第45話 体育祭実行委員会
海の家から帰って来た俺は非常に倦怠感に襲われてしまっているのだが、休みが訪れると言われれば嘘である。
「じゃあスローガンの看板作成よろしくー」
吉木が気だるげに伝えれば、看板作成の班である俺や南澤、漢城、泉、小野などのメンバーがスローガンの看板作成だ。看板は結構の時間が掛かることが予想され、人数は少し多めで殆どが一、二年生で占められ、合計十五人程度の人である。
……だが、今日の作業はこれだけなのだが、来週では体育祭の学年ごとの種目を決めなければならない。更に、俺や他の多数の人間はパソコンで様々な人達の進行を纏める係にも任命されてしまった。
俺が思っていた以上に体育祭実行委員はきつい仕事であった。……萩先生いつか化けて出てやる。
「ぼーとしないで働くわよ」
ペンキ等を使う為に外で作業するということでぼーと見ていると、南澤に叱られてしまった。
「俺いなくてもこれ絶対に足りるだろ。むしろ何も知らない俺が入れば邪魔になるかもしれん」
「変なこと言ってる場合じゃないわよ。三年生がいないんだから私達がやらないでどうするのよ」
「ごもっとも」
最近南澤に論破されすぎな気がしながら、立体文字の周りをペンキで塗る為に座りながらペンキを塗ろうと思えば、塗る道具が俺の分が無かった。
「あ、残念ながら俺の道具が無い。よって俺は温かい目で見守ることに」
「看板はこっちだけじゃないですよ?こっちにもあります」
休めると思いきや、看板は一つではないことを漢城の言葉で思い出す。
「……お前は本当に俺を虐めるのが好きだな」
「全く苛めた記憶が無いんですけど、吉条君が困ってるのなら日頃の恨みが晴らせるので嬉しいです」
「素直な言葉をありがとう。これから日頃の恨みを増やしてやる」
「吉条君が言うと冗談に聞こえないんですけど!?」
漢城の叫び声をスルーしながら一つの看板の前で腰を掛け、道具を持って外回りから塗っていく。
「広先輩、そこは文字の周りから塗った方がいいと思いますよ?」
泉が当然のように俺の隣で作業をしながら助言して来る。
「なあ、なんでナチュラルに俺の所にいるの?」
「え、いたら駄目なんですか?」
「うん」
「はっきり言い過ぎですよ!?私でも落ち込むことはありますよ!?」
「いや、だって凄いお前といると目立つだろうし、噂とか流されたら面倒だろ」
「……ハア。そういう理由ですか。焦るじゃないですか」
「何を焦る要素があるんだ?」
「何でもないんで手を動かしてください」
泉がそっぽを向きながら俺に手を早めるように言うのだが、いや俺の言葉通じてないの?
「お前がいたら噂が立ちそうで怖いんだけど?」
「大丈夫ですよ。私ってそんなに目立つ女じゃないですし」
「それを素で言ってるなら怖いからな?」
泉は自分の顔を理解していないのだろうか?
顔は普通に可愛いし、性格も明るく人気者。それが目立たないとは何の冗談だ。
「私より全然目立つ人があちらにいると思うんですけど?」
泉がチラリと先程俺が働こうとしていた場所にいる小野美佐子を見る。
「あー。確かに凄い注目されてるな。まあ、それなら大丈夫か。泉任せた」
「さり気なく私に仕事任せるの駄目ですからね?」
「っち」
「舌打ちしても駄目ですから」
泉は何だかんだやってくれる女だと思っていたが結構厳しかった。仕方なく、泉に言われた通り文字の周りをペンキで塗りながら作業を始める。
「それに、こういうのって初めての共同作業に思えてきません?」
「いや、全く。ていうか作業なら何度も部活でやってるだろ」
「……まあ、広先輩に通じるわけないですよね」
何故か落胆したようにがくりと肩を落すが、直ぐに気を取り直したように作業を開始する。
「これって去年も思ったんですけど、結構眠くなります」
「お前も当然のようにここにいるんだな」
何故か、漢城までもが欠伸をしながらここにいる。
「当然ですよ。あっちだとお腹がはち切れそうなので」
「お前もう段々と慣れてきてるだろ。笑顔になってるぞ」
アハハと笑う漢城を見ながら、まあ小野がいるなら噂が立つわけもないと思い作業に戻る。
「なあ、この看板って何枚作るんだ?」
「三枚ですよ。広先輩って本当に話を聞かない人ですね。さっきも言ってましたけど」
泉が呆れたように言ってくるが、俺は記憶がある様な…ない様な気もするがまあどうでもいいや。確かに泉に言われてみれば、大の大きさの看板、俺達が行っている中ぐらいの看板が二つあった。
「三枚って事はこの中ぐらいの大きさの看板は何処に飾るんだ?」
「え、えーとそれは」
そこまでは覚えていないのか泉が視線を泳がせながら答えようとしない。
「もしかして知らないのか?さっき俺にあんな事を言っておいて?」
「う、だけど広先輩も知らないじゃないですか!」
「まあな。お前も知らんけど」
「ほ、本当にこの先輩は口だけは達者なんですから」
「これは、昇降口入り口につけるんです。因みにさっき内田さんが言っていました」
「あーそうでしたね。分かってました。ど忘れしてたんです!」
焦ったように漢城に同意する泉。もう既に遅い。
「別に誰も聞いてないぞ」
「このペンキで顔を真っ青にしますよ?」
「真顔で怖いこと言うのやめてくれない?怖いから作業に集中してもらっていいか?」
「確かにその通りだけどとてつもなくむかつきます!」
泉の怒りの声をスルーしながら作業を進めていくが、漢城の言う通り確かにこれは眠気が襲ってくる。
「あ、あのこのペンキ使わせてもらっていいですか?」
「はい。良いです。どうぞ使ってください」
「あ、ありがとうございます」
三枚目の看板を作っていたであろう一年生の少年二人が漢城に話しかけ、喜びながらペンキを持っていく。
「どうしてあんなに喜んでるんでしょうか?そんなにペンキ足りないんですかね?」
「お前は鈍感だな。あの二人はお前に話しかけて喜んでたんだろ。それぐらい察しろよ」
「え?」
「何だよ」
泉がまるで貴方は誰?と言わんばかりに呆けた顔でこちらを見てくる。
「い、今のは私でもそう思いましたけど、なんで広先輩に分かるんですか?」
「まるで俺じゃ分からない様な言い方じゃないか?」
「全く持ってその通りです」
「おい」
「その前にどうして彼らは私と話して喜んでるんです?」
漢城が不思議そうに聞いてくる。
「気があるんじゃないのか?」
「いやいや、ちょっと待ってください。貴方誰ですか?広先輩じゃないです」
「いや、俺は吉条宗弘だけど?」
「それは分かってますよ。けど、全然違います。広先輩は何にも知らない鈍感馬鹿野郎じゃないですか」
「今からお前と俺をどんな風に見ていたのかをじっくりと聞きだしたい」
こいつはそんな風に俺を見ていたのか?俺は鈍感でもなければ馬鹿でもない。よって、全くの別人だ。
だが、ふと思い出した。
「…あ、でもそう言えば昔妹に自分に関しては一切分からないのに、他の人の事は鋭いとか言われた気がするな」
「その言葉で全てが解決しました」
「俺って鈍感なのか?」
「鈍感というか、馬鹿だと思います」
「漢城に言われたらお終いだな」
「普通に毒吐くの止めてもらっても良いですか?」
「普通に俺貶すの止めてもらって良いですか?」
「真似しないでください!」
漢城に言われながら作業をしていると、南澤からうるさいと叱られ、渋々仕事を集中して行い、何とか一日分は完了する。
「このペースだと何日ぐらいで出来上がるんだ?」
知っているであろう漢城に尋ねる。
「途中まで週一で会議があってその時少しずつ完成させようとしても、後二回、もしくは三回ぐらいで完成すると思います」
「なら、後は体育祭の種目決め、本番での進行とかの調整の手伝いなどが俺達の仕事か?」
「そうなりますね。…順調にいけばですけどね」
漢城がチラリと今も作業をしている小野の方を見ながら呟く。
確かにその通りだ。小野が今の所は何もしていない。しかしながら、これからは分からない。もしかしたら体育祭まで何も無いのかもしれない。もしくは、準備期間で何かを起こすのかもしれない。それだけは心の奥底にいる――――小野美佐子の本性しか知る由は無い。
だからこそ、この一週間後に事件が起きるなど分かる筈も無かった。
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