第10話「邂逅」

 かの神殿で、ベルタムナスによる虐殺が行われているまさにその頃、魔法剣士ドーラと魔法士ファーは寄り添うように眠っていた───と、思われていたが───

「む……」

 ドーラの眉間が不快そうに寄せられた。

 それと同時にファーは目を開けた。といってもあまり細すぎて、開いているのか閉じているのか、今一つ判然としない。

「血の匂いです」

 そう囁くファーにこたえて、ドーラは目を開け、頷いた。

「ああ。それも大量だな。胸糞が悪くなるほどプンップンしてやがるぜ」

 抱えていた愛用の剣をがちゃりと立てる。

「近くで邪教徒たちが儀式か、それとも魔族の召喚でもしているのでしょうか」

 ファーは考え込むようにそう言い、のっぺりとした顔に嫌悪の色を浮かべた。

「どっちでもおんなじこった」

「そうですよね」

 ファーもドーラにならって立ち上がり、大げさに頷く。それを横目で見ながら、ドーラは言った。

「俺たちは正義の剣士と……」

「愛の魔法士です」

 ドーラは、自分が言おうとしていた言葉をファーが言ったので驚いている。

 そんな彼にファーはにっこりとして見せた。こっけいなほどに目が線になる。

「行きましょう。ドーラ」

 そう促すファーを、ドーラは眇めて見ている。どうやら釈然としないらしかった。

 だが所詮、彼は単純明快な人間。何事も深く考えないたちだ。

「おう!」

 すぐさま気持ちを切り換えて、すっきりとした表情を見せる。瞳を輝かせ、あろうことか自分の相棒にウィンクを投げつけた。

 その途端、ファーは目を白黒させた。ドーラはニヤつきながら、ファーの肩をポンポンと叩く。

「行くか。ファー」

「はい!」

 素早く彼らは行動を起こした。月明かりの下、ふたりは森の奥へと移動していく。間に合えばよいのだが───



 そして時を同じくして、かのドドスはというと───腹心とでもいうべき、ひとりの邪教徒を目前にして、怒鳴り散らしていた。

「まったく!」

 ひざまずくその男に、彼は唾でも吐きかねない様子だ。

「赤ん坊らはまだ来んのかっ!」

「は……恐れながらドドスさま」

「なんだ?」

 男は面を上げた。暗がりなのであまり顔の造作は定かではない。

「遠方よりの帰還ゆえ、恐らくこの近くの場所に今宵は野営をし、明朝こちらに赴くことになろうかと───」

「ばかかっ!」

「!」

 男の肩がぴくりと動く。

 ヒステリックに怒鳴るドドスの声に驚いたのか、それとも何か不服でもあるのか、彼の表情はフードのかげになっていてよくわからない。

「それでは遅いのだ!」

 しかしドドスはさらに怒鳴る。

「あの魔族に……ベルタムナスに匹敵する上級魔族を召喚せねばならんのだ」

 ドドスの怒りはまったくおさまるどころではなかった。怒りに我を忘れてしまい、何も考えられぬ状態になっている。

「おのれ、おのれ、おのれぇ───」

「───」

 男は再び深々と頭をたれた。

「さがせ……」

「は……」

「近くまで来ているはずだと言ったな。では今すぐ探し出してここに連れてこい。朝が来ぬうちに召喚儀式を執り行う」

 ドドスは右腕をふんっと横へ振った。

「場合によっては赤ん坊だけでなく、信者たちの血も儀式に使うことになるだろう」

「そ…それは……」

 再び男の頭が上がる。今度は思わずフードがずれて、彼の表情がほんのわずかだが垣間見ることができた。

 その目には、ドドスに対する抗議があからさまにあらわれている。思いのほか人間臭い表情であった。

「逆らうことは許さん!」

 ドドスは男が何か言いかけるのをびしりとさえぎった。

「………」

 主であるドドスに、ぴしゃりとたたみこまれた彼はフードをもとに戻した。それと同時に、わずかに覗いていた彼の表情も再び見えなくなってしまった。

「申し訳ありません……」

 答える声にもさきほどまでの感情は一切ふくまれておらず、何事もなかったかのような態度であった。

 見上げたものだ。だが、これで彼のドドスに対する気持ちというものが、いかほどのものであるか知れるというものだろう。

「さあ。さっさと行くのだ!」

「はっ!」

 男は黒いマントをひるがえして、その場を立ち去ろうとした。

「待て、ケイル!」

「は……ドドスさま」

 ケイルと呼ばれたその男は、再びドドスの前にひざまずいた。

「確か、グループを率いていたのはお前の双子の兄だったな」

「左様でございます」

 ドドスの言葉に彼の肩がぴくりと動く。

「では行け」

「………」

「何をしている。さっさと行かぬか!」

 ドドスの声が冷たく響く。

「は……」

 立ち上がるケイルの身体が、気のせいか震えているように見えた。ドドスはそれを知ってか知らずか、厭味なくらいふんぞりかえっている。

 ケイルはフードを目深におろし、顔の表情を見せぬよう慎重にマントをひるがえす。背を向け、一瞬立ち止まる。

「………」

 だが、すぐに思いなおして靴音も高く、その場を去っていった。

「ふん……」

 ドドスはケイルを見送ったのち、しばらくはふんぞりかえっていた。だが、すぐに口惜しさを思い出したらしい。

 土色した彼の顔の色が、さらに黒々と汚らしく変色していく。

「おのれ…ベルタムナスめ……」



「まったく人間という生き物は何なのだろうな。僕には理解できない」

 ベルタムナスはとうとうマチアスの目と鼻の先までやって来ていた。立ち止まり、マチアスを見下ろす。

 マチアスは可哀想なくらいガタガタと震えている。

 それは無理もないだろう。恐らく、普通ならこのような上級魔族に生きている間にあいまみえることなど、彼にはなかったはずであるから。

 マチアスはそれでも目をそらすことができなかった。冷たく美しい顔のベルタムナスをじっと見つめている。

「お前には理解できるというのか?」

 つと、ベルタムナスの視線がマチアスからそれた。問いかけは、どうやらティナに向けられたらしかった。

 それに対して、彼女は複雑な目をベルタムナスに向ける。

「あなたはいったい何者なの?」

 だが、彼女の口から出た言葉は、ベルタムナスの問いに答えるものではなかった。

「あなたは何なのよ」

 ベルタムナスは心外だとでもいいたげに、片方の眉をぴくりとつり上げた。

「僕は魔族だ。それも上級のな。それ以外何者でもない」

「魔族とはいったい何なのよ!」

 彼女にしては、およそ似つかわしくないほど感情に走った声である。

「神の子ティナよ。それを聞かれても僕には答えられぬ。逆に魔族であるこの僕自身が聞きたいくらいなのだ。それはお前たち神が、なぜ神であるのかと同じことだからな」

「それは違う!」

「何が違うというのだ」

 ティナは、涼しげな顔をしたベルタムナスをにらみつけた。それもまた彼女のしそうにない行為である。

「私たちはなぜ神なのか、そしてなぜ人間が存在するのか…それは歴然としたこと。それは神であれば誰でも知っていることだわ」

「本当にそうと言い切れるのか?」

「え……?」

 ティナは訝しげな顔でベルタムナスを見つめた。彼の目が異様な輝きを見せはじめる。

「お前にいったい何がわかるというのだ。世界を管理しているという神が真っ二つに割れて戦うなど、まるで愚かな人間と同じではないか。僕にいわせれば神も人間も同じこと。よく神は神だとほざいていられることよな」

「真っ二つに割れてって…オムニポウテンスはこの世界の神じゃないわよ」

「ふふん」

 ベルタムナスは鼻で笑った。しげしげとティナの顔を見つめる。

「赤く彩られたお前もまあ美しいが、やはり白い肌、銀色の髪のほうが格別に美しい」

 彼は、もうそんな話はおしまいだとでも言いたげに、いきなり口調を変えた。ティナに手をのばし、そっと頬に触れる。

「あっ……」

 さきほどから、じっとふたりのやりとりを見ていたマチアスが声を上げる。

 ベルタムナスの手がティナに触れた瞬間、彼女はまたたくまに清楚な少女に戻っていたのだ。

 白い衣装をまとい、肩まで伸ばされた髪は見事なまでの銀色で、大きく見開かれた瞳は黒檀のように深い黒色だ。

 頬やむき出しになった腕はあくまで白く、白皙の少女とは彼女のためにあるような言葉である。

(なんてきれいな子なんだろう)

 マチアスはうっとりとしてティナを見つめていた。彼女が何者なのか、まったく彼にはどうでもいいことであるらしかった。

 それはそうであろう。ベルタムナスのように邪悪な美しさではないからだ。

 そして、ティナの身体から発せられるオーラとでもいうべきもの───その神々しいまでの気高く美しく漂う高潔さが、ただの人間の子供であるマチアスにも感じ取れたからである。

「やはりお前はこうでなくてはな」

 ティナはムッとした表情をしている。

「おやおや」

 ベルタムナスは肩をすくめて、やれやれといったように両手をかざした。

「お姫様はどうやらご機嫌ななめであらせられる。僕のお喋りが気に食わぬということかな」

「俺たちもそう言いたいぞ」

「!」

 ベルタムナスはギョッとして振り返った。

 マチアスが入り込んできた時よりも、ずいぶん過剰な反応である。その様子は何となく彼にはそぐわない。それほど突然の侵入者だったらしい。

「いいかげんにしろや、へらず口を叩くのもな。おめーのよーなおしゃべりな魔族なんぞ俺ぁ見たこともきーたこともねー」

 いつの間にか入口に、ドーラとファーが立ちはだかっていた。

「ティナさま。お探ししましたよ」

 ファーは喜びいっぱいの顔をティナに向けた。

「ファー……」

 ティナの声は震えていた。それは彼女の複雑な気持ち、心の揺れを物語っていた。明らかにファーの登場を願っていないということが、その表情を見れば一目瞭然だったのである。

 幸いなことに、そのことにファーは気づいていないらしい。

「?」

 マチアスは怪訝そうに首を傾げた。彼女を眩しそうに見つめながら訝しげな目を向けている。

 どうやら、彼女のそばに立っている彼だけは、ティナのその様子に何か言いようのない不審を感じたようだ。

「なんだ、お前たちは」

 ベルタムナスは我に返った。平静さを取り戻すと同時に、再び彼の尊大さが頭をもたげてくる。

「見たところ魔法剣士と……」

 彼のつり上がった目が、ファーの姿をとらえた。

「ほほう…魔法士だな」

 ファーは彼の何とも形容しがたい婬靡な視線とかち合い、ぞっとした。思わず目をそらす。

「魔法士よ……」

 ベルタムナスは視線をそらした彼にかまわず、嫌らしく目を細めたまま喋りはじめた。

「魔法剣士も魔法士も本質は魔族と同じとは思わぬか。まあ、だからといって僕はお前たち人間と同類だとは微塵も思ってはいないがな。考える頭を持たぬ馬鹿な下級魔族を同類だと思っていないのと同じで」

「ぬぁんだとぉ───」

 ドーラの顔が物凄い形相に変わっていく。

「ほほう」

 今度はドーラに目を向けるとベルタムナスはその目を大きく見開き、驚いた表情を見せた。

「人間にしては変わったオーラをまとってるな…」

「ぬぁーにをわけくそわからんことぬかしやがって……」

───スチャ……

 ドーラは背負っていた大剣を抜いた。

「俺さまがおめーに引導を渡してやるぜ」

 パァ────

 彼の剣が輝きはじめる。ティナの髪の色よりもっと光輝く銀色だ。

 そして、そのティナはドーラをじっと見つめていた。まるで、ようやく巡り逢えた大切な人でも見つめているような、そんな感じである。

「御子さま」

 いつの間にか彼女のそばにファーがやって来ていた。

「ファー」

「ご心配しました。ご無事で何よりでございます」

 彼はティナの足もとにひざまずいた。その様子を、マチアスはびっくりして見つめている。

「…………」

 彼女は足もとのファーを見つめた。その表情は何か言いたげだった。

 だが、かすかに頭を振るとちらりとドーラに視線を向け、囁くように言った。

「あの人がそうなのですか?」

 ファーへ向き直る。

「さようでございます」

 ファーはわずかに顔を上げ、横目でドーラを見た。誇らしげな目を向けている。

「ドーラと言います」

「そうですか……」

 彼女はもう一度だけドーラに視線を向けると、再びファーへと視線を戻した。深い慈愛に満ちた瞳である。ティナの心の中では、あの予言が渦巻いていた。


 人と神との融合を───

 さらなる進化を───


「ティナさま?」

 ファーは顔を上げると、心配そうな目を向けた。なぜなら、ティナは今にも泣きだしそうな表情を見せていたからだ。

「なんでもありません」

 そう言う彼女だったが、声は震えていた。

「なんでもないのです」

 ファーは首をかしげた。だが、賢明にもそれ以上は何も言わなかった。

 すると、彼は傍らに立ちすくむマチアスに気がついた。ファーは少年に目を向ける。

「きみは?」

「ぼ、ぼくはコキアの村のマチアス。邪教徒の人たちに連れられて、司祭ドドスさまの神殿にいくはずだったんです」

「司祭ドドス?」

「ええ」

 マチアスは頷いた。するとファーは険しい顔をした。

「邪教徒になるつもりだったのですか?」

「はい。邪教徒のリーダーの人が、洗礼を受ければぼくたちは救われるって……」

「どういうことですか?」

 マチアスは手早く説明をした。自分たちの村の惨状を。

「そうだったんですか───」

 ファーは表情を曇らせた。

「でもマチアス。それは間違ってます」

「え?」

 マチアスはファーを見上げた。

「邪教徒になってしまったらあなた方の魂は汚れてしまい、永遠に救われなくなることでしょう」

「ええっ?」

 マチアスは驚きの声を上げた。

「そして、邪教に身を捧げたまま死ぬことにでもなれば───」

「そうなれば……?」

 マチアスはごくりと喉を鳴らした。

「未来永劫、魂は転生されず、この世とあの世の狭間でさまよい続けなければならないのです。ゴーストとしてね」

「ゴースト!」

 マチアスはぶるぶるっと身体を震わせた。


 吟遊詩人たちは時々だが、遊びで詠を歌うことがあった。

 もともとが天性の娯楽人である。彼らは、人々にひとときの夢や遊びを提供するのが生業だった。

 そんな彼らでも自らの楽しみのためにごく軽い詠を歌うことがあった。

 そういう時に好んで歌われる詠が、この『ゴースト』関連のものなのだった。

 この詠は、もともと子供のしつけのために歌われたものが始まりであった。


 さまよう魂よ

 姿なきゴーストとなりて

 人々へまといつく

 汝、悪をするな

 汝、心優しくあれ

 暗き闇より

 お前たちをじっと見つめる

 ゴーストが待っている

 闇夜の彼方へ連れゆく時を


 死んだ人間の魂はヘヴンと呼ばれる美しい場所に行くと人々には信じられていた。

 いわゆる「天国」である。それは遙かな昔から語り継がれてきたことであり、邪神がまだ人々に敬い愛されていた頃の、人と神を結ぶ神官たちが人間に教えてきたことでもあった。

 そして、悪いことをすると死んでからも天国には行けず、ゴーストとなって永久に地上をさまよい、苦しみを背負った魂のまま生き続けなければならないと子供たちには教えてきたのであった。

 だからもちろんコキアの村の子供であるマチアスも、ほんの幼いころから親や近所の大人から囁き続けられて育ってきた。

 それは彼の心の奥底までに刻まれてしまった「恐怖」そのものなのであった。

「邪教徒はゴーストになってしまうの?」

 震えながらマチアスはファーを見つめた。

「邪教徒だけとは限らないんですよ」

 ファーはできるだけマチアスを怖がらせないようにと優しく言った。

「…この世にあまりにも未練があったり…そうですね…非業な死に方をしたりとかするとゴーストになってしまうとも言います。でもきみは邪教徒にはまだなっていない。大丈夫です。ゴーストになんかなりませんよ」

 マチアスはホッと胸をなで下ろした。

「フ・ア・ァ────!」

 その時、恐ろしく恐い声でドーラが彼を呼んだ。

「おめーはぬぁーにを悠長にかまえてやがんだあ───さっさと御子さんを連れて逃げやがれ────っ!」

 ドーラは素晴らしく銀色に輝く大剣を両手でかまえ、ベルタムナスを睨み付けながら相棒を怒鳴った。

「だめです」

 ティナがそっとファーに囁いた。

「私たちはここにいなければなりません」

 ティナの顔は、すでにお馴染みの無表情な顔に戻っていた。

「ファー。あなたは彼を助けなければなりません。絶対に彼から離れてはだめですよ」

「え…でも…」

 ティナはファーの身体をぐっと押した。

「さあ。行きなさい。彼のそばに」

「ティナさま…」

 ファーは眉間にしわをよせた。あきらかに不服そうな顔である。

「私は大丈夫」

 そんな彼を安心させるように、彼女はにっこりと微笑してみせた。心なしか強張っているようだったが。

 だがファーは気づいていない。しぶしぶ頷くと相棒であるドーラの方へと走っていった。

「私は大丈夫なの……」

 そしてまたもやティナの瞳に悲しみが浮かんだ。

「………」

 マチアスはまた、そんな彼女を不思議そうにじっと見つめていた。



「なんでにげねーんだよ」

 ファーがドーラの横にやって来ると、ドーラは凶暴そうに息巻いた。

「わたしはあなたの相棒ですからね」

「……」

 ちらりと眇めるドーラ。

「逃げるわけにはいきませんよ」

 ファーは目配せした。

「へっ…」

 ドーラはニッと笑ってみせた。

「じょーとーだ」

「はい」

 そして、ふたりは正面を見据えた。

 ベルタムナスは、相変わらず尊大に腕を組んで冷たく見つめている。

「僕にかなうと思うのか。あきれたやつらだな」

 せせら笑う。

「僕がいったい何者かお前たちにはわかっているのか?」

「魔族に決まってんだろ。わかりきったことぬかしやがって。ばかかおめー」

 ドーラの罵声が上がった。

 ベルタムナスの頬がぴくりと引きつる。

「これだから野蛮人は好かぬ」

 彼は吐き捨てるようにそう言った。

「よく聞け。僕はベルタムナス。美麗の傀儡師ベルタムナスだ」

「……?」

 ドーラは首を傾げた。

 それに比べ、ファーの方は何か思い出したのか頷いている。

「美麗の傀儡師……といえば……」

「なんだよ、そのビ、ビライのクツシってやつは」

「靴師ではないっ。傀儡師だ!」

 ベルタムナスは声を荒らげた。

「それにビライではなくビレイだ。ビレイのクグツシ。お前にはまともに聞こえる耳がついてないのかっ!!」

「邪神のひとりである魂神マインドの側近であった上級魔族の別名です」

 激昂するベルタムナスとは逆に、ドーラに説明するファーはあくまで落ち着いていた。そして考え込むようにさらに言った。

「もともと魂神は人々の魂をすこやかであるように管理していた神であったのです。そして人々が死んだあと、その魂をヘヴンへと導いたと言われています。もちろんその頃は邪教徒と呼ばれる者たちは存在せず、さまよう魂も存在しなかったことでしょう」

「それは違うぞ」

 ファーの言葉をベルタムナスが否定した。

「世界が形成された瞬間からお前たちの魂はさまよい続けておるのだ」

「どういうことです」

「うさんくせー話だな」

 ふたりの顔を交互に眺めわたしてベルタムナスは続けた。

「戦いに負けた人間よ。永劫に転生を繰り返す憐れな者どもよ。お前たちは世界が滅ぶその時までそのままだ。さらなる進化など起こりようはずがないわ」

「?」

 ファーが訝しげに眉をひそめた。するとドーラが吠える。

「このボケナス!」

「なんだと?」

 罵声に憤るベルタムナス。

 だが、ドーラはそんな彼に屁とも思わぬ顔でまくし立てる。

「ボケナスさんよー。まったくてめーの頭んなかはどーなっていやがるんだ、えっ? 人さまにもっとわかる言葉で話しやがれっ」

「なんと!」

 ベルタムナスは大仰に驚いてみせた。

「あの風神にも勝るとも劣らぬ大まぬけがおるとはな。まだそこの魔法士の方が話のわかるやつというものよ」

 軽蔑のこもったため息をつく。

「ひとつ教えてください」

 ベルタムナスの言葉も耳に入っていたのかどうか、ファーは未だに訝しそうな表情のまま彼に尋ねた。

「なんだ。魔法士よ」

「あなた方魔族はいつからこの世界に存在しているのです?」

「……世界が世界となった時……」

 ベルタムナスの瞳が今まで見せたことのない愁いを見せた。

「僕らは世界とともにここにある」

「世界とともに───」

 ファーは考え込んだ。が───

「ごちゃごゃいってんじゃねー!」

 痺れを切らしたドーラが、ダッとばかりに切り込んでいった。

「おお。怖い怖い」

 だが、ベルタムナスはやすやすと切っ先をかわした。よろりとよろめくドーラ。

「くそお……」

「霊力はかなり強そうだが、そんな剣さばきではこの僕は切れないぞ」

 ベルタムナスはくすくすと笑っている。ドーラは顔を真っ赤にさせた。

「ドーラ!」

 自分の物思いから我に返ったファーが叫んだ。

「冷静になってください。彼は防御の結界を張っていません。あなたの霊剣なら必ず倒せます。確実に切り込むのです」

「おうよ。わかってるさ」

 ドーラは再び剣を構えなおし、にやにやといやらしく笑うベルタムナスに向き直った。

「そうとも。結界など張る必要はない。確かにお前の霊剣は僕を切り捨てることができよう。だがな、そうやすやすとは切れぬぞ」

 ベルタムナスはゆっくりと両手を持ち上げはじめた。

「ここからがお楽しみだ。美麗の傀儡師の本領発揮というところか」

 ドーラはなんのことだと言いたげに眉をしかめる。

「気をつけてください」

 ファーがそっとドーラに耳打ちした。

「彼は人間の魂を…心を自在に操ります」

「ふん」

 ドーラは鼻であしらった。

「俺の心をおもちゃにしよーってか?」

「わたしが精一杯結界を張りますから、気をしっかり持ってくださいね」

「ま、たのんまあ。頼りにしてるぜぇ」

 ドーラはバチンとファーにウィンクを投げた。

 こんな時ではあるが、ファーは思わず顔をほころばせた。このドーラの楽天的なところが、なんだか彼にも伝染したようである。

「大いに頼りにしてください」

 そしてドーラとファーは、互いにベルタムナスへと厳しい目を向ける。

 彼らは不敵に微笑むベルタムナスに、真っ向から戦いを挑もうとしていた。

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