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「これが本のリストじゃないって……どういうことですか?」


 理子りこと顔を見合わせながら、友香ともかが疑うような声で大道寺だいどうじに尋ねる。文字どおり「必読書リスト」と題され、実際に本のタイトルも書かれているのに、一体どういうことなのか。


「最初の違和感は、挙げられた本にそれほど統一性が見られなかったことから来ました。特に最後の『苦界くがい浄土じょうど』はあまりにも唐突です」

「たしかに、どれも重要な本だとは思うんですけど、この七冊の本がどういう意味で『必読』かまではわかりませんでした」


 理子の言葉に、大道寺が頬に手を当てて、しばし黙考する。骨ばった細長い人差し指でぽんぽんと肌を打ってから、ほかならぬ自分自身を納得させるような口調で続けた。


「それで考えたのです。僕たちはいま、このリストを作成した川端かわばた俊哉としやさんというひとにと……まあ、実際にやってくださったのは東雲しののめさんと如月きさらぎさんですが」


 大道寺の問いに、理子の眉間にも自然としわが寄る。


「私たちは必読書の……でも、もしこれがとすれば、私たちはリストを完成させたわけではない……」

「では、なにをしたのでしょうか」

「……?」


 大道寺がニコリと微笑むと、眼鏡の奥の瞳が一段と細くなった。


「『全体と部分の関係』と言ってもいいかもしれません」

「?」

「部分が欠けた全体を目にすると、欠けているところを埋めたくなるものです。そのとき、目的は全体を完成させることになりますので、僕たちはつい部分よりも全体のほうを重要視してしまいます。要するに『部分は全体に奉仕する』と考えてしまうのです」

「全体っていうのは、このリストのことですか?」

「ええ。そして、今回の場合、必読書リスト、つまり全体は無意味だった……逆に言えば、のではないでしょうか」

「部分のほうに意味がある……」


 理子が、財布から出てきた虫食い状態のメモと、完成したリストとを見比べた。目の前に座る友香も、額がぶつかりそうなほど理子に顔を近づけて、素早く左右に視線を動かす。二人の口から同時に「あ」という声が漏れた。


『(マル)クスのために』

『この時代の(遺産)』

『(白)日の狂気』

『(差異)と反復』

『(ヨーロ)ッパ諸学の危機と超越論的現象学』

『(死)に至る病』

『(苦)界浄土』


「マル、遺産、白、差異、ヨーロ、死、苦……」

「丸井さん白菜よーろしく……?」


 理子と友香がふたたび見つめあって、同じ方向に首をかしげた。


「なんですか、これ? 川端さんから丸井さんへのメッセージ……でしょうか?」

「白菜買ってきて欲しいなら、直接そう伝えればいいんじゃないの? なんで、こんなまどろっこしいこと……」


 理子が川端俊哉作成のメモに目をやる。あらためて注意してみると、昔ながらの手帳の巻末にある「連絡先一覧」からミシン目に沿って切り取られた紙のようで、手書きされた「必読書リスト」の背景には、薄い茶色の罫線と、「NAME」「PHONE」の文字が印刷されていた。


(……これって、もしかして……)


 理子の理性に軽い電流が走る。そこに、客の対応に一段落がついたのか、マスターの小山内おさないが近づいてきて声をかけた。


「ごめんね、バタバタしてて。どうなった、あれから?」

「大変ですよ、マスター」

「ん?」


 うわずった理子の声音に、小山内だけでなく友香も意外そうな表情を見せた。ひとり大道寺だけが、いつもと変わらない涼し気な顔をしている。


「マスターの言うとおりでした」

「え? なにが?」

「財布を開けたら、ほんとに電話番号がわかったんですよ」

「理子さん、なにを言って……あ……え?」


 理子がバッグからスマートフォンを取り出して検索を始めた。その作業に合わせるような速度で、大道寺が言う。


「日本の市外局番はゼロから始まって、次のケタに地域別の数字が割り振られています。ゼロの次がイチということは、かなり北のほうではないでしょうか」

「……ありました、先生」


 理子が顔を上げて言う。


「市外局番0138……函館はこだてみたいです」


(続く)



――作者より――


 このエピソードには電話番号を想起させる表現が出てきます。想定されている番号は十一ケタの架空の番号であり、実在しませんが(日本の固定電話の番号は十ケタ)、市外局番は実際のものですのでご注意ください。

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