第36話 萩妙の自論
「今は何処に向かってるんですか?」
後ろでは妹を交え、四人が仲良く談笑している中、俺は萩先生と取り立て普通の会話を始めていた。
「行ってからのお楽しみだ。だが、結構遠い」
「道理で妹が服やら何やら持っていけってうるさい筈だ」
おかしいとは思ったんだ。何故、あんなにも服がいるのか。そして、何処にそんなお金があるのかと。だが、一つ言い訳をするとすれば、夏休みも相まって頭を全く使っていなかった事から、一切何も考えていなかった。
「今回は確かに付き合わせて悪いと思っているが、知り合いがうるさいのでな」
「萩先生が今向かっているのに関係しているんですか?」
「そうだ。私は一応吹奏楽部とお前らの部活の顧問を兼任しているので丁度良かったのでな」
萩先生がこの部活の顧問をしていることを初めて知った。
「そう考えたら、今回は萩先生からの依頼と言うことで良いんですか?」
「そう解釈してもらって構わない。だからよろしく頼む」
「今更拒否なんて出来ないんで別に構わないですよ。それよりも清水はどうしたんですか?」
「清水は参加拒否と言うよりは親御さんが拒否した」
「……あいつも中々ありそうですからね」
今更拒否が出来ないのは分かっているのだが正直に言えば、このまま帰りたい気持ちも少なからずあるが、今から行くのは海なのだろう。ならば、このまま俺がもしも帰るとなれば、必然的に妹も帰ることになる。それは流石に可哀そうだった。
「……他の四人は寝たか」
「そうみたいですね」
背後を振り返れば、四人は互いに肩を貸し合いながら寝ていた。
静かだとは思っていたが寝ていたとはな。
「なら、聞きたいんだが吉条はどうしてあんなことが出来るんだ?」
萩先生は以前黒柿と居たとき同じ問いを繰り出すが、これもまた俺の返しは決まっている。
「個人情報なんで教えられませんね」
萩先生もまた俺がこう返してくるのは分かっていたのか前を向きながら笑っていた。
「ハハ。まあ、そう返してくるだろうな。だがな、吉条。何度も言うがお前のその能力は誰かを傷付けることが出来る。それだけは分かっているな?」
「分かってますよ。なるべくなら使わない方向でっていつも考えていますよ」
俺がこんな力を身に付けてからもう二年近く経つ。その間にこれ以上使おうとはもう思わなかった。このような部活に入っていなかったらもう使う機会などなかっただろう。
「それなら良いんだ。私も吉条の様な人間がそんな事するようには思えない。だが、私の考えが違うということもあるからな」
「沢山見た来た先生にしては自信のない言葉ですね」
「沢山見てきたからこそ分からないことの方が多い。今までずっと真面目な人間が大人になれば、全くの別の人間になっていることもある。吉条もそうだ。私はお前は優等生だと思っていたが、そんな能力があるなんて全く思わなかった」
「先生だからって全部が全部分かるわけないじゃないですか」
萩先生はまるで自分を卑下するように呟くが、誰もが誰もを理解出来るなんて理想論だ。
「確かに吉条の言っていることは正しい。だが、私は先生だ。生徒を理解し導く立場にあるんだ。だから、分かっていないと教師なんて務まらないんだよ」
「大変な仕事なんですね」
「ああ。だが好きでやっていることだ。だが、好きでやっているからこそ、その分辛い気持ちもあるがな」
「辛い気持ちがあるんですか?」
「そりゃああるさ。私が受け持った生徒は真っ当な人生を生きて、挫折を味合うことなく、生きて欲しい。だが、私にはそれが叶わない。自分の生徒が変な道に進めば、自分の不甲斐なさを呪い、辛い気持ちになれば、悲しい気持ちにもなる」
俺は萩先生を誤解していたのかもしれない。俺に対し理不尽を味合わせある悪魔だと最初は解釈していた。だが、実際はどうだろうか。ここまで理想論を掲げ、更にはそれを達成させようと頑張り、自分の生徒が道を間違えれば悲しむ。
ここまで生徒を思いやる先生だとは全く思わなかった。
それと同時に少し萩先生の行動に理解出来た。
「もしかして俺を体育祭実行委員にしたのは、俺に少しでも他者との触れ合いをさせようと考えたからですか?」
「さて、何のことか分からん。吉条があの場にいなかったからこそ選んだだけだ」
はぐらかしたが、それは答えに近かったことを意味していただろう。それと、同時にここまで萩先生と話しふと疑問が浮かんだ。
「どうして、そこまで良い先生ですし結婚出来ないんですか?」
「……それを私に教えてくれないか吉条君」
先程までの笑顔が吹きとび、暗い表情をしながら萩先生は呟く。
「俺も知りませんよ」
「ハア。結婚して寿退社したいな」
「え、先生辞めたいんですか?」
今までの話を聞いた限りだと、先生は自分の仕事が好きだと言っていた。話しが矛盾しているように見える。
「ああ、寿退社したい」
「どうしてですか?」
「確かに私はこの仕事が嫌いじゃない。むしろ好きだ。だが、それ以上に私は夢があるんだ。いつか、自分の愛する人と結婚して自分の子供を作り、その子を大事に育てたいという夢があるんだ」
「子供ですか?それなら教師でも良いんじゃ」
「吉条の言っていることも分かるが、私達教師はずっとお前達を見守ってやることは出来ない。出来ることも少ない。この、高校生活三年間でしか教師は何かしてあげることが出来ない。だからこそ、私はいつか自分で子供を持ち、一からその子の人生を見守って、時に道を間違えようとすれば叱り、夢が出来たら応援出来る、そんな母親になってみたいんだ」
自分の夢を語る萩先生の横顔は今まで見たことも無いような笑顔で呟いた。そこまでに自分の夢があるのが、俺はとても羨ましいと思った。
いつか、自分にも夢が出来てそれに目掛けて頑張ろうと思える日が来るのだろうか。夢がない俺に――――俺なんかが夢を持って頑張りたいという人生でもいいのだろうか。
「……結婚早く出来たらいいですね」
「……本当だよ」
またしても肩を落としながら低い声を出す萩先生。結婚に関わる話をすれば漢城と同じように感情の表現がせわしない人である。
俺は高校二年生。ただ単にお金が無いから就職という形をとろうと思っていた。だが、それで良いのだろうか。間違いではないかもしれない。だが、夢を持って生きる人間を俺は羨む。そこまで直向きに夢に向かって突っ走る人間は素晴らしいと思う。
また、考えることが増えると同時に俺達は目的地へとたどり着く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます