第6話 自己犠牲で助かるのならそれが一番だ

 爽やかイケメンと別れて学校内の人達の視線が集中するのを見えていないふりをしながら校門を出るのだが、


 「何でお前らまだいんの?」


 結構な長時間を怒られていたと思うが、目の前には南澤、寺垣、泉が佇んでいる。


 「どうしたも無いわよ。まさかあんな行動に出るとは思わなかったわ」


 南澤が呆れた口調で言うが、何て言えば分からない。

 反論できずに顔を俯かせ無言の静寂に包まれていると、足音が聞こえ顔を見上げれば泉が近づいて頭を下げた。


 「ありがとうございます」


 「別にお前の為じゃないからな。行くぞ」


 鞄を学校に忘れたことを思い出し、歩き始めると、三人も学校に用事があるのかついてくる。

 帰り途中に隣にいる泉が覗き込んでくるのが非常に気になる。


 「どうしてあそこまでしてくれたんですか?」


 「さあ、何でだろうな。俺にも分からん」


 本当は自分でも分かるが、依頼人と依頼主の関係な泉にわざわざ伝える必要もないし、誰であろうと喋る気にはなれない。


 「もしかしたらあの男に同情してしまったのかもしれんな」


 「似合わない台詞ベスト3に入りそう」


 「やかましいわ」


 寺垣にツッコまれながらも俺達は何事も無く学校の前に着いた。

 先程までは殴られて忘れていたが、泉には伝えなければならない事柄がある。


 「泉。約束は果たせよ」


 「そういえば聞いてませんでしたね。何ですか?」


 今回解決したら一つ言う事を聞くと、相談を受ける際にした約束だ。

 依頼を受けると決めていた時から内容は決まっている。


 「これ以上その場のノリとか、好きでもない相手と浅はかな考えで付き合うなよ。自分にも相手にも迷惑だと分かっただろ」


 「私も先輩が殴られている姿を見て流石に反省しましたよ」


 泉は本当に項垂れて反省ししている様に見えるが……人が簡単に変われたら苦労しないんだがな。

 心ではそう思っても泉が未来でどのように変わるかなど泉次第だ。

 俺のやり方が正しい在り方ならば、泉のこれからの行動で証明されるだろう。


 「そういえば先輩って名前は何なんですか?」


 「お前は知らない人に相談してたのかよ」


 こいつは本当に大丈夫だろうか?

 将来お金が貰えるとか言われたらホイホイと付いてきそうだ。


 「それは置いときましょう」


 「吉条宗広だ」


 「広先輩ですね!これからもよろしくお願いします」


 まるでこれからも関りを持つような言い方をするのは止めて欲しい。

 

 「これからはよろしくしたくないがな」


 「冷たいですよ!まあ、それじゃあ私はこれで!」


 「気を付けて帰りなさいよ!」


 「じゃあね!」


 三者同様に別れの言葉を告げて帰って行った。

 ……ん?


 「あれ?なんであいつら学校まで来たんだ?」


 不思議に思いながらも考えるのも億劫で面倒なので部室にあるバックを取りに行く。

 部室の扉を開けば容易に今日は読書をするからと来なかったという理由が浮かぶ清水がお嬢様を匂わせる雰囲気で読書をしていた。


 「どうしたのその顔」


 清水は本から目を離さずに話しかけてきた。こいつの眼は何処にあるのだろうか。

 360℃見渡せる眼をお持ちなのかもしれない。


 「ちょっと色々あったんだが目立つほどに傷ある?」


 正直強がりなしで言えば相当痛かったが、今は引いている。

 傷があるとは思っていなかったんだが、アスファルトの地面に転げたからな。

 分からないだけで、切り傷ぐらいは出来ているかもしれない。

 頬を撫でながら傷を確認していると、清水は本を閉じて立ち上がった。


 「付いてきなさい」


 清水は立ち上がったと思えば、横を通り過ぎて歩き出した。

 これを無視して帰ったら面白そうだが、帰ったら明日が命日になる。

 恐ろしいので清水の背後を大人しくペットの犬と同じ形で付いて行くのだが、


 「保健室?」


 「入って」


 保健室には誰一人として姿は見えないが明かりが灯されているのを見れば、誰か氏らが利用していたのかもしれないが、


 「今日は保健室の先生は休みよ」

 

 疑問が分かったのか清水が答え、勝手に道具を漁りだした。


 「そこに座ってなさい」


 「漁って大丈夫なのか?」

 

 「ばれなきゃ大丈夫よ」


 清水がしたいことに察しがついた俺は言われるがままに座ると、目の前には鏡があるのだがそこに写っている自分の顔は酷かった。

 所々に擦り傷もあれば、痣になるかもしれない程に真っ赤に染まる箇所も見え、コンクリートだったのだが、少量の砂が顔についている。


 「思った以上に酷いな」


 自分の顔を見ながら思わず苦笑いが出てしまう。


 「どうやったらそうなるのよ」

 

 呆れ口調で呟きながらも清水は真正面に座り、顔に絆創膏を貼ってくれる。

 顔は近いし誰も学校にはいないのか静かで何処か照れ臭くなり、


 「お前何なの?いつも澄まし顔でいるけど、もしかしてツンデレなの?」


 何だか無言でいるのが恥ずかしいのでふざけて言ったのだが、


 「何か言ったかしら?」


 そこには笑顔ではない笑顔の清水がいた。


 「……何でもないです」


 何も言えなくなりされるがままに傷の手当をしてもらい、一緒に部室に戻る。


 「その傷は中学の頃を思い出すわね」


 帰る途中に呟きが聞こえるが、清水の言いたい言葉が何なのか簡単に理解が出来た。


 「お前が襲われそうになった時か?」


 言葉が正しいのを示すように清水は首肯する。


 中学の頃、清水は一度襲われそうになった事がある。

 そ同じ中学で清水の事が好きだった人が振られたことに気持ちを抑えられなくなり、襲った出来事であった。

 偶々その時に通り掛かって何とか助けることに成功したのだが、その襲った輩は元空手を嗜んでおりズタボロにされたのだ。


 「中学校とはもう懐かしい思い出だな」


 「今回もどうせ自分を犠牲にして助けたんでしょうけど」


 「傷つきたくて傷ついてるわけじゃないんだよ。今回だって仕方なくだ」


 「他に助ける方法があったでしょう?」


 「無かったから仕方なくこのやり方なんだ」


 「――――仕方なく。その言葉を何時まで使うのかしらね」


 清水の言葉が何故か心に浸透した。

 その言葉に反対出来ない自分もいる。


 「けど、あの時助けてもらった私が何かを言える義理ではないわね」


 清水なりのフォローのつもりなのか肩を竦めながら呟く。

 答えることが出来ないまま部室に戻り、清水に一応お礼を伝えて一人で下校する。


 助ける理由か。

 それは何だろうな。

 一番の理由は中学校時代にあった出来事が起因しているのかもしれない。


 何故助けたのか。

 それは分からない。

 だけど後悔はしていない。

 ただ、清水の言いたいことは理解出来る。

 俺のやり方は自己犠牲だと言いたいのだろう。

 小説でも良く出る自分の身を犠牲にして誰かを助ける事。


 ――――清水に一つだけ俺は虚言を吐いた。


 清水は自己犠牲が悪いと言うのかもしれない。

 自己犠牲しか無いから仕方ない――――それは間違いだ。

 他にもっと効率的で楽して達成出来る方法がある。

 今回の泉の案件も自分を傷付けずに穏便には済まない可能性も含まれているが、少なからず痛い想いをしないで助けられたのかもしれない。

 

 効率的な方法を使用しないのは簡単だ。自己犠牲――――で助けられるのならば、それに越したことはないからだ。

 ……もっと非道で残酷な解決方法を知っているのだから。


 部活に入ったことはもう後悔はしていない。

 誰かを救う人助けをしたことにより、ボッチで誰とも関りを持たない人間である俺に少しばかり充実感を与えてくれたのだから。


 だけど……それでも願う。

 これから先の依頼でも、自己犠牲で済むような方法で助かる案件であるように――――後々後悔しないように強く願いを込める。

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