第13話 種明かし

 「お前が噂を流した犯人なんだな?」


 「まあ、そうですね。だけど約束ですよ。僕に協力してくれますよね?」


 「ああ、するさ。だがその前にオープン・ザ・ドア!」


 高らかに言葉を放つと同時に一つの扉が開かれ、その場から少し落ち込んだ様子をしていた伊瀬が現れる。


 「――――――な、え、なんで」


 黒柿は今まで見たことも無いように動揺した表情を浮かべる。まあ、それも仕方のない事なのかもしれないが、どうでもいい。


 「ふう。いやー、助かった。ここまで緊張して話すのは高校受験の面接以来かもしれない」


 立ち上がり腕を伸ばして背伸びをして緊張した身体をほぐす。

 久しぶりに頭を使いこんだおかげで本当に疲れた気がする。


 「――――ど、どうして」


 黒柿はまだ状況が理解出来ていないようだ。

 伊瀬が現れ、誰にも聞かれていないと思い込んでいた状況を説明してあげよう。

 

 「一つ言葉に訂正が必要ならば、確かにこの音楽室は周りに音が漏れないように防音使用となっており、外から聞かれる心配は確かにない。だが、聞こえるのは吹奏楽部や授業で扱う俺達がいる音楽室に加えて楽器などを片付ける為に必要とされ、隣接して作られている。外ではなく隣で声は丸聞こえ。外からは聞こえないとは言ったが、隣から聞こえないとは言っていない。よって、嘘は言っていない」


 「凄いです!先輩!どうしてこんなにも見事に!?」


 「やるじゃない吉条!私少し見直したわ!」


 「吉条って凄かったんだね!」


 伊瀬と同じく、音楽準備室に隠れていた泉、南澤、寺垣もまた現れて俺に賞賛を伝えるが、近いし鬱陶しい。


 「お前ら近いから離れろ!」


 「だけど、本当にどうして成功出来たんですか?」


 泉が本当に気になっているのか聞いてくるが、まだ依頼は終わってはいない。


 「――――どうしてここに茜がいるんだ!?」


 黒柿が怒りの形相で俺を睨みつけながら説明を訴える。

 泉への質問を後にして、まずは黒柿へ俺の作戦を伝える。


 「どうして、伊瀬がいるのか。それは簡単だ。呼んでおいたからだ。黒柿、お前を呼びだした後にここにいる三人とまだ隠れているのかは知らないが清水、伊瀬を隣の音楽準備室に入って貰ったんだ。正直に言って、隣の準備室にこいつらが入る時は流石に怖かったよ。もしかしたら、ドアの音にお前が反応するかもしれないからな。だけど、何とかなった。そして、お前の言葉はこいつらは全て聞いてるよ」


 「――――そ、そんな、馬鹿な」


 「まあ、一応どうして音楽室が空いているとか疑問に思われた時の対処法も考えていたが、無駄だったな。良かったよ。お前が俺が思っているより馬鹿で」


 「――――っ!?」


 煽る言葉が今の黒柿にとっては琴線に触れたのか、跪いて俯かせていた顔を上げて立ち上がり俺の胸倉を掴む。


 「あー。痛いな!痛いな!」


 わざとらしいかもしれないが、演技をして痛い素振りを見せる。


 「馬鹿にしやがって!」


 「そこまでよ」


 黒柿が怒りで俺を殴ろうとした時、凛とした聞き覚えのある清水の声が音楽室内に響き渡る。

 清水がスマホを持ち、準備室からこちらに来る。更には、萩先生も現れる。

 突然の先生の登場に黒柿は思わず動きが止まり、殴ろうと振りかざしていた腕が止まる。


 「お前は本当に俺の思惑通りに動いてくれるな。見てましたよね先生?」


 「ハア。見てたわ」


 「こ、これは、ち、違う!」


 慌てて俺の胸倉から手を離す。


 「ちゃんと教えてやったのにな。清水も隠れてるってな。言い逃れしようとしても無駄だぞ?証拠として清水にはお前が俺の胸倉を掴んだ場面は動画で撮ってある。そうだろう清水?」


 「貴方の言われた通り、録画してあるわ」


 清水のスマホにもばっちり記録されている為、これで言い逃れは出来ないし、先生もまた見ている。

 これが、俺の考えていた最後の手段。

 萩先生に音楽準備室に居てもらうようお願いし、清水には四人が登場してから動画を撮ってもらうようにお願いし、全てが完璧である。


 「録画もあれば、先生も証人として見てるし、さっきお前が自白したのも聞いてる。お前にもう言い逃れる術はない」


 黒柿は表情が打って変わり、絶望したような表情を浮かべて膝から崩れ落ちる。


 「――――俺は一度女に騙されて、浮気されたんだよ。だから、もう二度とされないように噂を流したんだ!もう浮気されて絶望する気持ちを味わいたくなかったんだ!騙されないようにしたんだよ!何が悪いって言うんだ!」


 床に涙を落としながら呟く黒柿に対して思わず叫ばずにはいられなかった。


 「悪いに決まってるだろうが!」


 「……先輩?」


 突然大声を上げた俺に驚いた様子を見せる泉であったが彼女と話している場合ではない。

 膝から落ちて、涙を流している黒柿に目線を合わせる為に屈みこみ、


 「彼女がどれだけ辛い思いをしたのか、お前には分からないんだろうな。伊瀬が俺らに対して相談する時に声を震わせていた!それもお前からすれば分からないかもしれない!だけど、知ってるか?伊瀬がどれだけ我慢して苦しんで、辛い思いをしても親御さんが学校に訴えない限り、虐めていたお前には厳重注意だけであって、停学、退学にもならない。そうですよね?」


 知っているであろう萩先生へ話を振る。


 「……そうね。今の時代、確かに虐めには教師も敏感だけど、直ぐに退学と言うよりは大事ではない限り、一度目は厳重注意で済むはずよ」


 「だとよ黒柿。お前が自分の好きな人を追い詰めても、停学にも、退学にもならないからあんなことが出来るんだよな!?」


 「――――ち、違う!俺だって初めは少し噂を流す事しか考えてなかった!まさか、学校中に広まるとは思わなかった。罪悪感が無かった…訳じゃないんだ」


 少しだけ反省する素振りを見せる黒柿だが、こればっかりは許される行為ではない。


 「そうじゃなかったら許される行為でもないだろうが!お前が本当に伊瀬の事が好きなら、泣かせるようなことも、辛くさせるようなこともせずに、もっと大切にしてやれよ!彼女のことが好きなんだろうが!!」


 「――――う、ううわああああ。ごめん……本当にごめん。ここまで……するつもりは……本当に無かったんだ」


 涙を拭かずに、黒柿は伊瀬に対して土下座を行う。


 「ハア。これで、更に汚い手段を使わずに済んだな」


 溜め息を吐きながら他に隠しておいたスマホを取って寺垣、南澤にも返す。


 「盗聴してたの!?」


 萩先生が驚いた様な声を上げるが、当たり前だろう。

 一つだけじゃバレる可能性はあるからな。


 「ええ。もしも、これで黒柿が反省しないようならこれを昼休みに校内放送で流すつもりでしたけど、必要ないみたいですしね」


 「そこまで考えてたの!?しかも行動がえげつない」


 寺垣が驚きの声を上げる。

 まあ、確かにこの伊瀬を除き、四人には音楽室に黒柿を呼び出し、誰もいない空間で吐かせるということしか伝えてなかったからな。


 「だが、今は良いだろ。ここから先は伊瀬、お前が決めろ」


 最後の選択は今回の依頼主である伊瀬茜に託す。

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