第9話 頑張ってくれ

 「……そんなこと言われてもな。お前らだけで出来るだろ?」


 「分からないじゃないですか!やるなら大人数の方が絶対に良いですし、もしかしたら広先輩の悪知恵が必要になるかもしれません」


 おいおい。誰が悪知恵だよ。

 褒め言葉として使っているつもりならお前は勧誘系の仕事は止めておいた方が良い。

 絶対に余計なことを口走るだろう。


 「悪知恵って言ってもなー。なるべく早く帰りたいんだが」


 「どうしてそんなに帰りたいんですか!それに、手伝ってくれたらデート」


 「興味ないんで」


 泉が言うよりも先に言葉を遮ると、泉から無言の圧力とともに拳が頬を掠る。


 「何か言いました?」


 いや、怖いよ?

 頬に当たりそうになったのに、なんで笑顔なの?

 殴られたことよりも、今の笑顔が一番怖いんだけど。


 「……なにもいってないよ?」


 せめてもの抵抗として一切感情を出さずに言葉を放つが、泉には通用せず、


 「それで、手伝ってくれますか?」


 「ただの脅迫じゃねえか」


 「む!違いますよ。お願いですよ、お・ね・が・い。可愛い後輩からのお願いです」


 泉がウインクをしながら覗き込むように上目遣いで迫ってくるのだが、

 

 「面倒な奴だな。しかしな……」


 早く帰りたい訳で、と同じ言葉を繰り返せば拳が振るわれるのは絶対と断言できるで止めておくとして、そろそろ本気で妹の誕生日プレゼントをどうするか考えないといけない………いや、待てよ。


 「なあ、泉ってリア充だよな?」


 「急になんですか?」


 「いや、最近の流行とかに詳しいそうだなって思ってな」


 「え、褒めても何もでて来ませんよ?」


 突然褒められたことに戸惑っているのか一歩後ずさるが、なにも貰おうとは思ってはいない。


 「それで詳しいのか?」


 「ま、まあそりゃあ女ですし、最近の流行とか知らないと周りと話せませんし、ある程度は知ってると思いますけど、これ何ですか?」


 「よし。お前とデートをしてやろう」


 「何で上から目線何ですか!?」


 「いや、こういう時ってどうやって言えば良いのか分からないし」


 「まあ、良いですけど突然どうしたんですか?」


 「それがな、妹がそろそろ誕生日なんだ。誕生日プレゼントを買いたいんだが、どれを買えばいいのかさっぱり分からないんだ。去年は小説を渡したんだが、あんまり喜ばれてなかったからな」


 俺の言葉に、泉は何故かドン引きの目を向け、


 「え、もしかして妹さんに広先輩が読んでるような小説を渡したんですか?」


 「そうだが?」


 「絶対に駄目に決まってるじゃないですか!」


 「やっぱりそうなのか?」


 薄々妹の貰った反応が鈍かったからあんまり喜んでは無いのかと思ったが、当たっていたのか。


 「当たり前です。理由が少し癪ですけど、私が完璧な物を教えてあげます」


 手を横腹に当て、自信満々に発言する泉に初めて感心して、頼もしいと思った自分がいた。


 「なら、頼む。その代わりこの案件を手伝う」


 流石に妹の誕生日プレゼント探しを手伝ってもらいながら何もしないのは違うだろう。確かに、妹が一人で待っているから帰ってやりたいが、妹の為でもあり――――これが償いになるのかもしれない。


 「それじゃあ、先輩も了承してくれましたし早速どうするか考えましょう」


 「私は逆に伊瀬ちゃんの良い噂を流すのが良いと思う」


 真っ先に発言したのは南澤であり、中々に良い案かもしれないが、今回の件に関しては少し無駄の可能性が高い。


 「それはあまり効果が無いんじゃないかしら」

 

 南澤の発言に口を開いたのは本を見ながら発言した清水であった。

 清水の意見に対して南澤が反目で睨みを効かせている。


 「どうしてよ」


 「簡単よ。噂があまりにも酷過ぎるから、良い所を言った所で噂と言うのは大きければ大きいほど話のネタにもなる。だから、良い噂よりも悪い噂の方が影響が強い訳であって、あまり意味が無いと思うわ」


 「そんなのやってみなきゃ分からないじゃない」


 清水の意見に対して、南澤が反抗するが、今回は清水の言うことが正しいだろう。良い噂と悪い噂、初めに悪い噂でもそこまで酷い内容でなければまだ少しは効果が望めたかもしれないが、話を聞く限りだとビッチやら淫行疑惑の後では効果は無いだろう。

 

 「と、取り敢えず他の意見を考えてみましょう」


 不穏な雰囲気を察してか、泉が手を叩き場の雰囲気をリセットする。

 雰囲気を戻すなんて所業は俺には出来ないのでリア充の泉がいてくれて助かる。


 「それじゃあ、良い事をして周りからの感心を得るとか?」


 「具体的にはどういうことをですか?」


 寺垣の意見に関心を持ったのか、泉が前のめりになって話を聞く態勢に入っている。

 今思えば、こいつって結構友達思いの奴なんだな。

 伊瀬よりも泉の方がやる気出てるし。


 「うーん、例えばボランティア活動とか、色々と手伝いをするとかどう!?」


 「結構良いかもしれないですね!」


 寺垣の言葉に泉が同意を示すが、今回のケースではそれも望めないだろう。

 

 「それも無理なんじゃないのかしら」


 「また?今度は何があるのよ」


 またしても、清水が否定の意見を述べると南澤が先程よりもきつく清水を睨む。

 最早、獲物を狙ったチーターの如くである。

 ……帰りたい。


 「ボランティア活動と言うのは長年に渡って続けているから意味があるのよ。もしも彼女が中学時代の時から長年やっていたのなら噂に対して意味はあるのかもしれないけど、今日から始めるとより一層彼女の立場を悪くするだけよ。それに、今回の依頼に対して正解とは言えないし、意味が無いんじゃないかしら?」


 「どうして、立場を悪くしたり意味が無いんですか?」


 「それは簡単だろ。本人がいる前で言うのもなんだが、もしも彼女が今からボランティア活動を始めるとする。その場合、噂を気にして偽善者と感じる人間がいるかもしれないということだ。もしかしたら、その可能性がなくて、良い方向に持っていけるとしても、それは一回だけじゃ駄目だ。何回も積み重なってなる。その場合、今回伊瀬の早期解決には向いていないってことだ」


 「そういうことなんですか。確かに言われてみれば一回のボランティア活動で噂が消えるか、何時も通りの生活に戻るかは分からないですね」


 清水の言葉にフォローを入れると、清水から無言で余計なフォローはいらないと言わんばかりの目線を受ける。

 だが、待って欲しい。お前をフォローするという目的ではなく、睨みつけている南澤に対して落ち着かせようと考えたのだ。

 清水に目線で訴えるが、通じているかはやはり分からん。


 「他に意見は無いですか?」


 泉の言葉に寺垣も南澤も頭を曲げ、考える仕草を行うが余り思い付かないようだ。


 「……ていうか、さっきから否定意見ばかり言ってる清水はどうなのよ」


 南澤が本を読んでいる清水に意見を求めるのは当たり前の帰結だ。

 そうだ!

 正論ばかり言っている清水が言うべきだ!

 心の中で南澤を後押しするが、


 「私に聞くよりも先に、さっきから他人事のように分かっていながら黙って傍観している彼に聞いたら?」


 何故か、俺に振られてしまった。


 「え、広先輩どうやったら解決するか分かるんですか?」


 案の定と言うべきか、泉が即座に食いつく。


 「ハア。解決するかどうかは分からんが、方法なら一個だけ」


 「何ですか?」


 「噂の根源を叩き潰す。まあ、見つかる可能性は低いかもしれないけど、それが一番効果的だろ?」


 「そうかもしれないけど、その見つける方法とかあるの?」


 「見つける方法は無いが、絞る可能性は出来るかもしれん」


 確かに噂の根源を探すというのは苦労が強いられるかもしれない。だが、見つかって説得し、そいつが悪い噂を流したのは嘘であると言わせることが出来れば、問題にはならない。

 見つけるまでが問題なのだが、と泉と南澤と話していると、おずおずと言った形で伊瀬が手を挙げる。


 「あ、あの多分なんですけど、噂を流したのは誰か分かると思います」

 

 「え!?そうなの!?」


 南澤が驚くように伊瀬の方を向き、聞き直すが俺も初めに言えばこんな論争は必要なかったと思わずにはいられない。


 「はい。だけど、確証はないですけどね。多分、同じクラスの黒柿涼くろがきりょう君だと思います」


 「どうしてそう思ったんだ?」


 「黒柿と私は少しの間ですけど付き合ってて、別れてから丁度その噂がクラス内で流れ始めて」


 「別れる理由を聞いてもいいか?」


 伊瀬は俺の言葉にこくりと頷いて、付き合ってから別れるまでの経緯を話した。


 簡単に言えば、なんともお約束と言わんばかりに学校の廊下で偶然出会い、そこから互いに少しずつ話始め、いつの間にか惹かれあって付き合ったと、なんとも普通なお付き合いをした。

 途中まで聞いた時は南澤も寺垣も良い話だと笑顔で聞き、泉は私聞いてない!と叫んでいたがそれは良いだろう。

 問題はここからだった。

 犯人候補である黒柿涼は、付き合う以前では優しく温厚で、接しやすい人だったという。

 俺から言わせて貰えば、この時点で怪しまない人間はいないと思うが、今は置いておこう。


 黒柿涼は付き合ってから本性を現したと言えば適切なのかもしれない。付き合ってからの黒柿は束縛、嫉妬が凄かったという。

 所謂独占欲だ。

 伊瀬が他の男と話せば喧嘩になり、今どきの彼氏彼女では普通だという、位置情報の共有まで強要し、スマホで他の男子と話せば怒られるという始末であり、付き合う以前とは大違いで束縛され、まるで別人のようになっていたという。

 恋愛対象として見ていた男が恐怖の対象に変化し黒柿に伊瀬は最初こそ我慢したが、別れたという話だった。


 「こっわ!それ絶対に別れて正解!私絶対に無理!」


 「そんな豹変があるとか男子怖すぎる」


 南澤、寺垣が自分がされたと思うのを想像してか身をよじり震えて、この部活唯一の男子である俺を見つめて呟く。

 まるで、俺が元凶みたいな有様だ。


 「おい、俺を見るな。そんな事をするような人間じゃない」


 「けど、こういう女子に無頓着な男子に限って在り得そうですからね」


 泉までもがジト目で俺を見ながら呟く。


 「落ち着けよ。事実無根だ。まず、男子一般がどうなのかは知らないが、俺は束縛なんてしないと言い切れる」


 「どうしてですか?」


 「俺は本が好きだ。よって俺が付き合うということは無いし、相手もいない。よって束縛なんて出来ない」


 「広先輩って彼女いないんですか?」


 「逆に聞くが、俺にいると思うか?本ばかり読んでるような俺だぞ?」


 「本ばかり読んでる自覚はあるんですね」


 「ねえ、話が脱線してるけど、要するに茜ちゃんはその彼氏に逆恨みされて噂が流されたってこと?」


 珍しく寺垣が場の雰囲気を戻し、伊瀬へと尋ねる。ちゃっかり、伊瀬から茜ちゃんに変わっている。

 名前呼びをさり気なくこなす寺垣はコミュ力の神様なのかもしれない。


 「私にも何か原因があったのかは知れないですけど、多分そうだと思います」


 「そんなの絶対に許せない!それじゃあ、早速噂撲滅作戦を始めよう!」


 南澤がおお!と言い手を振り上げ、清水以外の全員もやる気を出して腕を上げておお!と叫んでいる。


 ……頑張ってくれ。

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