眼鏡を忘れなければよかったんたよ、このバカ!)
後悔しても、あとの祭りである。
(どうしよう!なんて声かけよう?)
(誤解されないように話すにはなんて言えばいいんだろう?)
(海外で犯罪を犯した場合って、国内とはどう違うのかな?)
少女からサッと血の気が引く。
(違う違う、そうじゃない!)
(今は、どうやって説明するかよ!)
少女の頭の中で目まぐるしく、様々な考えが飛び交う。
とりあえず声をかけなければと思い、「あの…」と口を開きかけたとき、女性の口が開いた。
「あら、落としちゃったかしら?」
「へっ?」
そう言って、女性は手をこちらに伸ばしてくる。
「拾ってくれて、ありがとうね。」
「どう、いたしまして。」
かけられた声に反応して、少女は女性に眼鏡を手渡す。
眼鏡をかけて、少女ににっこりと微笑むと、女性はまた2人の仲裁へと戻っていく。
何となく気まずさを感じて、そそくさと小走りに少女はその場を後にした。
夜の通りを歩きながら、少女は考える。
(はあ〜、何とかなったぁ)
(やっぱり、こうゆう失敗はよくないよね)
とぼとぼと、歩く足取りは重い。
(いや、でも失敗は誰にでもあるし、次はこうゆうことが起こらないようにすればいいんだ、うん)
そう思い、気を引き締める。
視線を少し上にあげ、右手で小さくガッツポーズをとった。
その様子に自分で気づき、慌ててポーズを解除する。
(うわぁー!癖とはいえ、何でこんなところでガッツポーズしちゃうの!?)
(恥ずかしい、誰も見てない…よね?)
首を左右にふり、あたりの様子を確認する。
顔が熱い。
(…ちょっと落ち着こう)
軽く深呼吸をし、歩きながら街の様子を眺めた。
暖かな街灯に照らされ、石の通りや建物は昼間とは違った、柔らかな表情を見せる。
夕食の時間なのだろう、あちこちで包丁や鍋、皿の音が聞こえる。
どこからともなく美味しそうな匂いが漂ってくる。
通りを行く人々はそれぞれが目的の場所に向けて歩き、街に鼓動を与えているようだ。
(…うん、やっぱり来てよかった)
(ここでの滞在日数、少し増やしちゃおうかな?)
そんなことを考えながら、少女は通りを歩いていくのだった。
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