第51話 漢城伊里の推理

 一週間が経ち、今日ペンキが見つからなければ、今後は集まらなくてもいい日でも集まってペンキを塗らなければならないという事態に陥ってしまう。それだけは避けたい気持ちもある。だが、これ以上長引かせる必要性も無い。今日、解決するのだから。


 それぞれの部署が働き、俺も会議で発表された記録を学校使用のパソコンに打ちながら、漢城の方に視線を向ける。

 漢城もまた視線に気づいてくれて、こちらに目を向けて頷く。

 ……そろそろか。会議の纏めは後できちんとするので許してもらうとしよう。

 席を立ちあがり、教室を全速力で抜け出す。


 ここからは漢城に任せるしかない。

 俺は俺のやるべきことをするしかない。

 ――――頼むぞ漢城。



 ――――漢城伊里。


 私がこんな役をするなんて夢にも思いませんでしたが、まあこれはこれで悪くは無いので別に構わないですが吉条君は本当に人使いが荒いです!


 目的である人物をここに連れてくることころまでは完了し、準備も出来た。後は――――小野美佐子が現れるかどうか……って心配は杞憂ですね。


 今日は部活がお休みである演劇部の部室の扉の隙間から小野さんの髪色、シュシュが目に入り、居ることは確認済みです。


 それでは始めましょうか!


 漢城伊里の名推理ショーを!


 「犯人は貴方ですね?――――内田先輩」


 目の前にいる一人の女性、内田先輩へと指を突き付ける。


 「え?何の話?」


 内田先輩はキョトンとした顔をしていた。中々に名演技です。


 「では、まず一から順に追って説明しましょう。一つ、まずペンキが無くなったのが二週間前。その時内田先輩は何をしていましたか?」


 「わ、私はあの時会議室で皆の様子を見てたけど」


 「ふむふむ。それじゃあ、次です。先週の会議。その時私達はふと思ったんです。今回の事件は念入りに練られた作戦ではなく、偶然に偶然が重なったのではないかと」


 私が吉木先輩だと思ったように、偶然に偶然が重なり小野さんがそれを利用した作戦。


 「そうなの?」


 「そうなんです!まず、内田さんは何かしらの用事でペンキを用具室から持ち出した。ですが、内田先輩は直すのを忘れていた。しかし!それだけでは終わらず、吉木先輩があんな事になり、内田先輩はすっかりペンキの事について忘れてしまっていた。そして、最近思い出した貴方は今日教室に持ってきています!そうなんでしょう!?」


 「あの…もしかして私疑われてる?」


 「疑っていたと言って欲しいです。ですが、私達は前回の会議で見てしまったのです。貴方のスカートのポケットにあったお金を!」


 吉条君が見てしまい、私が見てしまったのは内田先輩のポケットからはみ出てしまっているお金を。多分、小野さんから受け取った報酬だと踏んでいます。


 「あー。あったね。もしかしてこれの事?」


 「見せてきましたよ!この人!」


 内田先輩はポケットから私と吉条君が前回見たお金を差し出す。しかしながら、ふと思ってしまった。


 「……もしかして前回の制服洗ってないんです?」


 「ち、違うよ!前回洗濯する時にポケット見たらあったんだよ!私ポケットにお金入れる人じゃないから誰かのを拾ったのかと思ったけど、全く思い出せなかったから、今日持ってきたら誰か分かると思ったんだよ!」


 内田先輩は顔を真っ赤にして弁明します。……やはり名演技。


 「白状してください!私には分かっています。そのお金を第三者から受け取り内田先輩はペンキを今日まで隠すように言われた。そして、今は教室に後で用具室に直すように持っている。違います?」


 「だから違うってば。それに私にはアリバイだっけ?それもあるよ!ペンキが隠されたって日はずっと会議室にいるし、皆も見てる。それに、朝は一緒に行った子もいるから無理があると思うよ?」


 「ならば、会議までの六日間それまでに盗むことは出来るでしょう?」


 「それなら職員室にいけば、私が用具室の鍵を取ってるかどうかぐらい直ぐに分かる筈だよ。夏休みでも先生はいるんだし、聞いてみてよ!」


 「……あ。確かに」


 我ながら言われて納得してしまった。これで内田さんは犯人ではないということに……。


 「私の容疑晴れたかな?」


 「……すみません。私の勘違いでした」


 内田さんに頭を下げて謝罪する。


 「それじゃあ、もう戻っても良い?」


 「はい。ご迷惑おかけしてすみません」


 しかしながら、内田さんはその場から動きません。


 まあ、ここまでは全て


 「……こんな感じで良いの?」


 「はい。ありがとうございます。凄いでした」


 「だけど、この紙に書いてあるのを読んでって言われたけど、これは」

 

 内田さんにこの教室に来る際に吉条君と今日までに作った台本を返してもらう。


 「いやー、私新聞部部長で色々知ってるだろうからって、演劇部の人に台本を書いて欲しいと頼まれまして、丁度今回のペンキの騒動を自分なりにアレンジして作ってみました」


 「そうだったんだ。だけど、このお金は本当に私のじゃないよ?」


 「前回の会議にこっそり入れておきました。リアルな反応を見たくて」


 「ええ!?全然気付かなかった」


 「でしょう?中々に上手く出来たと自分でも思いました」


 ……なんて言ってますが、全て嘘なんですけどね。

 前回の会議で吉条君が内田先輩のポケットの端っこに千円札が見えたと言われた時は驚きましたが、本当にあったんですよね。吉条君の見立てでは、内田先輩が転んだ際に小野さんが仕組んだのではないかと言ってましたが、間違いではない様な気がします。


 「じゃあこれ返すね」


 「いえいえ。演技協力ということで貰ってください」


 「貰えないよ!私書いてあるの読んだだけだし、お金はいらないよ」


 内田さんはもらえないと言いながら無理やりお金を渡してきました。だけど、これ私のお金じゃないんですけど、まあいいでしょう。


 「分かりました。それじゃあそろそろ皆も待っているだろうし、もう大丈夫ですよ。ありがとうございました」


 「うん。私で役に立てたなら何よりだよ」


 内田先輩は皆に平等で優しい人間です。こんな人が初めは犯人なのかと思った時は驚き半分、悲しみ半分でしたが実際は犯人ではないのだから本当に良かったです。


 「いた!いてて!」


 ……何もない所でコケるのは少し不思議ですが。


 内田先輩はアハハと顔を赤くして誤魔化しながら去っていく。


 「――――もう出てきても良いと思います。小野美佐子さん」


 「――――どういうことだ?漢城伊里」


 いやー。初っ端から素の方ですか。私本性の方の小野さんを見てしまうと、ゾッと寒気がするんで嫌なんですけどそんなこと言ってる場合じゃないですよね。


 「いやー。小野さんどうしてここに!?もしかして私の後を尾行して!?」


 「質問に答えろ」


 どうやら冗談が聞かないです。本当に怖い。


 「どういうことだという質問にはただ、私は内田さんに頼み、台本のお芝居をしていたとしか答えようが無いです」


 「私が聞いてるのはそんな事じゃねえ。お前らは内田を犯人と断定したんじゃないのか?」


 いやー。ここまで来ると本当に怖いです。


 ……全て吉条君の思い通りの展開です。今後あの人を怒らせるのは少し注意した方が良いかもしれないです。


 「初めは、内田先輩を犯人になりかけました。確かになりましたが、そこで疑問が湧きました。今まで本性を出していなかった小野さんがラスト一週間で私達にバレるようにお金を渡したりなどするのかと」


 「ほう。じゃあ内田は囮だったって事か?」

 

 「その通りです。因みに貴方の考えも当てましょう。吉条君が全力で走った後、私が内田さんをここに呼んで来させました。その場合、吉条君は小野はそちら側に行くと言ってましたよ」


 「そんなの分かるわけねえじゃねえか」


 私もそう思うんですが、実際吉条君の思い通りに出来ているんだから怖いんです。


 「まあ仮に私の意見が正しいとして、小野さんは私の話を聞いていた時、吉条君は内田さんの教室に行って有りもしないペンキを探しているに違いない。そんな風に思いませんでしたか?」


 「――――お前にどうしてそこまで分かる?」


 ピクリと眉が少し吊り上がる。ちょっと図星だったんですね。


 「私ではありません。吉条君が全て言ってやれと言っていたので。もしも全部図星であるなら、小野さんは既に私達の掌の上で弄ばれていたという事です!」


 「っち」


 小野さんは舌打ちをして、少し悔しそうな顔をしています。中々に新鮮な感じです。それにちょっとスッキリしました。後は吉条君の推理が当たっているかどうか。


 囮は出来ました。後はお願いします吉条君。



 ――――吉条宗弘。


 昼だからだろうか。四十度近くある温度。窓で締め切られているからか更に暑さを感じ、思わず制服に風を通すように仰いでしまう。

 外からは微かに聞こえてくるセミの鳴き声、グラウンドではノックでもしているのか、カキーンと夏に丁度いいような音が奏でられ、野球部のかけ声が聞こえてくる。


 今この瞬間に俺もあの輪の中に入れば青春の仲間入り何だろうが、当然嫌だ。それに、今からすることは青春なんてこれっぽちもない。ただ、残酷な事実が告げられるだけの話し合い。


 俺が教室を出た後、ゆっくりと引き返せば会議室には小野と漢城、内田さんもいなかった。漢城が囮を全う出来ているのは確かだ。だからこそ、手っ取り早く済ませようか。


 三年合わせて十二クラス以上ある中の一角にある教室。そこで、俺は一人の人物に指を突き付ける。


 「――――本当の犯人はお前だ」

 

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