第34話 泉どうした?
「捗ってるか?」
階段を昇りながら泉に声を掛けると、何故か自室から大きなドタドタと何かが落ちる音が聞こえる。
「……?何だ?」
自室をのぞき込めば、泉が俺の服を下敷きに転げている光景が見受けられた。
「な、何でもないです!ちょっと転んじゃって」
「まあ、足の踏み場が無いから仕方ないと言えば仕方ないんだが、なんでそんな息切れてんだ?」
「え、そうですか?別に全然そんなことないですけど?」
夏のせいには見えないが先程から泉は冷や汗を流し目を泳がせている。
「ん?何で服を持ってんだ?」
「べ、別に持ってる訳じゃなくて!そ、そう!今から畳もうと思っていた所なんです!だから下で待っててください!」
泉の手には俺が学校で着て行く制服が持たれているのだが、何故か慌てた様子で制服を投げ飛ばすのだが何で投げるの?
制服が泣いてるよ?
若干泉の違和感に疑問が浮かぶが気にするほどでもないか。
「いや、流石に泉一人に任せるのも申し訳ないから手伝おうと思ってな」
「…何処に片付けるのとか全く分かりませんし助かります」
「だよな。改めて言われたら汚いかも手伝って貰ってもいいか?」
流石に遊びに来た客人に対して掃除をさせるのも憚られるので遠慮気味に尋ねたが、泉は全く気にした様子も見せず胸に手を当てる。
「私が掃除をすると言ったので広先輩は気にしないでください。私が服を片付けるので、先輩は本を片付けてください」
「分かった」
泉の指示通りに本を纏めて本棚に綺麗に直し、泉が手際よく服を畳みながら作業を始める。
本を片付ける際に横目で泉を見たが服が綺麗に何枚も纏められているのを見れば、やはり家事全般はこなせるというのが伺えた。
「やっぱりお前って手際良いって……何してんの?」
手伝ってもらうのも助かり手際も良く作業を進めてくれる泉に対し少しばかり羞恥心はあるが褒めようと思い、背後を振り返れば何故か俺の服を顔に近付けている泉を発見してしまった。
「いいいいいいい、いや、これは先輩の服がきちんと洗濯しているのかを確認しようと思いまして!」
凄い慌てながら言われるが、別にそこまで慌てる必要があるのか?
「この部屋の服は全部洗濯し終えたのを置きっぱなしにしてるだけだから大丈夫だぞ?」
「そ、そうなんですか!念のために確認しただけで、別に何でもないですから!」
先程と同じく俺の服を放り投げて両手を上げてまるで痴漢じゃありません!と言わんばかりに大声を上げるのだが…明らかに動揺しているのだけは分かる。
…というより、また投げたよね?
何で投げるの?
服が泣いてるよ?
若干おかしな女性の様な心境が頭の中に浮かんだが、一旦置いておくにしても、
「いや、分かってるけど何でお前そんなに必死なの?」
「全然必死じゃありません!」
泉が何故慌てているのかは良く分からないが、別に気にする必要も無いだろう。
「……私がにおいフェチだったなんて」
「何か言ったか?」
「何も言ってません!黙って作業を進めてください!」
「そりゃあすみませんね」
喋らないで作業するのは中々に気恥ずかしい気持ちになると思い話しかけようと思ったのだが、気にする必要も無かったようだ。
黙々と本を集めて本棚に収納していくのだが、
「……あの、黙ってやるのは少し恥ずかしいので何か喋ってくれません?」
「どうしろと!?」
意味が分からないやり取りを繰り返しながら、見事に綺麗に部屋が片付く。
約二時間にかけて作業が完了したのだが、以前とは見間違える程に綺麗になっており、少し達成感が湧く。
今まで床を見たのは何時ぶりだと感想が浮かぶのは掃除をしていない証拠でもあるが…もう忘れよう。
ベットの周りにも本が散乱していないし、床に服が置かれてもいない。
何処から見ても普通に綺麗な部屋を見れば今度からは掃除をしようと心に決めるのだが…何故だろうな。
数日経てばいつも通りの汚い部屋になる予感がするのは俺が日頃掃除をしていない証だろうか。
「こうしてみるとスッキリしましたね」
泉が少し汗を掻いたのか頬を腕で拭いながらやり遂げたと言わんばかりに笑顔で呟きながら片付いた床にべたりと倒れ込む。
俺も自分のベットに座りながら泉と対面する。
「またお前に貸しが出来たな」
「今回のは別に良いですよ。私がしたくてしたことですし。……ただ、ずっと聞こうと思ってたんですが、あの時どうしてあの人と会ったんですか?」
泉が言っているのは、宇治と突然会いたいと言ったことだろう。
あの時は急いでいた為、理由は話していないし、今となっては話すことは出来ない。
小野は喋れば他の人達も平然と傷つける可能性を孕んでいる。
わざわざ無関係だった泉を巻き込む必要は無いし、俺のせいで巻き込む訳にはいかない。
「少し用事があってな」
「その用事を聞いてるんですけど?」
「悪いがそれは話せないんだ。協力してもらって本当に悪いと思ってるんだが、話せない」
「なら、別に良いですけどね」
「は?」
自分が喋っていることが間違いなのは分かり切っていたので深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べたのだが、泉からは呆気らんとした口調で言葉が返って来た。
「何で驚いているんですか?」
「いや、そんなに簡単に引き下がるとは思ってなかったからな」
「もっと根掘り葉掘り聞いて欲しかったんですか?」
「いや、聞いて欲しくはないが意外だと思ってな」
泉はこちらへと人差し指を立たせながら話しかけてくるが、最初の印象では何が何でも知ろうとすると思い込んでいたが…間違いだったのかもしれない。
「広先輩が言えないって事はそれ相応の理由がありそうですし、協力した私にも言えないということは何かあるんだろうなって思いました。広先輩は嘘を吐く様な人間でもないですし、喋れないならそこまで詳しく聞きませんよ」
笑顔で呟く泉を見て、思わず自分の思考が止まってしまった。
……俺は今この笑顔に見惚れてしまっていたのかもしれない。
「……どうしました?」
「何でもない。だが、そこまでお前が俺を信用しているとは思ってなかったからな」
「私は信用してますよ。…よっと、それじゃあ愛奈ちゃんと話したいですし、下に降りましょう」
座っていた腰を上げ、泉は階段を下りていく中で俺はベットに背中から倒れ込む。
――――信用、信頼。
今まで培ってきたことがない代物だった。
ある日…散々な事をしてきて、恨みは買おうとも信頼を手に入れたことは無い。
だが、この部活に入部したことで誰かを助け…信頼を得ようとしているのかもしれない。
誰かを助けたことで得る信頼に俺は――怖くなりそうだ。
黒柿に至っても俺の事を兄貴と呼び、慕っているのかもしれない。
伊瀬に至っては助けてくれた俺に感謝の言葉を送ってくれた。
―――――恐怖。
心中に渦巻くのはその一点だ。
もしも……中学校時代の出来事を俺に感謝している人間が、信頼していた人間に知れ渡ったら…どうなるのか。
今は俺を信用し、感謝の念を抱いているのかもしれない。
だが、知った途端に掌返しに俺の事を避け、拒絶し、目の前から消え去っていく可能性が無いとは言い切れないほどの事を俺は…行ったのだ。
――――だから一つだけ願う。
信頼も感謝も何も知らない状況で言われれば今は恐怖でしかない。
だからこそ、誰にも何もバレずに、悟られず、ただひたすらに願う。
――――平穏な生活が送れることを。
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