第47話 犯人捜し・泉の依頼
まずは状況を把握しよう。
先週にはまだ俺達はペンキを使い看板作成を行っていた。しかしながら、今回学校に来て看板作成を行っていれば、まさかの看板作成に最も欠かせないペンキが紛失。それは小野の立てた計画であることが露呈する。だが、犯人は一切分かっていない。
そこまでは理解出来た。だが、ここからが難しい。一体誰がペンキを盗んだのかそれを考えなければならない。
「誰がやったんでしょうかね」
事情が分からない今看板作成組は会議室での待機命令が出され、漢城と椅子に座りながら犯人を断定していく。
「俺の予想ではこの中にいると見た」
「え?そうなんですかね?もしかしたら小野さんの息が掛かった他の人達がやったかもしれないですよ?」
「それはないと思う。小野は俺を完膚なきまでにフルボッコにしたいはずだ。なら、そんな分かりにくい人達ではなく、この体育祭実行委員にいる誰かを使うと考えている…確証はないけどな」
だが、小野の立場になって考えてみれば他部活等は考えにくいと思う。
「うーーん。ならこの委員会にいる誰かが犯人って事です?」
「だと思う。これ以上は絞れない。それに、今の所何の手掛かりもない。この中でどうやって見つけるか何だが、看板はどの程度遅れても大丈夫なんだ?」
「……そうですねー。ある程度は余裕を持って行動しているので、今日から残り二回の会議まで無くても三回目の会議で何とか完成出来ると思います」
タイムリミットは残り二週間。だが、実際に会議があるのは後二回。その間に犯人を見つけなければならない。
これで見つからなければ小野に馬鹿にされ、犯人を間違っても馬鹿にされ敗北になる。俺が勝てるのは犯人を見つけたときだけだ。
「思ってた以上に厳しいな」
「確かに厳しい状況です。ていうか、これ私達めっちゃ厳しくないですか?勝てる見込み全然ないです」
「まあ、それぐらいじゃないと張り合いがないという意味では間違いではない」
「張り合いとか言ってる場合じゃないです。それじゃあ、時間も無いですし、まずは少しずつ犯人を絞って行きましょう」
「だな。取り敢えず候補を出さないとな」
「私の考えでは、私達の裏を掻いて実は小野さんが犯人って言うのはどうですか?」
「それは俺も真っ先に疑ったんだが、それは小野に対してのリスクがどう考えてもデカすぎると思うんだよな」
「それを言うなら吉木先輩のも同じなんじゃないです?」
「それはそうなんだが、俺がさっき一年生に鍵の場所を聞いて職員室だったろ?その場合、小野が鍵を取りに来た場合職員の誰かに気付かれると思うんだよな」
「あーー。確かに言われてみればそうですね。小野さんが職員室に行けば誰かに見つかる可能性は大きいですね。……あ!なら、用具室の鍵を職員室に置かずに別の場所に置いていたとしたらどうです?先週は職員室に返さずに小野さんが密かに隠していたらって……今考えたらそしたら一年生が覚えてますね」
「そうだな。だから小野自身の犯行ではないと真っ先に思ったんだが、俺達が思い浮かばない方法で小野が用具室の鍵を取ってペンキを盗んだのかもしれん」
「それが今考える中で最悪の展開です。全く思いつかないですから」
「ああ。そうは合って欲しくない。だからこそ、今は小野だけじゃなくて他の人達でも絞らないといけない」
だが、絞ると言ってもこの委員会に居るのは計三十人ぐらいの数がいる。その中で絞るとなれば一カ月ぐらい欲しい。そうしたら分かる様な気がするが、俺達に与えられた猶予は残り二回の会議のみ。到底三十人を絞って消去法などは扱えない。
「漢城は新聞部だし、色んな人と話したりしてるよな?」
「まあ、ある程度は」
「なら、この教室内で何か悪い噂が流れている人物は分かるか?」
「どうしてですか?」
「もしも悪い噂が流れている人物なら学校で人気者の小野の耳にも入っている筈だ。なら、それを利用する可能性は無くはない」
「成る程です。少し待ってください。メモ帳に書いてあるかもしれないです」
「…お前そのメモ帳いつでも持ってんのか?」
「当たり前じゃないですか。いつ何があるのかは分かりませんから」
ポケットからメモ帳を取り出した漢城はペラペラと見ながら周りの人間を見ている。多分、書いてある情報量が多すぎて顔を見なければ思い出せないのだろう。それを何度も繰り返していき、
「うーーん。多分小野さんが利用出来るほどの噂は無いのか、私が知らないかのどちらかですね」
「分からないか。まあそんな簡単に見つかるとも思っていないが」
「それじゃあ誰ですかね?」
「俺の中で一番有力候補なのはあの最初に探しに行った一年生なんだが」
「どうしてそう思ったんです?」
「一年生で探しに行ったのは三人だよな?」
「そうです」
「その中で誰か一人を脅す、もしくは漢城でも知らない弱みを握って利用して鍵を持ち出してもらう。そうなれば、鍵を自分で取らなくても確保は出来る。それが、今の俺の中で一番可能性が高いんだが」
「……そうかもしれないです」
何故か、知らないが漢城が眉を顰め、悔しそうな表情で呟く。
「どうしたんだよ」
「いえ、犯人が絞れて嬉しい自分と、もしそれが当たっているのだとしたら、新聞部である私でも知らない情報を知っている小野さんに対して悔しい気持ちが重なって」
「馬鹿なこと言ってる場合か。取り敢えず、あの三人に関する話を聞いて来てくれ」
「え?吉条君は聞かないんです?」
「俺が聞く前提で話すな。俺は人と話すのは全然得意じゃない」
「確かに」
「その通りだけど、納得するなよ」
「吉条君めんどくさ!」
漢城がうわーという顔を隠そうともせずに、そのまま何か言われると感じたのか走っていく。
「…逃げ足の速い奴だ」
この場に居れば、半泣き程度にはいじってやろうと思っていたが、勘の鋭いことで。
「……やっぱり漢城先輩と仲いいですよね」
背後から聞き覚えのある声が聞こえたと思い振り返れば、やはり泉であった。泉は俺の隣に腰掛ける。
「別に仲良くないだろ。普通だ」
「そうですかね~。私から見れば凄い仲良さそうに見えましたけど」
「どうしたんだ?さっきからどんよりしてるが」
「……一体誰のせいだと」
「ん?俺は別に難聴じゃないのに聞こえないんだが」
「先輩が耳が良いから小さく言ったんですよ!それよりも!この状況どう思います?」
泉が辺りを見渡しながら呟く。辺りでは誰がペンキを盗んだのかという話で持ち切りだ。コソコソと誰だ、誰だという声がちらほらと聞こえてくる。挙句の果てには吉木の悪口を言っている人間もいる気がする。
「どうって言われてもな。やばい?」
「曖昧過ぎですよ!皆が疑心暗鬼でなんかギスギスして嫌な感じです」
「まあ、そうだろうな。突然ペンキが無くなったんだからな。そりゃあ誰でも疑心暗鬼になってもおかしくは無いだろ」
「広先輩は誰が犯人か分かりますか?」
「俺は何時から名探偵になったんだ。そんなの分かるわけないだろ」
「ですよねー。早くこのギスギスした雰囲気から抜け出したいですよ」
「俺は何処でも変わらんと思うがな」
なんせボッチ。何処に居てもギスギスした場所に存在する男とは俺の事。
……なんか悲しくなってきた。
自分で考えて自分に落ち込んでいると、泉が肩の服をつまんでくる。
「だから広先輩。お願いしますね」
「何をだ」
「広先輩なら犯人見つけられて、この険悪な雰囲気をどうにかしてくれるって思ってますから」
俺のどこにそんな能力があるのかと言ってやりたいのだが、泉の信頼しているという顔を隠そうともしない顔を見れば、言いにくかった。泉が掴んでいる服から手をどかし、
「……出来る限りならやるつもりだ」
「それなら良かったんですけど、因みに自分を傷付ける方法は無しの方向で」
「注文が多い奴だな」
「私からの依頼です!」
ビシッと俺に対して指を突き付けてくる泉。取り敢えず、人に指を突き付けるのは止めような?
「依頼って今は部活なんて無い筈なんだけど?」
「何言ってるんですか。ただ学校が無いからやってないだけであって中止の報告はありませんから」
「まあ、言われてみれば確かにそうだが」
指を突き刺して笑顔だった泉だったが、腕を落とし何故か下の方を向く。
「急にどうした?」
「いえ、ちょっと気付いてしまいました。今は夏休みで広先輩は二年生。私は一年生です。広先輩たちと卒業出来る訳でもないですしその時の悲しみも共感することは出来ません。修学旅行も行けません。その時の楽しい瞬間も、もしかしたら南澤先輩や、寺垣先輩、清水先輩の新たな一面が見れても私は知ることも出来ません。ただ、学校で待って話を聞くことしか出来ません。だから、今こうやって寺垣先輩や清水先輩はいないんですけど、三人で一緒に体育祭の実行委員になれたのは本当に嬉しくて、楽しそうでした。だけど、今はこの雰囲気で楽しむ所の話じゃないですよね」
「……泉」
何処か泉の瞳が涙を浮かべていないのに、泣いていない筈なのに俺は泉が悲しんでいるんだと何故か分かった。
俺達は二年生だ。泉は一年生。それはほんの少しの誤差で、たった一年の筈なのに、変わりようのない事実であり現実である。
後一年早く生まれていればなんて言っても遅い。今が現実だ。この目の前の現実が真実だ。そんな事は分かっている。
だけど、泉は俺でも知っている程に『お悩み相談部』が好きだ。多分、あの部活で一番楽しんでいるのは、嬉しいのは泉なのだろう。だが、泉が二年になり、俺達が三年になれば、もう殆どの期間で俺達は部活に行く暇が無くなるのだと思う。
――――この部活を、俺達全員を好いている泉と学校生活を送れるのも残り少ないのだと俺は何処か現実に引き戻される気持ちになってしまった。
「アハハハ。会議室がギスギスしてるのに更に余計な事言ってしまいました。忘れてください」
一瞬であったが、あの悲しそうに俯いた時の泉の瞳を俺は忘れられない気がしてならなかった。
だが、先程までの雰囲気とは変わり、泉は呆気らんと笑いながら席から立ち去ろうとする。
――――俺はリア充なんかじゃない。
だからだろうか。こんな時俺はどんな言葉を投げかけたらいいのか分からなかった。どんな些細な慰めでも言ってあげればいいのだと思う。だけど、今までそんな経験のない俺に慰め何て出来る筈も無かった。
それでも、慰めなんかじゃない。その場しのぎの言葉なんかじゃなくて泉に対して言える言葉なんて俺は一つだけだった。
「泉、お前の依頼は何だ?」
泉は一瞬キョトンとした顔をしたが、俺の言葉の意図を察したのか少し目線を上にあげて考える仕草を行った後、
「皆で一緒にいられる今のこの瞬間で、私にとって忘れられない体育祭にしたいです」
「分かった」
泉はニッコリと笑いながら、南澤の方に向かって言った。
自分でも不器用だということは自覚している。こんな時に遠まわしにしか何かをする事しか出来ないことも、何もかもよく知っている。だけど、不器用だろうと、遠まわしにしか言えないとしても……依頼だけは解決しないとな。
俺は完璧主義者なのだから、小野から送られた挑戦状も、泉の依頼も全てこなして見せる。
「あ、吉条君。聞きだしてきましたけど、有力な情報はなかったです」
情報収集に行っていた漢城がメモ帳を手に取りながらこちらに戻ってくる。
「助かった。それはそれで有力な情報だ。さあ、犯人を見つけるか」
「んん?何か良い事でもあったんです?」
「いや、やる事が決まっただけだ。全部やってみせる」
「ですけど、次の会議は来週ですよ?それまでに何か手を策を考えていないとやばくないです?」
「…そうなんだよなー。今回はこのまま終わりそうだしどうするか」
会議が終われば、作戦を練ることも出来ない。
俺の考えで理想的なのは次の会議で犯人を断定する為の作戦を実行し、断定する。看板作成が間に合うギリギリの次の会議で犯人を炙り出し、ペンキを取り返す。これが理想的な計画。だが、それが実行できないのは百も承知だ。だが、やるしかない。
「それじゃあ私の家来ます?」
「……は?」
考え事をしていれば、どうやら空耳が聞こえてきた。
「だから私の家に行きましょう」
「何言ってんのお前」
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