第31話 不穏な空気
委員長である吉木、副委員長である春義を先導に他の係を決めていくのだが、これがまた俺と漢城の胃を苦しめる。
中々決められない委員があれば、ごく自然と吉木が小野を推薦し、やらないかと言う提案を持ち掛けてくるのだ。俺からすれば、何かしらの嫌がらせにしか思えない行動だが、小野もまた柳の如く自然と躱しながら進むのだが、こちらからすれば怖い話だ。
「吉木先輩はお馬鹿なんです?小野さんの本性を知らないからやっている行動だと思うんですけど、こちらの胃が持たないです」
「激しく同意する。もう勘弁してくれ」
委員会ってこんなにきついの?まだ体育祭も何も始まっていないのに、既にもう精神擦れ減ってますよ?
「今日は係を決めるだけであって、明日からクラス内でスローガンを決めてください。次の会議でスローガンの打ち合わせを行うので」
進行しているのは春義であり、吉木は偶に意見を述べるだけであり、殆ど何もしてない。だが、彼女は気にした様子も浮かべずニコニコしながら眺めていたが、ようやく会議が終わる。
「……今まで散々こういった委員会には入ってましたけど、今回が一番きつい気がする」
最早、疲れ切ってしまったのか机に頭をぶつけながら、漢城が小言を呟く。
「俺は今回が初めてだが、もうこれっきりにお願いしたい。一日目で面倒なことが分かりきってる」
会議が終わりぞろぞろと帰って行く中、俺はまだ疲れて机に座っていた。
「ねえ、部活なんだけど私も、吉条も泉ちゃんも委員会だし、会議がある時は部活中止する?」
南澤が最高な提案を持ち掛けてきた。
「おお、中々、いや最高に良い意見だ。俺は賛成だ。丁度完璧に案件も終わった所だしな」
「案件?」
「いや、こっちの話だ」
南澤や泉たちにはこの話はまだしていない。というより、出来る訳がない。もし話せば、本当に小野が何をしてくるのか予想がつかない。
「広先輩!どういうことですか!」
何故か怒りながら泉がやって来る。俺何かしたか?
「何でそんなに怒ってんだ?」
「自分の心に聞いてみたら分かると思いますよ?」
そう言われたら仕方ないので、考えるがやはり何も思いつかない。というより、俺は日頃誰も怒らせるようなことしてないからな!聖人君主な俺が怒らせるようなことをする訳がない。
「さっぱり分からん」
「何でですか!私が手を振ったの気付いて無視しましたよね?あれ凄い恥ずかしかったんですけど!」
あー。ようやく思い出した。
「あれは俺に手を振られているか分からなかっただろ?これで違ったら恥ずかしいから振らなかったんだよ。お前、分かってないかもしれないが、間違った時の恥ずかしさはやばいんだからな?」
「まるで実体験でもしてるみたいな言い草じゃない」
こんな時だけ鋭い南澤。
「断じて違う。俺ではない」
俺ではない。俺の友人Y君である。
女の子に遠くから手を振られていると思い、俺も振り返せば実は違って俺の背後にいる人へその子は手を振っていた。
それだけなら、まだ俺は自分でも恥ずかしいが我慢出来るぐらいだった。だが、彼女が俺の横を通り過ぎた時、笑いが堪えきれなかったのか、フフフと少し笑っていたのだ。あの日の事は一生忘れない……と!友人Y君は言っていた。
懐かしいな。忘れていたかった記憶だがやはり忘れられない。これが黒歴史なのだろう。
「広先輩?なんかぼーとしてますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。今思い出したくもない事を思い出した」
「いや、意味わかんないんですけど」
「……ハア。まあ俺の事はどうでもいいんだよ。それより何で泉がここにいるんだ?お前こういったの参加するように見えないんだけど?」
俺の見解が正しければ、泉はこういった委員会などは参加するようには見えない――――――止そう。こういったことはしないと自分で決めていたのにどうしても癖なのかしてしまう。
もう二度としないと決めているのだ。止めよう。
「いやー、私もする気なんて一切しなかったんですけど、昨日部活に行ったら先輩たち遅いですし、南澤先輩が来たら二人とも委員会に入ったって言うじゃないですか。それで、私のクラスは今日の朝に決めたので、二人が入るなら入ろうかなと思って入りました」
なんで俺のクラスは昨日決めてしまったのだろうか。泉たちのクラスの様に今日の朝にやってくれれば助かったのにとは思ってしまうが、もう後の祭りだ。
「俺は入る奴の気が知れないがな。どうしてこんなにもきつい所に入ろうと思えるんだ?」
「今日そんなにきつかったですか?私はただ少し長いなって思っただけですけど」
「ま、まあそうかもな」
あれ?もしかしてきついと思っているのは俺と漢城だけ?と言うより、どうしてこんな目にあってんだ俺?事なかれ主義?ナニソレオイシイノ?って形になっている気がする。
「ていうか!私よりどうして広先輩が委員会に入ってるんですか?一番無縁な気がしますけど」
「俺も今日の朝まで無縁だったんだよ。昨日の放課後に決めていたらしいんだが、すっかり忘れていてな。強制的にやらされていた」
本当にあの悪魔先生は許さない。更には俺に実行委員長までやらせようとしてきた。一体何の恨みがあるんだよあの人。
「まあ、そのぐらいの理由じゃないと広先輩はやりませんよね」
「その通りだ。昨日はすっかり忘れていた」
「あ!昨日と言えば、部活来ないで何してたんですか?」
「ゆっくり休もうかと思ったんだが、結局今ここで机に倒れている漢城と遊んだ」
「はい?今呼びました?」
漢城がお腹を抑えながらこちらを向く。
「いや、呼んでない。昨日お前と遊んだって言っただけだ。そう言えばお前、結局昨日怒られたのか?」
「ちょっと待ってください」
何やら焦った様子で泉が俺の肩を強く握りしめてくる。取り敢えず顔が近いし肩が痛い。
「なんだ?取り敢えず顔が近いんだが?」
「いやいやいやいや。どういうことですか!?いつの間に漢城先輩と知り合って遊んでるんですか!?」
「何でって言われてもな。なんか成り行きで?」
「成り行きで仲良くなるなんて話は聞いたことありません!説明してくださいよ!」
何で泉はこんなに怒ってるんだ?俺悪いことしたのか?
さっぱり分からないんだが……あ、もしかして。
「大丈夫だ。お前に貸してある小説はこいつには貸してないからきちんとあるぞ?」
「何の話ですか!?」
泉が読んでいる小説を漢城に貸して自分が読めなくなるのではないか?ということで怒ってるのかと思ったら違ったらしい。なら、どうして怒られるのか?一切心当たりがない。
「別に良いだろ。ただ、落ち込んでいたから気晴らしに遊んだだけだ。それ以外何にもないんだから怒る様なことないだろ?」
「うう。漢城先輩と何かあった訳じゃ無いんですか?」
「ないない。何を言ってるんだお前は。そうだよな漢城?」
分かった。こいつは漢城と知り合いで、知り合いである漢城に俺が何かしたのではないかと思ったに違いない。だからこそこんなにも怒っているだとしたら漢城に直接聞くのが一番だ。
「下着見られました」
「お、おい!」
こいつ!
漢城が日頃のお返しだと言わんばかりの歪な笑みを浮かべながらこちらを向いている。なんて女だ。
「広先輩?」
隣に修羅がいる気がする。
「あんた漢城ちゃんといつの間にそんな関係になった訳?」
ここに来て南澤が至らないことをまた口走る。
「ちげえよ!そんな関係じゃねえし、下着を見たのも不可抗力だ」
「じっくり見られたです。私は汚されました」
「お、お前その言い方は誤解しか生まないだろ!」
ウウウと悲しい声を上げながら机に倒れ込む漢城。信じられない。
「遊んだってそう言う感じですか?」
「違うからな。それは誤解だ」
あれから南澤と泉に対し誤解を解くのに30分以上かかってしまうのだった。
「――――ハア。誤解が解けたのはいいんだが、漢城ちょっと来い」
「何です?」
「良いから来い」
「はーい」
「お前らも早く帰れよ。じゃあな」
南澤は一度襲われていたからな。夕方だろうと襲ってくる人物はいる筈だ。早く帰ることに越したことは無い。
「今から愛の告白されてきます」
「寝言は寝て言え」
馬鹿なことを言う漢城を連れて、場所を移そうと思ったが、そこまで長い話にならないので、歩きながら漢城に気になることを訪ねる。
「……吉木先輩のあれは何だ?明らかにあからさまだし、今までもあんな感じだったのか?」
「あー、そう言うことですね。吉木先輩と小野さんが今まで何かあったという噂も無いですし、恨んでいるという情報も無いですね」
「なら、今日のあれはやっぱり春義先輩の件だと思うか?」
「私そう思いますし、それ以外ないでしょう?」
「だよな。だけど吉木先輩はどうしてあそこまで小野に対して言えるんだ?小野はあれでも人気者なんだろ?」
今回気になったのはこれだ。どうして、吉木はあそこまで小野に対して強く言えるのかと言う点。小野は人気者だしあそこまで言えるのは何かあるとしか思えない。
「成る程。それなら私でも役に立てると思います。女の子の中には普通にあるカーストの中でも更にカーストがあるんです」
カーストは小野や南澤達がいるのが頂点であり、普通にリアルを過ごしているのが中盤、俺みたいにボッチのなのが最下層とと言うのは俺でも知っている。
だが、
「カーストの中にカーストがあるってどういうことだ?」
「更に狭める感じで、女子限定のような感じなんですけど、彼氏がいるという点で上にいて、中盤では普通に明るくて仲良くしている人達、下が彼氏が出来たことがなく、暗い人たちだと思ってくれればいいと思います。まあ、これは私の中での偏見なので一概にも正しいとは限りませんけど」
「要するに、吉木先輩は今春義先輩と言う彼氏がいるからこそ上の立場となり、彼氏のいない小野に対してあそこまで言えるって解釈で良いのか?」
「そういう解釈なら辻褄が合いません?」
「確かにな。一度春義先輩を盗られているし、小野の方が立場が上だと思っていたからこそ今まで何も出来なかったが、今は自分が上だと思い攻撃的になっている。それでいいのか?」
「それで正しいです」
成る程。流石に女子の中にあるカースト制度なんて知らなかったからこそ理解出来なかったが、今なら理解出来る。
簡単に言えば、小野に何か言って、吉木は他の者に何を言われても彼氏と言う存在がいるからこそ出来る行為と言うことか。だが、それは勿論小野も理解している筈だ。
「小野が黙って見過ごすと思うか?」
「絶対にあり得ないです。それに、吉木先輩も小野さんの本性を知らないからまだ至らないちょっかいを掛けるということもあります」
プライドの高い小野が見過ごすわけがない。そして必ず何かをする。それは確実に分かる。
体育祭実行委員は不穏な空気を漂わせながら、夏休みへと突入する。
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