第7話 雨も滴る良い季節
六月。梅雨の時期に入りジメジメとした空気が嫌いだ。
人は雨も滴る良い季節とも呼ぶのかもしれない。
間違えだ。雨も滴る良い男であった。
けれど、俺は嫌いだ。
雨が降れば本も濡れる可能性が出るというわけだ。
考えてみてほしい。傘を差しても相当デカい傘では無ければバックが濡れる。
万が一の確率かもしれないが、鞄に入っている本が濡れるかもしれないという可能性になる。
だから、雨は嫌いだ。挙句の果てに六月ともなれば天気予報で晴れであっても雨が降る可能性が出てくる。雨が降っていない今の内に帰りたいのだが、今日もまたそんなことが許されるわけも無く、
「広先輩聞いてるんですか?依頼が全然こないですよって話してるんですけど!」
「悪い。全然聞いてなかった」
「いっそ清々しいぐらいね」
「在り得ないです」
後輩である泉、そして南澤がこの人は駄目だと言わんばかりの目を向けてるが、俺は見ていなかったことにし、話を変える。
「――――なあ、一つ思ったんだけどどうして泉はここにいるんだ?毎日の間続けて来てるけど」
五月が過ぎ、六月に突入した今この頃だが泉は助けたあの日以降毎日顔を出して南澤、寺垣と雑談を交わしている。
「え?私ここの部員ですから」
「え?部員なの?」
思わず南澤が聞き返し、泉が寺垣と南澤の方に視線を向けるが、眼を逸らされる。
泉はいつの間にか入っていると勘違いしていたことに今気付いたのか慌てた様子で立ち上がる。
「え!?私違うんですか!?一人だけ仲間外れですか!?」
「貴方は入部届をだしていないでしょう。ここはもう文芸部ではなくなったから新しく入部届を出さないと駄目なのよ」
清水が丁寧に説明したことで納得出来たのか、泉は再度腰を下ろす。
「早く言ってくださいよ!すぐに書きますから!」
よし。これで完璧だ。
話の方向を変えることで、俺が悪かったことは流れのままに無くなるという作戦。
自分の頭の良さに最早凄いと感想が浮かび上がる。
「あ!入部届は後で書くから良いんですよ!それよりも、依頼人ですよ。全然来ないじゃないですか!」
……っち。この馬鹿はどうして俺が話の流れを変えたのに戻すんだよ。
お前あれか?
天敵か?
「まあ、依頼人が来ないってことは悩んでいる人が少ないんだ。良い事だろ」
「そうかもしれないんですけど、こちら側としては暇なんですよね」
「なら解散か?」
「まだ依頼人が来るかもしれないから駄目」
南澤に反対され、寺垣も同意を示す。
ここには俺の天敵しかいないの?
今すぐ帰りたいんだけど。
「確かに相談は泉ちゃんの一件以外では全く人は来ないね。広告の意味も無かったし、どうしよっかね。もう一カ月は依頼来てないよ」
確かにその通りだ。
泉の一件以来、『お悩み相談部』の部活に相談する輩は来ていない。
普通は来ないだろう。
悩みを相談するとしても友達か、親か、最終手段として先生だろう。
俺達みたいに訳も分からない部活に顔を出して他人に話す人なんていない筈だ。
一つ問題を挙げるとすれば、このままでは部活の存続が危ぶまれる可能性はあるが、放っておけば安寧の生活が戻るので黙っておこう。
「ねえ、貴方達分かっているのかは疑問だけど、部活として何もしなければ廃部になるのよ?」
「え!?」
「どういうことですか!?」
ねえ?
もしかして清水って俺の心を読んでるの?
読んで俺に幸せな生活を送らせないようにしてるの?
「それもそうでしょう。この部室も他に使いたい人がいる。なのに、何もしないこの部活に部室を与えておく必要はないもの。多分、一カ月以上、もしくは二カ月以上何もしていないと分かれば廃部になるわ」
清水が余計な事を口走ってしまう。
バイバイ!
俺の平穏!
「どうする?このままだと依頼人が来ないかもしれないし」
南澤、寺垣、泉はああだこうだと話し合いをしているが、解決策が見当たらないようだ。
ただ、困ったことに静かに本が読めない。
由々しき事態だ。
部活に入ったのは既に過去の出来事であり、諦めたがせめて本を読む環境ぐらいは整えたい。
「ハア。相談者が来ないならお前らから出向けば良いだろ?」
「出向くってどういうことですか?」
「簡単なことだ。お前らだって友達はいるだろ?例えば、友達からあの人が最近困ってるだとか、嫌われているという噂だとかで困っている人を探して声を掛ければいい。そうすれば、見つからなくても部活として活動はして何も文句は言われない。依頼人が見つかれば、お前らの暇も解消されるんじゃないのか?」
「それだ!皆行こう!」
「オッケー!」
「はい!」
南澤の言葉に寺垣、泉が返事をして三人は出て行く。
ようやく静かに本が読める。
「ストーカー君は廃部になることも、解決策があることも分かってて黙ってたわね?」
「なんのことだか分からん。ていうか、ストーカー君じゃねえ」
「なら、どうして突然の話なのに解決策がスラスラと出てきたのかしら?」
痛い所を付ていくる奴である。
これだから頭が良い奴は困る。
「仮に分かったとして別に良いだろ?解決策を出したんだし」
「貴方も馬鹿ね。もしも、依頼人が来たらどうするの?」
「ハハハ。それこそ馬鹿な話だ。簡単に見つかったら苦労しないだろ」
何か困りごとをしている人間を探し出したとしても相談するとは限らないし、簡単に困っている人間を探し出すのも難しい筈だ。
清水と雑談を交わしていると、下校時間となる。
これなら、帰っても文句は言われない筈だ。
「じゃあ、お先に」
「ええ。さようなら」
清水に挨拶だけし、家に帰る。
「――――ただいま」
「おかえり。今日も遅かったけど、部活に入ったってやっぱり本当なの?」
妹が毎日の様にパジャマ姿でテレビを見ながらこちらに視線を向ける。
この妹には俺と違ってニートの素質がありそうで怖い!
「本当だって言ったろ?半ば強制的にだけど」
「まあそれはいいんだけど、ご飯冷めないうちに食べてね」
「へいへい」
妹に注意されるので椅子に座り、いつも通りに食事をし妹はテレビを見る。
これが吉条家の通常の光景だ。
だが、一つ違ったのは今日は妹に話しかけたことだろう。
「なあ、お前の誕生日何が欲しい?」
「いや、毎年言ってるんだけどいらないから」
妹はテレビを見ながら心底嫌そうに声を上げながら手を振って拒否する。
ちょっと、ちょっとだけ傷ついたぞ!
「……何でだよ」
「逆に聞くけど、妹にオタクの小説をプレゼントする兄にどうしろと?」
「何でもいいって言ったからだろ」
「それはそうかもしれないけど、在り得ないでしょ」
「だから、何が欲しいんだよ」
「そんな風に言われたら何が欲しいかなんてあんまり分からなくない?」
納得してしまう自分もいるが、誕生日となれば何かプレゼントを渡さなければならないと思うんだ。
……渡したいのは山々だが俺にとって生甲斐は本、それ以外に無頓着だと自分でも自覚している。
「まだ半月あるし、何か欲しいものがあったら言ってくれ」
「漫画か小説以外で」
……何も買わなくていいと言っているようなもんだ。
考える時間はまだあるから黙っておいてあげた。
なんて優しい兄なのだろうか!
翌日。
「あ!先輩少し通らして下さい!」
「あ、ああ」
放課後になり、最近の日常と化している部室に行き、ドアを開けようとした瞬間に少し切羽詰まった様子だった泉とすれ違う。
「……何だったんだ今のは」
「あ、吉条。ちょっとあんたも説明するから聞きなさい!」
最早嫌な予感しかしなかった。
……この部活に入って良い予感がした試しがない。
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