対岸
これは夢の中の話。
ある若者が森の中を急いでいた。
なるべく早く目的地へと歩を進めていた。
若者の懐には一通の手紙がある。
この手紙を自身の領主へ届ける必要があったのだ。
しばらくして森をぬけると、目の前は崖になっていた。
崖下は川が激しく流れている。
ちょうど近くに対岸へ渡れる橋が架かっていた。
その橋は若者が見たこともない構造をしており、手前が2つに分かれ、階段になっている。
橋自体は1つの石のようなものでできており、大きく左右に揺れている。
変な橋だなと思いつつも、若者は階段を上がり、橋を歩いていく。
しかし、階段を上りきり、向こう側へと歩を少し進めたところで、急に橋が大きく歪んだ。
(…崩れる!)
そう思うのと同時に、バキバキという音とともに橋の目の前、真ん中あたりが崩れ落ちていく。
同じように若者の足もとも崩れ始める。
嫌な浮遊感を感じながら、若者は必死に手足を動かす。
何とか、橋の先に手をかけることができた。
嫌な汗が身体中を濡らす。
心蔵が激しく胸を叩く。
「はあーっ、はあーっ!」
何とか呼吸を整えようとする。
(このまま、ここにいてはいけない)
そう危機を感じ、若者はぶら下がった状態のまま横へ移動し、金属でできた欄干を掴む。
そのまま欄干を伝い、こちら側の岸まで戻ってきた。
戻ってくると、髭面の老人がいた。
「よく無事だったの。」
と言って水筒を差し出してくれる。
急いでいて気づかなかったが、たもとの近くに四角い変わった小屋がある。
窓は透明なもので塞がれており、屋根は波形のよくわからないものでできている。
その小屋の中に老人はいたらしい。
若者は水筒を受け取りながら問い詰める。
「じーさん、なんだあの橋は。
見たところ新品のようだが、崩れちまっちゃ全く意味が無いじゃないか。」
とまくし立てた。
「まあまあ、まずは落ち着かんか。
そうして落ち着いたら、向こう岸をよく見てみよ。
何か気づかんかのう?」
若者は老人を睨みつつも、水を飲んでから呼吸を整え、対岸を見た。
向こう側はこちら側と同じように崖になっており、荒い岩肌が見える。
その先はまた森のようだ。
(いったい何なんだ?)
(ただの向こう岸じゃないか)
そう思いつつもじっと向こうを見ていると、何かおかしいことに気づく。
(向こう岸が大きく左右に動いている…?)
陽炎で揺れているような動きでもなく、向こうの大地がゆっくりと、大きく揺れている。
(あれは、いったい何だ?)
(ひょっとして向こうは…)
「浮島か?」
若者の問いに、老人は首をふる。
「いんや、下の川の流れを見てみい。
浮島だったら、川に流されてしまっておる。」
川はわざわざ眺めずとも、ごうごうと音を響かせている。
水流がとても激しいのがわかる。
対岸は、今も左右に大きく揺れている。
崩れた橋の先が、もう片側の左右を往復している。
「それじゃあ、いったいあれは何なんだ?」
「ここは、地面の狭間じゃよ。」
「地面の狭間?」
「そう、詳しい説明は省くが、地面はお前さんが知らない間に少しずつ動いていての、その境目がここにあたるんじゃ。」
(地面が動く?)
(聞いたこともないぞ)
若者が頭をひねっているのを見ながら、老人は続ける。
「まあ、わからんのも無理はないのう。
そうじゃな、地震はわかるじゃろ?
あれは、地面が少しずつ動いていることによって起こっているのじゃ。」
「そうなのか!?」
「そうじゃ。
ここは、その地震が起きる回数を減らす場所でもあるんじゃ。
動く地面同士の歪みを少なくするために、こうして左右に動いておる。」
「そう、だったのか…。」
動く地面など聞いたこともないが、地震はわかる。
その地震を減らす場所があるなど、初めて知った。
若者は、しばらく対岸の動きを眺めていた。
「それで、あの橋はなんだ?
見たこともない材料の橋だが、崩れてしまっては橋としてダメなんじゃないのか?」
落ち着いてきたところで、若者が老人に聞く。
「ふむ。
ではまずは、昔はここに橋は無かったいうところから説明しようかの。」
「昔は無かった?」
「そうじゃ、何せこちらとあちらはあんなに動いているからの。
普通の橋を架けてもすぐに壊れてしまうんじゃ。」
なるほど、と若者は頷く。
「それでの、半年くらい前にお前さんと同じように迷い込んできた若者たちがおっての。
そいつらがこの橋を作っていったんじゃ。」
(…うん?迷い込むって何だ?)
首をひねる若者の様子には気づかず、老人は続ける。
「何でも『ほどうきょう』という、せめんと?で作られた橋と言っていたかの?
普通のせめんととは違い、しなるような工夫をしたと言っておった。
連中、100日くらいでこの橋を作っていったんじゃ。
不思議な大きな道具を持っておったからのう。
それらを使って橋ができていく様は見ていて楽しかったわい。」
「待て、待て待て待て。」
あわてて若者が止める。
「なんじゃ?」
気になることについて若者はたずねる。
「じーさん、迷い込んだって何だ?」
老人は呆れた顔をした。
「なんじゃ、気づいてないのか。
ここは異界じゃぞ。」
「…は?異界?」
急ぐ旅のため、いつもとは違う、初めて使う道を若者は進んできている。
なので、ここが異界と言われても全くわからなかった。
「…こんな左右に動く大地など、現世にあるわけなかろう。」
「…とすると、動く地面というのも、この異界の中だけの話なのか?」
「動く地面はお主の元の世界でもある。
ここは、お主らの世界の地面の歪みを少なくするために動いている場所じゃ。」
(…わけがわからなくなってきた)
若者は頭を抱える。
だが、1つの可能性に気づく。
「なあ、俺がここに迷い込んできたというのなら、ここから引き返せば元の世界に戻れるんじゃないのか?」
若者の問いに老人は顔を横にふる。
「いや、ここを引き返してもお主の世界には戻れんよ。
お主の世界に戻るためには、先に進む必要がある。
つまり、向こう岸まで渡らなければいかん。」
「…は?橋は崩れてしまっているんだぞ?
それでも、向こう側へ行かなければいけないのか?」
「うむ、そうゆうことじゃな。」
「何を人ごとみたいに。
じーさんも、向こうへ行けなくて困るんじゃないのか?」
「ワシはこの場所の管理人みたいなものじゃ。
橋があろうとなかろうと困ることはないわい。」
若者に焦りの感情が積もっていく。
「…ここより他に橋はないのか?」
「右も左も130里(約500km)ほど先まで見に行ったことはあるが、橋はなかったのう。」
「俺は、一刻も早く着かなければいけないんだ!」
老人がなだめる。
「落ち着かんか。
ここはお主らの世界より時の流れが遅い。
仮にここに1年いたとしても、お主の世界では1日しか経っていないじゃろうて。」
「そう、なのか…。」
時間に余裕があることがわかり、若者は落ち着きを取り戻す。
「あと、最近 知ったことなんじゃがの。
どうもこの場所は、お主らのような別の世界の人間を招き入れて、あちら側へ渡れるか試す役割も持っているようじゃ。」
「試す?」
「そう、試練を課す場所じゃ。
お主が自力で向こう側へ渡ることによって、元の世界でのお主の試練を乗り越える力を与える、という感じかの。」
「…管理者なのに知らなかったのかよ。」
「お主らの世界のことなどワシにはわからぬし、元の世界に戻ったあとのお主らの行方などわかるはずもない。
何となくそんな気がするだけじゃ。
まあ、時間はあるんじゃ、何でも試してみればよい。
ここにあるものは何でもつかってよいからの。」
話すことは終わったと言わんばかりに、老人は小屋へと戻っていく。
(つまり、対岸へ渡らなければ、自分はここから先へは進めないのか)
(全くわけのわからない場所だが、進まないわけにはいかない)
(…やってやろうじゃないか)
若者はその場に座り、対岸へ渡る方法を考え始めるのだった。
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