第12話 さあ始めよう
結構予定の火曜日。その日は朝から雨が降り始め、ジメジメする感じがたまらなく嫌であった。
漫画の展開で言うのであれば、嵐の前の静けさとでも言うのが表現としては正しいのだろう。
朝から少しばかり気が重いが、時は着実に過ぎていき、予定していた昼休みへと変わる。
昼休みになっても雨は降り続け湿気は増えていく一方だ。
昼食を食べた後に決行の為、少しばかり状況を整理するだけの時間はあるので、食事を済ませがら段取りを整理する。
火曜日までの間に下準備は済んだ。よって、後は出来る限りのことをするだけだ。
黒柿涼という存在がどれだけの頭の持ち主なのか、それはまだ逢っていない俺には想像も出来ないが、黒柿が――――噂を流す必要性、流した後に何をしようとしているのかは分かる。
相手が何をしようとしているのか、それを把握していることは勝敗に大きく変化をもたらす。
相手の企みは予想でしかないが間違いでなければ勝率は九割と言うべきだろう。
本当に恐ろしいほどに黒柿と言う人物が賢いのであれば、清水の言う通り面倒な相手であり、一割ではあるが負ける可能性も絡んでくるかもしれない。
「……そろそろ向かわないと間に合わなくなるわよ?」
背後から南澤の声が聞こえ、時間を見れば昼休みは残り二十分も無かった。
「よし。じゃあ俺も行くからお前らも頼むぞ」
「任せなさい!」
「分かった」
南澤と寺垣が素直に頷くので、今回ばかりは二人を信用するしか他ならない。
自分がどれだけ頑張ろうと協力者である四人が失敗を犯せば全てが無と化すのだが成功を願う以外は出来ることは無い。
「行ってくる」
二人に開始の合図を送り、行動を開始する。
今年初めての下級生である一年生の廊下を歩く。
こんな形で下級生の廊下を出歩くなんて思ってもみなかったな。
そんな考えが頭を過るが、目的地は直ぐに辿り着く。
「……フウ」
一度深呼吸をして目的地である教室の扉を開ける。
一斉に食事をしていた人達の目線が向かれ、若干心臓の音が聞こえるほどに緊張してしまうが、ここで緊張して平静を装えなければ最初から駄目になる。
「え、ええと黒柿涼君っている?」
たじろぎながらも何とか要件を言えただけでも、自分に花丸が与えられる。
「は、はい。僕ですけど」
呼ばれた黒柿もまた一瞬驚いた様な素振りを見せながらも手を挙げて返事をする。
「ちょっと、こっちに来てくれないか?」
「分かりました」
快く返事を返した黒柿はクラスメイトからの視線を感じながらも微塵も困惑した姿も、緊張している姿も見えない。
見た目からすれば、黒髪で斜めに整えられた髪は清潔感もあり、優しそうな雰囲気もある。何というべきか、伊瀬を知っているからかは分からないが、大人しい女子にモテそうなイメージが浮かぶ。
「ここでは何だから付いて来てくれないか?」
「どういった要件ですか?」
「噂の件で」
なるべく周囲に聞こえないように黒柿の耳元で呟くと、一瞬黒柿は視線をこちらに向け、
「場所を移すんですよね?行きましょう」
「助かるよ」
黒柿にお礼を伝えながら、前で先導しながら二人で移動を開始する。
ここからが本番だ。
失敗すれば伊瀬は七十五日、もしくはそれ以上に苦しめられるのは確実だ。
南澤は失敗してもまだ次があると言っていたが、多分だが次の成功率は五割を切ると思える。
一度疑われると思った黒柿の行動はもう絶対に何をしても失敗に終わるとしか思えない。
……だが、黒柿の思惑はもう崩れていると言っても過言ではない。
「着いたな」
「音楽室?」
黒柿はどうしてと言わんばかりの疑いの目を俺に向けるが、見ていないフリをして教室に入り、黒柿もまた無言で入ったのを確認した後に教室に入った所でドアを閉める。
用心深い性格なのか、黒柿は扉が閉まる直前まで視線は扉から外さないのを見れば本当に優秀な人間だと示される。
まずは第一の作戦として、小説の殺人事件では、動機はあるが証拠が無い人に対し、自白させようと取り調べが行われることがある。
今回は小説展開を応用して使い、黒柿に対し証拠が揃っていないにしても、全部バレていると思わせ、白状してしまった!という形にするのが作戦の一つ。
「どうしてここに僕を?」
「簡単だ。ここは吹奏楽部でも使われるから学校唯一の防音使用だ。外からは聞き耳を持たれない」
「成る程。それは分かりましたが、どうしてここに僕を?」
「噂の件を聞きたいからって言ったろ?」
「噂の件って茜のですか?同じ教室内の事ですし少しなら知っていますが、詳しくは知りませんね」
揺さぶりをかけても、微塵も表情は崩さず笑顔で受け答えをする。
終始笑顔を壊さず表面だけを取り繕い本性を微塵も見せる気のない奴はあまり感情が読み取りにくい。
「あー。遠まわしに聞こうと思ったが止めだ。よく考えれば俺はコミュ力無いしな。直球で聞くが――――伊瀬の噂を流したのはお前か?」
ここで、自分の後ろポケットに入れて置いたスマホのボタンを押す。
「違いますよ」
「なあ、別にここは誰もいないんだぞ?腹を割って話そうぜ?」
「確かに誰もいないかもしれない。だけど、後々聞かれることになる。そうですよね?先輩?」
黒柿は余裕の笑みを浮かべ、俺のズボンを差す。
早速、二つ目の計画がバレる。
「やっぱ、バレてたか?」
「ええ。僕が背後から追っている時も、後ろのポケットが少し膨らんでいましたから。僕の予想ではスマホの機能である録音を扱っている。そうではないですか?」
「ねえ、お前って鋭すぎて怖いって言われねえ?」
「偶にですが」
背後に仕舞っておいたスマホを取り上げ、開始していた録音ボタンを止める。
本当ならば黒柿が喋ったとして後々に先生に伝えたとしても何かの間違いです、と呟かれてしまえば無意味な行動になるので証拠として手に入れたいが無理だったようだ。
「参ったな。まさか、バレるとは思わなかった。ちょっと待ってろ」
黒柿に伝え、音楽室にある掃除ロッカーの上にあるスマホを手に取り、録音ボタンを止める。
「……そこにもあったんですか。流石にそこまでは気付かったのに良いんですか?」
「良いんだよ。もしも後々バレてお前に壊されでもしたら、これ同じ部活の人からの借り物だからな。俺が弁償しなくちゃならない」
「先輩は俺に何かを聞きたかったんじゃないんですか?」
「まあ、そうなんだが、取り敢えず座って本当に腹を割って話そうぜ」
自分から座り、黒柿にも座るよう促せば、黒柿もまた後輩と言う立場を弁えているのか、反抗せずに大人しく座る。
「今回、俺がこうやってお前に聞かなければならないのは、お前の元彼女である伊瀬が俺が所属する『お悩み相談部』に相談をしに来たからだ」
「へえ、彼女がそんな部活に相談に」
少し感心したように黒柿は呟く。
今の言葉は本心で思っているのだろう。
……やはり、黒柿の目論見は間違っていないと言う確証に近づけたのを意味する。
「そうなんだよ。少し俺の不幸な話を聞いてくれよ。あいつらは俺を勝手に部活に入れようとしてくるし、人使いが荒いから男子同士なら話すだろうって俺を使ったんだよ。酷いだろ?」
「親しみを思われてるんじゃないんですか?」
「俺は親しみなんていらないから楽して生きたいんだけどな」
「だったら、どうしてこうやって僕に聞きに来てるんですか?」
これは黒柿が必ず気になることだろう。
それは俺も理解していた。
「それは上辺だけでも聞きに行かなくちゃ後が怖いのが一つ、もう一つはただ単純に俺が予想した自分の推理が正しいのか、それが気になるからだ」
「推理ですか?」
「ああ。だから単純に興味本位みたいなものだ。間違ってるなら訂正してもらって構わない。俺は正直に言って、お前らがどうなろうが俺の高校生活には全く関係の無い話だ。だから、お前が俺の推理にきちんと答えてくれるのならお前に対し――――手伝ってもいいとさえ思っている」
「手伝う?」
今まで表情を崩さなかった黒柿の眉が一瞬だけピクリと動くのは見えたが、敢えて見えていないふりをしよう。
「手伝いに関しては追々説明しよう。まずは、俺の推理を確かめてみたいんだ。聞いてくれるか?」
「分かりましたよ」
黒柿もまた聞く態勢に入ったので、名推理を聞かせてやろう。
「黒柿、お前は伊瀬と付き合ってから、別れるかもしれないという思いは初めから抱いていた。独占欲が強い自分から逃げ出してしまうかもしれないと少しは感じていた。だからこそ、別れてから在りもしない噂を黒柿、お前が流した。そう考えたとき、俺はどうして流す必要性があるのか?という風に思ったんだ。どうして、伊瀬のことが好きなお前が彼女の酷い噂を流すのか、それは一つに絞られた」
「それは?」
少し、黒柿の俺に対する視線が変わったように思えた。少しは感心しているのかもしれない。
「お前に対して伊瀬が――――依存するように仕向けたんだ。クラス内に噂が広まり、逃げ場を失った彼女に対して、優しく手を差し伸ばす。女子から見れば少女漫画にでも出てくる白馬の王子様だ。助けてくれた救世主に伊瀬の独占欲という恐怖の対象として見ていた気持ちも少しは和らぐかもしれない。許容するだろう。自分を大切に思ってくれる人ならと。もしも黒柿の思惑通りに進めば晴れてもう一度付き合える。今度は別れることがないようにな。そうお前は考えたと俺は予想した。だからこそ、お前は逆恨みで伊瀬の酷い噂を流したんじゃなくて、別れた後にもう一度彼女と付き合う為に噂を流した、と俺は考えたんだが何処か違う所があったか?」
一通り言いたいことを言えば、黒柿は本当に驚いているように拍手をしていた。
「凄いですね。どうして、先輩のような凄い人が今まで無名なのか本当に今驚いてます」
「俺はボッチで、自分が凄いとさえ思ってない。話しが逸れそうなんで、続けるが、伊瀬と付き合いたいお前に対する手伝い。それは、お前の正直な気持ちを伊瀬に教えることだ。今なら、お前に協力することが出来る。丁度、伊瀬が困って俺らの部活に来てるし、そもそもお前も協力が必要なんじゃないか?」
俺の言葉に黒柿は表情を崩し大きく目を見開いて俺を見つめる。
「……本当に驚いた。全て分かってるようですね」
「これでも必死に考えた結果だけどな。それで、推理が正しいのか、正しくないのかどっちだ?」
最後の選択を迫る確信を呟くと黒柿は手を前に出し、
「ちょっと待ってください。その答えよりも先にどうして僕に協力が必要だと感じたんですか?」
「ん?ああ、それなら簡単だ。伊瀬の性格からすれば誰かに相談するのではなくて、自分で抱え込んでしまうタイプな筈だ。実際、噂が友達にバレて相談したが、本来なら我慢する予定だったようだしな。だけど、伊瀬が俺らの部活に相談したことによって、彼女は少なからず精神的にも安定して、誰かに依存する必要もなくなってしまう可能性が出るだろ?それは黒柿からすれば困る筈だ。ここまで正直に話しているのは、ただ自分が正しいのかと言う興味だ。それだけで、お前は協力を得ることが出来る。お前にとって悪い話ではない筈だ」
これに関して、黒柿には何のデメリットもありはしない。
「……そうですね。ただ、先輩が協力してくれるのかが事実なのかが疑問ですけどね」
「用心深いんだな。何なら、録音でもするか?」
「その言葉で安心しました。――――そうですよ。先輩の全て言う通りです。茜ともう一度付き合う為に俺が噂を流したんですよ」
黒柿は正直に罪を話した。
ここからが本番だと言わんばかりに、黒柿が白状すると同時に雷が鳴る。
今から何かが起こると言わんばかりの雷だが、演出としては最高だ。
――――さあ、始めようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます