天から降る星

〈ロアー・ワールドウィンターゲームズ〉日本大会、最終日の決勝戦が幕をあけた。今年の最後をかざるeスポーツのビッグイベントが、いよいよクライマックスをむかえたのだ。

試合開始とともに、田中ことみがひきいる日本チーム〈アマテラス〉の五人が、各自のチャンピオンキャラクターを配置につけた。

「インカムチェック、チェック。オーケー?」

「クリアー」「クリアー」

ことみの呼びかけに、四人のメンバーが答えた。通信に問題なし。

インカムによる仲間どうしのコミュニケーションは、マルチプレイヤーゲームの生命線だ。めまぐるしく変化する戦況に応じて、チームは意思疎通をはかりながら、臨機応変に戦術を展開していくのである。

攻撃のコンビネーションはもちろん、ディフェンスの隊形作りや、敵の動きに対するチーム戦術などについては、おもにリーダーが指示を出す。さらにチームの各プレイヤーは、ゲーム中の会話によって、ほかのキャラクターを支援したり、攻撃や防御の動きを決定することも多く、そのためにも素早い意思伝達は欠かせないというわけだ。

「オーケー。じゃあ、まずは敵の出かたをみる。むこうと同じフォーメーションでいくわよ」ことみは指示を出した。

決勝戦の相手、アラブ人チームの〈GIG〉は、「フィックス」とよばれる基本隊形を組んできた。

ゲームの舞台となるマップ、通称〈インヴォケートナローズ〉には、三本の通路と、それらにはさまれた領域があり、それぞれアッパーコリドー(上部回廊)、ロウワーコリドー(下部回廊)、プロムナード(中央通路)、そしてフォレスト(不死の丘)と呼ばれる。

〈GIG〉チームが選択したのは、これらのエリアにおけるごく基本的なキャラクターの配置だった。〈ロアー〉では、これを「フィックス」と呼ぶ。

チャンピオンのふり分けは、上部回廊のアッパーコリドーと中央通路のプロムナード、そしてフォレストに一名ずつ。残る下部回廊のロウワーコリドーには二名、というフォーメーションである。

〈ロアー〉では、1×1×1×2のポジションが基本型とされており、このチャンピオンの配置でゲームをスタートすることが慣例になっているのだ。もちろん、チームの戦術しだいでパターンを変えることに、ルール上の問題はない。しかし、スタートからむやみに隊形を乱してチームのリズムを崩すようなリスクを犯さず、ゲームの主導権を相手に与えないことは、マルチプレイヤー・バトルゲームの鉄則である。基本型にはそれなりの意味があるということなのだ。

この試合、日本チーム〈アマテラス〉もその基本隊形をとっていた。だが、リーダーの田中ことみはこれまで、その暗黙のルールにしばられない自由自在なプレイスタイルで、世界中のトッププレイヤーたちとわたりあってきたのだ。とうぜん、変則フォーメーションは得意とするところである。常識はずれの戦法には高度なスキルとテクニックが必要だが、ことみは世界でも名の知れた〈ロアー〉のプレイヤーだ。彼女に例外という概念はない。


試合開始一分。〈GIG〉のチャンピオンが動きだした。

アッパーコリドーの本拠地付近にいた敵のチャンピオンが、通路に立つ三つのタワーを通りぬけ、前に出てきた。同時に、〈GIG〉側のミニ兵士「トゥルーパーズ」の第一波の集団が、本拠地からわき出てくる。敵のチャンピオンは、このタイミングに合わせてきたようだ。

トゥルーパーズは、AIによって自動的に発動するNPC(ノンプレイヤーキャラクター)である。この兵士集団は、チャンピオンを操作するプレイヤーの意思に関係なく、上部、中央、下部それぞれの通路を前進していく。ちなみに、ここで出現したのは、攻撃力がもっとも低い「ノーマル」レベルのトゥルーパーズだ。

「最初の一手は上部回廊からね。やけに早い動きじゃないの」と、〈アマテラス〉のリーダーことみは口をひらいた。「ヤマト、始動の準備たのむわね」アッパー担当のヤマトに、ことみはさっそく指示を出した。

「スタンバイ、オッケー」ヤマトから返事がかえってくる。「たしかに始動が早いですね。でも、なんだか妙だなあ」

「妙って、なにが?」ことみはPCの画面でマップをチェックしながら、ヤマトにたずねた。

「いや。なんかふつうだなって」ヤマトはパソコンの前で頭をひねっている。「決勝の初手にしては、平凡すぎませんか」

「油断しないでよ」敵の先手を単純に考えたヤマトに、ことみが釘をさす。「あいつらは、無名なのに優勝候補の強豪チームを倒してきたのよ。なにか意図があるにきまってる」

「あっ、はい。僕は準決勝でやられてるんで、気を引きしめないとですね」

「よし、その調子」ことみはヤマトとの会話をすませると、今度はロウワー担当の二人に声をかけた。ヤシロとモウリだ。「二人への指示よ。相手の動きにもよるけど、前進は、回廊の中間地点より手前でとどめておいて。チャンピオンの攻撃力、つまり持ち技と武器は、今のところ使用は控えておく。いいわね」

「了解です。三分の一あたりのブッシュで、二人とも陣をはることにします」ヤシロが自分たちの戦術をつたえた。

ブッシュとは、通路のところどころに設けてある、雑木林や丈の高い草むらなどの遮蔽物(しゃへいぶつ)のことである。接近戦になれば、ここに隠れて、攻撃をかわしたり敵に奇襲をかけるために利用することができる。

「それでいいわ。くれぐれもむこうの動きから目をはなさないでね。ロウワーだけじゃなく、ほかのチャンピオンの動きにもしっかり目を配っておくこと」

「了解です」ヤシロとモウリが答えた。

「そろそろ三分。みんな、こっちも動くわよ」ことみはアッパーとロウワーの三人に、攻撃への準備態勢をとらせた。そして、つぎは最後の四人目。「タカ、そっちはまだ敵と距離をたもってるみたいだけど、レベルの差はどうかな」ゲーム開始から「フォレスト」エリアでポイントを稼ぎ、レベルアップをはかっていた『ドレンガー』について、ことみはタカに確認した。同じくフォレストを動きまわっている相手のチャンピオンとの接近をさけて、タカはうまく立ち回っているようだ。

「むこうもたぶん同じじゃないすか。俺はいまんところレベル2っすよ」タカは余裕をみせて、自分の状況を伝えた。「通路の敵が動きはじめましたね。メダカさんのゲームプラン、どんな感じっすか」

「う〜ん、考え中」

「えっ。それって、まだ戦術決まってないってこと?」タカが意外そうな声をあげた。「リーダー、どうしたの」

「それがさ、この相手の過去のデータがあまりに少なすぎて。ゲームのシミュレーションがうまくいかなかったのよ」

「マジすか!メダカさんが分析できないって、どんなチームなんだ」タカはことみの言葉に驚いた。「こりゃ、へたな動きはできないっすね。ひとつまちがうと命とりになりかねないや」

「そのとおりよ。チームの連携は完璧にしないと。あたしとあんたで、協力してコントロールしましょ」

「わかりました。アッパーとロウワーには、俺も目を光らせます」ことみとの情報交換を終えたタカは、ふたたびフォレストでのポイント稼ぎに戻った。

と、つぎの瞬間、こんどは下部回廊のロウワーコリドーからも、敵のチャンピオンが前進してきた。ことみの指示を待たず、ヤシロの『アイール』とモウリの『クレル』が前に出る。

さらに中央通路のプロムナードでも、相手のチャンピオンが前に出てきた。敵のその一連の動きが、ことみは気にいらなかった。

「くそっ。試合が始まったばかりなのに、こちらはもう受けにまわっている。いつまでも相手の出方をうかがっているわけにはいかないわね」ことみはマップに目をこらした。ここはなんらかの先手を打つべきだけれど、どんな戦術でいくべきか…ことみは考えをめぐらせた。〈ロアー〉の戦いで、かつてこれほど頭を悩ませたことはなかった。

〈ロアー〉のゲームではふつう、開始一分くらいは、両チームが互いの動きをさぐり合う。トップレベルの強豪どうしの対戦では、序盤のへたな動きは敵につけいるスキをあたえることになりかねないからだ。なので、通路に配置されたチャンピオンはしばらく動かさず、味方トゥルーパーズの後方にとどまるだけ、というパターンが多いのだ。

ことみはいま一度、〈アマテラス〉の五人の能力を確認した。敵の動きにばかり気をとられず、まずは足もとから整理しよう。

ことみの『リルン』のロール(役割り)は、ゲームの戦術を組み立て、チームの動きをコントロールする「オペレーター」だ。タカの『ドレンガー』のロールは、遠距離からの狙撃を得意とする「シューター」。ヤマトの『パイロ』は、魔法の呪文を武器とする「ウィザード」。ヤシロの『アイール』は、防御に優れた「ガード」。そしてモウリの『クレル』は、接近戦に威力を発揮する「ファイター」である。

まず考えるべきは、五人のキャラクター特性と攻撃技を組み合わせて、ゲームの主導権を握ることだ。ことみはそこまで思案すると、インカムでメンバーに呼びかけた。

「通路の三人。トゥルーパーズを盾にしながら、中間地点をこえて。まずは敵のトゥルーパーズをFDしながら、キャラのレベルアップ。前進速度はゆっくりね」FDはファイナルダメージの略。敵のミニ兵士を倒して、レベルアップにつながるゲージ(キャラの強度)を稼ぐことだ。「ゲーム序盤のここで相手をつついてみるから。よろしく」

「オーケー。侵攻します」アッパーとロウワーの三人が答えた。

二つの通路のメンバーに指示を出したことみは、自分が担当するプロムナードを前進しはじめた。彼女のチャンピオン『リルン』の前方には、敵のタワーをめざす味方のトゥルーパーズがいる。やがてミニ兵士の集団は、中間地点をこえたところで、進撃してきた敵のトゥルーパーズと戦闘に入った。NPCつまりノンプレイヤー・キャラの攻撃対象は、ゲームシステム上で優先度が設定されている。それは、相手側のトゥルーパーズ→タワー→チャンピオンキャラという順番である。というわけで、この試合で最初のバトルはトゥルーパーズどうしの戦闘になった。

ことみはマップに目をこらした。「あっちのチャンピオンは、タワー前にとどまったままね。う〜ん、ここでミニ兵士の戦闘に加わってポイントを稼ぎ、『リルン』をレベルアップさせようか」ことみは考えた。ゲーム中盤にむけて、今のうちに攻撃力を上げておくことは大事だけど…「やっぱりここでの積極行動はやめておこう。なんか、あいつらの落ちつきが気になるのよね。いったいなに考えてるのよ」

ことみが『リルン』の戦法に頭をひねっているとき、アッパーとロウワーの二つの回廊では、〈アマテラス〉の三人が敵の陣地に侵入していた。

ゲーム開始から八分。序盤をすぎて、いよいよチャンピオンの戦闘開始である。


試合開始から八分。ゲームがようやく動きだしたそのころ、観客席の最前列で、ひとりの男性がステージに目を釘づけにしていた。

男は、見た目も雰囲気も周囲とはあきらかに違っている。ほとんどの観客は、ゲームのロゴまたはキャラクター入りTシャツやパーカーを着ている二十代の若者ばかり。彼らは髪をふりみだして、ステージ上の試合に感情をあらわにしている。ビールを手にして叫んでいる外国人もいた。

いっぽう男性はというと、静かに席におちついて、膝に置いたiPadの画面と、ステージ後方のスクリーンに交互に目をやっていた。そんなふうに、彼は一見クールな態度にみえた。だがじつは、その心の中はおだやかどころではなかったのだ。

高城ダニエル健二は、目のまえでおこなわれている試合に、手に汗をにぎらせて見入っていた。心をよせる、いとおしくてたまらない女性が、いま人生をかけて戦っているのだ。彼の胸はふるえ、祈る思いでいられずにはなかった。

「がんばれ、ことみさん。あと一勝。君の勝利を僕は信じてる」彼のつぶやきがアリーナの騒音にかき消される。となりのゲーマーの若者が、こいつノリが悪いな、というような顔で高城のことを見ている。だが、かまうものか。「君ならできる。夢をかなえて世界へ羽ばたくんだ」

高城が見ているiPadの画面には、きのうの夜にネットで調べておいた、海外のゲーム専門チャットサイトの実況動画が表示されている。そこでは、現在おこなわれている〈ロアー〉日本大会の決勝戦のもようが、世界中のゲームマニアやプロゲーマーにライブ配信されていた。くわしいゲーム用語やマニアックな会話にはさすがについていけないものの、高城は英語のネイティブスピーカーである。彼らの専門的なトークは、なんとなく理解できた。

〈ロアー〉のゲームシステムは、この三日間に YouTube やネットで検索しておいた。世界で一億人がプレイする最先端のマルチプレイヤー・オンラインバトルゲームの奥深さに、彼は思わず感心した。これはすごいな、というのが素直な印象だったのだ。

「ことみさんは、こんなに複雑なゲーム世界のトッププレイヤーなのか。やっぱり彼女はただものではなかったんだな」と、自分の想像を超えることみのポテンシャルに、彼はうれしい驚きを感じていた。

四ヶ月前にはじめて出会ったとき、高城はことみの中に光をみた。その秘めた輝きを見抜いた自分の目は間違いではなかった。そんな彼女にひかれる想いは、時間をかさねるごとに大きくふくらんでいき、高城の心は大きくゆさぶられていったのだ。

ことみに会えなくなってから二ヶ月、彼女への気持ちが一瞬も消えることはない。会いたい。あの頃のように時間をともにしたい。でも、今はそんな願いはどうでもいい。彼女が天をつかみ、まぶしい星になってくれることを心から願ってる。高城はそんな思いに目を輝かせた。

「やるんだ、ことみさん。すべてをかけて未来を勝ちとれ」

iPadを持つ高城の手が、ぎゅっと握りしめられた。


その後方、二階席の中央に設けられたゲスト用のロイヤルボックス席。テーブルにはフルーツのデザートが置かれて、氷が詰まったバケットの中でシャンパンが冷えている。

特別仕立ての革のソファーにすわっていた二人の若い女の子が、連れの男の背中に話しかけている。

「ねえ杉本くん。ちょっと落ちつきなさいよ〜。まだ始まったばかりだよ」橘(たちばな)ちなみは、あきれた顔で友人の男、杉本晴夫に言った。

「落ちつきがないのは今にはじまったことではないぞよ、ちなみどの」隣にいるハーフの美少女、水戸井ジェニファーが冷めた口調で言い、シャンパンが満たされたグラスを口にはこんだ。「あ〜たまらぬ。口の中ではじけるこの高貴な味わい。われのチョイスには自分でも感心するであるな。おほほ」

「おい、クリオネ。酒なんか飲んでないで、メダカの応援しろよな。こいつは世紀の決戦だぞ、決戦!」晴夫はふりむくと、人生ではじめてのカノジョ、ジェニファーにトゲのある言葉を投げかけた。「ったく、そのえらそうな態度、あい変わらずだな。ただでさえ性格悪いんだから、直したほうがいいぞ」

「なにをいう。そなた、われを誰と心得るか」

「はいはい。水戸井学園財閥のご令嬢にあらせます、ジェニファーさまさま」

「ちょっと、もう〜。やめなさいよ。せっかくカップルになったのに、ケンカばっかりして」ちなみが二人の間に入った。最近はこのパターンばかりだ。「ところで杉本くん。この大会って、優勝すると賞金いくらもらえるの?」

「う〜ん。たしか三億円じゃなかったっけ。あと、決勝トーナメントでは、一勝するごとに三千万」

「げっ!」それを聞いて、ちなみは度肝をぬかれた。「ちょっと、それって宝くじの一等と同じじゃん。まじでヤバくない」

「幼稚なたとえであるな、ちなみどの。たかだか数億でうろたえるでないぞよ」ジェニファーはシャンパンをあおりながら、さげすむような目つきで言った。

「はあ…どうせ財閥のご令嬢さまにははした金なんでしょ。庶民感覚ゼロよね。クリオネちゃんの頭の中って、いったいどうなってんの」

「気にしないでいいよ、ちなみん。こいつの高飛車な根性をたたき直してやるからさ。俺とつきあうなら、平民の暮らしを身につけないと」

「さすが、杉本くん!セレブのお嬢さまを落としただけあるわあ。めっちゃカッコいい。ひゅーひゅー!」と言って、ちなみは二人をはやしたてた。

「な、なにをぬかすか。楽器店の店員ごときがえらそうに。ふんっ」ジェニファーはほおをふくらませ、ぷいっと顔をそむけた。

「ほんっと、二人って仲いいよねえ。アニメみてるみたいで笑える。あはは」

「おっと、いけね。むだ話してる場合じゃない。試合、試合っと」晴夫は背中をむけて、ふたたび決勝戦のステージに顔をもどした。

「むだ話とはなんだ。失礼なやつめ」

「まあまあ。シャンパン飲んで盛りあがろうよ、クリオネちゃん」美少女の肩をたたいて、ちなみはごきげんをとった。「あ〜この二人といると、ほんっと疲れる」

「メダカあ〜!負けんなよ!」晴夫は大声で声援をおくった。


「どうやら序盤のゲームが動きだしたようです。三つの通路で、〈アマテラス〉が敵陣に入りこんでいきます」

会場に、実況アナウンサーの音声が流れる。数千人もの若者たちが大声で声援をあげているので、いつもよりオーディオスピーカーの音量が上げられていた。

「ゲーム開始から十分。展開はいたって平凡にみえますが、このあとをどう予想されますか」アナウンサーが、となりの席にすわっている解説者にたずねた。

「うーん。この段階ではなんとも言えませんが、日本チームの〈アマテラス〉がいつになく消極的にみえますね」解説者は手もとのデータを見ながら答えた。「予選リーグから準決勝までの試合で、〈アマテラス〉はつねに機動戦で攻撃をたたみかけていました。が、ゲーム序盤でこの重たい動きは、相手の出かたをみているか、あるいは…」

「あるいは、なんでしょう?」アナウンサーが先をうながした。

「敵からのプレッシャーに、先手を打ちかねているのではないか、ということですよ」

「なんと。ではこの時点で、アラブ人チームの〈GIG〉はもう優位にたっている、とおっしゃるのですか。私にはその理由が具体的に把握できませんが」

「チャンピオンのポジションですね」解説者はあごに手をあてて、実況の日本人男性をみた。「両チームのチャンピオンキャラクターの位置をみてください。アラブ側の通路にいる四人は、自陣のタワー前から動いていません。ミニ兵士のトゥルーパーズはすでに発進しているわけですから、通常ならば、相手の陣地へ少しずつでも接近するべきですよね」そこまで言って、彼はペットボトルの水を飲んだ。「彼らは自分たちのテリトリーにとどまって、〈アマテラス〉のチャンピオンをおびきよせているのだと思います」

「〈GIG〉はディフェンスに重点を置いた戦略をとった、というわけですか」とアナウンサーは言った。「そういえば、彼らはこの大会を通して、ずっとスタンダードな隊形をくずしていませんね」

「まあ、そうなんですが。ところで…」解説者はいったん口を止めると、今度は口調を変えた。「あなたは『縦深防御(じゅうしんぼうぎょ)』という言葉を知っていますか?」

「ええ、はい。聞いたことはあります。たしか、中国の戦国時代に使われた戦法だったような」実況者は少しとまどった表情でこたえた。「ただ、私が知っているのは軍事用語で、ゲームのものではありませんが」

「いや。現実の戦争でもゲームでも、組織的な戦術という点では、意味するところは同じです」ゲーム解説歴が長い彼は、教師が生徒に理解させるように言った。「縦深防御は、中世ヨーロッパにおける軍隊どうしの戦いで、まったく新しい発想から生みだされた戦術です。それまでの戦争における防衛線の戦い方は、兵力の大半を正面前方に投入して、力によって敵の攻撃をむかえ撃つというのが常識とされていたのです。ですがその場合、もし前線で敵の突破をゆるしてしまうと、自分たちの側面をさらして包囲され、重要ながらもっとも攻撃に弱い補給線をさらしてしまう大きなリスクがあります。そこで、防御側は兵力に加えて、要塞(ようさい)や大型の兵器を広いエリアに配置するのです。そうすることで、かりに敵に攻めこまれても、組織的な抵抗で攻撃のスピードを弱めることができる。そうして有利な展開をつくり、逆に、間伸びした敵の攻撃ラインを側面から包囲し、持久戦でじわじわと相手を消耗させることができるわけです」

解説者は、歴史を背景にしたかなり専門的な説明をおえると、口をとざして実況席のテーブルを指でコツコツとたたいた。彼のようすをみたアナウンサーは、自分の言葉を待っているのだと気がついた。

「あ、なるほど。え〜、つまりこういうことですか。いま現在、アラブ人チーム〈GIG〉は、まさしくその縦深防御の隊形をしきつつある。そして、〈アマテラス〉はそのワナにおびきよせられている、と」

「まさしく。彼らの戦術は、みごとなまでに洗練されていますよ。この鉄壁の防御フォーメーションを、〈ロアー〉の戦闘でこれほど完璧に実現しているチームを、私はみたことがありません」そこまで言うと、解説者はモニター画面にうつる〈インヴォケイトナローズ〉のマップを指で示した。「おそらく〈アマテラス〉のリーダーのミズコトミは、気づいていないのではないでしょうか。彼女の神がかったプレイは、その驚異的なデータ分析によるものですが、今回はそれが通用しないと私は読んでいます。ロウワーコリドーの陣地近くでガードをかためている〈GIG〉の二人のチャンピオンをよくみてください。彼らはごく細かい動き、コンマゼロゼロ秒の移動をくり返しているのがわかりますか」

「えっ。う〜ん、正直言って私には判別しかねますが…」アナウンサーは首をひねっている。

「彼らはこの動きをすることで、ゴーストとよばれる残像をつくり出しているんです。言ってみれば、"プログラム・バグ" によって、ミズコトミの計算を狂わせているのです。彼女の激烈な速攻スタイルは、寸分の隙もないデータシミュレーションに裏づけされたものですから、その数学的プランを崩してしまえば、〈アマテラス〉が得意とするヒットエンドランを封じることが可能になる。そしてそれは、攻撃速度を鈍らせ、むかえ撃つ〈GIG〉に決定的な優位をもたらすというわけです。まあ、私の分析がすべて当たっているとは限りませんがね」

解説者はそこまで言うと、このあとの展開が見ものだというように、大きく息をついて椅子の背中に身をあずけた。ゲーム序盤のまとめがひと段落し、実況アナウンサーがくくりのコメントをのべる。

「さあ、試合は中盤に突入しました。運命の決勝戦のゆくえは、はたしてどんな展開をみせるのでしょうか。ひきつづきステージに注目していきましょう」


試合開始から十五分。

〈ロアー〉の戦闘の舞台である〈インヴォケートナローズ〉のマップを見ながら、田中ことみは迷っていた。

チーム〈アマテラス〉のリーダーである彼女は、十年以上も前にインターネット・オンラインゲームが誕生して以来、世界中のつわものゲーマーたちと数々の勝負を経験してきた。そのワンゲーム、ワンプレイのどれひとつをとっても、自分の選択に疑問をもったことはない。数学とコンピュータの天才ゆえに、その戦術はつねに完璧に近い計算と予測にもとづいて組み立てられる。つまり彼女は、世界も認める達人ゲーマーなのである。

その達人がいま、不安に身をよじらせていた。

「なんなのよ、もう〜。しっかりしなさいったら、メダカ!」中央通路のプロムナードでチャンピオンキャラクターの『リルン』を操作しながら、ことみは思わず歯ぎしりしていた。ゲームが始まってからずっと、額には冷や汗がしたたり続けている。両手でキーボードを超速打していては、ぬぐうこともままならなかった。「あいつら、いったい何を考えてるの。明らかに動きが怪しいのに、ぜんぜん意図がよめない。チャンピオン全員がモジモジしちゃってさ。さっさと前に出てきなさいよ!」

上・中・下の三つの通路で、敵のチャンピオンがタワー周辺からなかなか離れないことに、ことみはいらだっていた。いつもなら、敵チームがどんな戦術を使おうが気にせず、自分の速攻プランを迷いなくエクゼキュート(実行)するはずである。だが分析がうまくいかなかったこともあり、彼女はあせっていたのだ。明らかに先手を取られている。そんな意識下の不安が、ことみの計算能力にダメージを与えていた。だが本人は、強気に出たいという気持ちが強すぎて、そのことに気がついていなかった。これが、世界大会における決勝戦の重圧というものなのだろうか。


とまどいを心におぼえながらも、ことみの『リルン』は、プロムナードを敵陣にむかって前進しはじめた。目のまえで、敵味方のトゥルーパーズの集団が通路いっぱいに広がって、戦闘をくり広げている。『リルン』はそれには加わらず、フォレストの "へり" をつたって、プロムナードの中間地点をこえた。

「むこうは、あいかわらず動かないわね。このへんでようすをみよう」敵の第一防衛線に近づくと、ことみは『リルン』を停止させた。「これ以上前に出ると、タワーからの攻撃にさらされてしまうわね。『リルン』はまだレベル2だから、敵のチャンピオンを相手にしながらタワーを突破するのはむずかしい、か」

前方には、三つのタワーがそびえている。タワーの攻撃力はすさまじい。それに、相手のチャンピオンと第二レベルのブロンズトゥルーパーズが加われば、さすがのことみでも攻略は容易ではない。

敵のチャンピオンは、タワーのそばから離れない。その場で足を小刻みに動かしているが、それ自体に意味はないようにみえた。ことみはPCの画面ごしに少し目線を上げ、対戦テーブルの反対側にいるプレイヤーをみた。自分と同じ「オペレーター」のチャンピオンを操作している、アラブ人の男。その表情は、まるでランチを食べてくつろいでいるようだ。と、その目がチラッとこちらをみた。笑っている。

ことみは思わずカチンときた。何なのよ、こいつ…余裕こいて。ざけんな!頭に血がのぼりかけた。が、ここでうかつに動けば敵の思うツボ。断定はできないが、ゲーマーとしての声がそう告げていた。

そこで、いったんチームの状況を確認することにした。

下部通路のロウワーコリドーでは、ヤシロの『アイール』とモウリの『クレル』が、敵のトゥルーパーバーズ集団と戦っている。ミニ兵士をFD(倒す)しながらポイントを稼いで、キャラクターレベルを2まで上げていた。いっときは劣勢に立たされたが、態勢を立てなおしたようだ。二人のコンビネーションは、いまのところうまくいっている。

上部通路のアッパーコリドーでは、ヤマトの『パイロ』が、中間地点の手前にとどまっていた。遠距離攻撃を得意とする魔術師キャラクターは、接近戦に弱点がある。敵陣のタワーに近づきすぎずに、自分に有利な距離をたもっている。

アッパーのチャンピオンは、敵味方をとわず、ひとりを配置するのが標準のフォーメーションだ。なので、チャンピオンが倒されると、通路がガラ空きになってしまう。陣地を失うリスクが高いので、接近戦はさけるのがセオリーになっている。

残るタカの『ドレンガー』は、上部のアッパーコリドーと中央のプロムナードにはさまれた、森と丘のエリア「フォレスト」を動きまわっていた。モンスターや森の精、プラント(植物)とやりあって、着々とチャンピオンを成長させている。ゲーム画面の数値をみると、現在『ドレンガー』のレベルは3。さすがはフォレストのスペシャリストだ。敵のフォレスターも同じくレベルアップしており、マップの両者の配置から、まもなく一線交えることになりそうだ。

ことみは、インカムでタカに呼びかけた。

「タカ。あんたには、上下どっちかの通路でサポートにまわってもらうことになるから、絶対にキルされちゃだめよ!」

「まかせてください、メダカさん」タカが答える。「俺だってこんなところでやられるわけにはいかないっすよ」

「この相手は、どうも隠しネタをもってそうなのよ。くれぐれも慎重にね」

「了解です」返事をすると、タカは再びポイント稼ぎに戻っていった。

全員のチェックをすませると、ことみは担当するプロムナードの攻略方法に頭をめぐらせた。

「あいつらが前に出てこないってことは、うちらの攻撃を計算ずみってことなのか…ああっ、もしかして」ことみはそこで、ハッと気づいた。「くそっ、ワナにはまった!こっちを防衛線の深くへ引きこむ気なんだわ。つぎに出てくるブロンズのトゥルーパーズ、それとタワーの攻撃の網のなかへさそう気ね。バースト(多重攻撃)で包囲して、一気にたたきつぶすつもりなのよ!」

ことみはゲーム開始からはじめて、〈GIG〉のチャンピオンたちが陣地深くにとどまっている理由に気がついた。そして、この策略にハマりかけているのが、ロウワーコリドーのヤシロとモウリだった。

ことみはインカムで、すぐさま二人に呼びかけた。

「ヤシロ、モウリ、今すぐ退却して!」思わず声に力がはいる。「攻撃中止、攻撃中止!」

だが、とつぜんのリーダーからの指示を、二人はすぐには理解できなかった。

「えっ。どういうことですか」ヤシロが言った。「連携はうまくいってるし、敵陣地での攻撃も支配権をにぎれそうですけど」

「だから、それはあんたら二人の錯覚なのよ!」ことみはヤシロの言葉に耳をかさずに、きびしい口調を投げかける。「とにかく、早く敵の防衛線から後退するの!」

「あ、はい。了解…」

ヤシロが返事をして、敵陣からモウリと退却しようとしたそのときだった。〈GIG〉の本拠地から、トゥルーパーズの第二集団、ブロンズのミニ兵士たちがわき出てきた。

ここで〈ロアー〉のシステムが、ゲームに大きな影響をあたえた。AIが制御するトゥルーパーズの、攻撃対象の優先度だ。それは、相手のトゥルーパーズ→タワー→チャンピオンの順である。そして、いまここには〈アマテラス〉側のトゥルーパーズも、タワーもない。

システムのルールどおり、敵のミニ兵士軍団が、ヤシロの『アイール』とモウリの『クレル』に襲いかかってきた。そのタイミングに合わせたように、それまでタワー前で動きを止めていた〈GIG〉のチャンピオン二人が、とつぜんスピードをあげて突進してきた。

『アイール』と『クレル』は、すかさず敵陣地に背をむけて、ロウワーコリドーを逆へ戻っていく。だが、遅すぎた。

動きの速いブロンズトゥルーパーズが、二人の退路をふさぐように回りこんだ。包囲された〈アマテラス〉のチャンピオンたちは、思わず足を止めた。トゥルーパーズとの戦闘にそなえて、防御に強いガードの『アイール』と、近接戦闘を得意とするファイターの『クレル』は、バトルフォーメーションを組もうとした。と、その瞬間、背後から猛烈な打撃をくらって、二人は吹っ飛ばされた。

敵のチャンピオンたちは、ひとりが魔法の使い手「ウィザード」、もうひとりが防御のスペシャリスト「ガード」だ。〈アマテラス〉の二人は、ウィザードのファイアーブラスター(遠距離火炎弾)を、無防備な背後に、まともに食らってしまった。

中世でも現代でも、戦争において、退却はもっとも危険な瞬間なのだ。敵に背をむけて逃げる相手は、追うほうにとって簡単な獲物になりかねない。

〈アマテラス〉の二人は、キル(死)こそされなかったものの、今の攻撃でキャラクターレベルをスタート時にまで下げてしまった。彼らはレベル1の能力しかもたないまま、敵陣で包囲線を戦わなくてはならない。これはかなりきびしい状況だ。

『アイール』と『クレル』は再び陣形をととのえて、全方向への防御と攻撃にそなえた。三体の敵タワーから、「クラッシュビーター(投石機)」」と「ギガハープーン(巨大もり)」による連続攻撃が、雨あられとふってきた。

敵のタワーは、まだ〈アマテラス〉の攻撃を受けおらず、ノンダメージのフルパワーでくりだされる兵器の威力はすさまじかった。

『アイール』と『クレル』は、それぞれが持つ武器と技のコンビネーションで、タワーからの攻撃になんとか耐えていた。だが、敵のチャンピオン二人と、半数に減ってもまだ多数生き残っているトゥルーパーズが、じわじわと包囲をせばめてくる。

とそのとき、二人のインカムに声が入った。

「お二人さん、苦労してますねえ〜」タカの声だ。ことみの指令で、彼はフォレストから助っ人にやってきたのだ。「おりゃあ〜っ!」。タカのチャンピオン『ドレンガー』は、おたけびをあげてロウワーコリドーに飛びこむと、敵にガンク(めった打ち)攻撃をあびせる。「うわ。こいつら、したたかな戦術つかってますね。ヤシロさん、俺が包囲の中に入るんで、ガードたのんます!」

「おお、タカさん。了解。助かります」とヤシロが応答した。

遠距離からの狙撃を得意とする、「シューター」のロール(役割り)をもつタカの『ドレンガー』が、通路の中央近く、敵のトゥルーパーズ集団の背後に位置どった。キャラクターレベル3に昇格した『ドレンガー』は、フォレストで獲得した武器「クラスタースプレッド」を、前方のミニ兵士集団にむけて放った。クラスタースプレッドは標的の手前で爆発し、無数の小爆弾を広い範囲にバラまくと、そこにいたトゥルーパーズをバタバタとたおしていった。

自分の攻撃で包囲網にあいたスペースに、『ドレンガー』が突進していく。〈GIG〉の陣地に侵入してきたこの三人目のチャンピオンめがけて、タワーから武器が飛んでくるが、ヤシロの『アイール』が両者のあいだに立ちはだかった。

ヤシロはPCの画面に食い入るように顔を近づけて、自分のチャンピオンが『ドレンガー』から離れないよう、キーボードの操作に全力をつくした。

ロウワーコリドーでおこなわれているこの攻防は、まちがいなく決勝戦の勝敗を左右するはずだ。ヤシロもモウリも、そのプレッシャーになんとか耐えながら、敵陣地の攻略の糸口をつかもうと必死になっていた。とはいえ、敵チーム〈GIG〉のゲーム戦術には、つけいるスキがまったくなかった。まるで一つ一つのプレイをすべて見通しているかのような展開が、ゲーム開始からかれこれ二十分以上も続いている。このままでは、いずれ〈アマテラス〉側に打つ手がなくなるのはあきらかだった。それでも三人のプレイヤーたちは、大会前にバトルシミュレーターでたたきこまれた技術を駆使して、突破口をひらくべく戦った。


試合開始から三十分。

ロウワーコリドーで激戦がおこなわれていたとき、ことみのチャンピオン『リルン』は、中央通路のプロムナードで相手のようすをうかがっていた。

ロウワーとは対照的に、こちらの敵エリアは、静かにゲームが進んでいるようにみえた。通路の中間あたりで両チームのトゥルーパーズが入り乱れて戦っているが、数に大きな差はない。敵の集団が二段階レベルのブロンズなので、やや優勢とはいえ、生き残った連中がこちらのタワーエリアに今すぐ近づく心配はない

ことみは、敵のタワーを前にして、つぎの一手を決めかねていた。ゲームはもう中盤にさしかかっている。いつもの〈ロアー〉の対戦なら、とっくに相手のゲームプランを打ちくずして、本拠地に侵入しているはずだ。ところがこの〈GIG〉というチームは、存在そのものが謎につつまれていて、過去の対戦データがまったく存在しない。

ことみのゲーマーとしてのスキルは、天才的なプログラム解析力にささえられている。なのに今回は、相手が〈ロアー〉の対戦で残したログ、つまり過去のゲームで実行されたプレイ履歴そのものを見ることができないのだ。

決勝戦の開始からずっと、ことみは試合のなかで敵の動きをさぐってきた。そのつど、もっとも有利なプランを組み立てていくつもりでいたが、その相手が自分たちのエリアに引きこもっている。アッパーコリドー、ロウワーコリドー、そしてこのプロムナード。三つの通路すべてで〈GIG〉の四人のチャンピオンは、まるでこちらの陣地に攻め入る気などないかのようだ。

気にいらない。じつにあやしい。

ゲームプランがあやふやなままの現状に、ことみの危機感はふくれあがるばかり。だからといってリーダーのあたしが迷ってるわけにはいかない、チームの士気にかかわるじゃないのよ、と自分にカツをいれた。

とりあえず前に出て、敵のチャンピオンをつついてみよう。あいつらだって、いつかは前に出なくちゃゲームに勝つことはできないんだから。

ことみはキーボードをたたいて、レベル2の自分のチャンピオンキャラクター『リルン』を前進させた。ただし、ゆっくりと。

敵の陣地からほんの少し手前までくると、さらにスピードを落として、相手のチャンピオンの様子をうかがった。だが、あいかわらずじっとして動かない。

よーし。ならば攻撃にでるか…。ことみは決意をかためて、敵のエリアに突入することにした。

『リルン』の前進速度をMAXにして、敵の三体のタワーに接近していく。同時にキーボードをすばやく操作して、画面のアイコンからレベル2で使用できるすべての武器とスキルをえらんだ。

『リルン』が敵の防衛範囲に入ったとたん、タワーからすさまじい攻撃がシャワーのようにふりそそいできた。『リルン』がねらったフォワードポジション(前進位置)へ移動するたび、そこをめがけて圧力波の振動が襲ってくる。

「デストロイバイブ」と呼ばれるこの重攻撃は、タワーへの接近速度が一定の基準値をこえると、〈ロアー〉のA Iシステムによって自動的に発動されるのだ。

だが、ことみは〈ロアー〉のゲームシステムをプログラムのコード単位まで知りつくしているので、この程度の重攻撃は楽々とかわすことができる。圧力波のすきまをぬってすばやい移動をくりかえしながら、攻撃の体勢にはいった。高エネルギー銃の「ビームガン」と、「フレシェット」と呼ばれる貫通能力の高いダーツ状の徹甲弾をプリセット。さらにレベル2チャンピオンの「オペレーター」キャラに標準装備されている、特殊装甲のキャラクター専用スーツ「バイオメトリクス・コバルテック」を装着した。画面のアイコンからコンバインド・アタック(複合兵装)をえらんで、ビームガンのエネルギーゲージが赤から青に変わるのを待った。

ピコーンと音が鳴ってエネルギー充填が完了すると、『リルン』はタワーめがけてビームガンを放った。三連射でタワーのひとつにダメージをあたえると、そのまま二体目、三体目に同じ攻撃をくりかえした。つづけてフレシェットをフルオート、つまり撃ちっぱなしモードにセットして、タワー上部にある武器の発射口を狙った。一体目を破壊。

タワーの攻撃が敵を押し返すと見ていたGIGのチャンピオンだったが、『リルン』のすさまじい連続技に危険をさとった。そして、ついに自陣深くから動きだした…が、それこそがことみの狙いだったのだ。

二体目のタワーに狙いをつけると思いきや、横へスライドステップを踏んで、敵のチャンピオンへ一気に距離を縮めた。出鼻をくじかれた相手は動きをとめて防御の態勢をとるが、それが大きなミスだった。

『リルン』は、身にまとったコバルティックアーマーごと相手に体当たりした。相手は『リルン』がビームを打ってくると思い、すぐさま体勢を立て直して突っ込んできた。それをねらっていたかのように、ことみはジャイアントソード(大剣)の抜き技をキーボードで選択した。『リルン』の決定的な一撃が相手をとらえ、GIGのチャンピオンはその場で行動停止。レベルを失った。つまり、アマテラスのオペレーターにキルされたのだ。

「よっしゃあ〜!いっちょうあがり!」ことみはゲーミングチェアにどっと背をあずけて、小さくガッポーズ。

これでプロムナードは攻略した。敵の妙な動きにまどわされたけれど、ほぼ計算どおりだわね、とニンマリする。


試合開始から40分がすぎ、ゲームはいよいよ終盤。アマテラスとしては、これまでになく長時間の戦いになっている。

そこでことみは、敵陣深くへ侵入した『リルン』を、敵の最終防衛線「トレンチ」へのルート上でいったん停止させた。GIGの本拠地「シタデル」への突撃のタイミングをはかるためだった。

パソコンの画面で、ほかのメンバーたちの戦況をチェックした。

下部のロウワーコリドーは、タカの『ドレンガー』が加わったことで、ヤシロの『アイール』とモウリの『クレル』が、攻撃力を回復させていた。メイン画面の右側にあるサブキャプション(参考数値)に、キャラクターレベル2と表示されている。

『ドレンガー』『アイール』『クレル』の波状攻撃をうけて、GIGのチャンピオンは防戦いっぽうだ。三人はタワーを破壊して、『リルン』と合流してから、敵の最終防衛エリアの「トレンチ」へむかうことになるはずだ。

よし。攻略にだいぶ手間どったけれど、これでフィニッシュへのメドがたった。ことみは勝利を確信すると、つぎに上部のアッパーコリドーに目をやった。が、その瞬間、あっと息をのんだ!

接近戦に弱いウィザードのロール(役割り)のため、敵陣との距離をおいていたはずのヤマトの『パイロ』が、相手のチャンピオンから攻撃を受けている!タワーのあたりをみると、GIGのキャラはエリアにとどまったままだ。え、なんで…?

ことみはそこでハッと気がついた。ちがう。この相手は「フォレスター」だ!

ことみはそこでハッと気がついた。これが敵のねらいだったんだ!

試合開始からずっと、自分たちの陣地から動かない相手に、ことみの計算はあてがはずれてばかりだった。ゲームプランはその場しのぎで、決定的な攻略の糸口をつかめないまま終盤まできてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

翔べ、メダカ!!それともずっと水の中? MAKI @hokutoraoushogai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る