第83話 食卓

 「さあ、召し上がって。夫が帰るのが遅いから三人で食べるなんて久しぶりね」


 「まるで自然と俺が食べるの前提で話を進めてませんかね?」


 「……すみません吉条君。お母さんは自分の都合が悪い事は全て無い事にしてしまう人です」


 「分かってる。もうそれは十分に分かった」


 「さあ、頂くわよ。ほら、吉条君も座って」


 「……ハア。分かりました」


 もう何を言っても家に上がった以上どうすることも出来ないので、一応妹にメールだけ送って、何故か三人分用意されている食卓に座らせてもらう。


 夜食はハヤシライス、サラダと思った以上に普通だが美味しそうな匂いが醸し出されており、食欲がそそられる。


 「簡単なものだけど、どうぞ」


 「ありがとうございます。いただきます」


 正直昼ご飯を食べてから何も食べていないので、大分お腹が空いていた。一口食べてみるのだが、


 「……美味しい」

 

 「うふふ。ありがとね。どんどん食べて良いのよ。今日は伊里ちゃんが好きだから沢山作ってるから」


 「お母さん!至らないこと言わなくて良いです!」


 「ほう。漢城はハヤシライスが好きなのか。中々可愛らしい所もあるんだな」


 「また!吉条君もお母さんに乗らないで!」


 「因みにね、伊里ちゃんはオムライスが好きだけど、野菜全般が嫌いで困ってるの」


 漢城のお母さんがこちらに近寄ってくるが、わざと漢城に聞こえるように大きな声で呟くので耳打ちする意味は全くない。


 「子供ですね」


 「そうなの。本当にまだまだ子供で困ってるの」


 「だから二人ともからかわないで!」


 「漢城。野菜を食べないと成長出来ないぞ」


 「吉条君がお父さんみたいなことを言ってきます!」


 漢城がツッコみながら、不貞腐れたようにしながらもハヤシライスを食べることは止めない。どんだけ好きなんだよ。


 「それで、今日は二人で何処にデートに行って来たの?帰りが遅かったけど」


 「デートじゃないですけど、少し繁華街の方に行ってきました」


 「……ちょっと伊里ちゃん。集合」


 「ですよねー」


 何故か、質問に答えただけなのに、二人が食事を食べる手を止めて後ろでコソコソと話し始める。


 「……伊里ちゃん。私的にまだ早いと思うんだけど。お父さんも絶対に許さない」


 「そんなんじゃないの!ただ、行っただけで何も無かったから」


 「本当に?」


 「本当です!まず、そうじゃないとあんな普通に言わないでしょ」


 「……確かにそうね」


 くるりとこちらに二人同時に反転する。流石親子だな。息ピッタリだ。だが、会話は丸聞こえなのだが、何の話をしているのかさっぱり分からない。


 「吉条君」


 「はい」


 「私的には早いと思うけど、それでも根性や度胸がないのね」


 「……すみません。何故俺が罵倒されるのかさっぱり分からないんですが」


 何故俺は今貶されたんだ?


 「伊里ちゃんは可愛いと思うんだけど」


 「でしょうね。学校でも大人気ですよ」


 「あら、伊里ちゃんそんなに人気なの?」


 「吉条君は至らないことを言わないで!お母さん凄く聞いてくるんです!」


 何故貶されたのかは分からないが、話がいきなり変わって漢城での学校話になっていた。


 「伊里ちゃんがモテるだなんてやっぱり私の遺伝のおかげね」


 「その通りだと思います。漢城のお母さんも美人ですから」


 「あら、なんて素直な子。伊里ちゃんは本当に良い人を連れてきたのね」


 「良く真面目で素直な男だと言われています」


 「誰に言われたのか是非教えて欲しいですけどね!」


 漢城は分かっていない。俺は真面目で素直な男の子だ。

 それにしても久しぶりに食卓でこんなにも賑やかなのは久しぶりだ。何時もは妹と一緒に食事をしているが、俺も妹もあまり自分から話をする方ではないので、あんまり会話はしない。だから、食卓でこんなにも騒がしいのが何処か久しぶりに感じられる。


 「……あ、ご馳走様でした。滅茶苦茶美味しかったです」


 二人の会話を聞いて偶に相槌を打ちながら会話をしていると、あっという間に時間は過ぎて食事が終わっていた。


 「私も美味しく食べてもらって嬉しいわ。さて、それじゃあ伊里ちゃん。もうお風呂入っているから先に入りなさい。私は吉条君とお話してお見送りするから」


 「嫌です!二人きりしたら私の今後が凄い危うい気がします!」


 「もしかして伊里ちゃん私と入りたいの?本当に子どもね」


 「本当に話を聞かないお母さんです!」


 「あ、もしかして吉条君ともっと一緒に居たかった?」


 「違うから!もうじゃあ入ってくるから絶対に変なことは言わないでください!」


 「分かってるから、入ってきなさい」


 漢城は少し顔を赤くしながら何処かに去ってしまった。流石親だな。漢城の扱いが手慣れている気がする。

 少し感心するのだが、


 「俺に何か話でもあるんですか?」


 「ただお見送りするとは思わないの?」


 「いや、それなら漢城が居ても別に構わないでしょ。わざわざ、聞かれない様にするって事は聞かれたくない話何じゃないんですか?」


 「……伊里ちゃんの言う通り本当に鋭い子ね」


 「別に普通だと思いますけどね」


 正直話は聞かないでも全然構わないのだが、夕食を提供してもらった恩もあるので、話は普通に聞こうと思えた。


 「――――伊里ちゃんはね、中学校の時まであんまり笑わない子だったのよ」


 「あいつがですか?」


 正直今の漢城からは全く想像が出来ない。


 「ええ。私は学校の中での伊里ちゃんを知らないからどうなのかは分からないけど、家で学校の話を聞いても全然楽しそうに笑って会話をしないのよ。凄く退屈そうに話すだけ。だから、親としては心配になってね。根掘り葉掘り聞いてしまうの」


 ……さっきの漢城の言葉に思い当たる部分があった。漢城のお母さんは漢城に対して学校の事を凄く聞いて来るそうだ。だが、今の話を聞けばこのお母さんが心配になるのも無理はないのかもしれない。


 「別に親なんだから気になって聞いても良いと思いますけどね」


 「そうね。だけど、私は段々聞くのが怖くなっていたの。伊里ちゃんがもしも苛めにでも遭えば、どうすれば良いのか私には全然分からないから。だけど、高校に入って最近、あの子が段々と笑うようになって来たの。貴方の話をするときは本当に面白そうに話していたわ」


 「鋭いとかですか?」


 「そうね。それ以外にも私が聞かないでも全然話してくれてね。本当に嬉しかったわ。あの子が本心から笑った姿を見たのは何時ぶりか分からなかったから。だから、本当なら前回話をしたかったのだけど、帰ってしまったから急に引き留めてごめんなさいね」


 「いや、こっちこそ食事を頂きましたし、久しぶりに楽しかったですよ。正直、俺の家って母子家庭で何時も妹と二人で食事をしてるんですけど、こんなに賑やかなのは結構新鮮で面白かったです」


 「そう。それなら良かったわ。吉条君。これからも伊里ちゃんの事よろしくお願してもいいかしら?貴方に出会って伊里ちゃんは変わったし救われていると思うから」


 「――――正直、救われているのは俺の方ですよ」


 「え?」


 「あいつには正直感謝ばかりで借りが溜まりっぱなしな気がするぐらいです。悩んでいるときに助けてくれるのはあいつだし、困ってるときとか頼らせてもらったり、今日も頼らせてもらいました。正直、漢城が居てくれて俺の方が救われてますよ。だから、逆に俺が感謝したいぐらいですよ」


 漢城のお母さんは俺に感謝しているのかもしれない。だけど、感謝すべきなのは俺の方だ。常に助けてもらい、救われっぱなしだ。漢城は優しい。俺が協力を頼めば快く承諾してくれるし、今日だって夜遅くまで付き合ってくれた。正直、感謝しか浮かばないし、何時かはあいつに恩を返したいと思っているのだが、中々見つからない。


 だって、あいつは何でも持っていると思ったから。俺に無い物全てを持っている。だからこそ、俺は何を返せば良いのか分からなかった。少しずつ、少しずつで良いから返していこうと思っていた。だけど、今の話を聞けば、もしかしたら俺は少しでもあいつに恩を返せていたのだろうか。


 「……そう。吉条君も救われたなら良かったわ。こんなに遅くまでごめんなさいね」


 「それは別に全然構いませんけど」


 「お見送りするわ」


 カバンを持ち、席を立つと漢城のお母さんも立ち上がり、玄関まで見送ってくれる。


 「……あの、さっきの話漢城には言わないでくださいね。気恥ずかしいですから」


 「そうね。それじゃあ今日のお話は二人だけで内緒にしときましょう」


 ウインクしながら人差し指を口に当ててる仕草が様になっていて、本当にこの人が何歳なのか気になるぐらいだ。


 「ありがとうございます。それじゃあさようなら」


 「次は妹ちゃんも連れてらっしゃい」


 「ハハハ。機会があれば」


 別れの挨拶をして、家に戻ればもう九時半であり、初めてこんな遅くまで出歩いたものだ。


 「――――おかえり。遅かったね」


 「ああ。メールした通り、今日のご飯は明日の朝食べるからな」


 「分かってる」


 リビングに入れば、妹が気だるげに座りながらテレビを見ていた。


 「……お兄ちゃんさ、最近変わったよね」


 「は?何処がだ?全く変わってないだろ」


 「変わったよ。それも良い方向に。今までは直ぐに帰って来て家でずっと本読んでるニート生活だったのに」


 「お前がそんな風に思っていたことに文句を言ってやりたいんだが」


 「……あのさ、お兄ちゃん」


 「どうした?」


 「……やっぱ何でもない。早く風呂入らないと冷めるよ」


 「あ、ああ。分かった」


 珍しいな。妹は何かと言いたいことは俺に何でも言ってくるのだが、久しぶりに言わない妹を見た気がする。

 だけど、妹が言わないと言う事は本当にどうでもいい事なのかもしれない。それに、今は気にしてる場合じゃないしな。


 翌日。


 「ちょっと!吉条!これどういうことよ!?」


 「おい、朝っぱらからどうしたんだよ」


 朝学校に行けば、昇降口で待ち伏せしていたのか、南澤が俺の所に詰め寄って来る。


 「これよ!どういうことよ!」


 「あ?」


 南澤に渡された紙を見る……。


 「は?」


 『漢城伊里と吉条宗弘が夜に繁華街に入って行った』


 一枚の写真が添えられた寺垣と同じ紙がまたしてもそこにはあった。


 ――――誰よりも迂闊だったのは俺だ。

 

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