ホログラムの肖像
すっかり迷ってしまった。
自分が来た方向も目指す方向もわからなくなって立ち尽くす。
座り込んで、顔を覆って泣いている者がいた。
どうしたのかと訊くとその顔をあげて、
「顔を失くしてしまいました」
と言う。
確かに私を見上げてくる者の、顔であるべき場所には何もない。だがしかし、
「顔ならいくらでも転がっているじゃないか」
見渡す限りそこら中、地面は主の無い顔だらけなのだ。どれか一つ適当に拾って被ってしまえばいい、そう言ってやるとそいつは俯いて首を横に振る。
「それでは駄目なのです」
聞けば、転がっている顔は全て己が作った偽物なのだと言う。いくつもいくつも作っているうち、元の自分の顔がどこにも無くなってしまったのだ、と。なるほど、これだけ作れば無くなってしまっても仕方ない。
「なぜそんなことをしたんだ」
偽物作りに夢中になっているから元の顔を見失うのではないか。呆れた調子で言ってやるとそいつは俯いたままぽつりと言う。
「不便だったのです」
そしてぽつりぽつりと話しだす。
自分は元の顔では周囲になじめず、ある日ふと相手の気に入りそうな顔を作ってみました。するとこれがなかなかうまくいき、ずいぶん打ち解けることができたのです。それからは様々な相手に合わせていくつもいくつも顔を作っては己の顔の上に重ねていきました。私の周りには人が集まるようになり、何もかもがうまくいっていました。
しかし、ある日ふと思いました。
「自分はどんな顔をしていたのだったか」
一枚、また一枚と偽物の顔をはがしていくと恐ろしいことに最後には何も残らなかったのです。
「本当の顔がどこにもないなら、本当の私はどこにいるのでしょう? 私はここにいるのに、本当の私はどこにも見つからないのです」
そう言ってさめざめと泣く。
なんだか哀れな奴だと思いつつ、私は足元に転がっている顔を一つ拾い上げた。
「私が思うに、あんたの顔はこれじゃないかな」
「いいえそれは私が作った」
「いいから聞きなよ」
否定の言葉を遮って、私はあちこち指差して言う。
「あれもそうだしこれもそう、そっちのもきっとそうだ」
わけがわからない様子で首を傾げる相手に私は言ってやった。
「ここにある顔、全部合わせてあんたの顔なんだと思うんだよ。たとえ一枚一枚ではあんたの顔にならずとも、全部合わさるとあんたの顔になるんだよ」
だって全部あんたの中から生まれた顔なんだろう?
ぽかんとしている顔のない者を置いて私はその場を後にする。
いくつもの薄っぺらい偽物の顔は、そのうち全てが合わさって一つの顔になるのだ。
きっとそれはホログラムのように見る角度によって様々な顔を見せるだろう。
そもそも本当の自分なんてものがあると信じているのが間違いなのだ。自分なんてものはころころ変わって定まらない。そんなものが一つの顔に収まるものか、と先ほどの悩める者を小馬鹿にしつつ、顔にはさわやかな微笑みを浮かべてみせて、私はそのままどこへともなく歩いて行った。
短編集 傍井木綿 @yukimomen
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