第5話 正解なんて分からない
泉の要望を受け入れ明後日にしてやったのだが……。
「何でお前らまで付いてくるんだよ?」
そこに泉は呼び出しているので分かるのだが、呼んでいない南澤と寺垣がいるのだ。
「いいじゃない。あなたがどうやって解決するか気になるし」
「うん。私達の初めての依頼だし見届けてみたい」
南澤や寺垣が気になっているようだが、あんまり人に見せるようなことをするんじゃないんだよな。
こいつらに解決方法を教えていない。
ていうより伝え得れば反対される気がするから、言わないんだけどな。
「付いてくるのはいいけど遠くから見るだけで、近づいたり邪魔するなよ」
一応、釘を刺しておかなければ傍若無人な南澤なら邪魔をしかねない。
「分かってるわよ」
南澤が当然だと言わんばかりに声を上げるが、こいつの場合本当に分かって無さそうだから怖いんだよな。
取り敢えず、おさらいだ。
泉の彼氏は近隣の他校の人らしい。
他校というのは都合がいいので助かるのだがまたしてもめんどくさい事になるのは避けられないだろうな。
周りからは違う制服の人間が正門前にたむろしているように見えたのか、チラチラと見られている気がするが、自意識過剰と思い意識するのを止めよう。
周りに意識を集中する前にこれから問題の解消をしなければならない。
泉には彼氏を学校の入り口に呼んでもらっている。
そこからの作戦はまだ言ってない。
「あの先輩。一つ言っておきたいんですけど、私の何か悪口とかが出るようなことは嫌なんですけど」
「分かってる。今回お前が何にも悪くないようにすればいいんだろ」
「まあ分かってるならそれでいいんですけど。本当に何する気なんですか?」
「それを言ったらお前が演技できなくなるかもしれないから、お前は俺の話に合わせてくれたらいいよ」
泉は首をかしげながらも深く聞いてくる気はないようだ。
俺達が泉の彼氏を待っていると数分ぐらい後にやって来た。
そこには萩先生よりも、少し明るめな茶髪で青春してます系の男の子がいた。
何ていうか爽やかイケメンと表現するのが一番適切な気がする。
「誰なのこいつ?」
茶髪男が俺を睨みながら言ってくる。
まあ、当然だよな。
彼女の隣に他の男がいるんだ。
睨まない方がおかしい。
泉はどうするのかという目線を俺に向けてくる。
一度溜息をついて、昨日思い付いた作戦を実行することに決めた。
「俺の女に言い寄ってるようだな」
呟くと同時に、泉の肩に手を置き自分の方に引き寄せる。
「キャ」
泉が少し驚いた声を上げるが変な声を出すのはやめて欲しい。
頑張って合わせて演技してくれって言ったじゃないか。
目で泉に訴えると泉と視線が交差し、少し動揺した目つきが変わり俺の意図が分かってくれたように思える。
今回考えたのは不本意極まりないがあ泉の彼氏を演じる。
だが、一つ問題が生じるとすれば彼氏がいない人には有効だが、彼氏がいる奴には無理だ。
本来であれば今の状況は泉が二股をかけているクズという事になってしまう。
なので、元々彼氏の俺が目の前にいる爽やかイケメンの告白を遊び半分で了承したという設定だ。
「まさか俺が付き合った時の返事をしたとも思わず嬉しそうに付き合ってるもんだから最高だったぜ」
昨日泉が告白された方だという事も予め聞いている。
「どういうことだ?」
茶髪男は未だ分かっているのか、それとも分かりたくないのか俺を先程よりも鋭い目で見てくる様な気がする。
爽やかイケメンが怒ると怖くて今すぐ背後を向いて全力ダッシュをしたくなるが、怖気づくのは論外だ。
「だからお前の告白は俺が適当にふざけて返事してやったんだよ。それを隠してこいつがお前を振ろうとしているのにお前がしつこいんだからわざわざ俺が直接言いに来てやったんだよ」
今の発言で泉は優しくて健気な女の子となり聖女とは言い過ぎかもしれないが、優しい女の子、悪いのは俺だということになる。
問題は、もしも茶髪男が『こんな男と付き合っているのか?』と言う質問が飛んできた場合だが、俺が泉と付き合っているのは俺が弱みを握っているとでも言っておけば大丈夫だろう。
「本当にごめんなさい」
泉が演技でも悲痛に言っているように聞こえるから怖いものだ。
「このクズ野郎が!」
爽やかイケメンが近づくと同時に泉を離して飛び出してくる爽やかイケメンの拳を受ける。
「キャアアアアア!」
泉が俺が殴られたことにより叫ぶ。
うるさいな。
お前が依頼で助けて欲しいと言ったから身体を張っているのに、悲痛な声を出さないで欲しい。
殴られた衝撃で思わず倒れ込み、茶髪男子は隙を見逃さないと言わんばかりに俺の腹にまたがる。
「お前みたいなクズのせいで俺がどんな思いしたと思ってやがる!もう、あんな思いはしたくなかったのに!」
何度も殴られる頬がジンジンと痛みが増していく。
避けることはしない。
避けれないの間違いでは無い。
……多分だけど。
目の前に存在する爽やかイケメンは本来激怒するようには全く見えない。
恋をしていたら性格が一変するのか?
もしも、恋の一つや二つで理性が飛ぶのであれば、絶対に恋なんて青春何てしたくないんだけどな。
「クソが!」
心の中で考える時間も与えない程に何度も殴られる。
今まで中学の頃におふざけで殴られたりしたことはあったけど、何十倍も痛い。
……でも、痛い筈なのに爽やかイケメンの悲痛な顔の方がより痛んでいる気がするのは気のせいなのだろうか。
どうせ今更何か気付いた所で変わらないし、結果は上々だな。
怒って殴る爽やかイケメンは自分が悪くて振られるのではなく俺のせいだからと割り切ってくれる筈だ。
……しかし、一つの問題が生じる。
学校という殆どの人間が通い、学ぶ場所には当然と言うべきか先生という存在が居るのだ。
学校の正門前で暴力事件が起きて先生が黙っているわけがない。
「こんな所で何やってんだお前ら!」
体格が良い体育教師であろうジャージを着た先生の声が聞こえる。
――――ここからが本番だ。
先生の声が聞こえた瞬間から行動を開始する。
散々殴り続けたこいつは殴り返してこないと思っただろう。
だからこそ、その隙をついて全体重をかけてカウンターを繰り出し、現在近付いて来る教師に対し、まるで今まで俺が殴っていたかのように見せる。
爽やかイケメンもまた反撃して来るとは思わなかったのか、右拳のカウンターは見事に決まり、相手も倒れた。
初めて人を殴ったけどこれ殴る方も拳が相当痛いんだな……。
「お前らこんな所で何してやがる!今すぐ来い!」
俺と爽やかイケメンは近付いてきた体育教師に捕まり指導教室らしき場所に連れて行かれる。
完璧に想像通りの展開だ。
後は罪を全部自分のせいだと伝えれば、子供の喧嘩で停学や退学などの厳しい処分ではなく、注意程度の説教で万事解決だ。
真っ先に俺が口を開こうとすると、
「僕がむかついて殴りました」
「は?」
やりましたと言うよりも先に爽やかイケメンは自分が悪いと言ったのだ。
予想外だ。
思わず声を上げて爽やかイケメンの方を見てしまうが、あいつはあいつで先生の方を真っすぐ見つめていた。
「本当か?」
生徒指導であろう先生が爽やかイケメンを見てから俺に確認する。
「いや。僕も悪いのでお互い様です」
完全に予想外の展開に戸惑いながらも、このままでは爽やかイケメンが罪を背負ってしまう形になってしまう。
体育教師の説教を受けていると、俺達がいる教室のドアが開かれ、スーツを身に纏った白髪頭の爺さんがニコニコしながら現れる。
「君達もう帰りなさい」
「校長!?」
どうやらこの人は校長らしいというより、どう見ても校長だ。
校長以外の役職は似合わないと言っても過言ではない。
「今回は見逃しますが次は停学ぐらいの処分は覚悟していてください」
厳命され、体育教師も校長には何も言えないのか俺達は教室を後にする。
「失礼しました」
俺達は何の処分も受けずに帰ることが出来た。
これはこれで最高の形で終わることが達成できた。
久しぶりに疲れたし今日はとっとと帰って寝よう。
「おい」
足早に帰ろうとする俺に対し爽やかイケメンが背後から声を掛けるので、背後を振り返る。
「なんだよ。まだ殴り足りないのか?」
これ以上殴るようなら逃げる覚悟が必要だ。
まだ頬がズキズキして痛いし、奥歯が虫歯になった時以上に痛みが残っている。
体力が無いので長距離は走れないが短距離なら得意なので逃げられる自信はあるが、
「さっきはすまなかった」
「……どうしたんだよ急に」
俺の考えとは裏腹に爽やかイケメンは頭を下げて謝罪する。
謝られると、どう対応したらいいのか分からなかった。
「少し冷静に考えたら、彼女を庇っていたんだろ?別れない俺を納得させて別れる為に」
「何のことやら分からんな」
「そうか。だけど、俺は一回別れる辛さを実感したんだ。それも酷い形でね。こんな形で別れるのは君にかける言葉では無いのかもしれないが、少しスッキリした感じだった。ありがとう」
ここで俺がお前にそう思わせるようにに行ったのだと言えば今までの全てが無意味になってしまう。
肯定するのは簡単だ。
けれど、少しは責任を感じてしまうかもしれない。
嘘を吐くのは嫌いだ。
今できる言動として敢えて肯定も否定もせず無言を貫き通すしか道はない。
悟られないようにその場を逃げるように前を振り向き歩いた。
「俺は見る目が無かったのかな」
「知るか。だけどな、正解か不正解なんか何も始まる前から分かるものじゃないだろ」
自分でも言っておきながら何処か心にすっぽりと入っていく感覚に囚われてしまった。
正解なんて分からないんだ。
自分が行った行動が正しいのか、間違いなのかなんて未来が見通せる超能力者ではない限りは誰にも分からない問題だ。
もしかしたら今の行動には何一つ意味は無く、間違いだらけの選択かも知れない。
でも……正解かもしれないのだ。
正解か不正解なのかはこれから先に歩み続ける二人の行動で示されるのだから。
――――ずっと俺にとっても悩み続ける事なのだと気付いている。
「今度は悪女のような女には手を出さないようにするんだな」
一言だけ忠告し春の肌寒い風が痛む頬を癒す様に撫でるのを体感しながら学校を後にした。
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