第62話 清水涼音の怒り・終わりを告げれば次が始まる
パン。
体育祭の行事はこれで終わりな筈なのに、泉の依頼をこなし、全てが完璧に終わったと思ったのだが……背後から何かを叩いた音が聞こえ、振り返れば――――清水が春義に対し平手打ちをし終わった光景が目に見えた。
「貴方は自分が何をしたのか分かっているの?人をこかして陥れようとして、何の満足感が得られるの?最低よ」
「おい、止めろ」
更にもう一発お見舞いしてやろうと考えたのか、清水が腕を大きく振りかぶるので慌てて止めに入る。
「貴方は許しても、私はこの卑怯な男を絶対に許さない。抜かれたくない一心で人を蹴落としてまで勝とうと考えるその性根を私は許すことは出来ないのよ。放しなさい。私は後百発はこの男を叩くつもりよ」
「落ち着けって。どっちみち勝ったんだから別に良いんだよ」
「良くないわ。貴方が言わないからこうやって私が言ってるのよ」
「ちょっと何してんの!」
だが、春義に手を掛けた清水を彼女である吉木がテントからこちらに乱入して清水の方に向かってきたのだが、
「――――黙りなさい」
ゾクッと、体全身が凍るのではないかと思えるほどの寒気が体中に走る。
清水の言葉には感情が全く籠っておらず、ただ恐怖だけの言葉にしか思えなかった。傍目から見て聞いていた俺ですらこれ程の恐怖を覚えたのだ。言われた当の本人である吉木は近づく足を止め固まっていた。
誰もが清水の雰囲気に近づくことを恐れて固唾を飲んで立ち尽くしている様に見えた。
この雰囲気は大変よろしくない。
「……お前、俺に負けてピリピリしてないか?」
「……何を言っているの?」
「まあ、分かるぜ。俺もお前にテストで負けたときはナイーブになってピリピリしたもんだ。だがな!今度からお前にストーカー扱いされることは無い!なんせ、お前の方が俺より下なんだからな」
俺の言葉に先程まで冷徹なほどに冷え切った表情が霧散し、少し微笑を浮かべた。
「次は運動でも、学力でも負けることはない。覚悟していなさい。吉条君」
「覚悟はしておくつもりだが、一言だけ言わせてくれ。ありがとな」
「お礼を言われる筋合いはないわ」
清水は俺が春義にこかされていたのを見ていたのだろう。まあ、隣で走っていれば見ることも出来るんだろうが、わざわざ俺の代わりに怒ってくれるというのが清水らしい。恨まれることを覚悟しておきながらそれでも俺の代わりに春義を叱っていたのだから。感謝ぐらいはする。
カツカツと歩いていく清水に誰もが道を開け去って行った。
一瞬の戸惑いが全校生徒に駆け巡ったが、直ぐに落ち着きを取り戻した様子だった。
今回、俺と春義の間では真剣勝負と同時に賭けが行われていた。
走るタイミングがどちらが早くバトンを渡されようと待つことが約束されたかけ事である。どうして、このような経緯に至ったのかと言えば簡単であり、俺がペンキを隠していたのを黙っていたことへの借りを返すと思ってということで勝負が開始され、俺が負ければ春義のお願いことを何でも一つ叶え、俺が勝てば脅されても二度と小野の頼みを聞かないという約束で行われたのだ。そして、もしも俺が勝ち約束が破られればペンキの件も浮気の件もバラすという了解で始められた。
これによって、小野に春義を利用されることも無ければ、先手を打たれる心配が少しは減る。
俺の目的は達成できたわけだし、後は気軽に平和に暮らせればいいわけだ。
まあ、その前に服を着替えなくちゃな。
自分の服が全力で走ったおかげで少し濡れており、自分でも汗臭いのが分かるので校内に入ろうと、
「好きです!付き合ってください!」
と思ったらまさかの告白現場を見てしまった。こういった現場とか本当にあるんだな。
しかも、告白していたのは棒倒し以降やたらと俺に話しかけてきた水重君。
そう言えば……『俺はこの体育祭に賭けてんだよ』とか言ってたな。まさか、告白する為とは思いもしなかった。
今年は棒倒しの功績か、それともそれ以降の赤組の頑張りかは分からないが、接戦だったのが結果は白組の僅差での勝利。だが、水重君には勇気を出すには心強かったのかもしれない。
しかし、相手はあの学校一美少女と謡われている小野美佐子。どうやらその心の中に隠れている悍ましい性格には気付いていない様子。水重君の見る目はどうやらなさそうだ。
「……ごめんね。私今は付き合うとか考えられなくて」
更に振られてしまっていた。急いで逃げようと思ったのだが、振った小野が颯爽とその場を立ち去り、こちらに来ていた。
「お、よう」
思わず小野に話しかけてしまったが、一瞬こちらを見たのち、まるで何も見ていなかったように横を通り過ぎる。
話しかけてきたのに無視されるのは中々に心に来るものがあるのだが、それ以上に少し気になったというべきか、確認するべきことなのだが、
「もう俺にちょっかいを掛けるのは止めたか?」
今回の体育祭で小野が俺に何かを仕掛けてくることは無かった。準備期間での一つの事件により、小野は更に何か仕掛けてくるのかと思ったので少し気になった。まあ、これで何もしてこないのであればそれが一番なんだが。
「――――もうどうでもいいよ」
こちらを一瞥するわけでもなく、ただ淡々と言葉を吐きながら小野は校内へと入っていくのだが、小野にこれ以上何かをされる心配がないのは嬉しい限りなのだが、何処か引っかかる。
表情を見たわけでもないのに、何処か小野の背中が悲しい、もしくは諦めたような形に見えたのは俺の見間違いではない気がする。
……何だ今のは?
小野は極悪非道で、人を人とも思わない人間の筈なのに、どうしてあそこまで悲しく見えてしまったのか、俺自身で思っていながらも分からなかった。
「おお!吉条居たのか!丁度良かった。俺の話聞いてくれよー」
「うお!?鼻水を付けてくんな!きたねえ!」
「吉条~」
振られたショックからか、水重は鼻水と涙で顔をくしゃくしゃにしながら俺の肩へともたれかかってくる。なんで、こいつはこんなにも図々しい奴なんだ!
水重を引き連れながら教室に戻れば、リレーアンカーでの功績で大絶賛。注目の的になってしまった。
さようなら平穏な生活!
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