第三章 それぞれの想い・過去編

第63話 体育祭も終わり俺には平穏が?

 「暇ですねー」


 自分の髪の先をくりくりといじりながら、机の上でだらけている泉。


 「そりゃあ、夏休みの間、それに体育祭も終わってこの部活なんて誰も覚えてないだろ?」


 「私は覚えてますけど?」


 「お前は部員だろうが。それで、忘れてたら驚きだよ」


 「だけど、また依頼人零とは思わなかったね」


 「そうですよね!いきなり暇になりました!」


 寺垣も流石に一人も来ないとは思っていなかったのか苦笑いだ。だが、俺にとっては好都合。何事もなく平穏なのだから。


 「逆に今から来てもらっても困るだろ。体育祭が終わったとしても、直ぐに中間テストがあるんだから」


 本校が特殊なのかは分からないが、例年体育祭が終わり、直ぐに中間テストが始まる。というのも、十二月に修学旅行があったり、一年生では林間学校に、三年生は受験シーズンともあるので、なるべく早めに中間テストを行う。そして、十月には文化祭もある。

 二学期はイベントで山積みの期間だ。


 そのため、体育祭で浮かれた気持ちが一瞬で霧散していく人もいるだろう。もしかしたら学校側では夏休み、そして体育祭で浮かれ切った連中に対しての対策も兼ねられているのかもしれないが、正直な所良く分からない。


 「そうなんですよねー。中間テストとか早すぎますし、体育祭で浮かれてるんだから少しぐらいこの気持ちのままいさせてほしいですよねー」


 「そう現実は甘くないって事だ。そう考えたら今の内から勉強でもしてろ」


 「わー。広先輩が私の親と一緒のことを言ってるんですけどー。まあ、正直な所私って結構テストやばいんで勉強しないとやばいんですよね」


 「言われなくても多分お前が点数悪いことぐらい誰でも知ってるから」


 「どういう意味ですか!?ちょっと点数が良いからって」


 「まあな。良いのは確かだから」


 「……間違いじゃないのが腹立ちます」


 まあ当然だな。普通に授業を受けているんだ。点数が取れない方が難しいというものだ。ただ、今回に限っては点数を取る為に努力もしているので、部活の間は勉強しなくても大丈夫なわけだ。


 「あ!それじゃあ、どうせここに居ても誰も来ませんし皆でファミレスで勉強しましょうよ!」

 

 「……言われてるぞ清水。教えてやれ」


 「どう見ても貴方に言ったでしょう?私に責任を押し付けないで」


 「両方に言ったんですけど!?」


 どうやら清水に言われたのだとばかりに思っていたが俺にも言われていたらしい。


 「あー。でも私も中間テスト不安だし、勉強したいかな」


 おい、ちょっと待て。

 予想では、結局皆は何だかんだで勉強しているので、必要ない。よって今日も解散というのが目論見だったが、ここで寺垣からの援護射撃。


 「……いや、だがな。勉強なんて誰かに教わっても分かるわけないだろう?」


 「大丈夫ですよ。清水先輩なんて勉強教えるのとか得意そうですし」


 「それはあり得ない。こいつの場合、どうしてこんな事も分からないの?よくこの学校に入れたわね?もしかしてお金の力かしら?とか言うぞ?」


 「私の真似をしているなら即刻辞めなさい。そして、私はそんなこと言わないわ」


 「全然似てないですしね。それに、清水先輩は何だかんだ言って面倒見が良いんですよ!多分!」


 「多分って言っちゃてるからな?それお前の偏見じゃねえか。清水が誰かに教えられる風には見えないが」


 凍えるような目で授業中寝ている生徒を睨みつける先生なら想像は出来るが、優しく教える姿は別人としか思えない。


 「へえ。そこまで言うなら勝負する?私と吉条君どちらがよりこの二人に上手く教えられるか勝負。まあ、貴方が敗北して体育祭で得られた自信を無くしてしまうと思うけど」


 少し頭を上にあげて見下ろすかのように呟く清水に少しカチンときてしまった。


 「ほほう。お前みたいながり勉女が勝とうなんざ千年早い。勝負したこと後悔するなよ?運動だけじゃなくて勉強でも負けたらお前のあだ名はストーカーさんになるぞ?」


 「広先輩。どう見ても負ける側の悪人セリフですよ」


 おっと。泉に言われて気付いた。これじゃあ、負けフラグだ。気を付けよう。

 世の中の漫画や小説の殆どが勝ちを確信して調子に乗って負けるのが定石。だが、俺は調子に乗らず慎重にやる男。油断だけはしないって……何を言っているのだろうか。いつの間にか乗せられている。


 「じゃあ、今日はここまででいっか。真澄も良い?」


 寺垣が今まで黙り込んでいる南澤へと話を振る。海の家での不良に絡まれている一件以来だが、少し南澤の口数が少ないような気がしたが、今日は全然話してないように思える。


 「別に良いわよ。だけど、私は勉強会なんて行かないから。じゃあね」


 テキパキとバックを持って、忘れ物が無いのかチェックしたのか教室を出る。


 「やけにピリピリしてんなあいつ。どうしたんだ?」


 「……そうですよね。南澤先輩なんか体育祭が終わった後から少し様子が変ですよね」


 どうやら泉もまた南澤の異変に気付いていたようだが、どうしてなのか、原因までは分からないらしい。まあ、俺もさっぱりなんだが。


 「それより、今日は終わりなんだな。それじゃあ帰るから」


 南澤同様にテキパキと身支度を済ませ、教室を出ようとしたのだが鞄を持った瞬間に背後から肩に手を置かれる。


 「何自然と帰ろうとしてるんですか?勉強会ですよ!」


 「うん。分かったから。十分分かったから肩が痛い」


 逃がさないと言わんばかりに力が入っていて肩が外れるかと思った。肩をコキコキと鳴らして、安全を確認し、結局四人で帰る羽目になってしまって、今日は珍しく帰り道に同伴者がいるという現場になってしまった。


 「――――それは先程教えたと思うのだけど?」


 「あれ?そうだっけ?忘れちゃった」


 ファミレスにに着き、勝負内容としては清水が先に二人に教え、後で俺が教えるという形なので、見守っているのだが、清水の勉強方法は恐怖政治ならぬ、恐怖勉強であり、恐ろしいほどの迫力を持っていた。


 「――――今さっき教えたのだから思い出しなさい。そして、思い出せなかったら指を一本斬り落とす」


 シャーペンをカチカチと鳴らす清水の様は中々に似合っていて少し面白かった。

 泉も寺垣も冗談と分かっていながらも清水の迫力に怯えている所が更に面白い。


 「怖いからな。二人とも怯えるから普通に教えてやれ」


 「そんな事を言っても、この二人教えたことを直ぐに忘れるのよ」


 「いやー、そうは言ってもなんか基本をやって応用やってたら私どんな感じで解いてたっけ?ってなるんだよね」


 「分かりますよ!初めは分かるんですけど、段々分からなくなってきて……もしかしてこれはスランプなのかもしれないですね」


 「なに一人前みたいなこと言ってんだよ。スランプなんかじゃなくてタダの馬鹿だろ」


 「失礼ですよ!」


 こいつらが数学は一番苦手ということで清水が教えているのだが、やはり苦手らしく先程から全然進んでいない。


 「まあ、そうは言っても全然捗ってないな。清水交代だ」

 

 「そうさせてもらうわ。やはり私には人に何かを教えるのはあまり得意ではなさそうね」


 清水にしては珍しく深くため息を吐きながら疲れたご様子で水分補給なのかドリンクバーに向かっていた。

 まあ、清水は置いておき二人の対面の席に座り、二人の勉強を見て分からないところがあったら聞くように言っているんだが……。


 「お前、さっきそれ教えたよな?」


 「え?そうでしたっけ?」


 泉がえ?おかしいな?と言わんばかりの声を上げるが、どうやらこの子には学友能力、理解力というのが抜けているらしい。


 「一応言っておくが、猿でも学習能力はあるし、カラスでも学習能力も理解力もある。お前らそれ以下だってことを認識しとけ」


 「吉条の方が涼音ちゃんより辛辣なんだけど!?」


 何を言う。本当ならもっと厳しく言いたいのを抑えているのだから許してほしい。


 「……お前らお金の力で入ってないよな?」


 「広先輩がそれを言うんですか!?ていうかそんな感じで入ってませんよ!ちゃんと入試を受けて合格してますから!」


 エッヘンと胸を張る泉だが、何も威張れない。威張るのであれば、ここにある問題を全部解いてから言ってもらいたいものだ。


 「取り敢えず進めてくれ。これ以上進まなければ……お前らはテストを諦めろ」


 「教える側が諦めたら駄目だと思うんですけど!?」


 泉に叱咤されているが、どうやら清水以上に誰かを教えるのには向いていないらしい。どうして分からないのかが、分からないのだから教えることが出来ない。

 よってリタイアし、後は全部清水に任せることにした。

 

 約一時間程度勉強すれば、寺垣は両手を伸ばして机に頭を付けてだらーとする。


 「――――うはー。やっぱ勉強はきついなあ。けど、今日の勉強で私一年分ぐらい勉強した気分」


 「まだまだテストはあるけどな」


 「良いですよね。広先輩は頭が良いですから余裕があって。私なんて毎回赤点回避で必死ですよ」


 「日頃の行いだな」


 「それだけは広先輩に負けていない気がするんですけど!?」


 「俺も泉には負けている気がしないな」


 「三人とも普通にしているのだけど、時間は大丈夫なの?もう十九時を回るけど」


 「え!?やば!帰んないと怒られそう!私帰るね!」


 寺垣はポケットからスマホを取り出し、慌てた様子でお金を置いて走り去っていく。


 「私も親に叱られそうですし、帰りますね!」


 泉もお金を置いて慌てた様子で飛び去って行く。本当にあの二人は慌ただしい奴だな。


 「……貴方は帰らなくても良いのかしら?妹さんが待っているんじゃないの?」


 「泣いて待ってるかもしれないから直ぐに帰りたいんだが、まだやるべきことが残ってるからな。適当に一品だけお前に奢ってから帰る」


 「……?どうして私が貴方に奢られるの?何を企んでいるのか分からないけれど、その手には引っかからないわよ」


 警戒しているのか、鋭く睨みつけている清水さん。大変警戒心がお強い事で。


 「……ハア。何でも企んでると思うな。奢ってやるって言ってるんだから奢るんだよ。何でも良いから頼め」


 「理由を言わなければ嫌ね。きちんと説明してくれると助かるわ」


 理由は言わない方が良いと思ったのだが、この様子じゃ本当に清水は何も頼まずに帰りそうなので、一つため息を吐き、


 「……お前体育祭以降少人数なのか、大人数なのかは知らんが結構陰口を言われているの自分でも知ってるだろ?俺のせいで言われているんだと思ったら何かしなければ気が済まないんだよ」


 清水が春義を突然叩いた事件。あれは叩いた内容を知っているのであれば、清水が俺の代わりに怒ってくれたような形なのだが、知っている人間は走っている俺と清水、そして春義にしか分からない。だからこそ、傍から見れば意味も分からず清水が突然春義を叩いたように見えたようで、クラスでも一人でいる俺にすらその話が入ってきて、今の所何かされた、したなどのいじめの話は聞かないが、結構な悪口を言われているのを知っている。

 それを、張本人である清水が知らない筈がない。


 「……なんのことかと思えば、あれは私が間違っていると思ってやった事であり、貴方が気にすることではないわ。それに、私は元々嫌われているのであって別にあれがあったから何か言われいたなんてことは無いと思うのであって、貴方が責任を感じる必要は皆無よ」


 ドリンクバーでついできたオレンジジュースをストローで飲みながら聞いていたのだが、長い文章で早口で捲し立てていた。


 「お前って結構優しいんだな」


 「ち、違う!私はそんなのじゃなくて」


 また長い話が聞きそうになったので慌てて止める。


 「いや、落ち着け。ふと思ったんだよ。お前がわざわざあそこまでやってくれるなんて思わなかったからな」


 「だ、だから私は彼が間違ってると思っただけであって!」


 清水にしては珍しく、白い顔が少し朱色に染まっているのが丸見えだが、本人は自覚しているのか分からないが、多分気付いていないのかもしれない。

 一瞬だけ清水が優しく誰かに勉強を教える姿が見えた気がした。


 「お前は自分の為にやったのかもしれんが、それで俺の鬱憤も晴らされた。だから、ありがとな」


 「貴方が勝手にお礼を言うのはおかしいと思うけれど、お礼と言うのであれば素直に受け取っておきましょう」


 「取り敢えず何か奢るから頼めよ」


 清水は基本誰の目も気にせず、唯我独尊で自我を行く女であり、空気が読めない女だが優しい女だという印象なのだが、空気が読めないというのは間違いなのかもしれないな。

 俺だってわざと転がしてきた春義に腹が立っていない訳ではなかったんだから。


 「……私普通にお腹が空いていないのだけど」


 「今までの流れ全部ぶった切りだからな!」


 前言撤回。こいつはやはり空気が読めない女であった。


 「……一応言っておくが、体育祭の借りは何時か返すが中間テストで手は抜かないからな」


 「望むところよ。勉強で貴方に負けるつもりは毛頭ないわ」

 

 自分でも清水と睨みあっているのだが、火花が散っている様に見えてしまった。


 ――――今回のテストで清水に勝ってやる。

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