水面

これは夢の中の話。


気がつくと、海の上に立っていた。

時刻は夜。

星ひとつ無い空が、水面を黒く照らしている。

水は絶え間なくその身を揺らし、音を奏でていた。

(…海の上に、立っている?)

疑問に思い足下をみると、私は木の板の上に立っていた。


木の板は一列になって海の上に並べられており、ロープで繋がっていて、簡単な道になっている。

板は波に揺られているが、斜めに傾ぐことはなく、バランスを崩すことはなさそうだ。

道の両脇には水面から街灯が伸びており、ほのかな光がひっそりと板の道を照らしていた。


道は湾岸の先と先をつなぐような形になっているようだ。

正面と右手の遠くに、弓なりに森が見える。

そして、後ろを振り向くと、遠くで街の明かりが瞬いていた。


白や黄色、赤や緑の光が摩天楼を浮かび上がらせている。

その上で、月が白く笑いながら街を見下ろしている。

街に照らされた波が街を讃えるように揺れている。

その輝きに、私は思わず見とれていた。



ふと視線を右に移すと、目の前、自分と同じ木板の上に、背の高い、痩身の男が立っていた。

真っ黒なトレンチコート、黒いスーツの足、漆黒に輝く革靴、黒い中折れ帽。

目や鼻、耳、口は見当たらなく、肌も真っ黒で凹凸すらわからない。

左手はポケットの中。

黒く、骨ばった大きな右手がランタンを掴んでいる。

(全身 真っ黒だな)

唯一 白く光るランタンの灯りが、男をより一層 黒く浮かび上がらせていた。


「道は、わかるか?」

野太く、しわがれた声で男は問いかけてきた。

(ああ、この人は夢の主か)

その確信とともに、質問の意味も理解する。

自分の向かう先は森か、街か、ということだろう。

私は大きく頷き、街の方を見る。

(道はわかっている)

(迷うことなど、ない)

月の下で、街の明かりが煌々と踊っている。

「ならば、よい。」

その声に反応して声の主をみると、男は姿を消していた。



(せっかちな人だな)

(久々に会ったのだから、ゆっくりしていけばいいのに)

そう思いながら小さなため息をつく。

何となく、そんな男の様子をおかしく感じた。

もう一度街の方を見る。

道は街に向けて延々と続いている。

波は今も音楽を奏でて続けている。

その音に耳を傾けながら、明かりのほうへと歩を進めるのだった。

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