寄り道

これは夢の中の話。


旅の武士がとある小さな村に立ち寄り、数日間滞在していた。

滞在中、武士は何かをするわけでもなく、大人たちが田んぼで作業をしているのを眺めていたり、子どもたちと遊んだりしていた。



ある日、子どもたちの内の3人が、何かを隠しながら村の外へこっそりと移動しているのを見つけた。

(昼間は見かけない日が多いとは思っていたが、なるほどな)

納得しつつも、危ないことをしていないかと心配になり、武士はは子どもたちに見つからないように後を追った。


少し進むと、村から見えないところ、村人たちに気づかれないようないところに、古びた小さなお堂があった。

子どもたちはその中へと入っていく。

(なぜこんなところにお堂が?)

不思議に思いつつ、武士は中の様子を伺う。


お堂中は床が抜け落ちているが、柱に大きな損傷は無く、しっかりとしている。

崩れ落ちる心配はなさそうだ。

全体的に埃っぽく、端の方には蜘蛛の巣が目につく。

そしてその真ん中に、内部の体積の大半を占めているものがある。

それは天井に届きそうなほどの大きな1つの岩だった。

その岩はとても恐ろしい形相をした鬼の顔の形しており、大口を開けて佇んでいた。


(何だ、あの岩は?)

武士の疑問をよそに、子供たちは岩のほうへと進んでいく。

子どもたちは岩の前まで行くと、その口の中に、隠し持っていた野菜を放りこんでいった。

すると突然、大きな岩の口が閉じ始める。

(何だと!?)

同時に、灰色の岩がたちまち赤く染まり、岩は生身の鬼へと変わっていった。

どうやら首から下は地面の下に埋まっているらしい。

そのまま赤鬼は美味しそうに野菜を頬張り始めた。


(なぜこんなところに鬼が?)

(子供たちは大丈夫なのか?)

様子を伺いつつ、武士はいつでも中に入れるよう身構えた。

(大きい。果たしてこの刀だけで子どもたちを守りきれるだろうか…?)

冷や汗が頬を伝う。

だが、恐れるようなことは起こらず、子どもたちは鬼と楽しそうに話したり、遊んだりしている。

(今のところ、襲われることはないか)

と、武士は胸をなでおろす。

(だが、油断させてから襲う可能性もある)

そう思い、引き続き武士はそのままお堂の中を覗いていた。


日が暮れてくると子どもたちは鬼と別れを告げ、村のほうへ帰っていった。

子供たちに見つからないように移動しつつ、武士はそのまま中の様子を見る。

日が沈むとほぼ同時に赤い皮膚は灰色に染まっていき、鬼は元の岩の姿へとなっていた。

(何なのだ、あれは?)

(封印でもされていて、半分 解けかけているのか?)

考えても答えは見つからず、今のところは手を出さないほうがいいと判断し、武士はそのまま村へと戻るのだった。



その後、次の日も、その次の日も、ほぼ毎日 子どもたちは同じように野菜を持っていき、鬼を起こしては遊ぶことを繰り返した。

武士も同様に、後をつけてその様子を観察していた。

(鬼は子どもたちに危害を加える気は無いらしい)

どころか、鬼のもつ優しげな雰囲気がこちらにも伝わってくる。

(…恐ろしい顔をしているのにな)

いつしか武士は安心してその様子を眺めているのだった。



幾日か経ったある日、武士は意を決してお堂の中に入り、声をかけた。

全員、特に子どもたちはとても驚いていた。

「大人たちに話してしまうのではないか」と子どもたちは武士を警戒した。

「心配しなくとも、村や子どもたちは襲わない。」

鬼もそのようなことを言っている。

(なるほど。バレたら鬼が討伐されてしまうと心配して、コソコソしていたのか)

「大人たちに話したりはしない。

ただ、混ぜてはくれないか?」

と武士は説得する。

話すうちに子どもたちも警戒を解いていき、武士は鬼とも仲良くなっていった。

そうして、武士はお堂の中で鬼や子どもたちと一緒に遊ぶ日々を過ごすようになっていった。

そんなある日…



「送ってほしい。」

子どもたちがいない時、鬼は突然 切りだしてきた。

最初、武士は何のことかさっぱりわからなかった。

が、首をひねって考えて、ふっと武士は思い出す。

武士、いや青年は、現世にいることが難しくなっている妖や、物の怪などをあちらの世界へ送ることを目的に、旅をしているのだった。

なぜか忘れていた。

(なぜ忘れていたのだろう?わからない)

ただ、鬼は青年が送ることのできる人間だと、会ったときからわかっているようだった。


思い出してから、青年は悩んだ。

とても仲良くなったのに、鬼は皆と別れることを望んでいる。

(せっかく楽しく暮らしているのに、向こうへいくことはないだろう)

いや、理由は青年もわかっている。

(いつまでも子どもたちから食べ物を貰い続けるわけにはいかないか…)

青年は考え続ける。

(いっそのこと、鬼が地面から体を出して外へ出るのはどうだろうか?)

(いやいや、それはダメだ)

(そうなったら確実に鬼は討伐の対象となってしまう)

そう、考える必要などない。

…わかっている。

これは、青年自身が、鬼と別れたくないだけなのだ…。


悩みに悩んだ末、青年は鬼を送ることを決断した。

送る日は子どもたちが遊びに来ない日を聞きだして選んだ。

村の大人たちには事前にその日に発つことを伝え、準備をしていく。

子どもたちには何も言わずに出ていくつもりだ。

(おそらく、話してもわかってはもらえないだろう)

(悲しむだろうが、仕方のないことだ…)



そして当日、空には雲が広がり、少しだけ雨が降っている。

村に別れを告げ、青年は1人お堂の中に入った。

「選別に」と村人から貰ったおにぎりを1つ、鬼の口の中に入れて起こす。

生身へと姿を変えながら、鬼が口を開いた。

「来たか、世話になるな。」

「ああ、そいつがこの世でのの最後の食事だ。」

「うむ、ありがたい。

…うまいな。」

鬼はゆっくりとおにぎりを味わう。

食べ終わった後、鬼がまた口を開いた。

「では、よろしく頼む。」

「わかった…。」

青年は鬼を送り始める。

身体が薄くなっていく中、鬼は一言

「ありがとう。」

と言った。

そして、鬼の姿は完全に消えて見えなくなった。

鬼を送ったあとのお堂の中は、ただ平らな地面だけになり、とても広く感じる。

胸に寂しさを抱きながら、青年はお堂を後にした。

雨は上がり、雲の隙間から日が射していた。



他の妖怪たちの様子を探るために、青年は旅を再開した。

休みながら道を進み、日も暮れ始めた頃。

その日は深い森のなかで野宿をした。


焚き火の前でうとうとしていると、急に目の前が真っ白になる。

目の前に送ったはずの鬼が全身を出して現れ、笑いながら話しかけてきた。

「もう起きろ!楽しいことがお前を待っているぞ!」

その言葉に、私は慌ててとびおきた。

気がつくと夜が白み始め、ちょうど朝日が昇るところだった。

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