第35話 嵌められた
二日後
「お兄ちゃん、私海に行きたい」
リビングのソファで寝ころびながらテレビを見ていると、唐突に妹が意味不明な事を言ってきた。
海に行きたいと何故俺に言うのだろうか。意味が分からない。
「行ってらっしゃい」
「連れてって」
「頭おかしくなったか?」
「おかしくなってない。私は行きたいけど、お兄ちゃんに連れて行って欲しいの」
「いやいや、行きたいなら行って来いよ。ナンパには気を付けろよ」
先程からこの妹はどうしてしまったのだろうか。暇を持て余して頭が少しおかしくなったのではないかと本気で心配になってくる。
「お兄ちゃんも」
「俺は行かない。知ってるだろ?俺は人混み、雑音、べたべたする海がこの世で一番嫌いだ」
妹だって分かっている筈だ。俺がこの世で三大嫌悪の三つが存在する海になんて絶対に行きたがらないということを。なのに、こんな事を言う妹は一体何があったのだろうか。
「お願い。本当にお願い。最近って言うか、ずっと海に行ってないし、行ってみたいの」
……確か、前回海に行ったのは何時だっただろうか。俺は覚えていない。母親が離婚してからは確実に言ってないと断言出来るが、それ以前の記憶は流石に覚えていない。ならば、海に行ったのは本当に昔になる。
そう考えてみれば、中学生でありお年頃な妹が海に行きたいと願う気持ちは分からないでもない。俺は違うが普通はそうなのだろう。
「……ハア。だがな、俺が持っているお金で海になんて行けると思えないんだが?」
今の俺の所持金1000円である。小説が一冊しか買えない。
貧乏過ぎな気がしてきた。
「なら付いて来てくれるの?」
「まあ、ついて行くぐらいなら別に構わないが」
「やった!じゃあお兄ちゃんの服このバックの中に入れといて!」
「ん?」
旅行バックを目の前に置かれ、思わず倒れていた体を起こしながら、一瞬泊まるのかと思ったが、普通に考えれば汗を掻くので、違う服は持っていくべきだろう。
「一応沢山持って来て!下着も沢山!」
「んん?まさか泊まるのか?」
「うん!もう行かないとか駄目だから!」
ウキウキしているのか、誰も他の人はいない筈なのに、終始笑顔で妹も身支度をしている。いつもはこんな顔をしない妹がそこまで喜ぶのなら、どうせ暇だし少しは付き合っても良いだろう。
「別に良いんだが何処に行くんだ?海って言ってもこの辺の近くなのか?」
「それは明日のお楽しみ!」
「俺のお金でいけるか?」
「行ける!」
妹がはっきりと断言したので俺のお金で行けるということだ。流石に千円ではいけないと思うが、妹が少しは払うのだろう。まあ、気にすることも無いか。
翌日。
「それじゃあ張りきって行こう!」
「なんか昨日からテンションおかしくないか?」
「だって海だよ!本当に何時ぶりだろ」
目を輝かせた妹が祈りを捧げるように上を見ながら呟く。そこまで楽しみなら俺もまた付き合うのもやぶさかではない。
だが、
「……思ったより荷物が多くないか?」
自分と妹の足元には四泊はするのではないかと思えるぐらいに大きな旅行バックに詰め詰めに持ち物が入っている。これだけがどうしても気になる。泊まりともなれば流石にお金が無いと思えるが、そこまで妹が考えてなくて行動しているようにも見えない。
「いいからいいから。それじゃあ行こう!」
妹が片手を挙げながらレッツゴーと呟き、家を後にする。
「――――何で、お前らが」
妹と向かった先は以前泉とデートをする際に待ち合わせした駅だったのだが、現在目の前には車の窓から乗り出してこちらを見ている南澤、寺垣、泉が存在し、車の前では待っていましたと言わんばかりに萩先生が私服で仁王立ちして待ち構えている。
「遅いわよ吉条!待ちくたびれちゃったじゃない!」
まるで、俺がここに来ることを知っていたような口ぶり。まさかとは思ったが、妹が俺を嵌めたのか?
状況から察すことが出来て、妹を見ると、満面の笑みだ。まるで、騙せてよかったと言わんばかりの笑顔だ。本当にこの子は何時からこんな悪い事をするようになったのだろうか。
「妹よ。誰の悪影響だ?」
「誰からも教えて貰ってないけど、愛華先輩が部活で海に行くから来ないかって誘われたから、来たの。だけど、お兄ちゃんの部活に私一人でも行くのはあれだからお兄ちゃんには来てもらいたかったの」
元凶は泉であった。三日前から泉と妹は大変仲がよろしくなっているとは思ったが、いつの間に連絡先を交換していたのだろうか。それよりも、三日前に掃除もしてくれて泉は良い子と思った俺の気持ちを返して欲しい。
そんな願いが通じたのか、通じていないのかは分からないが、泉が笑いながら、
「広先輩が海が嫌いだってのは愛奈ちゃんに聞いてたので、普通に言っても来ないだろうなって思ってたので、愛奈ちゃんに頼みました」
こいつら二人で俺を嵌めたの?怖いよ?
「取り敢えず乗りなさい。これから向かうから」
「ハア。もう逃げ場無しじゃねえか」
萩先生の言葉に渋々了承しながら、積み荷を車に妹の分も合わせて乗せる。
妹は既に南澤達が座っている席に同じく座り、仲良く談笑している。
今は入りづらいが仕方ないので車に乗り込もうと足を踏み出す。
「おい、吉条。お前は助手席だ」
「はい?」
「後ろは多いし、私が暇だから相手になってくれ」
「は、はあ。別に良いですけど」
別に断る理由なんて一つも無いんだが、ここって普通小説展開なら女の子に挟まれてイチャイチャ光景になるんじゃないの?
学校一美少女の標的にもされるし、なんか最近テンプレ崩れてきてない?
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