第50話 全てがおかしい

 一週間後。


 ペンキが無くなった事で少し騒動が起きてしまったが、委員会は進んでいき、それぞれの部署は体育祭に掛けて準備をして行く中、看板作成チームは今日も今日とて待機命令。本当であれば、何処か手が空いていない場所に手伝いをしてくれって言われているのだが、他の場所の仕事など分かるわけも無く、遠まわしの待機命令である。


 だが、それはこちらとしては大助かりである。今の内に周りの言動を見ることが出来る。もしかしたら、何処かにヒントが隠されているかもしれないからな。


 「吉木先輩、今日は今までとは大違いに大人しいです」


 「そりゃあ前回のあれで、周りから罵倒の嵐だからな」


 前回に起こった吉木が小野を突き飛ばした事件。あれは、中々に周りからの反感を食らい、バッシングの嵐である。当の本人も色々と聞こえているのか、それとも反省しているのかは定かではないが、いつもの元気は無くなっている。大人しく委員長席で座っている。


 「だから小野さんに手を出すのは駄目なんです。本当に恐ろしいんですから」


 どうやら漢城にとって小野の豹変ぶりはトラウマなのか、とても怖がっている様に見える。


 「そんなこと言ったら俺らも手を出したみたいなもんだけどな」


 「怖い事言わないで欲しいです!」


 「事実だろ。それよりも当の本人があの様子じゃヒントも何もないぞ?」


 「ですねー。だけど、もしかしたら今の間にどうやってペンキを戻すのかを考えているのかもしれません」


 「それはあり得る話だが、吉木先輩にそんな頭脳があるのか?」


 「突然の罵倒!?吉条君も中々に非道です!」


 「いや、ちょっと気になってな」


 吉木先輩が小野を虐める為にペンキを隠したとする。もしも吉木先輩ならばごめんこの辺にあった!とか言って返しそうな流れだが、今の状況では更に反感を食らうと考えているからこそペンキを出しにくい状況なのか?それとも穏便に解決出来る方法でも考えているのか?

 だが、吉木は俺のイメージだがその場その場を楽しく生きている人間の様に思える。そう考えてみればそこまで深く考える性格の様には見えない。

 ……吉木は自由人だ。こういった人間の考えは本当に分からない。


 「……吉木先輩少し可哀そうじゃないです?」


 「同情しても仕方ないぞ。俺は今それ所じゃない」


 吉木は自業自得だ。小野が春義と付き合ったのは小野のせいなんかじゃない。なのにも関わらず、吉木が逆恨みをして至らないちょっかいをかけるから痛い目に合う。完璧な自業自得だ。


 「そうなんですけど、少し気になってしまって」


 「吉木先輩には丁度良い薬だろ」


 だが、漢城の言うように吉木が可哀そうに思っている人物がもう一人いるようだ。先程から何度も自分の目の前のパソコンと黙って座っている吉木の間をチラチラと目線を彷徨わせている内田。

 内田の方を少し見ていると、一度深呼吸をし何かを決めたのか立ち上がる。


 「いった!」


 ドンくさいとはこの人の事だと言わんばかりに、何もない所で突然滑り込んでコケる。別に床が滑りやすいとかそんな感じではないと思うんだが、


 「あれ、漢城みたいにドンくさいんだな」

 

 「私が何時何もない所で転んだのか教えて欲しいんですが」


 「こけそうなイメージじゃねえか」


 「私のイメージってそんな風に思われてたんです!?」


 「ああ」


 「素直過ぎる!本当に信じられないです!」


 「人間素直が一番って言うだろ?」


 「こんな時に使わなくても良いと思うんですがね!」


 漢城の喧しい叫びを左から右へ流していると、こけた内田に小野が寄り添うのが見えた。


 「大丈夫ですか内田先輩」


 「ヤハハ。私ってドジだからね。直ぐにコケちゃうんだよね」


 恥ずかしくて誤魔化したいのか、顔を赤くし笑いながら立ち上がる。


 「怪我とかはないですか?」


 「うん。コケてばっかりかは分からないけど体は丈夫なの」


 「あ、ボタン一つ外れてますよ」


 小野がこけた際に外れたのであろう内田先輩のボタンを留め直してあげる。


 「ありがとう。いやー、本当にドジでね」


 照れ臭そうに笑った内田だったが、顔は直ぐに真剣味を帯びて吉木の方を向く。


 「……あの吉木ちゃん。元気出して!自分でも悪いと思ってるならそれでもう良いと思うし、多分小野ちゃんも怒ってないだろうし、ね?」


 内田は隣にいる小野へと話を振れば、小野は少し突然話を振られたことに戸惑う様子を浮かべた――――今のは演技だ。


 見ていて一瞬思ったが、今のは完璧に演技だと思ってしまった。


 「わ、私全然怒ってないですから、頑張りましょう?体育祭まであと少しですし、ペンキの件もどうにかなりますって。皆も元気に頑張ろう。私全然気にしてないし怪我もしてないから!」


 「……小野ちゃんがそう言うなら…ね?」


 「うん。そうだね」


 小野が吉木から皆に視線を向けて、自分は怪我をしていないと腕を見せ証拠を出す。

 周りも小野が許してあげてと言えば、先程まで罵倒していた人間も少しずつ笑顔になり始め、作業を始めていく。


 「だから、吉木ちゃんも元気出して!」


 「う、うん。そうだね!うちって元気だけが取り柄だし!」


 吉木も明るく笑顔を振りまくと、内田さんはホッとしたのか肩を落として自分の席へと戻っていく。

 だが、吉木の様子を見れば俺でも分かった。作り笑いをしていると。そして、机の上に出されている手が強く握られていることに。


 吉木の心情は俺でも分かる。

 吉木は小野を自分より下の人間だと思っていた筈だ。それなのにも関わらず、下の人間だと恨んでいる小野に最終的に虐めるのではなく、慰められる始末。吉木にとってこれほどまで苛立ちをしたことが無いほどに屈辱的なのではないだろうか。


 …………んんん?


 「……今少しムカッとするんですけど」


 漢城も気付いたのだろう。今のは小野の意味のある行動だと。

 内田さんが吉木の元に行くと勘付いて、自分も近くに居れば、当事者である自分に振ってくるということぐらい分かっていた筈だ。だからこそあそこでこけた内田に寄り添った。

 だが周りから見れば、こけた内田に対し優しい対応するという形に、そして吉木に対しても理不尽な攻撃をされたにも関わらず優しく対応する天使の様に見えたのだろう。

 そんなことは分かっているのだが、俺は今重要な物を見たような気がしたのだが、それよりも前に漢城が歩き出そうとしたので服を持って止める。


 「おい、何処に行くんだ」


 「ちょっと小野さんの所に」


 「阿保か。行ってどうするんだよ」


 「……その通りなんですけど」


 漢城の視線は揺らいでいる様に見えた。そこまで、目の前で誰かが傷つくのを見るのは嫌なのだろう。だが、ここで俺達が出たら小野が得をするだけだ。

 

 「ハア。ちょっと来い」


 漢城に一言だけ伝え、今なら別に何もすることがないだろうし、少しぐらい席を外すのは大丈夫だろう。

 席を立って教室を出ても誰に咎められるわけもなく、漢城と二人で少し離れた場所で教室には聞こえないだろうと判断して足を止めて漢城と対面する。


 「お前があそこで小野に何かを言えばそれこそ小野の思惑に乗ることになる。それぐらい分かるだろ?」


 「分かってます!だけど吉条君は苛つかないんです!?小野さんは今まで散々な事をして更には全てが正しいと言わんばかりの行動を取って吉木さんは辛い思いをしています」


 「それで小野に何かを言えばお前はスッキリするのか?」


 「少なくとも何も言わないよりは」


 「違うな。それでスッキリするとは思わない。俺は今小野に言うよりもスッキリ出来る方法を知っている」


 「何があるって言うんです?」


 「簡単なことだ。この事件を解決する事だ。そこでぼろくそ言ってやるんだよ。俺だってムカつかない訳ではない。さっきまでは吉木先輩の自業自得だとも思った。だが、今のは流石にやり過ぎだ。あいつに一言言ってやりたい気持ちもある。だけど、それは今なのか?違うだろ。やるなら、あいつが夏休みの間に計画していたのかは知らないが、この事件を解決して小野の計画をぶち壊してやるんだよ。その時、俺はテストの件を、お前は今回の件をさんざん言ってやればいい。解決した時が俺達のあいつへの仕返しだ」


 一通り言えば、漢城は納得しているのか、していないのか良く分からない顔をしていた。多分、納得したいが出来ない様な顔なのかもしれない。


 「もしも解決出来なかった場合はどうするんです?」


 「それを聞く必要があるか?」


 「……確かに愚問です。分かりました。見事に解決して小野さんに言いたい放題言ってやりましょう!」


 「初めからそう言ってるんだがな」


 「やる気が削ぎれる!」


 漢城からツッコまれるが、これで漢城が暴走するということも無いだろう。そして、絶対に解決してあいつに吠えずらかかせてやる。


 「……やる気が削ぎれてる所悪いが、漢城に一つお願いというよりは確認して欲しい」


 「やる気を削がせた本人が何のお願いです?」


 「――――があった」


 「……嘘です?」


 俺が見た物を漢城に話せば、当然と言うべきなのか信じて貰えなかった。まあ、そうだよな。俺だって自分で見たにも関わらず半信半疑なのだ。だからこそ、漢城に確かめてもらいたのだ。


 「それを確認する為に漢城が見てきて欲しい」


 「分かりました。それは私でも気になりますし、吉条君の眼は節穴ですから」


 「おい」


 「アハハ。それじゃあ確認してきます」


 逃げるように漢城は飛び去って行ったが、まあ今は良い。後でたっぷりといじってやる。


 ―――――しかし、何か俺は見落としていないのだろうか。


 小野が相手だからか?だから、自分でも不振がってしまっているのか?

 

 会議室に戻れば、やはり小野の言葉が効いたのか周りでは普段通りの活気を取り戻している。しかしながら、今は暇を持て余し漢城の確かめるのを待つ状況。

 よって、少し気になっている看板作成の今後を聞いておくのが手っ取り早い気がする。

 南澤に聞くのが早いかと思ったが、どうやら南澤は一年生と話している。なら、ここは泉に聞くしかあるまい。俺の人望の無さが伺えるが気にしない。気にしないったら気にしない!


 「なあ泉」


 「何ですか!?」


 「……何でそんなテンション高いんだよ」


 「だって広先輩から話しかけるなんて珍しいじゃないですか」


 泉が凄いハイテンションでこちらに一歩近付いて来るので、一歩下がって要件を伝える。


 「大したことじゃないんだが、看板作成はどうなった?」


 「あー。看板作成は私も聞いてみたんですけど、どうやら今週中に探して来週までも無ければ仕方のないので新しいペンキで一から塗り始めるみたいですよ」


 「は?ちょっと待って。来週ぐらいから塗り始めないと間に合わないんじゃないのか?」


 「私もそう思ったんですけど、多分学校の合間の時間とか放課後とか使って終わらせるんじゃないんですか?」


 「……まさかとは思うが、集まらない日まで集まって仕事をするって事か?」


 「そうなりますね」


 え?なにそれマジで聞いてないぞ?

 本物の地獄はあの世ではなくここで、挙句の果てに閻魔王は小野ってか?似合い過ぎて笑えてくる。


 「分かった。ありがとな」


 泉にお礼を伝え、流石に確認し終わっているであろう漢城を見ると、丁度こちらに来ていた。


 「……ありました」


 「やっぱそうか。なら犯人は決まりだな」


 漢城も見たというのであれば、間違いなのであろう。


 「なんか呆気ないです。最後は小野さんのミスで終わるなんて……」


 漢城は自分で呟いておきながら、少し放心する。

 だが、俺もまた漢城の言葉で疑問に思ってしまった。


 ――――小野がミスをするのかと。


 「「おかしい」」


 俺と漢城は同時に呟いてしまい、少し笑ってしまいながらも会議室を出る。

 もしもこのままいけば、俺達はまたしても小野の策略にハマってしまう所だった。

 だが、そうは行かない。


 「危なかったです。あのまんま行けばまんまと策略にハマる所でした」


 「だな。だが、そうなるとまた考えなくちゃならないんだが」

 

 「吉条君は分からないんです?前回も小野さんの本性を見破ったように今回もパッと思いつかないです?」


 「そんな簡単に分かったら苦労しないんだよ。それに、前回のは色々と偶然が重なったことと、清水が協力してくれたおかげで何とか出来たんだ。俺一人で解決したわ……けじゃない」


 「どうしたんです?」


 漢城がこちらを向いてくるが、今自分の思考が働いてきている気がする。

 

 ――――今まで何かが引っかかっていた。その何かが分かりそうな気がする。


 「ちょっと考えさせてくれ」


 「はーい」


 漢城に了承を得て、過去を振り返る。


 何がおかしい?


 何かが違うはずだ。それだけは確信が持てる筈だ。まず、自分が疑問に思えるのを挙げればいい。


 偶然が重なって?今ままでの案件は偶然の産物の伏線によって分かった出来事。

 今回の件は難しい?

 小野に対する違和感。鍵はどうやって先生たちにバレずに取れた?

 

 ――――犯人は誰だ? 

 ――――あ。


 「……まさか」


 一度閃いてしまえば、全てが見えた。


 「何か分かったんです?」


 「――――ああ。今日ほど自分の頭が優秀なんじゃないのかと思った日は無い。疑問の全て解消された」


 「何なんです?教えてください」


 「謎に関する伏線は今回は偶然なんかじゃない。必然的に出来た産物だったんだ。今から作戦を練る。漢城お前も小野に一泡吹かせたいんだろ?」


 「もちのろんです!」


 「だが、今は何一つ確証はない。だけど、一週間の猶予がある。確認する術はいくらでもある……やることと言えば、ある二人に情報を聞く。後は……職員室だ」


 「ええと、犯人誰なんです?」


 「それはまだ後だ。決まった訳じゃない」


 「流石吉条君焦らすのが分かってます!」


 「意味が分からんが、やるぞ」


 さあ、小野を追い詰めようか。

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