第6話
「な、にを言ってるんですか」
「そんなこと。ある訳が無いですよ」
狼狽する志麻に微笑んだ後、アドラーは柳眉を上げて不敵に笑う。
「そうね。通常であれば、あり得ない」
「けれども残念な事に、貴女が話した男は天才だった」
ガタガタと震える体を必死で抑え込む様に志麻は自分を抱き締めた。
「彼はね、志麻ちゃん」
「貴女が言った事を実行しているの」
ばたん、とドアが閉まる音がした。入口に居たのは美麗な男。
「エイブさん、たすけて!助けてください」
必死に縋る志麻を同情の目線で見つめ返したエイブはしかし、何も言葉を発することは無かった。
「ああら。来てしまったのねエイブ」
「志麻・エンダーソン。……君の出自を調べさせて貰ったよ」
息が喉に引っかかる。曳きつく音に更に不安になり志麻はドアの方へとゆっくり後退した。
「まさか、君がかの有名な合衆国大統領のご令嬢だとは」
「ちがう!―――ちがいます」
エンダーソン。他人から語られる自分の苗字にはいつも含みが持たれていた。けれど今ほど恐怖した事は無い。
「私はあんな男の娘じゃない」
あの男は自分を身籠った母を捨て、己の立場を利用し全てを闇に葬ったのだ。
「君とお母上のことは、ごく一部の人間しか知らない」
「私たちは、貴女の身を守るようにと護衛任務に就いた」
美しい男女を睨みつける志麻を、当の本人たちは気にする様子もなく淡々と告げる。
「君は、偶々今回の犯人とネット上で繋がってしまった」
「私たちは調査の結果、貴女の身柄を保護し、そして犯人の身柄も保護する事になったの」
目まぐるしく変わる事態に志麻は頭痛を覚える。自分が合衆国大統領の不義の子であるのがバレただけでなく、テロ教唆容疑とテロ実行犯との繋がり。意識が遠のくとはこのことか。しかし先程アドラーは聞き捨てならない言葉を口にした。
「待ってください。いま、犯人も一緒に保護すると言いませんでしたか」
「複雑な事情があるんだ。彼の出自もまた特殊でね」
業務連絡の様に告げる彼らに、志麻は理解するのを諦めた。だが一つ聞いておかなければ。
「犯人は、どうやって保護するんですか」
裕子を殺した男。会ったらきっと私はそいつを殺すだろう。保護されると聞いてしまった以上、どうにかして会わなければ。人殺しを野放しにする事は出来ない。友人を殺した相手だ。私が殺してやる。
「すごい顔をしているわよ」
「まるでそいつを殺しそうだな」
思った以上に顔に出ていたらしい。焦って取り繕うとするが、志麻が弁明する前に件の男女は話を続ける。
「彼は、貴女と共に日本へと送られるわ」
「亡命ということだ。……つい先程、確保したと連絡が入ったからな」
「司法取引は、既に済んでいる筈よ」
うっふりと笑うアドラーに、眉間にしわを寄せるエイブ。志麻はたまらず尋ねた。
「彼は、いえ、あなた達は一体何者なんです」
「ああら。興味を持ってくれたの?嬉しいわ」
「我々はConfidentialProtection
Organ、略してCPOという会社の者だ」
「会社とは名ばかりで、実際は国際的な機密保護機関という団体だけれど」
「機密保持の為に君には誓約書に同意してもらう必要がある」
「護衛任務の件もそこに記してあるから、サインを頂戴ね」
つらつらと言い募る二人に圧倒され、アドラーから書面を受け取ると志麻は促されるままに署名をする事になった。
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