第47話 誰が……

 「ペンキが無いのは本当か?」


 「はい。本当に必死に探してるんですけど見当たらなくて…だけど先週確かにここに仕舞った筈なんですけど」


 「お前らが片付けたのか?」

 

 「はい。なのでここにある筈なんですけど」


 「ここの鍵は?」


 「職員室にありますけど?」


 何故そんな質問をするのか?という風に聞こえるが今はそれに応えている場合ではない。こんな突然の出来事。そして、先程の小野の笑み。あいつが何かしたとしか思えない。


 「何かあったの?」


 突然の聞き覚えのある声に思わず身体が身震いしてしまう。背後を振り返れば、まるで何も知らない体で来た形で小野が現れる。


 「あ、小野先輩。それがペンキが全然見当たらなくて」


 「何処かに消えちゃったの!?」


 「はい。ここに仕舞ってあった筈なんですけど」


 「…どうしよっか。だけど私達が悩んでいる場合じゃないし、まずは委員長に報告するしかないよね」


 「…待て!」


 「吉条?」


 小野が会議室へと行こうとするのを思わず叫んで止めてしまい、南澤が不思議そうにこちらを見てくる。確かに俺自身何故今小野を止めてしまったのか分からなかった。だが、この流れるように報告をしに行くのに不思議に思わずにはいられない。


 ……まるで、報告する為にここに来たかのように俺は感じてしまった。


 「どうしたの吉条君?もし無くしちゃったなら急いで報告しないといけないよ?」


 「そうよ。どうしちゃったの吉条」


 「わ、悪い。何でもない」


 止めなければいけない気がするが、止める理由が見当たらない。こうなってしまえば止める術はない。

 小野は颯爽と走って行くが、その直後にスローガンの看板作成のメンバーがぞろぞろとこちらにやってくる。


 「美佐子ちゃんに聞いたんだけど、ペンキが無くなったのって本当?」


 「そうなのよ。一年生たちはここに片付けたって言うから誰かが持ち出すなんてありえない筈だし」


 慌てた様子で他の看板作成メンバーが集結して来る。小野がこいつらを呼んだのはペンキが無くなったと聞いたためだろう。何ら不思議ではない。当たり前の出来事……の筈なのだが、何だこの違和感は。

 もしも、小野が何も知らないで本当に委員長に報告しなければと思っているのなら、別に他のメンバーには言わずに報告しに行くのが一番いい筈だ。なのに、何故他のメンバーにわざわざ言いに行く必要がある?

 本当に勘違いかもしれない。錯覚だと信じたい。だが、まるで小野に操られている様なそんな感覚に囚われている気がする。


 「……なんか嫌な気配がするのは私だけですか?」


 漢城が周りを見ながらボソボソと俺だけに聞こえるように尋ねるが、その顔に一粒の冷や汗が流れているのを見てしまった。漢城もまた俺と同じ気持ちだったらしい。


 「…残念ながら俺もだ」


 額に俺も冷や汗が流れてくるのを感じながらも、唐突の出来事に俺には為す術はなく見守ることしか出来なかった。


 「ペンキが無くなったというのは本当かい!?」


 慌てた様子で戻ってくるのは小野、そして春義、吉木、内田も走ってこちらに駆け付けて、準備しようとしていた一年生たちに俺と同じように状況を尋ねる。


 「……一体どうしてこんな事に」


 内田さんが悩むように頭を捻らせ、


 「吉木先輩。どうしたらいいですか?」


 小野が詰め寄る形で吉木に尋ねると周りの視線が吉木へと注がれる。


 「え、うち?」


 「当たり前じゃないですか。体育祭実行委員長は吉木先輩ですよね?どうしたらいいですか?」


 「え、うちに聞かれても」


 「犯人捜しをした方が良いですか?それともペンキを買った方が良いですか?だけど、ペンキはここら辺にはありませんし、専門のお店に発注しなければならないと思いますし、もしも違う店にするとしても少しでもペンキの色が変色したら違和感があるかもしれないですね。どうしたらいいですか?」


 「……やられた」


 「何がです?」


 俺が思わず小野のしたいことに気づき、声を出してしまい漢城に尋ねられるが、多分俺が言うよりも先に結果が分る筈だ。


 「……そんなこと言われても」


 「だけど吉木先輩が委員長ですし、誰に聞くんですか?発注するとしても時間は限られてます。もしかしたら間に合わないかもしれないですね。それを踏まえないと、それに結構の量のペンキを扱いますから、何処で買うとしても直ぐに言わなくちゃならないですね。どうしたらいいですか?」


 「今考えてるんだから黙ってよ!」


 「キャ!」


 吉木が怒りか、突然の混乱か小野を突き飛ばす。

 ――――だが、俺は見えてしまった。吉木が突き飛ばす瞬間に小野はわざと足を浮かせ派手にこけたのを。


 「美佐子ちゃん!大丈夫!?何するんですか!」


 直ぐに小野の友人らしき人物がこけた小野の元に駆け寄り、突き飛ばした吉木を糾弾する。


 「あ、うちそんなに強く押したつもりじゃ」


 吉木も自分がやってしまったという自覚はあったのだろう。明らかに困惑した様子を見せるが、既に遅かった。


 「今の何?小野ちゃんはただどうしたらいいか聞いただけなのに」


 「突然押すなんて最低」


 ヒソヒソと周りからも吉木に対する糾弾が始まる。


 「い、一旦落ち着こう。今は看板作成をこれから体育祭までの期間にどうやって完成させるのか。それを考えよう」


 慌てた様子で春義が仲介に入り、全体の指揮を執り始める。


 「…漢城。少し離れた場所で話すぞ」


 「分かりました」


 漢城と二人で誰も聞いていないであろう少し離れた場所で、密かに話し合いを始める。


 「…さっきやられたと言ったのはあれは何です?」


 「あれは、全て小野の計画だったんだ」


 「計画ってペンキが無くなったのもですか?」


 「ああ。全て計算付くで更に吉木先輩が自分に手を挙げる所までが算段だったんだ」


 「別に違和感は無かったように思えますが?」


 漢城の言う通り。全く違和感など無かったように思える。分かるとすれば小野の本性を知っている人間のみだ。


 「まずおかしい点で一つ目は小野が全員に報せたことだ」


 「それの何がおかしいんですか?」


 「自分でもあんまり言いたくないが、小野は賢く完璧な人間だ。小野がこの事件を引き起こしていない場合、普通小野の選択肢として先に委員長等に報せて、現状の把握、これからどうするかを考えて他の皆に報せる筈だ。その方が皆も混乱しないで済むからな。賢い小野がする選択肢はではないこと」


 「……言われてみれば確かに」


 「二つ目として小野が吉木に詰め寄るシーン。あれは違和感しかない」


 「あー。確かにちょっと不自然だとは思いました」


 ここは漢城も違和感を感じていたようだ。


 「吉木先輩は言ってなんだが、あんまり頭が良くない。それは小野も春義先輩も理解している筈だ。だからこそ、委員会会議でも春義先輩が仕切っていたんだからな。そんな吉木先輩に対して小野は色んな選択肢を一気に吉木先輩に詰め過ぎだ。あんなに沢山の選択肢を選ばされたら吉木先輩じゃなくても困惑してパニックになる。そうなれば、小野にとって全てが上手くいく。さっきも見たように沢山の選択肢を詰め寄られた吉木先輩は困惑して小野を突き飛ばし、周りからは何でそんな事をするんだと悪人にされ、吉木先輩は嫌われる。そして小野は今までの恨みを晴らせてハッピー。全てが小野の思い通りの展開だって訳だ」


 「確かに言われてみればそうですし、小野さんならあながち不可能ではないと考えられるのが不思議な所です」


 「本当だよ。更に俺の考えなら小野はここで二つの利点を考えている」


 「え?一つじゃないんです?」


 俺も最初はそう思った。だが、今漢城に説明している中でもう一つ小野にとって利点が思い浮かぶ。


 「一つは吉木先輩に対する嫌がらせ。二つ目として俺達にペンキを盗んだ犯人を見つけさせる事」


 「ペンキを盗んだ犯人を?」


 「ああ。それも間違った方向にな。俺達が間違った人間を見つけ出して、小野は俺達を侮辱し優越感に浸る。そこまでがあいつの完璧なシナリオだと思う」


 「……それは流石に考え過ぎなのでは?」


 俺も思った。だが、今までの会話をもう一度見れば違和感に気付く筈だ。


 「俺も少し思ったが、よく考えてみてくれ。どうして俺達はここまで先程の違和感に気づくことが出来たんだ?」

 

 「それは小野さんの本性を知っているから?」


 「その通りだ。そして、もしも俺の考えが正しいと仮定するとして、小野にとって一番困ることはなんだと思う?」


 「え、ええと何ですかね?」


 漢城は一瞬頭を少し下げて考える仕草を行うが、分からなかったようで苦笑いをしながら尋ねてくる。


 「俺達が犯人を間違える以前に、この件で違和感を感じさせずに犯人捜しをしないことだ。それが小野にとって一番面白くない展開だ」


 「あー。確かに吉条君の意見が正しいのであれば、小野さんにとってそれが一番面白くない展開ですね」


 「ああ。そこで先程の小野の行動を振り返れば、あれはそもそも自分で行う必要があったのかという点だ。他の誰がやっても出来たかもしれない作戦をわざわざ自分でやる必要がどうしてあるのか」


 「それは、自分の手で吉木先輩に関してスッキリさせたいのではなかったんですか?」


 「それは違うだろ。吉木先輩に苛立ってするとしても、もしも失敗すれば逆に吉木先輩が可哀そうとなり小野が嫌われる可能性が出てくる。小野はそこまでリスクを冒してやるとは考えにくい。なのに、自分であれだけ派手な事をやった。ならば、何故それだけのことをする必要があったのか。小野にとって自分でもリスクを冒してでもやらなければならない程の恨み、もしくは反感を食らってる人間は誰だ?」


 ここまで話した時、漢城の目が見開かれる。


 「……もしかして吉木先輩以上に恨み、反感を食らってる人間って世界一可愛い漢城伊里ちゃんと吉条君です?」


 「そこで冗談が言えるんなら大丈夫だな」


 「そこは合ってるって言った方が私的に嬉しいんですけどね!」


 無茶を言う。というか、今は冗談を言っている場合ではない。


 「取り敢えず、理解したなら犯人捜しをするぞ」


 「え?それだと小野さんの思惑通りなのでは?」


 「いや、そうはならない。小野にとって犯人を間違えさせることが思惑だ。ここで、俺達がきちんと真犯人に辿り着けるのであれば、あいつの思惑通りにはならない。それに、俺がこの事に気づいて犯人捜しをしないのであれば、俺は小野に負けたことになる。それだけは絶対に嫌だ」


 「本当にしょうがないですけど、私が手伝いましょう」


 えっへんと腰に手を当てて自分を示してくる漢城。こいつは本当に常に元気だな。


 「いや、別にお前の協力なしでもやっていけるんだけど」


 「今までの流れ的に協力する流れでは!?私の元気を返してくれません!?」


 「そう言いたいが、俺一人じゃ無理そうだ。漢城手伝ってくれ」


 「…本当に仕方ない人ですね。吉条君は本当に素直じゃないです」


 何がそんなに嬉しいのかは分からないが、上機嫌な漢城さん。怒っていないようで何よりです。


 「素直じゃないって言うか、お前が話を最後まで聞かなかっただけだからな?」


 「本当に!吉条君は人の上機嫌をぶっ壊してくれますね!」


 漢城とやっていくということは決まったが、まだ何も分かっているわけではない。


 「美佐子ちゃん一人で大丈夫?」


 「うん。大丈夫」


 小野の声が聞こえ、あちらの方を向けば小野が保健室にいくのかこちらの方に近づいて、通り過ぎる際に、


 「一つ目の計画は私の思い通り。さあ、テストで私に負けたお前に解けるか?」

 

 「勝ってお前のプライドズタズタにしてやるよ」


 小野が通り過ぎる時微かに笑っている様に見えたのは余裕の笑みであろうか。だが、解決する時にはその笑みも吹き飛ばしてやる。


 「……なんか両方とも悪者に見えます」


 「雰囲気ぶち壊すのが本当に好きだな」


 さあ、全てを見破ってあの笑みを消し去ってやる。

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