第33話 泉がきた
「いや、はい!とか言われて俺がよし連れて行こうって言うと思ったか?」
「思ってませんけど行きます」
拳を握りしめ強い意志を見せる泉。
この子は一体いつからこんなにも悪い子になってしまったのだろうか。
「いや、まず俺の家に来る理由が分からん」
「広先輩の妹さんに会ってみたいのもあります」
「会わなくていい。妹に悪影響だ」
「私が何か悪い事してるみたいじゃないですか!」
「現在進行形でしてるんだが?」
泉が番犬の様に吠え掛かるが暑い中で何分も待たされ挙句の果てに俺の家に来ることを意志が固い俺が許すと思うな!
「後、広先輩の部屋にある本を見て次に買う小説の参考にしてみようかなと思いまして」
「よし、来い」
「……自分でちょっと行けるかなとは思いましたけど、やっぱり広先輩ってチョロいですよね?」
「俺よりも南澤や寺垣の方がちょろい」
あいつらの場合は美人と言えば多分何を言っても許される気がする。
「それは二人に対して失礼と思いますけどね」
二人に対してフォローを入れる泉であったが、否定していない所でもうアウトだと思うが、口に出す程ではないだろう。
それよりも気になったのは、
「昼ご飯はどうするんだ?」
「別に一日ぐらい食べなくても大丈夫ですし、何なら帰りにコンビニで買って食べますよ」
当然の意見ではあるがが、妹がそれを見逃すとは思えないんだよな。
脳裏に妹が起こす行動の予想が頭の中に流れながらも行くことは既に決定し、泉は歩き始めている。
一つ離れているスーパーだが十分程度の差で、泉と小説の感想について語り合えば直ぐに目的地である我が家に辿り着く。
「……なあ、ここまで来て言うのもなんだが本当に入るのか?何もない家だぞ?」
「私も緊張しているので怖い事を言わないでくださいよ」
誰かの表情を見るなど余り得意ではない俺でも察せられるほどに今の泉は緊張しているように見えた。
何時もの元気は薄れ生唾を飲み込み俺の家を凝視している。
他の人から見れば変出者に見えても何ら不思議ではない。
泉の気持ちも分からんでもないがこれ以上地獄の暑さに苛まれるのは勘弁してほしいので先導して玄関を開ける。
「ただいま」
「お、お邪魔します」
「ん?誰か他にいるの?」
泉がか細い声で挨拶をしながら恐る恐る付いて来るのだが、耳が良い妹は小さな声でも聞き逃さなかったようで誰か来たのだと直ぐに気付いたのだろう。
「同じ部活の人を連れてきた」
「お兄ちゃんに知り合いっていたの!?」
リビングに入れば慌てた妹の声が聞こえ、こちらにエプロン姿で駆け足で駆け寄ってくる。
「なあ、取り敢えずなんで俺に知り合いがいるのに驚いているのかが凄く気になるんだが」
「いいからどいて!」
「うっ」
妹の失礼極まりない発言にツッコもうと思ったのだが、どうやら俺には興味が無いらしく、突き飛ばされ背後にいた泉へと目を向ける。
「ど、どうも泉愛華です」
妹の勢いに一歩身を引きながら挨拶をする泉だが、ここで妹の外面モードが発動する。
「どうも。私は吉条愛奈です。どうぞどうぞ入ってください。外は暑かったでしょうから」
歓迎しますと家では見せたことも無い満面の笑みを浮かべ、泉の手を引きリビングへと連れて行く。
「うわー。私の家もそうですけど、整えられて綺麗ですね」
「妹は綺麗好きで潔癖症だからな。自分が扱う場所は綺麗にしてるんだよ」
「さあさあ、立ってないでゆっくりと寛いでください」
「ありがとうございます」
泉はたじろぎながらも、ソファへと緊張した面構えで座り妹はリビングへと戻って行った。
「一応言っておくが、妹はお前より年下だからな?」
「少し緊張してるんですよ」
「そうですよ。私は年下ですから敬語なんて必要ないですし、愛奈って呼んでください」
妹の外面モードでは、明るく元気な女の子みたいな形である。
簡単に言えば、小野の性格が悪くないバージョンと言った方が適切なのかもしれない。
「じゃ、じゃあ愛奈ちゃん?」
「はい!愛華先輩!」
明るく元気に挨拶する妹を見て、泉がこちらを振り向き、
「愛奈ちゃん凄くいい子過ぎで広先輩と大違いです」
「喧しい」
「アハハ。お兄ちゃんと私を比べても月とすっぽんみたいなもんですから。それじゃあ、私は昼ご飯の用意してますからごゆっくりしてください」
さらりと俺に対する暴言を吐く妹。
泣いていい?
この場で玩具を買ってもらえないでその場で蹲る子供程度には暴れますよ?
「あ、私も手伝うから一緒にやろう」
「じゃあ一緒に作りましょう。お兄ちゃんはそこらへんで寛いでていいから」
「初めからそのつもりだから」
妹と泉は二人でキッチンへと向かい、食事の支度に取り掛かったようなので、俺はソファで寛ぎながら気長に待つことに決める。
「ええ!?愛華先輩ってそんなに可愛いのに彼氏一人しか出来たことないんですか?」
「うん。今まで恋愛とかあんまり分からない感じだったから」
二人の会話が自然と聞こえてくるのだが、泉の普通の口調と言うのは中々に新鮮である。
伊瀬が『お悩み相談部』に来た時に垣間見た気がするが、それも一瞬であり、妹と自然と話している言葉を聞けば、今の泉が普段の形なのかとふと思ってしまった。
「お兄ちゃん。お皿並べるの手伝ってくれる?」
テレビを眺めながら適当に感慨深く考えていると、にっこりと笑いながら優しく伝えられるが目を見れば分かる。
少しはごみの様にニート生活を送るのを止めて手伝えと目で訴えられ、ここで断れば後が怖い事も理解しているので従っておく。
因みに今の命令を無視した場合は俺のおかずは二分の一に変化する。
「三人分でいいのか?」
「え、私はいらないですよ!勝手にお邪魔しただけですし」
慌てた様子で呟く泉だが、この状況で一人だけ食べさせないことを許容する妹ではない。
「いえいえ。二人で食べても寂しいだけですからどうぞ食べていってください」
「そんなつもりじゃなかったんですけど」
「遠慮せずに食ってけよ。どうせそんな豪華な物じゃねえし」
泉は若干顔を俯かせ申し訳なさそうに呟いているが、家事を行う妹が了承しているので躊躇う必要は全くない。
「お兄ちゃんは昼ご飯がいらないようですから」
「冗談だからそれだけは勘弁してくれ!」
先程まで暑い中買い物に行かされ、昼ご飯が無いとかどんな地獄だよ。
妹にこれ以上何か言われる前に、テーブルに三人分の皿を出す。
「今日はなんだ?」
「それは出来てからのお楽しみ」
「いや、フォークか箸か、スプーンか知りたいんだけど」
「なら箸を用意してくれたらいいよ」
「へーい」
妹に言われた通りに三人分ほど用意し、テーブルで二人と主に食事を待つ。
「お待たせ」
「私も少し手伝いましたよ!」
エプロンを脱いだ二人が冷やし中華をテーブルに置く。
具材は簡単なきゅうりや、ネギ、ハムなどが添えられるが、俺の家では冷やし中華にかけるたれは自家製で、結構好みだ。
「じゃあいただきます」
「「いただきます」」
箸を持ち、冷やし中華に手を付けるのだが、何故か妹と泉にじーと見つめられる。
「見られると食べずらいんだが?」
「良いから早く食べて」
「はいはい」
妹に急かされるので、普通に食べるのだが……ん?
「これたれがいつもと違うくないか?」
「美味しくなかったですか?」
「いや、いつもと違うがこれも悪くない。むしろ不味い所か美味い」
「良かったですね!愛華先輩!」
「うん!」
新鮮な味わいに加え先程まで体を動かしたことも起因しているのか見られているのに箸を止めることが出来ない。
食べながらふと気づいたが、
「もしかして泉の家のたれなのか?」
「はい!口に合うかは分かりませんでしたけど、合ったなら良かったです」
もしかしてとは思ったが当たっていたらしい。だが、嘘偽りなく美味しい。久しぶりに違う味も良いかもしれない。
泉も料理を褒められたことは満更でもなさそうに満面の笑みを浮かべている。
「ここで不味いとかお兄ちゃんが言ってたら一週間はご飯抜きだったからよかったね」
「なあ、さり気なく怖い事を言うんだ?恐ろしいんだけど」
「まあまあ、美味しかったなら良かったですから」
泉が苦笑い気味に笑いながら宥めるので、俺達も言い争いを止めて食べるのだが、やはり美味しい。
「泉が料理を作るのが上手いとか意外だな」
「これでも家の手伝いとか良くしてますからね。家事全般は殆ど出来る自信があります」
泉が自信満々に呟くのを見れば、多分間違いなく出来るのだろう。
泉は可愛いだけではなくハイスペックとは流石に思わなかった。
「愛華先輩は凄いですね。本当にお兄ちゃんには勿体ない人ですね」
「なあ、さり気なく俺と泉が付き合ってる設定になってないか?」
「わ、私広先輩と付き合ってないよ!?」
「まあ、いずれかもしれないですし、家には大歓迎ですよ?」
先程から妹が客人が来たのが久しぶりで気分が上昇しているのか爆弾発言を連発して、泉もどうしたものかとあたふたしている。
「取り敢えず食べろ。麺が伸びるぞ」
気まずい雰囲気になる前に強制的に話を終わらせ、食事を済ませる。
食べ終わったので皿を台所を持って行こうと思ったのだが、泉が俺と妹の食器を持つ。
「いや、これぐらい自分で持っていけるんだが?」
「良いですから。食事も食べさせてもらったので皿洗いはやります」
妹とも料理中に結構喋っていた事もあるのか、最初の緊張は既に消え失せ、何時もの調子で食器を台所に持っていき、笑顔で皿を洗っている。
「本当にお兄ちゃんはこんな良い女の子を連れてきて」
「いや、勝手に来たんだが」
「それでもだよ。あんなにも良い子を逃したら駄目だよ」
リビングから泉を覗き込み呟くが…今日ほど妹が明るく話す姿は珍しいのだが…、
「なんで俺が好きな前提で話を進めるんだ?」
「私も手伝ってこようっと」
俺の意見を聞く気はないのか言いたいことを言い終わってスッキリしたように妹はスキップをしながら泉の元に駆け寄って行った。
妹と泉が仲良く皿洗いをする光景をチラリと見つめ、テレビへと視線を動かすのだが、
「広先輩の部屋に連れて行ってください」
家事全般が得意と自慢げに呟くだけあって既に食器洗いを終えた泉がタオルで手を拭きながら俺の前で満面の笑みを浮かべて仁王立ちしている。
「別に良いぞ。入ってきても」
「え?意外ですね。広先輩なら絶対に駄目とか言うかと思ったんですけど」
「それだけは絶対に止めといた方が良いです!」
泉がキョトンとした表情で呟くのと同時に、背後から妹が真剣な表情をして呟く。
「どうして?」
「凄い汚いからです。あの部屋だけはゴミ屋敷と言っても過言ではないから絶対に入らない方が良いです」
「いや、ゴミ屋敷は酷いだろ。ゴミはない」
「本と服が散らかってて、私も流石にあの光景を見て整理するのは気が引けました」
妹は自分が関与する場所は確かに綺麗好きだが、俺の部屋などは最早眼中にないらしく、掃除は自分でしろと言われている。結果、俺はあまり掃除はしない方なので、汚くなっている。
「逆に気になるんで見に行っても良いですか?」
「だから別に良いって言ってるだろ。二階だから付いて来い」
「分かりました」
「私は忠告しましたからね」
妹に念を押されながら、俺と泉は二階に上がる。妹も大げさなんだよな。別にそこまで散らかっている訳ではなく、ちょっとだけ汚いだけだ。
「さあ、ここが俺の部屋だ」
扉を開けて泉を招き入れようとしたのだが入る前に固まって動かない。
目を見開き、口を開け失神したのかと疑う程に微動だにしない。
「どうした?入らないのか?」
「この部屋って泥棒でも入ったんですか?」
「今とてつもなく失礼なことを言ったぞ?」
「私だって少しは覚悟はしてましたよ!だけど、ここまでとは思いませんでしたよ!」
泉が心底驚いたような口調で喋るので改めて部屋を見れば、床には本が積み重なれ、洗濯し終えた服が山のように積み重なって、足の踏み場がない。……うん。確かに汚いな。
「仕方ないだろ。掃除は面倒なんだよ。それに、生活は出来るから気にしない」
「こんなの在り得ません。人間が生活出来る環境じゃありません」
「酷い言い草だな。別に良いんだよ。それで気が済んだか?後は本を適当にどんなのがあるか教えるから下に降りるぞ」
今更ながらに何だか女子に自分の部屋を見せるのに多少気恥ずかしさが出てきた。
「いえ、こんなの見て何もしないなんて在り得ません!私が掃除します!」
「いや、別にそこまでしなくても」
「私がしたいんです!先輩は下で寛いでいてください!」
「お、おう」
泉の気迫が籠もった声に少し驚きながら下に降りると、テーブルに片肘をつきながらテレビを見ていた妹がいた。
「やっぱり汚いって言われたでしょ?」
「言われた。まあ、多少汚いとは思ったがな。泉が掃除するんだと」
「そりゃあ、あの部屋見たら掃除したくなるでしょ」
「ったく、あいつは一体何しに俺の家に来たんだよ。本を見に来るだけに終わってないぞ」
「お兄ちゃんには一生分からないと思うけど」
「俺は馬鹿じゃないぞ?」
「普通に馬鹿だけどね」
泉が俺の家に来たがる理由。
……さっぱり分からん。
最近は小野にテストで負け、漢城にさえもカラオケやボウリングで負け、もしかしたら俺は雑魚なのかと疑問を浮かべていたが、まさか馬鹿も合わさるのか?
……やばくね?
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