第66話 ……俺は何を
「漢城!」
「ひゃ!!な、なんです!?凄いびっくりしたんですけど!」
漢城が驚いた声を上げるが、それ所ではない。漢城ならば今までの順位などをきちんとメモしている筈だと直感だが分かった。
「……あれ?吉条君凄い汗掻いてません?」
「ああ、ちょっとな」
テストの順位を見て、思わず脳が揺れるような衝撃に見舞われてしまったが、取り敢えず確認が先だった。
本当にとんでもないことをしでかしたのではないかと思わずにはいられなかった。
今すぐ南澤に謝りに行かなければならないと分かっているのだが、まずは何でも知っている漢城に確認しなければならないと駄目だと感じ、新聞部の部室を色んな人に尋ねようやくたどり着いた。
本当ならば、部室にいる清水や寺垣に聴くのが一番手っ取り早いのかもしれないが、南澤に謝ってない状況で確認を取るのが少し怖い自分がいた。
突然扉を開けて他の新聞部の連中がこちらに注目しているが、今は漢城に重要なことを聞かなければならない。
「……一つ聞きたいんだが、漢城って色んなネタが使えそうなことはメモしてるよな?今までのテストで上位の連中とかメモしてないか?」
「多分使えるかもしれないってメモしてるかもしれないですし、多分ここにあると思うんですが、探すのが非常に面倒なんですが」
漢城が露骨に嫌そうな顔で断ろうとしてくるが、なりふり構ってる状況ではなかった。
頭を下げて漢城に頼む。
「部活中に本当に悪いと思ってる。自分勝手なのも重々承知だが本当に急いでるんだ。我儘を言ってるのは分かるが頼む」
「ちょ、ちょっと吉条君!?頭を下げるとかどうしちゃったんです!?あ、上げてください!」
漢城が慌てた様子で頭を上げようとしてくるが、頭を下げることぐらいしか出来ない。
「お前が探してくれると言うまで上げない。なんなら土下座までしてでも頼みたい」
「分かりましたから!探しますから頭を上げてください!吉条君に頭を下げられるのは何か非常に困るので!」
「本当か!?ありがとう!俺も探すから!本当にありがとう漢城」
「ちょ、ほ、本当にどうしちゃったんです!?恥ずかしいからやめてください!」
思わず漢城の手を握り頭を下げてお礼を言えば、漢城は顔を真っ赤にして手を離す。
「取り敢えず探そう。何処を探したらいい?」
「それなら、多分ここにある手帳に今年の一学期間のテストの順位ぐらいなら書いてると思います。他は私が探してみるので」
漢城が何処かに行くのを見て、漢城からもらったメモ帳を素早く見ていく。その中身は要所要所の言葉しか書かれておらず内容は良く分からないが、順位ぐらいなら分かる筈だ。
「あ、あのこれをどうぞ」
「ん?ああ。ありがとう」
制服で分かったのだが、多分漢城の後輩に当たる人物が椅子を差しだしくれたので、遠慮なく座りメモ帳に目を通していく。
「あの、一つ聞いても良いですか?」
「どうかしたか?邪魔ならここを出ていって読むが」
後輩に話しかけられるが、これで出ていってくださいとか言われた日には一週間は家に引き籠る自信がある。
「い、いえそうではなくて、漢城先輩とお付き合いしているのかなって」
「してません!何を聞いてるんです!?」
隣で後輩から質問を投げかけられたのだが、その反対に漢城が大量のメモ帳と椅子を持ってきて代わりに質問を返していた。二人の会話も気になるがそれ以上にメモ帳に目を通していたので流し聴きしていた。
「だって、体育祭の実況で知り合いみたいなことを言ってましたし、実際はどうなのかなーって。付き合ってないんですか?」
「付き合ってないな」
メモ帳を見ながら後輩の質問に答えていく。
生返事をしながらメモ帳を眺めるが今の所テストの順位が書かれている場所は見当たらなかった。
「じゃあ、漢城先輩のことどう思ってるんですか?」
「ちょ、ちょっと!」
「あ、ああ。凄く良い奴だと思うぞ。あんまり人を褒めないと思えば、優しい時があったり、誰かが傷付けていれば怒ることも出来る人間だしな。誰であろうと傷つく人間を見て怒れる人間はそういないと思ってる。こいつがモテる理由が良く分かるな」
「……ちょ!ちょっと!吉条君!?どうしちゃったの!?凄く恥ずかしいんだけど!!」
「良かったですね。漢城先輩」
二人が何かを言っているが、今の俺は何も声に出すことが出来ず、段々と周りの声が小さくなっている気がする。
漢城のメモに書かれてあったのは前回小野に負けたときのテストだった。
一位 清水涼音 497点
二位 小野美佐子 490点
三位 吉条宗広 487点
四位 南澤真澄 475点
思わず自分の手が震えることに気づき、汗を再び掻いていた。
「……漢城。悪いんだが、一つ聞きたい」
最悪の予想が当たっている予感がしたのだが、一度聞いておかなければならない気がした。
「な、なんです?」
「南澤は毎回三位なのか?」
「え、ええと多分そうです。私が知ってる限り毎回三位ですけど、それは吉条君が一番知ってるんじゃないんです?」
「……そうだよな。一番知ってるはず…だよな」
思わず椅子にもたれかかり、頭を抑えため息を大きく吐き出してしまう。
「どうしたんです?」
そう言えば、漢城には話してなかったな。本当は話したいことではないのだが、協力してもらった以上話さない訳にはいかないよな。
「実は――――」
部室で起きたことを話せば、漢城がメモ帳を床に置いて大きく息を吐きだしていた。
「……吉条君は阿保だ馬鹿だとは思っていましたがまさかここまでとは」
「お前がそう思っていたことに少なからず言ってやりたい気持ちもあるが、今回ばかりは否定出来ねえ」
再び落ち込みそうになってしまいそうになっていると、隣で漢城が勢いよく立ち上がる。
「吉条君はこんな所にいる場合じゃありません!今すぐ澤さんの所に行ってください!」
「……分かってるんだが、なんて言えば良いか分からないんだよな」
何度も思うのだが、人を慰めることや勇気づけることなど出来る人間ではないことを自分でも一番理解している。
「たとえ、何を言っていいか分からないにしても……例え澤さんが待っていなくても吉条君は言ってしまったことは悪いと思ってるんですよね?」
「当たり前だ。悪いと思ってる」
「ならそれを言えば良いんです。それが吉条君の気持ちなんですから!」
「……漢城」
漢城がここまで言ってくれるとは思わず名前を呟いてしまう。
「……悪い。行ってくる。本当にありがとな」
「いえいえ!早く行ってください!」
本当に今回は感謝しかない。後で本当に何か奢ってやるか、頼みを聞こうと思い南澤を探すが、何処にいるか分からない。
教室に走って向かっても南澤の姿は無かった。
もしかしたらカバンは部室にある筈だから帰る訳がないと思ったが、一応確認のために下駄箱に行くが、靴はあるので帰っている筈がない。
……探さないとな。
何か慰めることが出来る訳でもない。何かを言えるわけでもない。
だけど、南澤に謝らなければならない。それだけは俺の中でも決まっている。
走り続け、何度も何度も探し回り、もう少しで下校時間になりそうになるにも拘わらず、探すのを諦める気にはなれなかった。
――――そして、走らないと決めていたのに走り続け、ようやく何度も見覚えのある金髪をお目にかかることが出来た。
「――――南澤。お前に話がある」
屋上で柵にもたれ掛かり、グラウンドを見つめている南澤へと覚悟を決めて話しかけるのだった。
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