第82話 漢城伊里の勘違い

 「は?何で帰るんだよ?」


 「帰ります!絶対に帰ります!どうして場所がここって言わなかったんです!?」


 「着いてからでも良いかと思って」


 「良くないです!吉条君まさか策士です!?」


 こいつは一体何を言っているのか?俺が策士?


 「意味が分からないから取り敢えず行くぞ」


 先程から全く動こうとしない漢城だが、こいつには門限がある筈。これ以上の時間のロスは意味がない。

 漢城の腕を掴み、引っ張て行く。


 「ほれ、行くぞ」


 「いやー!吉条君が強引です!だけど、ギャップで逆に少し良いと思ってしまった!!」


 「さっぱり分からん」


 こいつはさっきから何を言っているのかさっぱり分からないんだが。

 うーん、もしかして繁華街に行くのが初めてなのか?


 「もしかして恥ずかしいのか?」


 「恥ずかしいとか恥ずかしくないとかの問題じゃないと思うんですが!?何ですかこの手慣れた常習犯の様な余裕は!吉条君の嘘つき!さっきまで十人程度しか話したことが無いとか言ってたくせに!」


 「事実だけど?」


 「まさか!十人も経験してる!?さり気なく爆弾発言してるんですが!?」


 「別に爆弾発言じゃないと思うけど?」


 「いやー!確かに壁は無いって言ったけど、これ以上まで行くのは順序が必要だと思います!全然気持ちの整理ついてなーい!」


 「おい、さっきから喧しいぞ。覚悟を決めろ」


 「決めれない!」


 さっきから漢城が顔を真っ赤にしてうだうだ喋っているのだが、こいつは何を言っているんだ?


 「口調が全然変わってるし、そんなに慌ててるのか?」


 「慌てるに決まってると思うんですが!?」


 こいつそんなに繁華街嫌いなのか?


 「大丈夫だって。行こうぜ」


 正直俺もまだ七時だが、繁華街に行くのなんて初めての経験で少し心細いので漢城にはついて来てほしい。


 「まだ早いです!」


 「別に早くないだろ。俺達もう高校生だぞ?」


 「吉条君からそんな言葉が出るとは驚き以外の何物でもないです!」


 え?十一時とかなら流石に駄目だとは思うが、まだ七時前後。別に補導される訳でもないので大丈夫な筈。


 「どうしても駄目か?」


 「……ど、どうしてもって言うかなんといいますか、流石に急すぎな気が」


 「よし。大丈夫ならオッケーだ。行くぞ」


 「ええ!?私本当に全く心の準備が出来てない!順序がおかしい気がする!」


 先程から俺の背後で顔を真っ赤にしてモジモジしている漢城。こいつはそんなに繁華街に行くのが恥ずかしいとは意外だった。漢城はあまり恥ずかしい気持ちなどはあまり持ち合わせていないと思った。


 「安心しろ。俺がリードするから」


 「もう吉条君じゃない!誰!?」


 「吉条宗弘だ」


 「吉条君からこんな言葉が出るなんて驚きしかない!」


 こいつ最早口調が変わり過ぎて別人みたいになっている。


 「取り敢えず行くぞ。時間が惜しい」


 「うう!ちょっと強引なのが良いと思ってる自分が嫌だ」


 「何か言ったか?」


 「何でもないです!もうどうにもなれです!」


 「そうか」


 どうやらやけくそになったようなので、されるがままに俺に引っ張られていく。

 夜の繁華街に行ったことが無いのだが、大変賑わいを見せて少しうるさいぐらいだ。

 だが、こんな事にいちいち目くじら立てても仕方ない。俺が今回行うのは寺垣が写真を撮られた場所に行き、その周辺に怪しい人物を誰か見ていないか聞いて回ることだ。

 繁華街における大人であれば、仕事終わりにお馴染みの店で飲みに行ったりしそうな気がする。分からんが、もしそうならあの日怪しい人物が居ればすぐに気付いている筈なんだ。


 「……お前やけに大人しくないか?」


 「べべべべべべ、別に普通だけど!」


 「全く普通じゃない。リラックスしていこうぜ」


 「うう。吉条君が別人に思えてならない」


 「さっきから何を言ってるんだか」


 少し漢城の様子がおかしい気がするが、漢城ばかりに気を取られていると、間違いなく迷子になる。流石にここから先は俺も来たことが無い為清水の地図が頼りだ。だが、清水は全てにおいて完璧の様で地図も分かりやすく正確に書かれている。


 「こっちであってるはずだよな?」


 地図と睨めっこしながら少しずつ歩いて行く。


 「あの、吉条君。もしかしてもう行く場所は決まってるんです?」


 「当たり前だろ。今日来れるとは思わなかったがな」


 「私も連れてこられるなんて一切微塵も思ってなかったですけどね!」


 「だから八時ぐらいまで空いてるか?って聞いただろ?」


 「そういう問題じゃない!」


 繁華街にそこまで苦手意識があるとはな。なるべく手っ取り早く場所に行って情報収集をしなければ、


 「分かったから。だけどな、今日で少しでも怪盗Xの仲間か本人か分からないが男子か女子かだけでも絞れてたら最高なんだけどな」


 「ちょ!ちょっと待って!え!?」


 「な、なんだ?どうしたんだ?」


 突然俺の手を振り払い、頭を抑え始める漢城。


 「今から何処に行くんです!?」


 「は?寺垣の写真を撮られた現場だろ?」


 「聞いてない!」


 「言ってなかったか?だけど、俺最初に協力してくれって言っただろ?だから分かるだろ?」


 「……た、確かに」


 「だろ?」


 「ああああ!穴があったら入りたい!」


 「お、おい。今日のお前は本当にどうしたんだ?」


 頭を抑えたと思えば急に塞ぎこむ漢城。こいつは、本当にどうしてしまったのだろうか。


 「……じゃ、じゃあさっきのリードって言葉は何です?」


 「だから、お前が繁華街に行くのが苦手なんだと思って俺がリードしてやるよって意味だろ?違うのか?」


 「そ、その通りです。もうそれしかない!」


 「……?何があったのか知らないが時間限られてるし、急ぐぞ?」


 「……私が馬鹿だった。とか吉条君が行くはずないのに、私が馬鹿です。阿保です」


 「ホテル?」


 「何でもないです!将来高級ホテルに泊まりたいなって思っただけです!」


 「何で今高級ホテル?」


 「もう良いですから!時間が無いんじゃないんです!?」


 「その通りなんだが、まあいいか。行くぞ」


 「もう何でもこいです。人生初めての黒歴史を作った私にはもう怖いものはないです!」


 この少ない間にいつの間に黒歴史が作られたのか一切分からないし、少し聞いてみたいのだが、話せばまた時間を食うので敢えて聞かないでおこう。


 何とか寺垣が写真を撮られた場所に行くのだが、やっぱり誰も覚えていないようだった。

 少しは収穫があれば最高だったのだが、世の中はそう甘くないようだ。

 

 ここまで付き合ってもらった漢城を送る為少し別の方向で帰路を辿る。


 「……正直分かり切ってましたですが、何にも見つからなかったです」


 「まあな。俺もそこまで期待していた訳じゃなかったんだが、まさか何一つヒントが見つからないとは。悪いな、付き合わせて」


 「別に大丈夫です。正直家に帰ってもすることは無いので。それに、寺ちゃんを陥れようとした輩も見つけたいですし」


 漢城の言う通りだ。早く見つけ出さなければ寺垣はこれから保健室登校になってしまう可能性がある。

 もしかしたら寺垣は大丈夫だと振る舞い、普通に登校するかもしれない。留年しない様に普通に登校するかもしれない。だけど、それで彼女は普通通りに暮らせるのかと言えば間違いである。断じて出来る訳が無い。陰でコソコソと何かと呟かれる毎日で精神的ストレスを味わうかもしれない。

 だからこそ、急いで見つけ出す必要があるのだが、八方塞がりな状況をどう崩すかをずっと考えているのだが、本当に分からない。


 「……どうしたものか」


 この犯人が小野であればまだ楽だったのかもしれない。小野は俺に絶対に分かりそうで分からない相手を用意して来る。だが、今回の怪盗Xは殆どのヒントを与えてくれない。


 「吉条君が困っているのは小野さん以来です。そんなに今回の怪盗Xと言うのは凄いんです?」


 「凄いというよりは何もヒントが無いから分かるもんも分からん。だから、俺がまだ負けたわけじゃない!」


 「うわー。負けず嫌いです。まあ、今回はそのぐらいの意気込みがあった方が良いですけど」


 何だかんだ話している間にあっという間に漢城の家付近まで着き、もうすぐ辿り着く。


 「今日は助かった。ありがとな」


 「いえいえ!全然結構です!それじゃあ、私はこれで」


 「ああ、じゃあな」


 丁度漢城の家の前まで来たので見送って帰ろうと思ったのだが、


 「伊里ちゃん遅い!」


 「ええ!?何でここにいるんです!?」


 玄関前を過ぎ去ろうと思ったのだが、玄関の前には忘れようのない美人な漢城のお母さんが仁王立ちして待っていたようだ。


 「何でって伊里ちゃんの帰りが遅いからよ!」


 「きちんとメールしたんですけど」


 「え?」


 漢城のお母さんは虚を突かれたような顔をして、ポケットからスマホを取り出して確認している。


 「……伊里ちゃん遅いわよ!」


 「何で言い直したんです!?無かったことにしてもらっても困るんですが!」


 この親あってこの子ありか。少し天然な所が親子そろって似ている。


 「…あれ?そこに居るのって」


 「あ、お久しぶりです。さようなら」


 「ええ、お久しぶりね。少しお話ししましょうよ」


 残念なことに気付いたのだが、この人は都合の悪い言葉を聞き流してしまう人のようだ。


 「いや、時間も時間ですからさようなら」


 漢城の母親は大変面白いのだが、今日は帰って本を読む予定なので話はしない。直ぐに立ち去ろうと思ったのだが、素早く漢城の母親に回り込まれる。


 「ねえ、最近伊里ちゃんとどうなのか気になるし、ささ!入って!ご飯食べさせてあげるから」


 「え!?いや、別に必要ないですから!」


 「お母さん!?」


 漢城の母親に無理やり背中を押される。


 ――――え?マジでどうなんの?

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