第64話 一点しか見れていない

 少し申し訳ない気持ちが隣にいる漢城に対し感じてしまう。

 漢城は隣でわざとらしく頬を膨らませ拗ねていると自己主張してくる。いつもなら鬱陶しいので無視してやるのだが、今回ばかりは自分が悪いので対応に困る。


 「何時まで膨らませてるんだ?ふぐになるぞ?」


 「なりません!吉条君なんて極悪非道な人間です!」


 「……ハア。だから悪かったって。色々と予定が崩れたんだよ」


 事の発端は海の家での漢城との約束。


 ――――中間テストの件で俺を記事にした物を書いて良いと言う条件を漢城と約束したのだ。

 本当ならば、勝ち逃げされる恐れがある小野へのリベンジ、そして小野には負けないと意思表示をしようと思ったんだが、前回の体育祭であちらがもう何もしてこない宣言をしてきたのだ。なのに、わざわざこちらから喧嘩を売るのは負の連鎖だ。


 体育祭後にそれを書くなと言えばそこで文句を言われたのだが、それで終わり……と思いきや、テストの結果を見る時偶然漢城と居合わせればこの有様。約束を破ったのは俺なので、仕方ないと言えば仕方ないのだが、まさかここまで怒るとは思いもしなかった。


 「まさか、小野がこれ以上何もしてこない宣言をしてくるとは思わないだろ?それなのに、あいつに喧嘩を売る様な真似をしたらそれこそあいつと同類になってしまう。だから止めにしたんだよ」


 「……それは分かりますが、吉条君は約束を破りました」


 こちらを振り向いた漢城であったが再度そっぽを向く。うーん、人を慰めることやご機嫌を取るなど俺にとって一番苦手な分野である。


 「……今回のテストで吉条君の結果次第で新聞に載せても良いですか?」


 「それは駄目だ」

 

 「もう知りません!」


 このやり取りを何度繰り返すのだろうか。漢城と偶然会い、丁度いいということで二人でテストの結果を見に行く過程でこのやり取りを約五回以上は絶対に繰り返している。もう少しで十回になる。


 「……それだけはやめとけよ」


 散々このやり取りを繰り返してきたのだが、流石にそろそろやめないといけない。非常に面倒だ。だからこそ、きちんと話をしよう。


 「どうしてです?吉条君が今回の体育祭で人気は上がりました。それも吉条君の作戦でしたよね?」


 「まあ、そうだな」


 今回の体育祭で当初の目的として二つあった。

 一つ目は準備期間における小野の行動を見て、春義がこれ以上小野に手助けをしないようにすること。

 二つ目として、新聞に中間テストで二位の座を小野から取り返すと言う新聞で最後のリレーで注目を浴びた俺と戦うとなれば、周囲は騒ぎながら焚きつけて逃げられないようにする。

 それが目当てだったのだが、やらない理由は先程も言ったので略していいだろう。


 「今だからこそ吉条君の新聞を書くべきなんです!そして、私は体育祭を見て海の家で新聞を書いても良いと言う言葉を思い出し、最高にテンションが上がったと思えば、体育祭後に書くなと。私の盛り上がっていた気持ちを返してください!」


 「……これ以上続けても平行線だから、正直に言うが書いて欲しくないと言った理由の八割は確かに小野のやつだ。だけど、残り二割はお前の為だ」


 これを言う必要はないと思ったが、これ以上続けても納得しそうにないのではっきりと言っておく。


 「どういうことです?」


 少し漢城の表情が戻り、こちらを見ながら尋ねてくる。


 「もう少し盛り上がりを見せるのかと思ったんだが、正直に言ってそこまでじゃなかった。リレーの後清水が春義を叩き、そしてあの後直ぐに中間テストもあると言うことで体育祭での盛り上がりは直ぐに薄れるって思ったんだよ」


 「それでどうして私の為なんです?」


 「今ので通じないのか?」


 「今通じる場面ありました!?」


 いやー、正直こういうのを本人に伝えるのは少し気恥しい思いを感じてしまうのが伝えないとお馬鹿な漢城には伝わらないらしい。


 「……そ、そのあれだ。お前の新聞は結構学校でも有名だろ?」


 「まあ、多少はですけど」


 これだけ言っても漢城の表情は変わらない。

 ああ!もうこうなったらやけくそだ!


 「だから!俺のせいでお前が今まで作って来た新聞のクオリティーや、知名度とか、面白さとかを勝手な都合で損なって欲しくないんだよ。お前は今まで新聞を作ってきたのを台無しにしたら駄目だろ?だから止めて欲しいんだよ」


 本当に気恥しくなり、思わず漢城から目を背けてしまった……のだが、漢城が前に周りこむ。


 「な、なんだよ」


 「ふふふふ。吉条君が私の為にそこまで考えてくれていたとは思いもしませんでした」


 漢城も聴いていて恥ずかしくなったのかは分からないが少し顔が赤かった。


 「考えてない。偶々だ。それに二割だからな。八割は違うからそこの所を勘違いするなよ」


 「ええ。そう言うことにしておきましょう」


 先程までの怒りは何処に言ったのか上機嫌な様子で前をスキップしながら漢城は歩いていく。ご機嫌取るのはやはり難しい。今の言葉にそこまで喜ぶ要素があったのかは俺分からないが、機嫌が直ったならいいか。


 「まあ、あれだ。ちゃんとあの時の借りは何時か返す」


 「いえ、その必要はありませんよ」

 

 「は?良いのか?」


 前を向いていた漢城が笑顔でこちらを振り向く。


 「――――今私は最高に良い気分なのでこれで満足です」


 「――――」


 突然の漢城の笑顔に言葉を失ってしまった。

 まさか、漢城にドキリとさせられる時が来るとは思ってもいなかったが、やはり美少女の笑顔というのは凄い威力がある気がする。


 不覚にも言葉を失ったのだが、漢城に分かる筈もなく再び前を向いて上機嫌に歩き始めると、丁度いいタイミングでテストの結果が張り付けられている表へとたどり着く。


 「……私の順位は……怒られます」


 テスト結果発表の紙を漢城が沢山の人口密度の中背伸びして見ていたのだが、直ぐにがくりと肩を落として落ち込んだ様子を見せる。一体こいつは何位だったのだろうか?

 少し漢城の順位が気になってしまったが、まずは自分の順位を確認しなければならない。


 ……久しぶりに緊張するな。


 今回のテストでは本気で頑張ったと自分でも花丸を付けてご褒美を与えたいぐらいだ。

 今までは家で勉強などしなかったが初めて家に帰って勉強をし、夏休みでは合間で予習もした。

 中学生以来で初めてこんなにも勉強した。これも小野に負けたくないと言う負けず嫌いが働いての行動なのだが、清水にも負けたくは無かった。


 少し、自分の心臓が騒がしいほどに鳴り響くのを感じながら、一度深呼吸をして前を向いた。


 一位 清水涼音 500点

 一位 吉条宗広 500点


 「よし!!」


 自分でも無自覚に大きな声を上げ、ガッツポーズをしてしまった。一瞬周りからの視線が向いているのに気づき、慌てて姿勢を戻し、その場を離れる。


 「あれ?吉条君がご機嫌です。小野さんに勝ったんです?」


 少し離れたと思えば、いつの間にか漢城が隣に来てこちらを覗き込んでいた。こいつってひょっこり現れるんだよな。突然現れるから少し心臓に悪い。


 「下は見てないから分からんが勝った」


 「じゃあ二位に戻ったんです?」


 「いや、一位」


 「ええええええ!?」


 「お、おい声がでかい」


 突然大声を出した漢城の口を慌てて抑え、二人でその場を離れる。


 「……すみません。少し驚きすぎてつい声が出てまいました」


 「まあ、仕方ないな。なんせ一位だし」


 つい高らかに宣言すれば、漢城が半歩距離を開ける。


 「吉条君が凄い調子に乗ってます。確かに凄いですけど素直に褒められないです」


 「褒めても良いんだぞ?なんせ、今日は大変気分が良い」


 「じゃあ、清水さんにも勝てたんです?」


 「いや、あいつと同点で引き分けだ」


 「おお!清水さんも流石ですね。だけど、吉条君えらい上機嫌ですね。そんなに嬉しいんです?」


 そこまで態度に出しているつもりはないが、漢城からすれば分かるらしい。まあ、実際本当に嬉しいのだから仕方ない。


 「今までずっと勝ったことが無かったからな。今回初めて引き分けまで持って行けたんだ」


 「……そう言えば、吉条君と清水さんは中学校の頃同級生でしたね。なら因縁の相手に勝てたということですね!」


 「まあな。実際は五百点で引き分けだから勝ちって言ったら少し違うがな。だけど、初めて同じレベルまでいけたよ」


 「フフ。吉条君がそこまで上機嫌に見えるのは初めてです。良かったですね」


 「ああ」


 漢城と少し他愛もない話をして、別れた後今日は別に何もないので部室へと入れば、既に全員集まっていた。

 部室に入れば、真っ先に泉がこちらに立ち上がって近づいて来る。その顔は喜色に満ちていた。


 「聞いてくださいよ広先輩!私順位上がってました!これ絶対勉強会の力だと思うんですよね!」


 「そうか。良かったな。まあ、実際は清水が殆どやった事だけどな」

 

 「……ん?広先輩今日少し上機嫌ですね」


 「……何でお前らそんな分かるの?」


 先程も漢城に指摘されたのだが、本当に顔には出ていないと思う。何故、分かるのだろうか?


 「……それもそうでしょうね。念願の一位おめでとう」


 「皮肉のつもりか。お前も一位だろうが」


 「え!?広先輩一位だったんですか!?」


 このまま立ったまま話すのも疲れるので、お馴染みの椅子に座りながら首肯する。


 「そうだが、実際は清水と同点の一位だ」


 「凄いじゃないですか!けど、清水先輩も一位だったんですよね?」


 「ええ。だけど、今回は一人勝ちではないと言うことに多少不満はあるけれどね」


 「じゃあ二人とも凄いですね!」


 清水は毎回一位なのだからどんな気持ちなのかは分からないが、自分の一位という座に違う輩が入れば不満も頷ける。

 まあ、俺一位なんて今回が初めてだから全然そんな気持ち分からないんですけどね!


 「寺垣はどうだったんだ?あの勉強会で順位は上がったのか?」


 泉が上がったと聞いたので少し聞いてみる。


 「うん。結構順位上がったよ。百番台だったけど、八十番台ぐらいまで一気に上がったんだ。私元々順位が悪いのもあると思うけど」


 「ほう。じゃあ清水は意外と教えるの上手いんだな」


 「意外とは余計よ。だけど、本当に上機嫌みたいね。少し悔しいわ」


 だから何で分かるの?何も変わってないよ?多分鏡見れば変わってないのが直ぐに分かると思うけど。

 ただ、それよりもこれを聞けば南澤も少し悔しいだろう。あの時、勉強会に来ていれば少なからず順位は上がっていた筈だ。


 「南澤も勉強会来ればよかったのにな……ってそう言えばお前って順位どの位……」


 「吉条!!」


 南澤に話を振れば、寺垣に大きな声で遮られる。

 何があった?と声に出すよりも前に南澤が大きく音を立てながら立ち上がって部室から出ていった。


 「……え、そんな悪い事言ったか?」


 「……わ、私は分かりませんけど」


 誰かに回答を求めようとしたのだが、泉は俺と寺垣の間で視線を彷徨わせながら回答を持ち合わせていない。


 「今すぐ真澄に謝って!」


 だが、今までの穏やかな寺垣とは思えない程に怒りを露わにして立ち上がり、こちらに向かってきて叱咤するのだが、


 「え、あいつそんなに順位悪かったのか?」


 南澤がそれを気にしているにも関わらず言ってしまったのであれば、流石に謝るべきかもしれない。

 自分ではあまり自覚は無いが、順位が一位に上り少し浮かれ過ぎたのかもしれない。


 「待ちなさい」


 立ち上がり南澤に謝りに行こうと思ったのだが、本を閉じた清水がこちらを真剣な瞳で見据えていた。


 「どうしたんだ?謝りに行くんだが」


 「……ハア。もしかしたらとは思っていたけど本当に気付いていなかったようね。南澤さんに謝りに行く前に順位表をもう一度見てきなさい」


 「は?見る必要があるのか?」


 「あるのよ」


 伊瀬の噂を流すときも清水の言う通りにして、分かった事もあった。そして、清水がここで順位表に行けと言うのであれば、それは謝るより先に見に行かなければならないことなのかもしれない。

 実際に行けば分かるか。


 取り敢えず、部室を出て順位表を見に行く道のりでふと先程の南澤の表情が少し気になった。

 ……あの時、南澤は頬に涙を流していた。見間違いなのかもしれないが、そうではなかったのであれば南澤は相当順位を気にしているのかもしれない。早く謝らないとな。


 部室から順位表までの道のりはそこまで遠くないので直ぐに辿り着くことが出来た。先程まで人で賑わっていたが、今となっては誰一人おらず静けさだけが包まれていた。


 「……ん?南澤の名前が無いぞ?」


 後ろから探しても南澤の名前は見当たらない。見直してもあるわけはなく、少しずつ上にいけば寺垣の名前は見つかったのだが、南澤の名前は無い。

 何処にあるのかと少しずつ上に上がっていくのだが、段々と嫌な予感に囚われてきた。


 ……まさか、いや、そんなわけがない。


 絶対にありえないと自分自身に訴えながら上へと更に上がっていくにつれて冷や汗が頬を伝うのを自覚しながら上へと進んでいく。

 見落とさないように指でなぞりながら上へ上へとなぞり、思わず時が止まったような錯覚を受け、指が震えていることに気付いた。


 「……う、嘘だろ」


 一位 清水涼音 500点

 一位 吉条宗広 500点

 三位 南澤真澄 470点


 突然の事に思考が追い付かない。ただ、背後から鈍器で殴られたような強い衝撃に打ちのめされてしまうのだった。

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