第49話 犯人断定
「……お邪魔します」
……結局来てしまった。
どうやら漢城はメモ帳は一つだけではなく、今まで書き溜めていた分も家にあるらしい。もしかしたらそちらの方にあるかもしれないという事と、まだまだ何も断定出来ていない状況で次の会議を迎えても俺達にはどうする事も出来ない。
そこまで考えれば確かに漢城の家に来るのは妥当なのだが、女子の家に行くのは初めてで凄く緊張してしまう。
泉が俺の家に来た時に緊張していた気持ちが今ならば分かる。別に何かあるわけでもないのに、緊張してしまうが漢城は俺の事など知らずに玄関を開ける。
「私の部屋二階なのでどうぞ」
「あら、伊里ちゃんお帰りって……え」
どうやら漢城の母親なのか、リビングに座っていた人がこちらを見て唖然としていたと思えば、猛スピードでこちらに近づいて来る。
「貴方お名前は?」
「よ、吉条宗弘ですけど」
「あら、貴方が吉条君なの?いつも伊里ちゃんから聞いてるわ」
「ちょ、ちょっとお母さん!?」
漢城の母親に至近距離に近づかれて、一瞬たじろいでしまうが、突然の発言に俺よりも漢城の方がたじろいでいる。
「ほう。どんな風に話るのか凄く気になる所ですね」
「吉条君も悪乗りしないで!」
余程恥ずかしいのか漢城が顔を真っ赤にしている。これは中々に面白い光景だ。
「そうねー。何か結構曲者だけど、頭が良いとか言ってたわね」
「ほほう。確かに学年二位ですし頭は悪くはないと思いますけど、へえ、漢城がそんな事を」
「本当に二人とも私をからかい過ぎだから!」
「伊里ちゃんって結構冗談とかいう時があると思うんだけど、その殆どが照れ隠しなの。これ絶対に知っておいた方が良いわよ」
「ほほう。更に面白い事を聞きました」
「本当にお母さんは黙ってて!吉条君も来て!」
漢城は耳まで真っ赤にしながら俺の服を掴んで二階まで連行されて、部屋に入ると同時にドアを思いっきり閉める。
「……ハア。一番疲れました」
「凄いお母さんだな。中々に面白い話も聞けるし、もっと話してきてもいいか?
」
「吉条君絶対に私の弱点知りたいだけだよね!?」
「口調が変わってんぞ。慌ててんのか?」
「くううううう!悔しい!」
「恥ずかしいの間違いだろ?」
拳を握りしめ、歯を噛みしめている漢城にツッコむとベットに置いてあった枕が投げられるのでキャッチする。
「まあ、良いんだが女子の部屋ってこんな風なんだな」
改めて見れば、ピンク色のカーペット。ベットに置かれてある人形など漢城にしては中々に可愛い趣味のようだ。
「あんまりジロジロ見ないでそこら辺にいてください。私はちょっとメモ帳を探してくるので」
漢城は机にあるタンスの引き出しを開けて何やら探し始めるので、俺は俺でぼーと上を眺めていると、漢城が「あった!」と呟いて意識が覚醒する。
漢城が俺の対面に座り、メモ帳をペラペラとめくっていく。
「これです。これが多分この一年間の記事が最も書かれてあるので情報が乗っているかもしれません。だけど、あの探していた三人組については今の所全く記憶にないんですよね」
「まあ、合ったとしても自分で言っておいてなんだがあんまり自信は無いんだよな」
俺は先週しまった三人組が怪しいと思ったが、小野ならば俺がそう考えるのも必然的だと思う筈だ。なのに、その人物を利用するのだろうか。そう考えたら自信が無くなってくる。こう考えさせられることも想像通りならもうお手上げだが深く考える必要は無いだろう。
「うーーん。やっぱり無いです。三人組の線は怪しいのでは?」
「かもな。その場合絞らないといけないのだが、今の所絞れないんだよな」
「なら、私がもう一個思い付いたんですが、聞いてもらっていいです?」
「いいぞ。というよりどんどん言ってくれ。今の所全く誰も分からないんだからな」
「もしかしたら何ですけど吉木先輩なのでは?」
「ほう。どうしてそう思ったんだ?」
俺の中では吉木は今回の被害者で最初から除外していたが、漢城からすれば違うみたいだ。
「吉木先輩は小野さんに恨みを持っていました。だから小野さんはそれを利用して他の第三者を使って吉木先輩を唆して、吉木先輩がペンキを隠そうと考えさせます。そして、実際に犯行に至った吉木先輩でしたが、小野さんの策略にまんまと引っ掛かり、あんな目にあった。どうでしょうか?」
「……在り得ない話じゃないな」
漢城の話を聞いて在り得なくもない話だと思ってしまった。
吉木はただ小野を少し虐めてやろうという軽い動機でペンキを隠したが、それさえも小野の策略でまんまと引っ掛かり、虐めてやろうと考えていたが逆に自分が被害を被った。
「ですよね!私自分で考えてあながち間違いじゃないって思ってしまったんです!」
漢城もまた自信があったのか俺が賛成を示したことで前のめりになる。
「……だけど、吉木先輩が犯人だとしてもしも用具室の鍵を取りに行けばそれこそ分かるんじゃないのか?」
「そこは私も思いましたが、小野さんが唆すように仕組んだ第三者では?」
「唆したって言ったら誰がやるんだ?吉木先輩が言われてやりそうなのは……春義先輩?」
「だけど、春義先輩がわざわざ小野さんを虐める為に力を貸すとは思えませんけど、浮気の件もありますから何とも言えませんね」
「まあそうなんだが、春義先輩はとことん悪人って感じの様に俺は思えないんだよな。なんとなくなんだが、そう言ったことを助言するような人には思えない。まあ、そこを利用して来るのかもしれないけどな」
「……あ、今私自分で気付いてしまったんですけど、小野さんが第三者に唆すって無理がありません?」
まさかの自分で自分の意見にダメ出しを始めてしまった漢城。
「お前自分で言ったんだろうが」
「そうなんですけど、今考えたら自分を虐めるよう唆すとかおかしくないです?」
「それは、小野が弱みを握って脅したなら出来るんじゃないのか?」
「ああ!そうでした!じゃあ、私の意見合ってませんかね?」
「……まあ、合ってるかもしれないが」
「歯切れが悪い返答です。何か気になることでも?」
「いや、小野の言葉を思い出したんだが、あいつは犯人を見つけてみろって俺達に言った。だけど漢城の意見が正しいのだと仮説した場合、俺達はその唆した第三者を見つけ出すのが答えなのか?それとも吉木先輩が正解なのか?」
これが俺にとって何か引っかかる。小野は犯人を見つけろと言った。だが、漢城の意見の場合、唆し吉木にやらせた第三者が答えなのか、吉木なのかが曖昧な気がした。
小野がそんな曖昧の問いを出すのかと少し疑問に思ってしまった。
「片方が正解かもしれませんし、両方を見つけて答えを出すのが正解なのかもしれませんね。だけど、そのどちらも私の意見が正しいというのが大前提ですけど」
「だけど、今の所三人組の噂などの情報は無ければ他に候補があるわけでもない。また何か分かるかもしれないが、次の会議では吉木先輩の行動、その付近での怪しい人を探すしかないな」
「そうですけど、自分で言っておきながらそこまで本気にされるとそれはそれで怖いんですけど」
「面倒な奴だなおい」
「だってこんな経験無いんですからいきなり信じられても怖いです」
そんな事を言っても今の所他に案が無いのだから仕方ないだろうに。
「まあ、間違ってるならそれはそれで仕方ない。取り敢えず、来週の会議次第でまた考えれば良いだろ」
「そうです。私もちょっと考えてみます」
話し合いが終わったので立ち上がり、漢城の部屋を後にして出ようとしたのだが、漢城の母親にお菓子を食べていかないかと言われたが、間に漢城が入り止めに入ったことで次の機会でとなった。
次の機会があるのかは知らないが、取り敢えず今日は一人でゆっくりと考える時間が欲しかったので丁度良かった。
漢城の家を後にし、帰りながら俺は少し今回の依頼での違和感がぬぐい切れなかった。
何かがおかしい。何も無い筈なのにも関わらず、どうしてか不安が取り除かれない。
別に漢城の意見が間違っているなどとは思わない。思わないのだが、何かが違うと俺の直感が告げている様な気がしてならなかった。
心の中でモヤモヤした気持ちが渦巻きながらも今の俺にはどうすることも出来ず、次の会議を待つことしか出来なかった。
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