大衆

これは夢の中の話。


うだるような暑さの中、青年は駅から目的地までの道を歩いていた。

空はひたすらに青く、太陽は容赦なく地面を照らす。

ゆるやかな風が青年の頬を撫でていく。

(暑い、自分はなぜ汗をかきながら道を歩いているのだろう?)

いや、自問自答するまでもない。

お姉さんの頼みを断れなかった自分が悪いのだ。

ことの始まりは一週間前に遡る…。



「シェアハウス、手伝ってくんない?」

久々にお姉さんからの電話があり、出るなりの第一声がそれだった。

「…は?急に何?」

「だからぁ、今度 私とおばちゃんとで、100人のシェアハウスをすることにしたのよ。

ただ、100人ともなると2人じゃ回しきれないだろうから、手伝って。」

お姉さんは、昔 近所に住んでいた4つ年上のお姉さんである。

(昔から突然わけのわからないことを言っていたが、今回はまたとびきりだな)

思わずため息が出る。

青年は何となく思い至った疑問を聞いてみる。

「…それはシェアハウスじゃなくて、寮を経営するということ?」

が、さらりと返される。

「ううん、シェアハウスよ。

それで100人ともなると、食事の管理とか大変なのよ。

お昼ご飯いる人、いらない人とかね。

で、その管理をするためにパソコンで管理しようと思ってね。

その管理をあんたにしてもらいたいの。

あと、洗濯とか掃除もね。

どうせ暇でしょ?

ちゃんと給料だすから。

細かいことはあとでメールするね。

そんじゃあ、よろしくねー。」

ガチャン。

「え、あ、ちょっ!」

呆然としてる間に、まくし立てられ、切られてしまった。

「ええー…。」

青年は、断る暇さえ与えられなかった。

わからないことだらけで、途方にくれるのだった。



その後、メールを確認してみるとようやく内容がわかってきた。

まず、交通的に少し不便な場所で働く人たちが、もう少し近くに住むところが欲しいとおばちゃんに相談した。

困ったおばちゃんはそのことでお姉さんに相談し、そしたらお姉さんが「シェアハウスをしよう!」となったらしい。

そうして、おばちゃんとお姉さんのコネとお金を総動員して、1ヶ月前にシェアハウスが建てられたようだ。


住居者のルールは、

①食事は必要な日、時間を1週間前までに申告しておくこと。

3日前までなら変更可。

②洗ってほしい洗濯物は朝までに名前付きの洗濯ネットに入れて出せば、管理者に洗濯してもらえる。

③食事料込みで家賃3万円。

といった感じだ。

あとは「喫煙は喫煙室で」とか、「騒音禁止」とかありきたりな内容だ。

「暇なときは手伝ってくれると嬉しいな」と書いてあるあたりはお姉さんらしい。


そうして募集をかけたところ、部屋いっぱい、100人もの人が集まったらしい。

リストの中には、何人か見知った名前もある。


さて、これだけの大人数となると困るのが食事だ。

その日 食事がいる人もいれば、外出していて食事がいらない人もいるので、食材の管理が大変なのだという。

確かに、100人分 作って、食べる人が60人だったら、40人分が余ってしまう。

そこは予想してて①のルールを設けたらしい。

ただ、おばちゃんはパソコンは苦手だし、お姉さんは情報の整理が苦手なので、青年に白羽の矢が立ったのだった。

あとは、公共スペースの掃除、洗濯物、買い出しなどの手伝いが青年の仕事となっているようだ。


内容を確認しながら、青年はため息をついた。

(これは、最初から自分を組みこむ算段だったな)

そう感じる内容である。

断る理由もないので引き受けるが、1つ問題がある。

シェアハウスの初日に、青年は別の用事があるのだ。

そのための準備もあるので、事前にシェアハウスに向かうこともできない。

その旨を伝えるために、青年はメールを打ち始めた。


その後

「だったら次の日の8時に来てくれたらいいよー。

朝ごはん作ってまってるね。

あ、最初の1週間分の食事リストは送ってほしいな。」

の連絡に従い、青年は今、シェアハウスへと向かっているのだった。



駅から30分ほどの時間をかけて、目的地についた。

建物は2階建てで横に広い。

白を基調とした木造の家のようだ。

風が青年の汗を冷やしていく。

(100人 住める2階建てって、どれだけ広い土地を買ったんだよ)

呆れながらも、青年は中へとはいっていった。


玄関は広かった。

(まるで学校みたいだ)

そう思っていると、奥からスーツ姿の女性が歯を磨きながら出てきた。

(初めて見る人だ。住居者の1人かな?)

「あのー…」

と声をかけると

「ああ、あなた後から来るっていう管理人くんね。

ちょっと待っててね。」

青年を見て女性はそう言うと、奥へ引っ込んでいった。

少しして、お姉さんがやってきた。

「おおー、よく来たねぇ。

さ、上がって上がって。」

そう言ってお姉さんは、青年が使う下駄箱をさし示す。

「何がよく来たねぇだよ。

最初から僕を使う気でいただろ。」

「お、ばれたー?

まあいいじゃん、仲良くやってこうぜ。」

そんな他愛もない会話をしながら、お姉さんの後を追うのだった。


部屋に案内され、荷物を置いてから食堂へと向かう。

食堂は入ってすぐに30ほどの机が並べられていた。

右側はガラス張りの引戸になっており、そこから木製のバルコニーが見える。

バルコニーにはいくつかの木の机と椅子が並んでおり、その奥にたくさんの物干し竿が見えた。

バルコニーの先は中庭になっているようだ。


食事をしている人はいない。

既にみんな食べ終えているようだ。

いくつかの机で数名がグループをつくり、談笑をしている。

年齢は青年と同じような歳くらいだ。

食堂の奥には厨房があり、そこにおばちゃんがいた。

おばちゃんは、昔 お姉さんと青年の面倒を見てくれた、近所のおばちゃんである。

「おばちゃん、おひさしぶりです。」

「お、ひさしぶりだね。

元気だったかい?」

「元気です。

おばちゃんは元気でしたか?」

「見ての通り、元気だよ。

さ、朝ごはん食べて食べて。」

そう言っておばちゃんはカレーを渡してくれる。

「それじゃあ、あたしあっちにいるから。

食べ終わったら来てねー。」

そう言ってお姉さんはバルコニーのほうへと向かった。


青年は端っこの机で厨房に目が向く位置に座って、カレーを食べ始めた。

(…何となく、背後から視線を感じる気がする)

おそらく、食堂に残っている何人かが青年の様子を伺っているのだろう。

(昨日、初日の夕食前後あたりで、全員 自己紹介したのかな?)

(だとすると、昨日いなかった自分はアウェイの人間だよなぁ)

何となく妙な孤独感に浸りながら、青年はカレーを食べるのだった。



「ごちそうさまでした。」

そう言って食器をおばちゃんに渡した後、テーブルを拭いてからバルコニーへと向かう。

バルコニーでは、お姉さんと数名の人が洗濯物を干している。

その横の机では、男性グループが談笑しながらカードゲームに興じていた。

「さっそくなんだけど、洗濯物 干してね。」

そう言いながら、お姉さんは洗濯カゴを渡してくる。

「へいへい。」

カゴを受けとると、青年は中のタオルを広げはじめた。


物干し中も、青年は視線を感じていた。

食堂内やバルコニーの机にいる人、そして洗濯物を干している人もちらちらとこちらを見ているようだ。

(うう、なんとなく見張られてる感じがして苦手なんだよなぁ)

そう思いながらも、手を動かしていく。

(このあとたぶん、どこかのタイミングで自分の自己紹介があるんだよな)

(自分だけ自己紹介をするって、気が重いなぁ)

(だいたい、遊んでいるのならここでしなくても、自室で遊んでいればいいじゃないか)


そこまで考えて、青年はふと疑問に思う。

(あれ?そうだよな、自室で遊んでいればいいのに、この人たちはなんでここでいるんだろう?)

(…ひょっとして、他の人もまだここの生活になじみきっていない?)

(考えてみれば、他の人もまだ2日目か)

慣れてないのも当然である。

(とすると、今ここで手伝っていない人たちは、手伝おうかどうしようか悩んでいるのか)

(あるいは、何か起きた時のために見守ってくれているのか…)


気がつくとともに、青年の心が少し軽くなる。

空はひたすらに青く、太陽は容赦なく地面を照らす。

ゆるやかな風が青年の頬を撫でていく。

(もしかしたら、ここには自分の欲しかったものがあるのかもしれないな…)

何となくそんな予感を覚えながら、青年はタオルを干していくのだった。

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