第46話 事件発生

 一週間後。


 八月三日。時は最高潮の猛暑日の中必死に我慢しながら部活の声以外では静かな学校の一角にある体育祭実行委員の会議室へと足を踏み入れれば、まばらに人が個々で集まり話し合っている光景が見えながら、安定の端っこの席に座るのだが、

 

 「今日は早いんですね。広先輩。前回は遅刻ギリギリでしたけど」


 「お前は何時も元気だな泉」


 いつでも元気な泉。こいつが静かな場面を見受けたことはない。


 「私を馬鹿な子みたいに言うのは止めてください。私は頭も冴えて元気で可愛い子です」


 「そうなのか」


 「興味ないみたいな表情を隠そうともしないの止めてもらっていいですか!?」


 適当に返事をすれば、どうやら顔に出ていたらしい。少し気を付けよう。


 「はーい。それじゃあそろそろ皆来る頃だと思うので適当に学年順に座ってください」


 吉木がまだ来ていないことから……ええと誰だっけ。


 「なあ泉。あの人誰だっけ?」


 「三年の内田先輩じゃないですか。というより、ここに来てから一番知る人だと思うんですけど?」


 「あーそれだ。内田先輩だ」


 内田が指示を出せば、ぞろぞろと全員が席につき始め、泉も自分の場所へと戻り、遅れて春義と吉木も登場する。


 「ごめん。部活で少し遅れたんだけど遅刻しちゃった?」


 殆どの人が席に着くのを見て、春義が後頭部に手を置きながら申し訳なさそうに呟く。


 「ううん。今席に座ったから丁度良いよ」


 内田に言われ春義も納得したように副委員長の席に座り、吉木も春義の隣である委員長の席に座る。

 まあ、委員長と言ってもその殆どは春義が担っている。吉木は最終決定を伝えるだけであり、その間の進行は殆どが春義が受け持っている。まあ、俺からすればとっとと済めばいい話だ。


 「すみません!遅れましたか!?」


 「ごめんなさい!」


 そこからギリギリで登場する南澤と漢城が現れて、謝ると春義同様に説明を受けて安心した様子で隣に漢城、その隣に南澤も腰掛ける。


 「吉条君が私より早いなんて……何時から私は吉条君以下の人間に」


 ガタンと頭を机に叩きつける漢城。こいつもまた騒がしい奴である。


 「何時からお前が俺より上の人間だと思っていたのかは知らないが、会議始まるから静かにしとけよ」


 「吉条君に注意されるなんて私は落ちぶれてしまいました」


 「遅れてすみません~!」


 ハア、ハアと呼吸を荒げながら辿り着いたのは小野。傍から見たら遅れないように急いで走って来た可愛く真面目な女の子の様に思えるが、全て計算通りに動いている。そんな風に見えてしまう。


 「小野ちゃん遅いよー」


 「すみません」


 「大丈夫だよ。今から始めようと思ってたし遅刻はしてないからね」


 吉木がおふざけ半分の様に小野を叱り、内田がフォローする。

 だが、今偶々気付いたのだが吉木は人をあだ名で呼ぶのが好きな人だ。しかしながら、小野の事はあだ名で呼んではいない。この事から今は春義と付き合ってるが、吉木は根に持っているのかもしれない。

 ……まあ、根に持っていなかったら注意なんてしないし、小野にあんな強く言うことも無いだろうが改めて認識出来た。


 「それじゃあ、今日のお題は全学年での種目決めなんだけど、リレーは決まってるとしてそれ以外に一つ決めたいと思います」


 春義が進行すれば、ありきたりな種目が次々と出てくる。委員長決めの時は中々に手が挙がらなかったが、元々意見を言える人間が委員会に入るのが殆どだ。こういった時はスムーズに進む。


 しかしながら、この体育祭で出なければならないのは個人として二つ以上。もしくはそれ以上でなければ決めるのが難しい為、俺もまた出なければならない。


 絶対に出なければならないのが、全学年クラスによる対抗リレーだ。それに加えて、もう一つ出なければならないのだが体育祭にあまり興味が無い人間、俺などは人が多い今から決める全学年による種目に出る為、多分俺も必然的にそれに出る可能性が高い。とうよりはそれをする。よって、これから決める種目だけは見ておかなければならない。


 今候補に挙がっているのは、騎馬戦、棒倒し、綱引き、台風の目などがメインとなるだろう。


 「この中で昨年行ったのが綱引きだから、今年は辞めた方が良いですかね?」


 春義は進行中に、ただ座っているだけの俺と同じ萩先生に尋ねる。


 「そうだな。体育祭を見に来る来賓なども同じ物を見てもつまらないと感じる人がいるかもしれないからな。今回はその三つのどれかなら文句は言われない筈だ」


 「それならうちは騎馬戦で良いと思う!めっちゃ楽しそうだし!」


 吉木が真っ先に手を挙げて騎馬戦を進めると、春義が苦笑いをしながら窘める。


 「うーん。そうだね。皆にも聴いてみないと」


 「騎馬戦って結構文句とか、色々問題がありませんか?」


 ここで小野がおずおずと言った形で手を挙げて遠まわしに吉木の意見を潰すような話を持ち掛けている。


 「問題って言うのは例えば?」


 単純に気になったのか内田が小野に尋ねる。


 「例えば騎馬戦では頭が使われるので、作戦として向かってきた騎馬を二つで倒すとかあるじゃないですか。それをお互いにやってしまうと両方が固まって動けなくなってつまらない戦いになるかもしれないですし、私の中学で見たんですけど鉢巻を取ろうと思って行動した手が顔に当たって傷がついたっていう文句が多発してましたよ」


 「あー。確かに顔を傷付けられるってのは結構多いらしいね」


 小野は隣の子から同意を得たと同時に、周りからも確かにと、納得した意見を言われ、吉木が真っ先に提案した騎馬戦は無くなる。


 「あ、それで私からなんですけど棒倒しが良いと思うんです」


 「棒倒しだったら騎馬戦と同じく負傷者出るんじゃないの?」


 小野が代案を出すと、誰が言うまでも無く吉木が一番に意見を述べる。


 「私の意見ですけど、台風の目では四、五人のチームで回っていくと思うんですけど、その際に誰か一人でもこけた場合その人が後々辛い思いをする時があると思います。その分棒倒しなら騎馬戦ほど負傷者が出る訳でもなく、責任を取らされることは無いと思うので良いと思うんです」


 「あー確かに台風の目でミスをしたら大変だもんね。私もそれなら棒倒しの方が気楽に出来そう」


 内田が賛成の意を示すと、周りも同調し始める。

 俺からすれば吉木の騎馬戦も棒倒しもさほど変わらないように思えるが、今のは小野の話術が上手すぎたというべきだろう。

 反対意見を述べながらもきっちりとした代案意見を述べれば吉木の意見より小野の意見を採用するのが当然の流れ。更には周りの配慮を忘れない様な言い方をしている為、周りの好感度は更にアップ。


 ここまでくれば流石としか言いようがない。


 「…それじゃあ全学年競技は棒倒しで良いかな?」


 「良いと思うよ。皆も賛成してるし」


 春義は一瞬チラリと少し俺でも不満そうにしている吉木を見たのち、決定が下された。


 「……女って怖いです」


 隣で俺と同じように見守っていた漢城が体を腕で抱えながら呟く。


 「一応分かってると思うけどお前も女だからな?」


 「お、吉条君は私を女として意識してるなんていきなり過ぎですよ。キャー大胆!」


 「女としか言ってないんだが」


 「照れ屋さんですか?」


 暇なのか調子に乗って俺をからかってくる漢城。日頃の恨みが募っているのか?俺何もしてないと思うが。


 「お馬鹿さんにだけは言われたくないがな」


 「私みたいなお馬鹿さんにカラオケもボウリングも負けるお馬鹿さんは誰でしょうか?」


 痛い所を突いてくる。それを言うならこっちも言ってやろう。


 「学校にド派手な赤下着を着てくるやばいビッチ女には負けますよー」


 「だ、だからあれは替えが無かったって言ってるのに!」


 「女としか言ってないから別に漢城の事だなんて言ってないんだけどなー」


 俺の言葉に悔しいのか、恥ずかしいのか定かではないが顔を真っ赤にしながら、


 「わ、私だって別に自分の事とは言ってないですけど」


 「そうだな。それにしても誰なんだろうな。そんな奴は。顔が見てみたいな。お調子者なんだろうな。ド派手な奴だもんなー」


 「くううう!悔しい。ここが会議室じゃなかったら一発殴ってやるのに」


 手を握りしめている漢城。こいつは自分から吹っかけておいて何を言っているのか。


 「お前が俺に口勝負で勝てると思うな」


 「いけると思ったんですけど」


 「無理無理」

 

 「何時か弱みを握って勝ってみせます」


 「対抗意識なんて出さなくていいから。会議に集中しろよ?」


 「一番集中していない人に言われました!」


 漢城と適当に話していれば、会議はあっという間に過ぎていき学年別の種目も決まっていき、会議は終了してこれからそれぞれの場所で係り別に働かなくてはならない。


 漢城達と共に外に出て看板の前で座り込み、誰かがペンキの道具を持ってくるのを待っているのだが、十分程度経ってもやってくる気配はない。


 「……なぁ、これ誰も取りに行ってないってオチは無いよな?」


 「流石にそれはないと思いますよ?一年生の数が足りないですし、探しているのは確かです。探すのに手間がかかってるのでは?」


 「もしかしたらサボってるのかもしれん。ずるいな」


 「そこでずるいって言葉が出るのに驚きですけどね」


 泉にツッコまれて反論して数十分ぐらい経っても本当にやってくる気配がしない。


 「おい、本当にサボってるんじゃないのか?」


 「……流石に無いと思うんですけど、一年生なので場所が分からないかもしれませんし、行ってみます?」


 「確かに明らかに遅いわね。行ってみましょう」


 南澤が立ちあがり、漢城、泉も倣って立ち上がる。


 「そうですね。私も一年ですし行きます。広先輩も早く行きますよ」


 「流れるままに俺を巻き込むな。行ってこい」


 「は!・や!・く!・行きますよ!」


 「分かったから耳元で大きな声を出すな!」


 耳元で喧しい泉の声を聴きながら俺も立ち上がり、ペンキなどがある用具室へ向かおうと思った時、自分でも無自覚なのかチラリと小野の方を見れば――――薄くあの本性の姿で笑っている様な顔が見えて、脚を止めてしまう。


 「何してるんですか?行きますよ?」


 「あ、ああ。分かってる」


 泉に促され少し不安が募りながら用具室へ向かうと、案の定一年生が慌てた様子で用具室を漁っていた。


 「ペンキ見つからないの?」


 一年生の背後から南澤が声を掛ければ、一年生は驚いたように肩を震わせながらも南澤の方を振り向く。


 「は、はい。俺達も何処にあるんだろうって思って探してたんですけどペンキが無いんです。今用具室の殆どの道具を出しながら探してるんですけど何処にもないんです!」


 一瞬、先程見た小野の薄く微笑んだ笑顔が頭の中で蘇る。


 何かをするならもっと前だと思っていた。しかしながらまさかこんな早い時間に仕掛けてくるとは思いもしなかった。これはこれで予想外だが、小野の思惑通りには絶対にさせない。


 あの微笑んだ顔が何か関係しているのであれば、絶対に思い通りにはさせない。


 

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