欠片たち(2019年2月2日~2月10日)

倉田京

欠片たち(2019年2月2日~2月10日)

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「新婚ほやほや。うらやましいわあ。旦那さんのことは何て呼んでるの?教えてよ?」

「やーよ」

「あなた?ダーリン?それとも呼び捨て?もしかして今後のことも考えて、今のうちにパパとか?」

「もう、よしてったら」

「アレ?それ?それともアイツ?」

「なんでそうなるのよ!」

「そのうちそう呼ぶようになるからよ。今のうちから練習しときなさいな」


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「料理のさしすせそと言ったら、えーっと、あれよ。砂糖、塩、酢醤油すじょうゆ醤油しょうゆ、ソイソース」

「どんだけ醤油好きなんだよ!純度百パーセント日本人かよ!!」


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 俺はどの教科でも満点を取ってきた男だ。国語、算数、理科、社会、そして保健体育。今宵こいも寝る間を惜しんで参考書を買いに行く。保健体育の参考書だ。18禁と書かれた暖簾のれんの先の秘境へいざ出発。


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 少女は自信満々の笑みを浮かべて言った。

「何を隠そうこの食堂、わたしがプロデュースしたんです。コンセプトが画期的なんですよ。早い、安い、美味い」

「いやいや、画期的でもなんでもないが…」

「ふふふ、それだけじゃありません。甘い、辛い、酸っぱい、そしてしょっぱい…」

「味がついてる食べ物が出てくるだけじゃねえか…」


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 俺が早く走れないのにはいろいろ理由がある。まずは靴。これが俺に合っていない。靴自体の質が悪いというのもある。この靴を作ったメーカーはよろしくない。そしてこの靴を勧めてきたあの靴屋の店員。これもよろしくない。折り重なった様々な不幸が俺の足をグイグイと引っ張っている。だから早く走れない。もっと大きな足かせも存在する。この大地だ。俺が早く走れるようにできていない。さらに重力という見えない力を使って意地汚い妨害までしてくる始末。そう、俺は早く走れない。


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 ねっとりと湿り気を帯びた声でその男は私の耳元で歌い出した。椅子に縛られた私は、目を硬く閉じることしかできなかった。ささくれ立った金属同士を滑らせるような音も加わる。男があの刃物を研ぎはじめた。


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「あーいやだ、きたならしい、きたならしい…」

 老婆は生ゴミを捨てるような声を少女に吐きかけ、木戸を締めた。

「待ってください…お願いです…」

 少女は握った小さな手で戸を叩いた。

「いつまでもそこにいるんじゃないよ。どこか行っちまいな!」

 かんぬきをかける音とくぐもった声だけが返された。


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「ふん♪ふふーん♪ふふん♪ふーん♪」

 彼女の鼻歌がスキップしている。このメロディは洗濯物が気持ちよく干せる晴れの日の喜びをたたえたものだ。彼女は鼻歌のレパートリーを三十曲ほど持っている。最近、僕はそれらを全部聴き分けられるようになった。一緒に暮らすようになって、それくらいの年月が経った。

 俺はベランダに立つ彼女の後ろ姿をじっと見つめた。そして心の中でカメラのシャッターをそっと切った。


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 子供達の弾んだ声が幼稚園のあちこちで飛んだり跳ね返ったりしている。小さい頃遊んだボールプールを思い出した。色とりどりのプラスチック玉がたっぷり入った柔らかいおり。デパート屋上にあった。


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「ここが使い時だ。明日のための力を取っておこうなんて考えるな。今を乗り越えなければ明日なんて無いんだからな」

 彼は低くそう俺に言った。

「ああ、分かってるよ」

 俺は剣の柄を握る手に力を込めた。


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 私にとっては大金でも、彼には取るに足らないものだ。ならなぜ彼は払うのを渋るのだろうか。私に会うための口実。まさかね、そんなことあるわけない。地球がひっくり返ったってそんなこと…。

 私は携帯電話を取って、彼の番号へリダイヤルした。


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 無機質なアラーム音。妹の明るい声で起こされなくなって一週間が過ぎた。こんなことなら妹の声を録音しておけばよかった。それを目覚ましにすれば、もう少しマシな朝のスタートをきれたはず。いや、そうじゃないな。声が欲しいんじゃない、あいつの存在が俺には必要なんだ。


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 彼女の明るい声が俺の肩をたたいた。名前を呼んでもらえる。ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいことだとは気づかなかった。

 でも俺は素直に笑うことができない。彼女は俺を”たかしくん”と呼ぶ。瀬川たかしのつもりで。でも俺の名は神崎たかし。

 俺は瀬川たかしの代理としてここに立っている。


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 若々しい声とは裏腹に、彼の顔には深い年月のしわが刻まれていた。

「こっちだよ」

 彼はそう言ってビルに挟まれた細い路地へと入っていった。

 私は彼の後についていった。いつでも助けが呼べるよう、携帯電話をバッグから取り出し、上着のポケットに入れておいた。


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 声は若々しく身なりも小奇麗、顔も悪くない。彼女がなぜそこまで悪評を集めるのか、俺には分からなかった。でもしばらく話すうちに兆候ちょうこうが現れはじめた。

「このコーヒー美味しいですね。まるで万力で絞ったネズミの生き血みたいです」

「……(ん?)」

「すごくオシャレですね、このお店。猫の顔をハンマーで叩き割ったみたいで」

「……(なんだ?)」

 彼女は表現がおかしかった。動物を使ってとんちんかんな例えをする。そしてその動物は大抵殺されている。割と残虐ざんぎゃくな方法で。


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「とりあえずその人の首をはねておきましょう。罪状はそのあと考えればいいんです」

「おいこら!」

 歩くギロチンめ。


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「ふふふ、キリンさん状態ですか?サトシさん?」

「何のことだよ?」

「私に会えるのを首を長くして待っていたんですよね?昨日より三センチ首が伸びてますよ」

「そんなわけあるか」


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「そんなに落ち込まないでください。あなたにもいいところは…いっぱいあります」

「………」

「あなたはとってもクールです。余計なことを喋らないですし、それに無駄口がありません。あと、口を動かすことが無いので、とっても省エネです」

「………」

「それとそれと、静かだからいてもいなくても……あ、これは違った…」

「………」


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「彼女は可愛くてチャーミングでコケティッシュ。さらにキュートでラブリー。おまけにかわゆいときている。そんな子がなんでお前と一緒にいるんだよ」

「あの子うんぬんの前に、お前が女の子を可愛いかそうでないかでしか判断してないのはよーく分かった」

「それ以外に何があるってんだよ」


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 これで彼にまつわる美談のほとんどは嘘だと分かった。

 しかし彼女は満足そうに言った。

「彼はいい逸材だよ」

 不思議がる私の様子を見て、彼女は付け加えた。

「嘘が上手いという特技があるじゃないか。それも私たちを騙してしまうほどの上質な嘘を作れるほどの。彼の力を利用しない手はない」

 彼女がデスクから立ち上がった。行き先は言われなくても分かった。彼が住むアパートだ。


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 そこは壁から無数の水晶が顔を出している洞窟どうくつだった。はるか上にできた雷のような亀裂から、日の光が強く差し込んでいた。まばゆい空間に俺たちは息をのんだ。


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「頭をいて描いたら精彩せいさいを欠いたと書いたら?」

「かいかい、かいかい、うるさいなあ。背中がむずむずするわ!」

「じゃあ、あっち向いて。背中を掻いてあげる」

「やかましい!」

「確かにこんな文章を書いても買い手がつかないわね…」


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「これか?……蚊か……。……帰ってねるか…」


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「やや!やや矢が刺さっておる!これは大変じゃ!」


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 携帯の電池が切れていた。最悪。こんな時にかえで君からメッセージが届いたらどうしよう。まじ一秒でも早く返信したいのに。昨日の夜けっこういい雰囲気までやりとりできたんだよなあ…。もしかしたら”今日一緒に帰ろう”なんて来るかもしれない。そういうタイミングを逃すのだけはマジで絶対駄目。分かってて無視するのと、分かんなくて無視しちゃうのは全然違うんだよう。うが~、最悪。

「あ、いたいた、美咲~」

 友達の美紀が私を呼び止めた。

「んあ、なに?」

「かえで君が美咲のこと探してたよ」

「え?うそ、まじ?」

「マジ。教室に来た。美咲いないって言ったらすぐ帰っちゃったよ」

 あ~、最悪最悪最悪。


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「ここのオススメはこれ。コーヒーソーダ。珍しいでしょ。この病院の自販機は全部制覇してるから、私」

 紙風船のように軽く無邪気な声だった。でも同時に外からの圧力に弱いもろさも感じさせた。

 彼女は自販機で買った奇怪な缶ジュースを俺に手渡すと、スタスタと歩いて行った。まるで自分の家に帰るような足取りで。


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 電話の向こう側で幼い子供たちが走り回る声がする。兄弟二人。幼稚園の年長組といったところか。

「すみません、うるさくて。えー、どのようなご用件でしょうか?」

「いえいえ。ただの電話調査です。お手間を取らせてすみません」

「はあ…」

 俺は適当な理由を作ってさっさと電話を切った。

 この家は違う…。


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「好きだよ」

 彼女の純度百パーセントの声は僕を悩ませた。水のような”好き”だ。空の雲にも、野の花にも平等に与えられる純粋な好意。味がついていない。俺はもっとにごりのある”好き”が欲しいんだ。


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「ほら、見て。こんなにいっぱい」

 森へ入ると彼女の声は無垢になる。木は彼女の心を十二年前に送るタイムマシン。疲れを知らず走り回っていたあの頃のように。


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 十特ナイフのようなものを渡された。

「これが冒険者の証です」

「これが…」

 てっきりペンダントや紙の証書を渡されるかと思った。かなり実用的というか、キャンプ道具みたいだ。

「ナイフは小さいですが、鎧のメンテナンスにはこれくらいがちょうどいいんです。他にもこの証で様々な物を加工できます。冒険とはまず生きぬくことです。冒険者がかっこいいのは酒場にいる時だけですよ。ほとんどは泥臭いサバイバル。自然との闘いです」


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 カチカチカチ…。

 身震いがこちらまで伝わってきそうだった。

 地震で揺れる食器棚の皿のように剣をがたつかせながらその子は言った。

「や、やってやります…」

 こいつ、死ぬな…。

 見るまでもないと振り返り、立ち去ろうとした。その時、背後でけもの断末魔だんまつまが響いた。


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「ただの食あたりですな…」

 慌てて呼んだ医者の見立ては拍子抜けするものだった。

 ミミは頭から毛布をかぶって朝からずっと芋虫状態だ。あれだけぎゃーぎゃー騒いだ結果がこれなら、恥ずかしくて顔を合わせられないのも分かる。


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 黒い霧のような不吉さをはらんだ声で老人は俺に語りかけてくる。立ち去ろうとした俺の腕をつかんで、その老人はさらに話を続けた。しわがれた指が腕に食い込む。見た目の年齢からは考えられない握力だった。


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 傷ついた草食動物が、ほら穴の奥でうめいているような声だった。彼女は昨日とは明らかに雰囲気が違っていた。何が彼女を変えた。たった一夜で。俺たちの学校に不吉な何かが忍び寄っていた。


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 彼女は灰色に干からびた声で呪文らしきものを口から発した。唱え終わると、その目に生気が戻った。

「ん?なにかあった?」

 さっきまで普通におしゃべりしていた彼女に戻っている。何だったんだ今のは…。一時、彼女に何かが乗り移っていた。


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 さびさびをこすり合わせたような声。彼が長い間この鉄の牢獄ろうごくでさ迷っている証のように思えた。何か月、いや何年、彼はここにいるんだろうか。私も同じ運命を辿るのだろうか。そう思うと心臓が急速に冷めていった。


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 寝ている間だけは幸せだ。辛い現実を直視せずに済むから。でも幸せは寝ているだけでは手に入らない。


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 彼女はアイドル。

 彼女の笑顔は俺の人生だが、彼女の人生に俺の笑顔は必要ない。


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「古い建物が乗っていると、土地は売れ残ってしまう傾向にあるらしいわ」

「ふうん」

「シャレがきいてると思わない?」

「どこがさ?」

「解体したら買いたいってね」


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 また負けた。これで十戦十敗。この子何者だ。分かった、イカサマだ。

 そんな俺の思考を読んだのか、女の子は俺に言った。

「イカサマなんてしてないわよ。ただあなたのカードを見ただけ」

「いや、イカサマだろそれは」

「ギャンブルで重要なことって何だと思う?」

「運、だろ?」

「それは最後の切り札。大事なのは観察よ。私は、あなたの目に映ったカードを見たの」

「そんなこと、できるわけ…」

「君には妹さんがいるわね」

「な……」

 なんでそれを知っているんだ。女の子はその後も俺の個人情報を次々言い当てていった。しかし不思議なことに、時々惜しい間違え方をした。

「私は特別な目を持っているの。望遠鏡と顕微鏡をあわせ持ったようなね。君の微細な動きや体の付着物から推測をしたの」


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「これはあんたの為でもない、国の為でもない。私自身の為にやるの!」

 その子は”私自身”を殊更ことさらに強調して言った。

 プライドの高さが良い方向に進んでいくのを感じた。少しずつ、だが確実に歯車は回り始めている。


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「あなたをサルだなんて言ってないわ。ただちょっとモンキーに似てるなって言っただけ」

「同じじゃねえか」

「もう、そんなゴリラみたいに鼻息を荒くしないでちょうだい」

「お前はどうしても俺をサルにしたいみたいだな…」


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「ここは表向き教会だが、この町の砦だ」

 彼はそう言って像の裏に俺を案内した。彼が像の根元を足で乱暴に蹴る。重たい石がこすれる音と共に地下へと通ずる階段が顔を出した。


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 木こりはきっと綺麗に木を切る。


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 彼氏に買った花瓶が欠けた。彼との過去が枯らした心。


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 男は度胸。女は愛嬌。あなたで妥協の私は卑怯。家計は不況で私は帰郷。子供に少し悪影響。


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 見たい、知りたい、触りたい、生きたい、死にたい、気にされたい。一体全体何がしたい。


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 どうしてあなたはそこまでするの。きっと私は振り向かない。言葉をどんなに重ねてみても、あなたは全然ひるまない。仕方がないから付き合うわ。一緒にお墓に入るまで。


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 嫉妬ばかりじゃ配慮に欠ける。配慮が欠ければ隙間が増える。増えた隙間を物で埋め、取りつくろった一年間。最後にあげる物は鍵。私はあなたの部屋を出る。


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「他には誰もいないです。私たち二人だけですよ…」

 しっとりとした声が枕に吸い込まれていく。手が届くほどの隣で寝ている女の子。真っ暗な中で顔は見えなかったが、息の熱さだけは感じられた。


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 雑巾が黒板にぶつかる。湿った音がみんなの視線を集めた。

「いい加減にしてよね…」

 美咲がついに切れた。全員、掃除の手が止まる。

「はあ?何のこと?」

 花が見下す声色でそう答えた。


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「お゛は゛よ゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛」

 案の定、ねばっこい声の朝の挨拶だった。声を聞くだけで彼女が寝不足なのが分かる。昨日の騒ぎだ、無理もない。寝癖を注意しようと思ったがやめた。

「おい、パジャマ…。いろいろ見えそうになってる…」

 彼女は「んが~」っとイグアナみたいな声を上げて、胸元の服のズレを直した。

 いつもの悲鳴とパンチが飛んでこない。相当重症だ。


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「弱い奴隷は役に立ちません。かといって強い奴は手なずけるのに苦労します。難しいところですなあ…」

 奴隷商は粘り気のある声でそう言った。奴隷という言葉に一切の感情が含まれていない。まるで雨と作物の話をするかのようだ。奴隷商は淡々と商売の話を続けた。


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「今のはダイクストラ法を使ったの。頭の中でね」

 彼女はそう言った。でも、そのなんとか法というのが俺には分からなかった。

「それは、記憶力を増やす方法、なのか?」

「違うわ。最短経路を計算する方法の一つよ。記憶力の応用。私は頭の中でプログラムを組んで、計算まで行ったの」

「そんなことできるのか」

「ええ、私は人の誕生日や文章を憶えるために記憶力は使わない。そんなもの記憶しても意味ないもの。記憶するのは数式とその使い方だけ」


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「アウトサイダー?分かった。新しいジュースでしょ?」

「ちげえよ。のけものとか流れ者とかっていう意味だ」

「ふーん。じゃあ略してアダーだね。これからよろしく、アダー」

「変な略し方すんな。普通に名前で呼べ」

「流れ者なのに細かいとこ気にするんだね」

「………」

 ああ言えばこう言う。口だけは達者なやつだ。


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 彼女は場違いな格好で会場に現れた。彼女が歩くと出席者は道をあける。それを自分の美貌がなせるわざか何かと勘違いしているらしく、彼女はご満悦な表情を浮かべている。時々ウインクなんか飛ばす始末。やめてくれ恥ずかしい。

 彼女が俺の前に来て言った。

「ふふ、お待たせ」

「ああ。それよりどこで調達してきたんだその服」

「へへ、何を隠そう自作です」

「ああそうかい…」

 俺はフリルがゴテゴテに付いたメイド服を着た彼女を連れて、一旦人が少ない場所に移動した。


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 ババアの声は、まるで顔にへばりついたクモの巣のように俺の耳に残った。あの死にぞこない、殺しておけばよかった。道具なんていらねえ。頭を蹴れば簡単に首の骨が折れたはずだ。


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 植物のつたが伸びるように受話器からストーカーの低い声が聞こえてきた。すぐ電話を置いた。切った後も耳に残る不快感を一心に手で払った。

 落ち着いて、気付いた。こいつ私の家の電話番号を知ってる。いつ、どこで、どうやって…。


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「ありがとう…」

 涙で鼻声になりながら、彼は墓の下に眠る彼女に伝えた。それ以上の言葉は出なかった。日が暮れるまで彼はそこを動かなかった。


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「んにゃお~」

 鼻にかかる声で猫が抱きついてきた。よかった今日は猫だ。昨日は犬だったからちょっと手を焼いた。おとといは象、その前はトラ、サイ、チーター…。肉食系や大型の動物は相手するのが大変だ。

 動物図鑑を買ってやってからというもの、毎日がこんな調子。娘の動物マネは日に日にそのクオリティとパワーを増している。


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「朝焼けはおっきい、昼焼けは中くらい」

 夕焼けに輝く川面を二人で見ていると、彼女がふいにそう言った。

 僕たちは土手の草地に座り、とりとめのない話をしていた。うしろの道を犬のさんぽをする主婦らしき女性が通り過ぎる。

「大きいも小さいも無いと思うけど」

 僕がそう言うと彼女は膝の近くの草をちぎりながら言った。

「夕焼け小焼けって言うじゃん。だから朝焼けにも昼焼けにも大きさがあるんだよ、きっと」


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 彼が作ってきた絵本はサンタクロースが会社を立ち上げる話だった。しかも内容が妙に現実的だ。会社法やら税金やら。しかもそれは第一巻で、まだ続刊があるとのことだった。

 夢もへちまもない話だね。そう、思った感想を正直に口にすると、彼は得意気に言った。

「いや、へちまはあるぞ。次の巻の先物取引で扱うことになってる」

 へちまの先物取引って何?そんなものあるの?てかビジネスじゃん。サンタクロース関係ないじゃん。


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「くらえ!ハイパーエキセントリック超ダークネス、スーパーエクストリームショッピングマルチ、ギガコンビニエンスメガエクステンティッド…」

「技名がなげえよ!てか何で途中でコンビニに買い物寄ってんだよ」

「だ、だって、喉乾いたし…」


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 彼女の瞳はまるで小鳥のように小さくて、肌は岩のようにがっしり、顔の輪郭はホームベースみたいな安定感。鼻はみたらし団子のように美味しそうだ。

 俺は頭の中でブサイクちゃんというあだ名をその子に付けた。ちゃんを付けたのは一応女だと判別がつくからだ。それすら判別がつかなかったら、ただの”ブサイク”になっていただろう。


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 この砦の警備は盤石ばんじゃくだ。でも何かが引っかかる。重要な事を見落としている気がする。俺はもう一度、周辺を見て回ることにした。


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 よく見ると彼のジャケットはベルベットで出来ていた。腕時計、靴、一つ一つのアイテムにこだわりが見てとれた。他の浮浪者とは雰囲気が違っていた。



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 彼の寝癖はぐうたらの象徴だ。そのまま玄関から出ていこうとするのを何度止めたことか。身だしなみを整えるグッズは洗面所でなく下駄箱に集まるようになった。


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 びた声で商人は私たちの後をついてきた。なぜそこまで私たちにこだわるのか不思議だったが、理由はすぐに分かった。

「最近は城内もお忙しいようで…」

 商人がそう口にした。私たちを城内の役人か何かと思っているらしい。

 なるほど、このマントを羽織っておけば何かと便利そうだ。


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 彼が媚びるような声でわがままを言い始めた。菜箸さいばしを持つ手に力が入った。危うくぶん投げそうになった。お前いったいいくつだよ。


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 彼女の声が艶っぽくなってきた。語尾もしっとりと落ち込むような雰囲気だ。昼間の時とは明らかに違う雰囲気に少し驚いた。


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「こんばんはぁ~」

 つやのある声が戸を優しくノックした。戸を開けたくはなかった。開けたらさいご、そのままずるずると家の中に入り込まれる気がした。

「だれかいませんかぁ~」

 女はさらに続けた。まるで戸に身体をへばりつかせているように思えた。


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 それは可愛らしく無邪気で、だが一方で気高く孤独を愛している。時にするどく、時にしなやか、色も柄も多種多様。街角でたまにみかける。抱きしめるとほのかに暖かい。私たちの邪魔をするのが大好きだ。

 私はこの猫という生き物について研究している。


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 彼女の顔は美しい。顔が良ければ体も良いと相場が決まっている。彼女もそれにあてはまる。言うまでもなく人気者だ。だから直接会えるのは月一度あるかないか。それでも僕が会いに行くと彼女は最高の笑顔を向けてくれる。本当は一緒に住みたいが、いろいろ事情があってそういうわけにもいかない。もどかしいところだ。

 彼女は僕たちに番号をつけている。ちなみに僕は751番。割と若い数字だ。

 彼女の忙しさは年末にピークに達する。アイドルに長期休みは無い。

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欠片たち(2019年2月2日~2月10日) 倉田京 @kuratakyou

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