第8話 新たな依頼者
「……ハア。何があったんだ?」
「お、今日は簡単に言うことを聞いてくれるわね」
「逃げたら放送で呼び出されそうで怖いんだよ」
「吉条は私を何だと思ってるの!?」
南澤が立ち上がって詰め寄られるが、知らぬふりをしてやり通す。
「まあまあ、落ち着いてよ。話さなくていいの?」
寺垣に宥められ、南澤も落ち着きを戻したのか自分の席へと戻る。
「昨日、吉条の意見を聞いて困ってる人がいないか確認して聞いて回ったの。そしたら、困ってる人って言うか、変な噂があったの」
「噂?」
「うん。なんか噂されてた女の子が男を何人も騙してるビッチだとか、三又だとか、四又だとか、なんか変な男と繁華街をうろついていたとか」
「ただのビッチじゃねえか」
「違いますよ!ふざけないでください!」
「いっ!」
南澤の言葉に若干ドン引きしながらツッコみを入れてしまうと背後から教室を出て行った筈の泉が現れ、頭を叩かれる。
「ほら、茜も来て」
「や、やっぱり私は」
「いいから来る!」
「はわあ!?」
扉の向こう側からおっとりとした声が聞こえたと思えば、泉に引っ張られ、驚いた声を上げながら、その正体が姿を現す。
典型的に猫背で眼鏡を掛けたショートカットの見た感じだと大人しい感じの子だ。
「私の友人で今回噂の張本人で依頼人です」
泉が紹介すると同時に、清水からジト目でほら見たことかと言わんばかりの目線を受ける。
仕方ないではないか。まさか、本当に友人で困ってる人間がいるとは思わないだろ!?
清水と目線だけで会話を始めるが、通じているかは分からん。
「ね、ねえ私別に良いんだけど」
「良くないでしょ!」
泉に強制的に引っ張られ空いている椅子に座らされる。
「え、ええと私達は大体噂の件は聞いたんだけど」
泉と依頼人である名前が分からない名無しさんとの間を目で言っていいものかと彷徨っている南澤がおずおずと言った形で話を切り出す。
「……ハア。いつかは愛華にバレると思ってたけど」
「私全然知らなかったんだけど、どうして言ってくれなかったの?」
「そりゃあ、愛華は学校で人気者だし、私が変な噂流れてるなんて知ったら絶対何かすると思ったから教えないようにしてたの」
「そりゃあそうでしょ!友達が困ってるなら助けるに決まってる!」
泉と名無しの依頼人が言い争っている状況を南澤があたふたして何も言えない状況になっている。
心なしか、清水は静かに本を読めていないことに苛立ちを感じているように見える。
本を静かに読めないという点だけでは同感だ。
「お前ら二人とも一回落ち着け。え、ええと名前が分からないんだが」
「あ、すみませんでした。私は
「じゃあ伊瀬だ。泉に噂がバレたくないから黙ってるんならもう無理じゃないか?こうやってバレている訳だし。なら、ここにいる四人に話をしても良いと思うぞ」
「なんかちょっとカッコつけて言ってますけど、四人ってあれ絶対自分入れてないですよね?」
「絶対そうね。ちゃっかり自分は関係ないですよアピールしてる所が信じられないわ」
泉と南澤が隣でコソコソとうるさい。
今、俺がカッコよく締めてあげたんだからお礼で良くない?
そりゃあ確かに四人で自分を入れてなかったけどさ、全く無関係で噂とか全然興味無いからな。
「確かにそうですね。もうバレてるわけですし、話します。私の噂が一気に広まったのは一週間前ぐらいなんですけど、一気に広まる前の二日前ぐらいに、クラスで突然私の言いようのない噂が広まってました。初めは、少し避けられているような気がしたんですけど、コソコソと私の噂が流れているのを聞いて驚きました。段々私は一人になって、まあ、愛華もいますし私はまだ少しは平気だったんですけど、突然クラス中だけじゃなくて学校中に広まって、廊下を歩く度にコソコソと声が聞こえて…少し精神的にもきつかったです」
最後の方で、少し声が震えていたのは俺の聞き間違いではないだろう。
他の全員も、清水でさえも思わず本を閉じて伊瀬の方を少し見ていた。
「伊瀬ちゃんは要するに噂を消したいってこと?」
「いえ、正直噂って七十五日で消えるって言いますから、我慢すればいいのかなって思ってます」
「駄目!今すぐにでも消す!」
「こうなるから私は言いたくなかったのに」
泉がやる気を出して立ち上がるが、反対に伊瀬はやる気がないようであった。
「あの噂が嘘なら私も消した方が良いと思うよ!」
寺垣もまた、伊瀬に後押しする。
「そうよ!言いようのない噂なんかに伊瀬ちゃんが困る必要はないわよ!」
南澤も後押しするが、伊瀬は困ったような顔をして、
「けど、大事にする気もないですし、解決なんて出来ないと思いますし」
「お前なんか勘違いしてないか?」
「え?」
伊瀬に声を掛けると、疑問に思ったような顔をしてこちらを向く。
何故、疑問に持つのかが分からないが、
「ここは『お悩み相談部』だ。絶対に依頼人に対しての悩みに解決が出来る訳じゃない。悩みを聞くだけだ。俺達だってたかが高校生だ。全部が全部うまくいくとも思ってない。出来る、出来ないじゃない。ここでお前が悩みを相談し、解決することは出来ないかもしれない。だけど、悩みを相談し無ければお前は七十五日、もしくはそれ以上に苦しむことになるかもしれない。さっきからお前が言ってることは上っ面の言葉を並べてるだけだ大事にしたくない、解決何て出来ない。だけど、最後にお前は言っただろ?精神的にきついと本音を出しただろ。悩みが解消できるかは不明だが相談する権利がある。解決できるかどうかは別としてな」
「広先輩が難しく言ってるけど、要約すると、依頼をするだけすれば良いじゃねえかって言ってるんだよ。解決出来る、出来ないは別として。ですよね、広先輩?」
「今、俺がそう言ったばかりなんだが?」
「分かりずら!」
南澤が俺の言葉にツッコむが、おかしい事は言ってない筈だ。
「それじゃあ、お願いしても良いですか?私も噂が無くなれば平穏に暮らせると思うので」
「私は初めからそのつもりだから」
「任せて!」
「私達で何とか解決してみせるから!」
泉を筆頭に寺垣、南澤がやる気を見せ、見事にまたしても依頼がきた。
「依頼人も来たみたいだし俺は帰るぞ。お前たちで頑張ってくれ」
立ち上がり床に置いてあるカバンを肩にかけ、扉に手を掛けようとした所で、
「何言ってるんですか!」
「うお!?」
背後から飛び蹴りを泉に食らわされて、危うく漫画の様に扉に正面衝突するところだった。
「カッコイイ事言ったと思えばこれですか!?」
「何をするんだよ。もう依頼人はいるからこれ以上は来ないだろ?だから、帰るんだよ」
「馬鹿なんですか!?阿保なんですか!?なんで今の今で帰れるのか私は全く理解できません!」
「おいおい。酷い言い草だな。これでも学年二位の実力者に対して馬鹿とは、お前は二年生の殆どを敵に回したぞ?」
「そういう意味での馬鹿じゃありません!根本的に馬鹿って言ってるんですよ!」
「だがな、俺が依頼をする意味が無いしな」
無償労働はしない。
残業時間の多いブラック企業でも流石にお金は払うぞ。
対価が無いのは頂けない。
泉の案件は俺自身の気まぐれで助けただけであり、二度も三度も助けるなどとは一言も伝えていない。
「……うーん。あ!なら、私と一回デートさせてあげます」
「全く興味ないんで」
「ぶん殴りますよ!?」
依頼が解決するのは先のようだ。
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