第32話 夏休み最高!

 なんと素晴らしいのだろうか。社会人には与えられず、学生にだけ与えられた夏休み。

 この休日だけが俺に安寧を与えてくれる。

 休日は学校に人も来ないことから部活などと言うふざけた活動はない。体育祭実行委員の集まりはあるが、まあそれぐらいなら許容範囲内だ。よって、俺は忙しい日々を送ることなく幸せを与えられる。


 「お兄ちゃんさ、暇なら偶にはどっか遊んで来たら?休日もずっと家にいるけど夏休みもずっと家に居るし」


 「ふざけたことを言うんじゃない。折角の休みに何で外を出歩かないといけないんだよ。外は暑いし、この家の中には冷房がある。こんな場所から離れたくない」

 

 「それ最早ニート発言だよ」


 「夏休みはニートでいい」


 「暇なら買い物行ってきてくれない?」


 「ねえ、話絶対に聞いてないだろ。俺は夏休みはニートだ」


 「買い物に行ってきて」


 「嫌だ」


 何だこの我儘な妹は。本当に俺とは反対の人間で困っちゃうね!


 「お願い。可愛い妹の頼みだよ?」


 「どっかの誰かさんみたいな事を口走るな」


 こいつと泉は密会しているのではないかと思える。一体、どうしてそんな言葉を使うようになったのか。


 俺は行く意識が無い事を示す為、テレビを付けてソファ兄寝転がり行かない決意を示す。

 だが、妹はテレビの真正面に立って視界を遮る。何と強情な妹だ。


 「ねえ行ってきてよ」


 「行かないって。お前がいけばいいだろ?」


 「私は暇じゃないの」


 「お前俺と同じでめっちゃ暇じゃねえか」


 俺と同じく家でゴロゴロしている人間が何を言っているのだろうか。


 「私は昼ご飯の準備をするの。だから、夕食の食べ物を買ってきて欲しいの」


 「うーん。面倒だな」

 

 そう言われれば買わなければならないのは分かっているのだが、近頃は本当に暑い。地球温暖化怖すぎると思わずにはいられない程に暑い。


 「お願いってば。なら分かった。もう昼食抜きだから」


 「行きます」


 「初めからそう言ってよ」


 この妹は段々汚い手段を思い付くようになってきた。本当に誰に似たのか分からない。間違いなく言えるのは俺ではないということだけ。

 

 適当に着替えを済ませて、リビングに戻り改めて妹の姿を見ればふと一点に目が止まる。


 「そう言えば、髪留め使ってくれてるんだな」


 俺が妹の誕生日プレゼントとして上げたのはピンク色の髪留め。値段としては安いが、物持ちも良いし、女子なら扱うということを泉に言われ買ったのだが、付けている所を見れば気に入ってくれているのかもしれない。後流石に安すぎるのではないかと迷い、小さめの手提げバックを買っておいた。


 「あ、これ?丁度髪留め欲しかったし、お兄ちゃんにしては本当に助かって良いプレゼントだよね。今度、一緒に選んでくれた人にもお礼しないとね」


 「それを言えば泉も喜ぶだろ。俺だけじゃ全然分からないからな」


 「今度家に連れてきてよ」


 「死んでも嫌だ」


 「まあ、お兄ちゃんならそう言うよね。ただ、これ。買うなら駅前のスーパーで買い物してきて。あそこの方が安いから」


 妹から買い出し用のメモ用紙を与えられ、無くさないようにポケットに仕舞う。


 「はいはい」


 妹に適当に返事をしながら家を出るのだが……暑い。

 おいおい。本当に日本は大丈夫なのか?マジで暑いぞ。ここはサバンナかよ。


 歩いているだけにも関わらず相当汗を掻いてしまう中、必死に帰りたい気持ちを抑え駅前のスーパーに辿り着く。

 

 スーパーの中は冷房がしっかり効いており、外の暑さが何なのかと言わんばかりに涼しい。ずっとここにいたい気持ちを抑えながら妹から手渡されたメモをポケットから取り出して、見ながら買い物をしていく。だが、今メモを見て気付いたのだが、これどうみても一日分の材料の量じゃねえ。


 あの妹は俺だったら沢山買っても良いと思っているのだろうか。


 帰ったら文句を言うのを決めながら商品を取っていると、


 「あ」


 思わず口から声が漏れてしまった。何故ここにいるのかは疑問だが、Tシャツ一枚に短パンを履いた泉が目の前に俺と同じく食品を見ながら買い物をしていたのだ。


 咄嗟に声を出してしまったが、関わる必要もないので、反対方向を向き、違う道を歩こうと思ったのだが、


 「ん?広先輩?」


 どうやら声で判断できたのかあちらも声を上げているが、知らないフリだ。反応はせずに颯爽と違う方向に行こうと思ったのだが、横から走って目の前に立たれる。


 「あ、やっぱり広先輩じゃないですか。何で逃げようとしたんですか!」


 「逃げようとしたんじゃない。何か起きる前に緊急避難だ」


 「人を厄災みたいに言わないでください!どうしてここにってちょっと待ってください」


 泉が止まれと言い、買い物かごを持って隣に立つ。


 「それでどうしてここに?」


 「その言葉はそのまま返す」


 「私は親に昼ご飯を作る間に暇なら買い物を行ってきてくれって言われてしまって」


 「俺も同じだ。妹が昼ご飯を作る間に買い物を行って来いってな」


 よく考えてみれば、泉はこの駅から徒歩十分もかからない場所に家があるのだ。必然的にここのスーパーに来る確率は高いのだろう。


 「広先輩の家ってここの近くにあるんですか?」


 「いや、もう一つ近い場所にスーパーがあったんだがな」


 「それって私に会いに来たんですか?」


 「お前の頭の中どうにかなってんのか。まず、ここにお前がいるなんて知らないし、知ってたら気持ち悪いだろ」


 「確かにその通りでした。どうせこっちのスーパーの方が安いとかそういう理由ですよね?」


 「分かってんなら変なこと言うんじゃねえよ」


 お互いに買う物を買い、レジで支払いを済ませて店を出る。


 「やっぱ外は暑いですね」


 「ああ、本当に暑さで死にそうだ」


 「先輩の場合は外に出なさすぎるのが原因だと思いますけどね」


 「自覚してるから言うんじゃねえよ」


 確かに、夏は全く外に出てないからな。それが原因だとは分かってはいるが外に出て遊ぼうとも思ってはいない。


 「じゃあ、先輩送って行ってください」


 「はあ?お前の家すぐそこじゃねえか」


 この子は一体何をほざいているのだろうか。徒歩十分もかからないのに送る必要性は皆無だ。


 「良いじゃないですか。送って行ってください」


 「嫌だ」


 「本返さないといけないですし」


 「ハア、まあいいか」


 確かに夏休みは本を読み返したりしようと思っていたので泉に本を返してもらうというのならば、丁度良いだろう。


 泉と前回と同じ道を辿る。


 「そう言えば、あれ凄い面白いですね。私が読んでいないのが功を成したのかは分かりませんが、序盤から面白いですし、中盤とかやばいですね」


 「分かるぞ。俺は読み慣れているから序盤は微妙と思ったが、中盤から一気に面白くなるんだよな」


 「しかも、次の巻が凄く気になります。展開が凄い早い気もしますが、その方が私は飽きないですし良いですけど」


 「俺もこっちの方が好きだな。展開が遅すぎても飽きてしまうからな。二巻目も読んだのか?」


 「はい。体育祭の話は最高に面白かったです。超絶面白かったです」


 体育祭の話か。俺もあれは好きだったな。


 「俺も体育祭の話は好きだが、それよりもまさか泉とこんな話をすることになるとは全く思わなかったな」


 「私もですよ。まさかこんな話や小説を面白いと思う日が来るとは思いもしなかったです」


 「こんな話をしてたらあっという間だな」


 前回同様に同じ場所まで辿り着く。前回よりも少し早く着いた様な気がしてならない。やはり、誰かと同じ好きな物について語るのは楽しい。


 「……そう言えば、妹がお礼を言いたがっていたぞ。誕生日プレゼント嬉しがってた」


 「そうですか!?それは本当に良かったです。正直髪留めは安いからどうかなって少し思ってたんですけど、喜んで貰ったなら良かったです。バックはどうでした?」


 「バックは聞いてなかった。今度聞いとく。まあそういうことだ。じゃあな」


 「先輩ってこれから家で本を読むしか用は無いんですよね?」


 「そうだがどうした?」


 「ちょっと待ってください。本もも持ってきますから」


 泉は慌てた様子で走って行った。


 一体何なんだ?

 本を持っていくだけなら別に急がなくても逃げないというのに。


 「――――――お待たせしました」


 「いや、なんでそんな遅いんだ?本持ってくるのにどれだけ時間かかってるんだ?」


 十分ぐらいしてようやく泉が本が入ってるだろう紙袋を持って戻ってくる。この暑い中待たされるのがどれだけ辛いのかが理解出来ていない。


 「ちょっと化粧してたら遅れました」


 「ん?化粧したのか?」


 「そういう所は気付いた方が良いと思いますよ!?」


 泉を再度見るが、あんまり変化が分からない。ただ、何故化粧なんてする必要があるのだろうか。


 「そんな無茶な。それに化粧してもせんでも、顔良いんだから変わらんだろ。無駄な時間待ってしまった。とっとと帰ろう」


 「――――――」


 泉は一瞬目を大きく開けたと思えば、肩に拳を振るう。


 「いたっ!何するんだよ」


 「広先輩の馬鹿!突然そういうこと言われるとこっちが困ります!」


 何が困るんだ?俺はまた変なことでも言ったのか?


 「意味が分からんが、本貸してくれ。俺は暑いから帰る」


 「分かってますよ。それじゃあ行きましょう」


 手に紙袋をぶら下げながら、来た道を戻ろうとする泉。お前の家は反対なんだが?


 「いやいや、何を言ってんだ?何処に行くって言うんだ?」


 「何言ってるんですか?広先輩のお家にお邪魔しようかなって」


 …………………んん?


 脳内で処理しきれない。意味が分からない。こいつは今なんて言ったんだ?俺の聞き間違いかと思ったが、俺は難聴系の主人公なんかじゃない。だから、耳が良い俺が間違えるはずもない。


 「………まさかお前、俺の家に来るつもりか?」


 「はい!」


 可愛い笑顔を浮かべながら頷く泉が今の俺には萩先生と同じ悪魔にしか思えなかった。


 こいつは本当に厄災なのかもしれない。

 

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