セミファイナルの死闘
アリーナに鳴りひびく大歓声のなか、四チーム、総勢二十名のプレイヤーがステージに登場した。
オンラインバトルゲーム〈レジェンド・オブ・インペリアル〉、通称〈ロアー〉の年間シリーズ最終戦は、いよいよ二日目の準決勝に突入する。
会場に〈ロアー〉のゲームタイトル曲が流れると、MCの男性が両手をふりあげ、観衆にむけて派手なポーズをとってみせた。
「さあ、いよいよクリスマスイヴのクライマックスだ!」と声をはりあげて、決戦ムードをあおる。「世紀のファイナルに勝ち進むのはどのチームか。みなさん、どうぞこの若者たちに盛大な応援を!」
背景のスクリーンに、これからおこなわれる準決勝、四チームの紹介ムービーが流れた。
ゲーム①ドイツチーム〈スペジアルクラフト〉対 日本チーム〈アマテラス〉
ゲーム②メキシコチーム〈トラロック〉対 無国籍チーム〈GIG〉
試合を前にして、気合をいれながらも緊張をかくせない各選手たち。それは、日本代表〈アマテラス〉のメンバーたちも例外ではなかった。とくに二十代前半の若者三人は、たどりついた準決勝の大舞台に、みるからにおじけづいていた。
「やばい。俺ビビってるかも」いつもは楽天家のタカが弱音をこぼした。「メダカさん、俺たちいけますよね?だいじょうぶって言って。おねがい」
ほかの二人、ヤマトとモウリも、すがるような視線をむけている。ことみは、そんな男連中にあきれた顔をしてみせた。
「あんたたち、なに弱気になってるのよ。なさけないわね、まったく!」と言って、タカの頭をひっぱたいた。
「あいたた。乱暴だなあリーダー。もっとやさしくしてよ〜」とタカが泣きべそをかいた。
「カツをいれてやったのよ!いままでの成果をちゃんと見なさい。あたしたちは無敵なのよ。気合いをいれろ!」
「はあ…」とタカがふがいない返事をした。
「こらあっ!」
「あっ、はいはい。了解しました、隊長!」タカは背すじをピンとのばして、ほかのふたりと一緒になってこぶしを握りしめた。
「だいじょうぶですよ、みんな。メダカさんについていきましょう。自信をもって。ファイトです」最年長のヤシロは、おちついた声で若者たちをはげました。
「そんなことより、ドイツチームへの対策を忘れないで。ゲーム開始直後に集中してよ。相手の戦術を見のがさないで」ことみは男たち四人に、あらためて念を押した。
「はいっ!」
「イエッサー!」
「がってん承知!」
試合開始まで五分を切り、ゲームスタンバイを告げる「ファ〜ン」というホーンが鳴った。各チームの選手たちが、自分の持ち場に散らばっていく。
「ゲーム1」と「ゲーム2」がおこなわれる二つのテーブルは、どちらも〈パックワールド〉社のロゴにちなんだ、ヘキサゴン(八角形)のデザインである。
選手たちはラップトップパソコンをテーブルに置いて、特製のゲーミングチェアに腰をあずけた。PCを立ちあげて〈ロアー〉の公式サイトへログインし、戦闘の舞台となる「インヴォケートナローズ」のマップをよびだした。
ゲームの準備ができると、〈アマテラス〉のメンバーたちは、試合中の会話に使用するインカムのヘッドセットを頭に装着した。
「通信は良好ね」ことみがチェックする。
「だいじょうぶです!」ほかの四人から、気合いの入った返事がかえってきた。
そして、ついにゲーム開始。明日の決勝へむけて、運命の戦いがはじまるのだ。
五人のアバターキャラ、ことみの『リルン』、タカの『ドレンガー』、ヤマトの『パイロ』、モウリの『クレル』、そしてヤシロの『アイール』が、本拠地「シタデル」から各ポジションへ散っていく。
超速攻で知られることみの『リルン』だが、今回は、本拠地シタデル前方の最終防衛戦「トレンチ」と、味方の三つの「ダークタワー」の中間にポジションをとった。
ヤマトの『パイロ』とタカの『ドレンガー』は、上部回廊のアッパーコリドーで、そしてモウリの『クレル』とヤシロの『アイール』は、下部回廊のロウワーコリドーで、ことみと同じく味方陣地の奥にとどまった。
ことみの予想どおり、ドイツチームは、中央通路のプロムナードに三人のチャンピオンキャラクターを配置してきた。得意のパワーオフェンス、力押しのかまえだ。
そして、やはり回廊の間のスペースである「フォレスト」には、チャンピオンを置いてこない。フォレストはゲーム開始後のポイント稼ぎに欠かせない領域であるにもかかわらず、このアドバンテージを犠牲にしてでも、正面突破をはかるつもりなのだ。
ことみがインカムから指示を出した。
「敵のチャンピオンがむこうのタワーを通過するまでは、トゥルーパーズのうしろにとどまってね」
「おっけーです」と四人が答えた。
「トゥルーパーズ」は、自軍の先兵として戦場を動きまわる、ミニ兵士の軍団だ。試合中は、数十秒ごとに、AIによって自動的に戦場に放たれる。戦闘力のレベルによって「ノーマル」「ブロンズ」「シルバー」「プラチナ」の四種類があり、ゲームのなかでランダムに出現する。
トゥルーパーズの攻撃対象は、敵トゥルーパーズ→タワー→チャンピオンの順に優先度が決められている。タワー前の攻防においては、このミニ兵士軍団の特性を理解して、戦闘を組み立てることが重要になってくるのだ。
両チームにとって、前線における攻撃や、あるいは防衛の盾にもなるトゥルーパーズは、FD(ファイナルダメージ=とどめを刺す)すれば大きなポイントを獲得できる。ポイントはチャンピオンのレベルアップに直結するので、このミニ兵士を使って有利に戦うことができるかどうかで、ゲームの展開が左右される。
説明が長くなったが、試合の重要なポイントなので、理解してくれれば試合がわかりやすくなるだろう。
ことみがふたたびインカムで呼びかけた。予選リーグとはくらべものにならない早さで、彼女は指示を出す。
「敵のチャンピオンをこっちの陣地に引きよせたら、タカとモウリはフォレストに飛びこむわよ。そのタイミングで、残ったヤマトとヤシロは、こっちのタワー前で全力で速攻防御」ことみは早口でまくしたてた。「様子はみるけど、相手チャンピオンが回廊を支配したと確信したタイミングで、あたしとタカ、モウリの三人がレベルアップしたキャラを動かす。むこうは攻撃に総力をかけてくるから、そのスキをついて、ゲーム後半はこっちが主導権をうばう。こんな感じ」ことみは冷静にメンバーとの連携を確認した。
モウリはふだん、めったにフォレトに侵入しないので少し戸惑ったが、それも一瞬のことだった。フォレスターのスペシャリストであるタカとともに、気合いを入れて返事をした。
「おっけー!」
「がってん承知でござる!」
〈アマテラス〉のメンバーたちは、大会前の特訓と予選リーグの圧勝で、すっかり自信をつけていた。ことみの戦略に即応して、その動きはいまや機械のように一体化している。
開始二分。ドイツチーム〈スペジアルクラフト〉の五人のチャンピオンキャラクターが、抵抗のない上下回廊と中央通路を一気に前進してきた。ミニ兵士のトゥルーパーズを盾にして、〈アマテラス〉陣地にある、それぞれ三つのタワーへ総攻撃をかけるつもりだ。
速攻で知られる〈アマテラス〉が自陣深くににとどまっていることに、ドイツ側は少なからず不審感をいだいた。だが、序盤から戦術どおりにゲームが動いていることに気をよくした彼らは、そのままスピードをあげて前進をつづけた。
ゲーム展開は、通常の〈ロアー〉の対戦とはまったくちがう様子をみせてきた。巨大なモニターで対戦に見いっていた観客が、ざわざわと騒ぎはじめた。
中継する実況アナウンサーと解説者も、〈アマテラス〉の予想外な行動に驚いていた。予選リーグをみるかぎり、日本チームの猛烈な速攻は確実と思われていたのだ。
「これはいったい、どうしたことでしょう。〈アマテラス〉は自陣の深くにとどまって、まったく動きをみせません」実況アナウンサーが疑問を口にした。「それに、両チームともフォレストにチャンピオンを配置していませんね。こんな戦いはみたことがありません」
「うーん。もしかすると、日本チームには秘策があるのかもしれませんよ」とイギリス人の解説者が言った。
「といいますと?」
「考えてもみてください。これはほかでもない、〈ロアー〉の達人 ミズ・MEDAKAの試合ですよ」解説者が実況アナに説明する。「予選リーグですさまじい速攻をみせた日本チームが、決勝進出をかけた重要な一戦で、おなじ戦法をくりかえしますかね?ましてや、相手はパワーオフェンスが売りものの〈スペジアルクラフト〉です。フォレストを捨ててでも力押ししてくる相手に、パターン化されたプレイなど使いませんよ。これは見ものですね。おそらく、ドイツチームが回廊のなかばをすぎたあたりで、ゲームが動くかもしれません。それも、われわれがたまげるような戦法でね」
「ならば、このあとの展開から目がはなせませんね。ゲームはまだ始まったばかりです。ひきつづき対戦をみていきましょう」
準決勝の「ゲーム1」、日本対ドイツ戦の試合のゆくえは、いまや世界中の〈ロアー〉ファンの目を釘づけにしていた。
そのいっぽう、となりのブースの「ゲーム2」では、謎の中東人チームが、観客からみれば退屈とも思えるような試合をすすめていた。
優勝候補のメキシコチームを相手に、その戦いぶりはいたってシンプル。それでいながら、相手を着実に押しこみつつ、無駄のないポイント稼ぎでチャンピオンをつぎつぎにレベルアップさせていた。
現在の時点で〈GIG〉は、相手のトゥルーパーズの半数以上にFD(ファイナルダメージ)を食らわせていた。まだゲーム開始から二分もたっていないにもかかわらず、である。
彼らのプレイは、コンピュータで計算されつくした正確無比なアルゴリズムのようだった。
また、不思議なことに、五人のメンバーはインカムでの会話をまったくおこなっていなかった。会場におおぜいいる〈ロアー〉マニアや、海外のチャットサイトで大会を視聴しているプロゲーマーたちでさえ、これには首をひねった。
〈ロアー〉は、マルチプレイヤー、つまり複数人数のチームどうしでおこなわれる対戦ゲームだ。それゆえに、戦いを進めるにあたっては、五人のチャンピオンキャラクターの協力がもっとも重要になってくる。そこで大きな役割をはたすのが、仲間とのスピーディなコミュニケーションである。
チームのプレイヤーたちは、刻々と変化する戦況にあわせて、瞬時にキャラクターどうしの行動を選択しなくてはならない。ある時は協力しあって敵を弱らせ、べつの場面では危機を察知して防御の態勢を組みなおす。こうしためまぐるしいキャラクター操作が、ゲーム終了までずっと続くのだ。そこで、チームの複雑な戦闘と戦略を把握するために、彼らはインカムをとおして会話をし、情報を共有するのである。
ゲーム全体の戦略的な指示は、リーダー役のチャンピオン、すなわち「オペレーター」キャラの役割だ。その他のメンバーは、おもにアッパーおよびロウワーコリドーからの局所的な戦闘状況をつねに報告しつづける。
もちろんこれはゲームの舞台での話で、じっさいには、チームのプレイヤーたちはPC上のマップ画面を見ているわけだ。なので、メンバーそれぞれが味方チームの戦況を把握することは、たやすくできる。とはいえ、〈ロアー〉の戦闘は秒単位でめまぐるしく変化する。そのスピード感に対応するためにも、五人のあいだで情報を共有することは欠かせないのだ。勝利のカギはつねに情報と通信にあり、というわけである。
これほど重要なインカム通信であるが、謎の中東人チーム五人は、無言で淡々とプレイしていた。〈ロアー〉マニアにとって、これはもう、謎をとおりこしてエイリアン、異星人だ。
だが、そんな驚きなどなかったかのように、無国籍チーム〈GIG〉は敵陣に着々と攻めこんでいく。
同じころ、ことみがひきいる〈アマテラス〉は、ゲーム序盤の山場をむかえていた。
「メダカさん。ドイツ側のトゥルーパーズが中間線をこえたっすよ」インカムに声がはいる。上部回廊のアッパーコリドーから、タカが報告してきた。「チャンピオンは、ミニ兵士たちの背後から遠距離攻撃をしかけてくるつもりっすね」
「うん。見てる」ことみは応じた。
「ヤマトの『パイロ』に火炎弾を使わせますか」
「いや、相手は防御スキルの高い「ガード」のロールだから、距離もあるしブロックされるリスクが高い」ことみは早口で説明した。「あんたはフォレスターだけど、ロールは「シューター」でしょ」ロールとは、チャンピオンキャラクターの属性と役割りを意味する用語だ。タカのロールである「シューター」は、長距離からの狙い撃ちを得意とするチャンピオンである。
「そうっすけど。ということは?」
「キルできなくてもいいから、むこうにダメージをあたえて。攻撃されるまえにね」キルは敵を倒すこと。「それで敵の足を鈍らせて、二人でタワーの防御をかためて。それから、あたしが合図したら、あんたはフォレストにとびこんで」
「了解っす!」
下部回廊のロウワーコリドーからも、モウリが似たような通信をおくってきた。ことみはアッパーと同じ指示を出した。
いっぽう、自分の持ち場であるプロムナードでは、三人の敵のチャンピオンが攻めてくると、ことみには分かっていた。
ドイツチームは、通常ならフォレストエリアと下部回廊のロウワーコリドーに配置させるはずのチャンピオンを、一体ずつプロムナードにまわしてくる。そして、「オペレーター」キャラを筆頭とする三人のチャンピオンで、中央通路の戦闘を支配するつもりだろう。彼らのねらいは、〈アマテラス〉のリーダーの動きを封じることだ。
ことみは、自分のアバターキャラである『リルン』を、自陣の三つのタワーの前に移動させた。すでに最初の味方トゥルーパーズが本拠地シタデルから放たれて、プロムナードを敵にむかって前進していた。
するとドイツチームのひとり、「ウィザード」(魔法使い)のロールであるチャンピオンが、そのトゥルーパーズへ向けて火炎攻撃をかけた。ほかの二人はその前に出て、防御のサポートにまわる。ウィザードは攻撃範囲が広く、一撃の威力も高いが、防御力が劣るからである。
火炎弾のアタックを受けて、〈アマテラス〉側のトゥルーパーズの三分の一が倒された。その優位をついて、ドイツチームのチャンピオン、「オペレーター」と「ファイター」が速攻をかけてきた。
さらに、日本側のタワー前に達した敵のトゥルーパーズの半数が、〈アマテラス〉側のトゥルーパーズとの乱戦に入った。残り半数は、三人の敵チャンピオンの前にせり出して、ことみの『リルン』が位置しているタワー前に進んでくる。
トゥルーパーズのつぎの攻撃目標は、自動ルールによって、〈アマテラス〉側の三つのタワーが優先となる。
ドイツチームは、三対一の優位を確信した。プロムナードの中間地点をなんなく通過した三人のチャンピオンが、タワー前の戦闘にそなえて、逆V字の隊形で『リルン』にせまってきた。
ここで、〈アマテラス〉側の第二のランク、ブロンズのトゥルーパーズが放たれた。第一陣のミニ兵士より戦闘レベルが高い味方トゥルーパーズの集団は、タワー前方にポジションをかまえている『リルン』を通りこして、敵にむかっていく。ことみはそのタイミングを見はからって、『リルン』を一気に移動させた。直後、すさまじい速さで、こちらに近づいてくる敵のトゥルーパーズの集団に突っこんでいった。
ドイツチームのチャンピオンたちは、日本チームの「オペレーター」キャラ、すなわち『リルン』のこの時点の速攻を予測していなかった。自分たちの数にまかせた攻撃に、相手は防御をかためる展開になるだろうと思っていたのだ。三人のうち「ファイター」と「オペレーター」のロール(キャラクターの属性)であるチャンピオン二人が、それをみて、日本側のトゥルーパーズと『リルン』めがけて突進してきた。
〈アマテラス〉のタワー前で、敵味方のチャンピオン四人、そしてトゥルーパーズ数十体が入り混じった、激しい攻防がはじまった。
その様子は、まるで現実世界の戦場を再現したかのようだった。それも当然だ。〈ロアー〉が世界で一億人ものゲームファンに支持されている理由は、複数のプレイヤーならではの戦略を立て、頭脳戦で戦うというゲーム性にあるのだ。複雑な戦況にすばやく対応することができなくては、本物の戦争でも生き残ることはできない。
ことみは電撃速攻をかけながらも、味方のミニ兵士が敵のトゥルーパーズに対して優勢をたもてるかどうかを冷静に判断していた。予想どおり、ワンランク上でなおかつ数に勝る味方のミニ兵士は、じわじわと確実に相手を弱体化させていく。それを確認したことみは、『リルン』で360度の猛烈な全方位攻撃をかけ、敵のトゥルーパーズに次々とFDをくらわせていった。
『リルン』はポイントを大きく稼いで、キャラクターのランクをレベル3まで一気にあげた。トゥルーパーズとのバトルを切りあげると、こんどは敵の「ファイター」チャンピオンに照準を合わせた。接近戦に効果のある〈スクリュー〉をヒットさせた。これは敵の足止めが目的だ。間をおかず、さらに相手の「オペレーター」に向きをかえると、こんどは近距離の瞬間移動スキル〈スワイプ〉をえらんだ。敵も『リルン』の第一撃をみて、横に移動しながら、網にかけて動きを封じる〈ウェブ〉をヒットさせようとした。が、その瞬間、目のまえにとつじょ出現した『リルン』に度肝をぬかれてしまった。
ことみはスキをついて、第一レベルの基本である打撃技を、敵のオペレーターに連続してくらわせた。後方にいたドイツチームの「ウィザード」、つまり魔法使いのチャンピオンが、援護のために火炎弾を放ってきた。が、全方位ディフェンスのスキルが驚異的に高いことみは、それをなんなくかわしてしまう。
『リルン』の一連のランペイジ(暴れ回ること)によって、ドイツチームは完全に勢いを失った。
ゲーム開始から十分。〈アマテラス〉のタワー前の戦闘は、ドイツ側のチャンピオン三人が前進をはばまれて、膠着(こうちゃく)状態におちいった。
戦況をみれば、一見〈アマテラス〉が押しこまれているようにみえる。だがこれは、ことみの作戦どおりのゲーム展開だったのだ。
『リルン』はそのあとも、戦場を猛烈な速さで動きまわり、敵のトゥルーパーズをつぎつぎと倒していった。獲得したポイントはさらにはねあがり、ことみのチャンピオンは、一気にレベル4まで強度をあげた。
〈アマテラス〉のオペレーターのすさまじいスピードに圧倒されて、ドイツチームの三人のチャンピオンは、このまま前に押すか、体勢を立てなおして連携をととのえるか迷った。その一瞬のまごつきを逃さず、ことみはタワー前から『リルン』をぬけ出させた。そして、空っぽになったプロムナードをかけぬけていく。
タワー前の防衛は、こちらのトゥルーパーズとタワーからの攻撃で、しばらくは時間を稼げるだろう。データ解析の精密な予測をもとに、ことみは迷うことなく、自分のオペレーターキャラを敵陣へと走らせていった。と同時に、インカムに語りかける。
「タカ、モウリ、」
「コピー!」軍事用語で、理解したという意味の返事がすぐに返ってきた。
「フォレストにとびこむわよ!」ことみは二人に、強い口調で指示を出した。「プロムナードで時間を稼いだから。あたしは今からフォレストに入って、ポイントとコインを稼ぐから、二人でサポートして。オーバー?」
「ラジャー!」タカとモウリがすぐさま答える。
「上下の回廊、こっちのタワーのディフェンスは、ヤマトとヤシロになんとかがんばってもらう。どう、大丈夫そうかな?」
「いけるっす」とタカ。「それより、メダカさんの相手のチャンピオンって、三人ですよね。どうやってぬけ出してきたんすか?」
「あ〜それはいいから。二人ともあたしとのランデブーまでに、モンスターとプラント(植物)キャラでポイント稼いでおいてね。じゃあ、よろしく」
「おけ!」と男性二人が返した。
フォレストは、丘、森、川など自然にかこまれた領域である。そこには、敵でも味方でもない様々な生き物が住んでいる。チャンピオンキャラクターは、モンスターやプラントと呼ばれるそれらの「住人」たちと、会話したりかけ引きしたり、あるいは戦うことで、チャンピオンの強化に必要なコインやポイントを獲得することができるのだ。
コインがあれば、〈ウェポンガレージ〉とよばれる兵器店で、戦闘力をあげるための武器を購入できる。ポイントはもちろん、チャンピオンのレベルアップに必要だ。上・中・下三本の通路では、ポイントは敵キャラへの攻撃でしか獲得することができないが、フォレストでは戦わずして得ることができるのである。
ことみの『リルン』、タカの『ドレンガー』、モウリの『クレル』は、ほぼ同じタイミングでフォレストに侵入した。
プロムナードの三人の敵チャンピオンは、それをみて追撃の手を打とうとした。とはいえ、アッパー、ロウワーの上下の回廊では、自軍のチャンピオンが一対一の接近戦で手いっぱいだ。三人を投入して力押しをかけたプロムナードでは、相手のオペレーター、つまりことみの『リルン』に、絶対有利とみていた攻撃計画をずたずたに引き裂かれてしまった。
プロムナードへの重攻撃を狙ったドイツチームは、〈アマテラス〉の計略にまんまとハマった。
日本側の三つのタワーからの攻撃にくわえて、戦闘力の高いブロンズレベルのトゥルーパーズを相手に、三人のチャンピオンは完全に足止めをくらった。タワー前の攻防は、ドイツチームにとって、まさに混乱の状況におちいってしまった。
試合中盤をむかえて、ゲームの展開が大きく動いた。フォレスト内では、〈アマテラス〉の三人のチャンピオンが、敵のいないエリアを自在に動きまわっていた。モンスターをはじめとする多数の住人たちとやりあって、コインとポイントを着々と獲得していく。その間およそ三分ほど。より強力な武器を購入して攻撃力を強化すると、ことみ、タカ、モウリはポイントを使って、各自のアバターキャラを一気にレベルアップすることに成功した。
「よし。ここまで!」ことみはインカムを通して、二人の若いメンバーに呼びかけた。「タカはアッパーに戻って、ヤマトの『パイロ』のサポート。背後から敵をはさみ撃ちにして。モウリはロウワーに戻ったら、タワーの防衛はヤシロにまかせて、相手の陣地にむかう。了解?」
若者たちはリーダーの指令をうけて、応答することなく行動にうつった。
ことみの『リルン』はフォレストからとび出すと、最高ランク・レベル6の能力でスピードアップしながら、敵のタワーにむかってプロムナードを移動した。
これから敵陣まで距離をつめれば、もちろんタワーから激しい攻撃がはじまる。同時に、敵の本拠地シタデルからは、強度第二段階レベルであるブロンズのトゥルーパーズの集団も放たれるはずだ。
ことみは、この試合の後半をスピード勝負とみていたが、敵陣のタワーの手前で『リルン』の前進をいったんとめた。このあとにはじまる激しい戦闘にそなえて、強化された自分のチャンピオンのデータを確認し、手持ちの武器も整理すると、バトルの計画をたてた。
敵のチャンピオン五人は、もくろみどおり、こちら側のタワー前に足止めをくらわせておいた。少なくとも一、二分はあたしに反撃することはできないだろう。
予選リーグではこの状況から、スピードと力まかせで、単独でプロムナードの敵タワーを攻略した。そのあとは、相手の最終防衛線「トレンチ」前でメンバーたちと合流してから、敵の本拠地シタデルを一気に破壊してゲームオーバー。
ただし今回は、決勝に進むための重要な試合なので、ひとつのミスもゆるされない。もちろん自分のプレイが100%完璧だという自信はあるけれど、ここから先は、ほかのメンバーと連携したゲームプランで戦うことになるのだ。
チーム戦には、予測不能な展開が発生することはめずらしくない。だからことみは、ここは慎重のうえにも慎重をかさねて、『リルン』のキャラクター操作をおこなうことにした。
めずらしく、キーボードをたたく自分の手に力が入っていることに気がついた。
「やだ、気合い入りすぎ。燃えつきゃうとヤバいヤバい。落ちつけあたし」
決勝を目前にヒートアップした自分をリラックスさせようと、ことみはゲーミングチェアで背中をのばして肩をほぐした。さ〜て、じっくり料理といきますか。
敵タワーへの動きをはじめようとしたそのとき、インヴォケートナローズ(戦場のマップ)の下部回廊をみておやっと思った。と同時に、インカムから声があがった。
「メダカさん、ヤバいです!すみません」ヤシロの声だった。「敵のチャンピオンに逃げられました。攻撃の予測見誤ってしまって」
「見てる。まずいわね。相手はすでにロウワーの中間地点をこえて、自陣へ戻ろうとしてるわ」ことみはそう返事をすると、すぐにモニターのマップを拡大した。そして、回廊を移動する相手チャンピオンからタワーまでの距離と、到達時間を計算した。う〜ん、いきなり問題発生か。「おーけー。それじゃあ、ヤシロはあわてずに敵陣に移動して。モウリは、すでに敵タワーに近づいてる。あいつはレベル3だから一人でも対応できると思う。あたしが、逃げたやつがうちのタワー戦でどれだけポイント稼いだか、チェックするわ。もしキャラのレベルがモウリと対等なら、そいつをキルしたとしても、タワー攻略に時間がかかってしまう。だから、あんたはできるだけ早くモウリに加勢して。ええっと、こっちのミニ軍団はいまどのへんかな…」と言って、ことみは味方のトゥルーパーズの位置を確認した。
「すでに、私の前をいってますよ。いま中間線の手前です」先にヤシロが報告してきた。
「よし。じゃあ、トゥルーパーズに追いついたら陣形をととのえて。あんたのロールは「ガード」だから防御に強い。こっちのミニ兵士たちの前に出て、ディフェンス優先のバトルたのむ。モウリの『クレル』の近接攻撃とうまく連携して、スピード重視で敵のチャンピオンに対応してね。キルできなくてもいい。動きをとめるだけでかまわないから」
ヤシロのアバター『アイール』のロール、すなわちチャンピオンキャラクターの役割は、防御力が高く打たれ強い「ガード」だ。いっぽう、モウリのアバターキャラ『クレル』のロール「ファイター」は、接近戦が得意なので、連携すると、攻撃にも守備にも強いタッグが組めるというわけだ。
「わかりました。ほんとに申しわけない」ヤシロは、自分のミスにひどく責任を感じているようだ。
「どんまい。メンバーの失敗はチームでカバー。それがマルチプレイヤーゲームの鉄則でしょ。反省してるひまはないから、すぐに動いてね」
「了解です」
ヤシロとのやりとりを終えると、ことみはキーボードに手をおいたまま、一瞬だけ頭をめぐらせた。そして、ふたたびインカムに呼びかけた。
「タカ、いま話せる?」と、アッパーコリドーで『ドレンガー』を戦わせている後輩に声をかけた。
「おっと。だいじょぶっすよ。どうしたんすかメダカさん?」タカはヤマトの『パイロ』とともに戦いながら、インカムに返事をしてきた。
「バトル中にわるいけど、マップ見る余裕ある?」
「まってくださいね。ええっと。いまウィンドウ開きますから」
インカムからタカのキーボードを操作する音が聞こえる。マップ上では、タカの『ドレンガー』の攻撃がやむことなく続いている。さすが、チームの男性メンバーでいちばんの腕利きだ。二つの作業を同時にこなすことなど、彼にとってはなんでもない。
「あれっ。ヤシロさん、スカっちゃったんすか。ロウワーの戦術プランくずれちゃいますね」とタカが言う。
「そうなの。で、あんたにお願いしたいんだけど」
「おっけー。なんすか」
「このままだと、たぶん敵の最終防衛線のトレンチに到達するタイミングが合わない。あたしはこれから、プロムナードの敵タワーに速攻かけるんで、あんたはロウワーに移動して、モウリとヤシロを助けてあげてくれない?」
アッパーコリドーで、ヤマトの『パイロ』とともに敵チャンピオンと戦っているタカにとって、これは少々難しい注文だ。だがことみは、リスクを承知のうえで、あえて作戦の変更に踏みきるつもりだった。ここから終盤にむかって、チームの動きはタイミングが重要になってくる。
「う〜ん。ヤマトひとりになると、少し不安っすね。あいつのロールは「ウィザード」なんで、俺がいなくなると近接攻撃にやられる可能性が高くなりますよ。もちろん、メダカさんもわかってると思うけど」
「ウィザード」つまり魔法使いのキャラクターは、安全な遠距離から、火炎などの破壊力のある武器で、相手に大きな損害を与えることが強みである。しかし、そのぶん敵に接近をゆるすと、体力にまさる相手に攻撃をくらって大きなダメージを受ける、というウィークポイントがあるのだ。
「だいじょうぶ。あたしの計算だと、アッパーの敵キャラは、ヤマトの『パイロ』を排除しても、タワーとブロンズトゥルーパーズとの戦闘であと八分は動けない。すこし展開が予測とズレたけど、あたしはこの試合の決着を、あと十分以内につけるつもり。それにはタイミングがすべてなの。理解できた?」
「なるほど。了解っす」タカはそう返事をすると、インカムの回線を切りかえた。「おい、ヤマト。今のきいてたか」
「え〜っと。ああ〜、つまり、俺が単独でタワーを守るってことね」と言うヤマトの声は、どうやら会話に集中しきれないようすだ。
「メダカさん。アッパーの守り、ほんとにいけるんすか?ヤマトは手いっぱいみたいっすけど」タカがたずねた。「いけると思う。うちらがドイツの本拠地を破壊するまで、ヤマトが相手を押しとどめておける確率は75%の計算。もし敵がヤマトの『パイロ』を排除して、こっちのトレンチへと抜けたとしても、あんたとヤシロ、モウリがあたしと合流して、ドイツのトレンチを攻略するのが先になるわ」
「わかりました。で、ロウワーのバトルにかけられるリミットはどのくらい?」と、下部回廊の戦闘にかけられる時間について、タカがたずねる。
「三分。長くても四分以内ね」と、ことみはこたえた。
「ひゃあ〜。そりゃまた、えらくきついデッドラインですねえ」
「だいじょうぶよ。あんたのスキルがヤシロ、モウリに加わればね。三人の得意技で、攻撃と防御のコンビネーションを組み立てれば、いけるはず。こういう展開の戦いかたも、バトルシミュレーターで訓練ずみでしょ」ことみは、大会前の二ヶ月間に、すさまじいトレーニングでメンバーを鍛えあげたことを思い出させた。
「ですよね。じゃ、アッパーはヤマトにまかせて、すぐに移動します」
「たのんだ」
タカとの通信を終えたことみは、モニター上に見えているゲームの舞台、「インヴォケートナローズ」のマップ画面を拡大した。試合で使用しているラップトップPCを操作して、中央通路のプロムナード、下部回廊のロウワーコリドー、そして敵の本拠地「シタデル」周辺のビューイング、つまりゲーム風景を、ウィンドウで開く。ゲーム全体の戦闘状況と各キャラクターの動きを、俯瞰(ふかん)して手にとるように見ることができた。
さて、ここからの機動戦をどう組み立てようか…と、ことみはバトルのゆくえにすばやく頭をめぐらせた。
ドイツチームの最終防衛線「トレンチ」にむかって、プロムナードから、たぶんあたしの『リルン』が先に到達するわね。で、ロウワーコリドーからタカの『ドレンガー』、モウリの『クレル』、そしてヤシロの『アイール』の三人が、約一分遅れで抜けてくる。そして、上部回廊のアッパーコリドーでは、戦闘中のヤマトの『パイロ』が、敵チャンピオンに足止めをくらわす。さしあたってのプランはこんな感じ。
問題は、予定していたアッパーの敵タワーの攻略ができないことね。タカの『ドレンガー』がロウワーの支援にまわったことで、アッパーの敵タワーの周囲はガラ空きになってしまう。そうすると、左側面に広がるエリアの「フォレスト」をとびこえて、敵タワーからの遠距離攻撃コマンドが実行されてしまうから。
ことみは、これから終盤戦のゲーム展開の、唯一の不安要素に頭をめぐらせた。
ここで言うのは、〈ロアー〉の数万パターンもあるゲームフローのひとつ、タワーの攻撃システムのことだ。
ことみは、いまプレイしている〈パックワールド〉社のオンラインバトルゲーム、〈レジェンド・オブ・インペリアル〉に組みこまれているすべてのプログラムの構造を、ほぼ完璧に把握している。システム解析の達人にとって、コンピューターゲームの内部を知ることは、むずかしいことではないのだ。
そして、その〈ロアー〉のゲームフローのなかには、「戦場に設置されたおのおの三体のタワーは、周囲に敵がいない場合、もっとも近いチャンピオンに対して、通常とはちがう兵器による攻撃を自動的に発動する」というメカニズムが存在するのだ。
これに対応するには、かなり精度の高い防御テクニックが必要になるな、とことみはモニターを見ながら思った。
と同時に、この準決勝の後半で、ドイツの本拠地へ攻撃をかけるときに想定しておくべき、いくつかの局面を頭にうかべた。
そのひとつが、さきほど連絡があったロウワーコリドーの敵陣地、そこにある三体のタワー前での攻防戦だ。
ここでモウリとヤシロにタカが加わって、こちらが優位にたてることはまちがいない。
ただしゲーム開始から十分をすぎて、相手の陣地にはすでに、第三段階レベルの「シルバートゥルーパーズ」の集団が放たれている。この第三レベルのミニ兵士には、チャンピオンのレベルとまではいかないものの、こちらをそこそこ悩ませるくらいの攻撃力がある。
〈アマテラス〉側の三人のチャンピオンの連携、それにくわえて味方のブロンズトゥルーパーズの攻撃。それに対して、敵チーム〈スペジアルクラフト〉のチャンピオンひとりとシルバートゥルーパーズ、さらにタワーからの攻撃。この二つの勢力が入り乱れて、ロウワーコリドーの敵タワー前で、激しい局地戦がおこなわれることになるだろう、とことみは判断した。
この戦闘の鍵をにぎるのが、防御力のレベル、チャンピオンのロール(役割り)、そして、獲得した武器とヒットスキル=技の威力とスピードだ。
敵陣突破が、そう簡単にはいかないことはたしか。ことみはそう思いながらも、いっぽうでは、自分たちが圧倒的に有利だと自信をもっていた。
「さて、ゲームプランは決まった」
ここまでのすべての分析をたった十秒ほどですませたことみは、モニターの三つのウィンドウを閉じた。そして、ふたたびキーボードとマウスをすさまじい速さで操作し始めた。
会場となっている有明アリーナの二階、関係者用のロイヤルボックス席で、杉本晴夫と水戸井ジェニファー、橘ちなみの三人は、親友である田中ことみの試合を、かたずをのんで見守っていた。
テーブルの上で冷やしてあったシャンパンボトルは、水滴が乾いて、すでに冷気を失っている。試合開始前からずっと、三十分近くも巨大スクリーンとステージを食い入るように見つめていた三人は、酒の存在などとっくに忘れてしまっていた。シャンパンに目がないジェニファーでさえ、右手にグラスをつかんだまま手をつけようともしていない。
「おい、すごい試合になってきたな」晴夫が顔を前にむけたまま、女の子二人に言った。「こりゃあ、最後はぎりぎりの勝負になるぞ」
「うむ。メダカどのは、かなりピリピリしておるようであるな」と言って、彼氏になったばかりの晴夫のほうへ、ジェニファーはすすっと身体を近づけた。
「あたしはゲームよくわかんない。でも、なんかめっちゃカッコいいよね!」ちなみはそう言って盛りあがっていたが、ジェニファーの動きを見逃さなかった。「でもさ、クリオネちゃんのその "クネクネ" が気になる〜」
「え。ちなみん、なんのこと言ってるの。ああ、ふりむいちゃだめっていう クネクネ怪談の話か!」と晴夫はたずねた。
「ちがうよ。っていうか、なにそのクネクネ怪談て」晴夫の的外はずれな返事に、ちなみはあきれた。「鈍いなあ、杉本くん。クリオネちゃんはね、もっとくっつきたいの。カップルになったばかりなんだから、とうぜんでしょ?」
「ふう〜ん。そんなもんなのか」と、晴夫は他人ごとのようにつぶやいた。「おいクリオネ、おまえもっとベタベタしたいのか」
「ん。そうであるな…あっ、ちがうちがう。そうよ、ダーリン。うふふ」ジェニファーは猫が飼い主にすり寄るみたいに、甘い声を出した。顔をピンク色に染めて照れている。
「おう、そっかそっか。くそ、可愛いやつめ」と言って顔をほころばせると、晴夫はジェニファーの肩に手をまわし、二十歳の恋人を抱きよせた。
大好きな晴夫に身体をくっつけたジェニファーは、まんざらでもなさそうだ。
「クリオネちゃんも変わったわよねえ。ダーリンとかありえないし。やっぱり、恋してるっていいな。あたしもステキな彼氏ほしいよお」六歳差のカップルにアツアツなところを見せつけられて、ちなみは少々めげたが、それでも楽しかった。
「おいおい。ちなみんはモデルなんだから、男なんてえらび放題じゃん」と晴夫は言った。
「みんなそう言うのよね。でも、それはこの業界を知らないから」と言って、ちなみはうなだれた。「仕事をまわしてもらうのに必死でね。あたしたちは恋愛してる時間なんてないのよ」
「ええっ、そうなの?」
「その点、われらはめぐまれておるな」とジェニファーは、晴夫の顔を見あげて言った。またお姫さま口調に戻っている。「われは金などというものに、不自由はいっさいない。ウナギはギター屋とやらの後継ぎであるしな。結婚後の幸せは、約束されたようなものだ」
ニヤニヤと得意そうに語るジェニファーに、ちなみはあきれかえっていた。
「なにそれ。ほんっとクリオネちゃんて、あたしのことバカにしてばっか。六歳も上なんだから、もっとうやまってよね」
「て言うか、おまえギター屋ってなんだ、ギター屋って!」晴夫は、抱きしめていたジェニファーから身をはがした。「うちは業界でも有名な楽器店だぞ。彼氏の仕事なんだから、いいかげんおぼえとけ、この世間知らずが」
「あ〜細かいことを言うでない。庶民の商売なぞ、いちいち気にしてはおられぬ」
あいかわらず鼻持ちならない態度の財閥令嬢に、晴夫もちなみもあきらめ顔だ。
「はいはい。お姫さまの言うとおりです。まいりました」と言って、ちなみはふてくされた。とは言うものの、こうしたやりとりは毎度のことなのだ。三人は会うたびに、おたがいをイジりあって仲良くしている。
「ねえダーリン。ゲームもいいけれど、私のこともちゃんとかまってね。ふふっ」と言って美少女は、人生で初めての "カレシ" の顔を見あげた。
「おっと。こんなことしてる場合じゃない。試合だ、試合」晴夫はふたたび場内のモニターに顔をむけた。六つ年下の財閥令嬢の話はきいていなかった。
「なによ。ふんっ」ジェニファーはすねて、プイっと顔をそらした。
「あはは。クリオネちゃんたらめっちゃ可愛いんだから。ギャップ萌えよね〜」
晴夫の言葉を合図に、女の子たちもふたたびステージに顔をむけた。ジェニファーは、いま気がついたというように、手にしたグラスからシャンパンを口に流しこんだ。
準決勝ゲーム1、日本チーム〈アマテラス〉とドイツチーム〈スペジアルクラフト〉の戦いは、開始から二十分がすぎようとしていた。バトルはいよいよ終盤をむかえる。
ゲームのゆくえを左右する三本の回廊で、互いに相手陣地のタワーを攻略しようと、あらゆるスキルを駆使して戦っていた。
ここで言う三本の回廊とは、〈ロアー〉の戦場である「インヴォケートナローズ」、すなわちゲームのマップ上に配置された通路のことだ。それぞれ、上部回廊の「アッパーコリドー」、下部回廊の「ロウワーコリドー」、そして中央通路の「プロムナード」である。
まずは〈アマテラス〉側の陣地。中央通路のプロムナードでは、タワーからの波状攻撃と第三段階のシルバートゥルーパーズに対して、ドイツチームの三人のチャンピオンが、力押しの集中攻撃で対抗していた。
だが彼らは、ゲーム序盤、ことみの『リルン』に攻撃プランをズタズタにされてしまい、戦略を立て直す機会を失って苦戦していた。どうあがいても、圧倒的な優位に立つことができないのだ。このままでは、最終防衛線の「トレンチ」攻撃どころか、タワー突破もままならないと、ドイツチームのプレイヤーたちはあせっていた。
いっぽう、そのプロムナードの反対側、ドイツ陣地の奥深くへ突撃したことみの『リルン』は、敵チャンピオンの不在によって、大きなアドバンテージを手にしていた。
このドイツ側の防衛陣地からは、三体のタワーとシルバートゥルーパーズが、『リルン』に集中攻撃をしかけてくる。ゲームのルール上、それはあきらかなことである。
これらの攻撃は、ゲームのシステムに組みこまれた、自動コマンドによって発動されるものだ。つまり、チャンピオンの動きのような、プレイヤーの意思によるランダム性がない。
ことみは、〈ロアー〉のプログラムを知りつくしている。だから、敵からの攻撃を予測して、タワー前のバトルを圧倒的に有利にすすめることができるのだ。と言うわけで、プロムナードの戦闘で〈アマテラス〉が先手をとることを、ことみは疑いもしなかった。
いっぽう、上部回廊のアッパーコリドーでは、日本陣地のタワー周辺で、チャンピオンどうしが押しつ押されつの接戦をくりひろげていた。
〈アマテラス〉のウィザード(魔法使い)キャラクターである『パイロ』が火炎技を放てば、ドイツチームのシューターキャラクターも、破壊力のある攻撃技「ファイアリング」で、遠距離から狙撃してくる。
二人のチャンピオンはたがいの距離を推しはかりながら、タワー周辺での優位を得ようと、左右前後へめまぐるしい移動をくりかえした。
アッパーコリドーの〈アマテラス〉陣地におけるタワー前のバトルは、一瞬のスキもゆるされない神経戦へと突入していた。
ヤマトのチャンピオン『パイロ』は、本来ならタカの『ドレンガー』と協力して、敵チャンピオンの前進ををはねかえす予定だった。ところが、リーダーのことみからタカへ、下部回廊のロウワーコリドーへ移動せよとの指示が出たために、ヤマトは単独で味方陣地を守ることになったのだ。もちろん、〈アマテラス〉のメンバーは全員、バトルシミュレーターによる特訓で、あらゆる状況でのプレイテクニックを身につけていた。だが、シミュレーションと実戦では、ゲーム展開の速さがちがう。まるで生き物のように、めまぐるしく変化するバトルをくりひろげながら、ヤマトは今まで感じたことのない重圧にさらされていた。
そして、最後が下部回廊のロウワーコリドーのバトルだ。ここでの戦闘の結果が、ゲームエンドにいたる試合の流れに大きくかかわってくることはまちがいない。
準決勝のゆくえを見守っている世界中の〈ロアー〉ファンも、ここが試合の山場だとふんでいた。はたして勝敗はどちらに傾くのか。
ロウワーコリドーでの攻防は、チーム〈アマテラス〉が今大会で見せたゲームのなかで、もっとも複雑な戦いになりそうだった。バトルの布陣は、日本側がチャンピオン三人と、第二レベルのブロンズトゥルーパーズ。ドイツ側は、チャンピオンがひとり、第三レベルのシルバートゥルーパーズ、それに自陣のタワー三体からの攻撃、という内容である。
これらのゲーム展開からすると、おそらくあと三、四分で決着がつくのではないだろうか。会場にいる〈ロアー〉ファンのほとんどが、そう予想していた。
その考えは、場内の巨大ビジョンから実況をつたえるアナウンサーと解説者も同じだった。
「プロムナードにドイツのチャンピオンが三人。ロウワーコリドーにも日本のチャンピオンが三人。そのうえ二箇所のタワー周辺で戦闘が行われないというのは、かなり変則的なゲーム展開と言えるでしょうね」と、アナウンサーがマイクにむかって言った。
それをひきついで、解説者が専門家としての状況分析をおこなう。
「スペジアルクラフト、つまりドイツチームによる攻撃集中型の戦術を予想して、日本チームのリーダー、ミズMEDAKAが、かなり大胆なゲームプランを打ち出しましたね。この試合はスタートから異例の展開ばかりです。フォレストにチャンピオンを配置しないドイツチームに対して、〈アマテラス〉の戦略は、まさに機動戦そのものとなりました。「力」に対しては「スピード」と「臨機応変」、といったところでしょうか。大会の出場チームのなかで、日本チームの機動力はとびぬけていますね。さすが、世界一の速攻で知られるミズMEDAKAのチームです」
「さあ、準決勝ゲーム1は、決着にむけて最終盤をむかえたようです」とアナウンサーは声をはずませて、観客の興奮と期待をさらにふくらませた。
開始から二十五分がすぎて、〈ゲーム1〉の戦況があわただしくなってきた。
いま戦闘が行われているのは、マップ上の三箇所である。
「アッパーコリドー」すなわち上部回廊の、日本側のタワー周辺。
「プロムナード」つまり中央通路の、日本側のタワー周辺とドイツ側のタワー周辺。
そして「ロウワーコリドー」、つまり下部回廊の、ドイツ側タワー前である。
戦闘の規模がいちばん大きかったのは、ロウワーコリドーの端、ドイツ陣地にある三体のタワー前だった。
チーム〈アマテラス〉の三人、すなわちヤシロ、モウリ、タカのチャンピオンキャラクターは、それぞれ通路のまんなかにポジションをとった。彼らは、考えられるいくつもの攻撃と防御パターンのなかから、この局地戦にベストと思われる陣形をととのえた。
まず、防御にすぐれたガードのロール(役割)をもつ、ヤシロの『アイール』を全面に立てる。その背後に、遠距離攻撃を得意とするシューターのロールをもつ、タカの『ドレンガー』を配置する。そして、接近戦に強いファイターのロールをもつモウリの『クレル』が、二人のまわりを動きまわる、という体型である。
敵からの攻撃をおもに『アイール』がふせぎ、同時に『クレル』が相手のシルバートゥルーパーズの集団との戦闘をうけもつ。ここでのもっとも強力な相手となる、ドイツ側のチャンピオンとタワーには、おもに『ドレンガー』の長距離狙撃を使いながら、守備と平行して『アイール』も攻撃をしかける。
三人のコンビネーションによるこのゲームプランは、大会前にさんざん訓練した、ことみの考案によるバトルシミュレーターの成果だった。ことみがひきいるチーム〈アマテラス〉の男性メンバーたちは、〈ロアー〉のゲーム中に直面するあらゆる戦闘の局面に対して、即座に対応できる能力を身につけていたのだ。
三位一体となり、猛烈なスピードで多彩な攻撃と防御の技をくりだす日本チームに対して、ドイツ陣営は戦闘の最初の段階から完全におされてしまった。トゥルーパーズの集団を利用して、敵とのかけひきをおこなうというチャンピオンの戦いかたは、日本側のレベル3のチャンピオンキャラクターが放つ強力な狙撃によって封じられた。ドイツ側チャンピオンの動きは制限され、タワーとともに日本チームを攻撃するしかなかった。タワーの守りはもともと鉄壁とはいえ、百パーセント完全ではない。通常のゲームフロー(流れ)では、タワーと戦うのは一人か二人のチャンピオンだからである。なので、自分の陣地で相手をむかえ打つ場合、三体のタワーがもつ攻撃力・防御力と、味方のトゥルーパーズの能力、それらを前提としたゲームプランで戦いをすすめることになるのだ。
ところが、いま相手にしているのは、接近戦を得意とする、防御力にすぐれた、強力な遠距離攻撃のスキルをもつ三人のチャンピオンなのだ。しかも、それぞれのキャラクターレベルはすべて3または4。おまけに彼らには、味方の第二レベルのミニ兵士、ブロンズトゥルーパーズの集団もついている。
〈アマテラス〉の戦略に気づいて、なんとか自分の陣地まで戻ったはいいが、味方の援護もなしにこれだけ強力な相手と戦うハメになるとは予想もしていなかった。バトルがはじまると、ドイツのチャンピオンはあっというまに攻撃の持ち札をすべて使いはたしてしまい、タワーの後方で日本チームの猛烈な攻撃を耐えぬくしかなくなった。
相手のチャンピオンを押しこんだことで、〈アマテラス〉チームがさらに敵陣深くへと攻めいった。
モウリの『クレル』は、ドイツ側のシルバートゥルーパーズの三分の二をFD(ファイナルダメージ)して、稼いだポイントでレベル4へと昇格した。
レベル5の『ドレンガー』、レベル4の『アイール』と『クレル』の三人は、タワー攻略への道すじがひらけたとみるや、それぞれの武器を使って敵陣の破壊にとりかかった。
三人の分厚い連続攻撃で、タワーの防御カウンター数値をさげる。残っているトゥルーパーズを、ラン・エンド・ヒットのローテーションでかたずけていく。
チャンピオンとトゥルーパーズの支援を失ったタワーを撃破するのは、予測していたよりもずっと早かった。崩壊して瓦礫となった塔をとびこえると、〈アマテラス〉の三人が、それぞれのラストヒット技を放ってドイツのチャンピオンをキル(倒す)した。
ロウワーコリドーの勝敗にケリがつくと、インカムから通信がはいった。中央通路のプロムナードで、単独の戦闘をおこなっているリーダーのことみからだった。
「タカ、こっちもすぐにかたづくわ。トレンチに到達するタイミング合わせるから、秒数カウントして!」
若者たちは、マップ上の視線をプロムナードへむけた。
ことみの『リルン』がすさまじい速さでタワーのまわりを動きまわっていた。中央通路では、ドイツ側のチャンピオンはすべて日本の陣地にとどまっているようだ。『リルン』の相手はタワー三体と第三段階のシルバートゥルーパーズのみだ。空っぽになったアッパーコリドーのドイツタワーからは、自動システムによる長距離砲が数秒間隔で放たれていた。
ことみは当初、自分のほうが敵の最終防衛線「トレンチ」へ先に抜けると計算していた。だが、アッパーのタワーからの自動攻撃が思ったよりも威力があり、防御に手間どってしまった。世界一のスピードとテクニックをもつことみといえども、すべてが予測どおりにいくとはかぎらない。だからこそ、オンラインバトルゲームは面白いのだ。つねに成長できる余地、それがゲーマーの意欲をかきたてる。
「メダカさん。おれたち、むこうのチャンピオンをキルしたんで、すぐにトレンチにいけます」と、タカがことみに伝えた。「カウント十五でいいっすか?」
「おっけー。了解!」タワーを攻撃し、トゥルーパーズをFDして、アッパーからの自動攻撃を防御しながら、ことみが応答した。
「うわっ、メダカさん凄まじいですね!」と、ヤシロがあきれたように言った。
「われらがリーダーは、やはりこの世のものではござらぬな」モウリも、ことみの超絶技巧に驚愕している。
「よっしゃ。メダカさんとのランデブーだ。みんな前進!」とタカがうながした。
準決勝の〈ゲーム1〉は、いよいよ最終盤へと突入した。
〈アマテラス〉の四人が本拠地「シタデル」へむかって着々と進撃しているとき、アッパーコリドーとプロムナードのドイツチームは、それぞれ対照的なゲーム展開をむかえていた。
中央通路の三人のチャンピオンは、あいかわらず日本側のタワーとシルバートゥルーパーズの攻撃に手を焼いていた。相手チャンピオンがいない状況なら、本来は三人で敵陣を軽く突破できるはずだった。しかし序盤の速攻に失敗したことで、ドイツチームはキャラクターのレベルアップをやりそこなった。全員がレベル2どまりでは、タワーとトゥルーパーズからの攻撃をかわすことはできても、破壊してルートをきりひらくことはむずかしい。これで、プロムナードからの敵陣突破の可能性は消えた。
いっぽう、アッパーコリドーでは、日本側のトゥルーパーズを全滅させてレベル4に昇格したドイツチームのチャンピオンが、単独で戦っているヤマトの『パイロ』に優位をたもちつつあった。「ガード」のロール(役割り)をもつドイツのチャンピオンは、その防御性能をさらに強化させ、遠距離から放たれる『パイロ』の火炎弾をなんなく跳ねかえしてしまう。タワーの攻撃をたくみにかわしながら、徐々に日本の陣地に攻め入ると、ついにタワーを破壊させることに成功した。
ヤマトのチャンピオンは「ウィザード」(魔法使い)のロールである。ウィザードの火炎攻撃は、敵を一撃で壊滅させる破壊力をもつが、ウィークポイントである接近戦が最大の弱点だ。くわえて『パイロ』のキャラクターはレベル3である。タワーを破壊されたいま、ドイツ側のチャンピオンとまともにやりあえば、結果は目に見えている。だが、ここで突破をゆるすわけにはいかない。ドイツ側の陣地では、ことみと三人のメンバーが、今にも敵陣の最終防衛線へ突入するところなのだ。仲間たちが敵の本拠地「シタデル」をたたいてゲームに勝利するまで、なにがなんでもここを死守しなくてはならない。
ヤマトは覚悟をきめ、決死の戦闘へ立ちむかった。。自分のチャンピオンを犠牲にしてでも、時間を稼いでみせる。『パイロ』がもつ手持ちの武器、アメジストの杖から〈ダズリング〉(幻惑)の呪文を放ちながら、さらに火炎弾の連続攻撃を続けた。たのみます、メダカさん!
「さあ、ついにゲームの決着がみえてきました!」実況アナウンサーの声が、アリーナの観客席に響きわたった。「ドイツ側のプロムナードとロウワーコリドーを突破しつつある〈アマテラス〉、そして日本側のアッパーコリドーでバトルを制しつつある〈スペジアルクラフト〉。どちらが先に最終防衛線のトレンチを撃破して、さらに本拠地をたたいて決勝に進むのか。世界中の〈ロアー〉ファンが、今年最後の大会、準決勝のクライマックスをかたずをのんで見守っています!」
「よし、プロムナードがかたづいた」ことみがインカムに呼びかけた。「タカ、カウントはじめて!」
ドイツの最終防衛線にむかいながら、マップで戦況をみつめていたタカは、その言葉に合わせてタイミングをはかりはじめた。
「トレンチまで十五秒っす。オッケーですか」
「了解。みんな、攻撃準備よ。ランデブーしたら、四人でいっせいにトレンチをたたく!」
〈ロアー〉の戦場である「インヴォケートナローズ」で、敵陣深く攻め入る〈アマテラス〉のチャンピオンキャラクターが、最終防衛線へのルートをきりひらいていく。
ゲーム開始から二十九分。ことみ、タカ、ヤシロ、モウリのチャンピオンが、ついに敵陣の「トレンチ」に到達した。『リルン』、『ドレンガー』、『アイール』、『クレル』の四人は、敵陣からの自動攻撃の隙間をあたえず、それぞれの最強スキル攻撃〈マキシマムクラッシュ〉を放った。ドイツ防衛陣地の分厚い外壁めがけ、閃光と爆音をともなった火球がすっ飛んでいく。一秒後、多少の攻撃にはびくともしない「トレンチ」の建物が、風船が割れるように破裂した。あとかたもなくふき飛んだところには、クレーターの穴が残った。
「よし、シタデルへ突入する…」
ことみが三人のメンバーに号令をかけようとしたそのとき、インカムから声があがった。
「やられましたあっ!」
ヤマトの声だった。ハッと気がついたことみは、PC画面の「インヴォケートナローズ」を凝視した。しまった!やられたか!
「敵のチャンピオンに突破されちゃいました。僕は死亡。やつは、すでにレベル5です。トレンチもすぐに破壊されちゃうと思う」ヤマトのもうしわけなさそうな声が、インカムを通して全員の耳にとどいた。「ほんと、すみません」
まさに緊迫した戦況ではあるが、これはあくまでゲームの世界での話。じっさいには、会場のステージに設置された試合用のテーブルで、五人のプレイヤーたちはとなり合わせですわっているのだ。だが、それを言っては〈ロアー〉の迫力は伝わらない。ここはあくまで、ゲームの仮想世界にとどまるとしよう。
ヤマトの報告を聞きながら、ことみは頭をフル回転させて計算した。そして全員に言った。
「オッケー。よくがんばったわヤマト。みんな、ゲームエンドまであと八秒。キャラの移動数値をMAXにあげて、シタデルに突入!」
「よっしゃあ〜!」
「がってん承知!」
「まかせてください!」
〈アマテラス〉の四人が、ドイツの本拠地になだれ込む。マップの反対側でも、敵のチャンピオンが日本側の「シタデル」に突入寸前だった。
ことみが決め技〈フラッシュアロー〉を放ち、それにつづいて、三人のメンバーもラストアタックをかけた。
残り、五秒、四、三、二、一、
ファ〜ン!!
ゲーム終了を告げる合図が、アリーナに鳴りひびいた。およそ三十分間にわたったバトルに、ついに決着がついたのだ。
ステージ正面の巨大なスクリーンに、試合の結果を示す画面が浮かびあがった。
SEMIFINAL GAME 1 WINNER
TEAM〈AMATERAS〉JAPAN!
準決勝〈ゲーム1〉勝者
チーム〈アマテラス〉日本!
「よっしゃあ〜!」スクリーンの結果を見るまでもなかった。ことみは両手をつきあげてガッツポーズをとると、そのまま前に倒れて、顔面からキーボードにつっぷした。「うう〜疲れた…腹へる〜」
あぶなかった。ほんの三秒差で、かろうじて勝利した。ゲームの達人であることみでも、初参加の国際大会、それも準決勝という大舞台では、プレッシャーは半端ではなかったのだ。
ようやく圧迫から解放されて、ことみは顔をあげた。チーム〈アマテラス〉の四人の男性メンバーたちが、まるでボクシングの試合を終えたみたいに、椅子に倒れこんでグッタリしていた。
「だあ〜っ、キツい。マジでやばかったっすね、メダカさん」と言って、タカが目だけをこちらにむけた。
「まあね。これが世界レベルということかな」ことみはうなずきながら、タカの肩をぽんぽんとたたいた。そして、残りのメンバーにもねぎらいの言葉をかける。「みんな、よくやったわ。ご苦労さん!」
ヤシロ、モウリ、ヤマトの三人は、みな目をショボショボとさせながら、リーダーに頭を下げている。とくに終了直前に敵に倒されてしまったヤマトは、肩を落としてしょげていた。
「すみません、メダカさん。とんだ迷惑かけちゃいました」
「なに言ってんの。あんたはちゃんと自分の役割り果たしたんだから、気にしない気にしない」と言いながら、ことみは手でVサインをつくってみせた。
「なにはともあれ、勝ててよかったです」と最年長者のヤシロは、ホッとしてみんなの顔を見まわした。「いやあ、それにしてもリーダーはすごい。危ない場面もありましたけど、すべて超速のオペレーションですからね。さすが世界のトップレベル。脱帽です」
そんなヤシロの言葉をきいて、最年少のモウリもうなずいている。やや興奮ぎみだ。
「さよう、例えるならば、織田信長と武田信玄と斉藤道山を合わせた見事な戦略!まるで長篠の戦いのごとくでござった。リーダーには、ぜひ紺糸威胴丸具足を身にまとっていただきたいですな」モウリは得意そうに言った。
ほかの四人はポカンとして、二十歳の広島県人を見つめた。
「こんいと… ?」ことみが代表してたずねる。答えは聞くまでもない。どうせ戦国武将ネタにきまってる。
「こんいとおどしどうまるぐそく、でござるよ。世間では、信長どのは南蛮胴を着用してしたと思われて…」
「あ〜もういい。あんたにつきあってたら、朝になっちゃうから」モウリのトリビア話をさえぎって、ことみは立ち上がった。「さあて、そろそろ帰ろっか。お腹すいたし、お風呂入りたい〜!」
「ですねえ。ところで、今日もこのあと訓練っすか?」タカは男性メンバーを代表して、念のためことみにたずねてみた。まあ、明日は決勝なんだから当然だよなあ、と思っていた。
「いや、今日はやらない」とことみがあっさり言うので、みんなびっくりしてしまった。「最後の決戦だからね。今夜はゆっくり休んで、英気を養って。体力つけとかないと頭も働かないし」
「なるほど。了解っす。じゃあ、ホテルに帰ったら、ヤマトとモウリと三人でバイキングディナーでも食おっかなあ」と言って、〈ロアー〉のサイトからログアウトすると、タカは自分のパソコンを閉じた。「ヤシロさんは、もちろん家庭サービスですよね」
「あはは。所帯持ちはつらいです。ゲームだけやってられたら天国なんですけどね。いちおう家長なんで」と言って、ヤシロは照れ笑いをした。
「おっけー。それではみなさん、レッツゴーホーム!」ヤマトが元気な声をあげて立ち上がる。やっと気分をとり戻したようだ。
全員がかたづけをしていると、テーブルのむかい側から、大きな手がのびてきた。ドイツチームのリーダー、身長が190センチ近く、精悍な顔つきの男性が声をかけてきた。どうやら、ことみにあいさつをしたいらしい。
「グ〜ッ、ファイト。ユーアーウェルプレイヤー、メダカサ〜ン」こわもての顔をほころばせて、彼はきょとんとしていることみの手を握った。
ドイツなまりの英語はわからなかったけれど、たがいの健闘をたたえていることだけは、ことみにも理解できた。
「あ、サンキュー、です…」ことみは顔を赤らめて、頭をぺこぺこ下げた。あっ、しまった。バイトのくせが出ちゃった。と思ったときには、相手はすでにチームのメンバーと立ち去っていた。
「ふう。今日でいちばん緊張したよ」
「あはは。メダカさん、そーいうとこが女子っぽくて可愛いっす」とタカがからかった。
「うるさい。さあ、いこいこ」
「はいはい」男性陣はクスクス笑いながら、めいめいの道具をバックパックにつめこんだ。
死闘の緊張からやっと立ちなおって、チーム〈アマテラス〉になごやかなムードが帰ってきたようだ。
ことみたちが試合後のやりとりをしていたころ、ステージでは、MCの男性が会場にむかって声をあげていた。
「ヘイ、すげえ試合だったぜ!ザッツ、ロアーって感じだよ。クールなんてもんじゃない、ヤバいぜ、MEDAKA!」と言って、ゲームファンで満杯のアリーナに手をふってみせる。
準決勝の激しい攻防戦に興奮した観客から、ウオーッという大歓声があがった。インターネットで観戦している世界中のゲーム中継サイトでも、それは同じだった。専門チャット局の〈ツイッチ〉では、プロのゲーマーからギーク(ゲームオタク)まで、たいへんな騒ぎがもちあがっていたのだ。日本チーム〈アマテラス〉の試合は、まちがいなく今年最高のゲームだった。
「だけどエヴリバデイ、〈ゲーム2〉もヤバいぜ!なんだあの謎のチームは。やつらはマシンか。こりゃあ、明日のクリスマスはすごいことになりそうだ。みんなありがとう〜!シーユー!」
MCはそう言って、〈ロアー・ワールドウィンターゲームズ〉日本大会の二日目をしめくくった。
彼の背中には、準決勝二試合の結果を示したビジュアルがきらめいている。そこには、試合時間とスコアデータ、チャンピオンの最終レベルやダメージポイントも表示されていた。
チーム〈アマテラス〉の横に、例の中東人チーム〈GIG〉のデータがあった。試合時間は、たったの十五分。五人のチャンピオンは、すべて最高ランクのレベル6だった。
ステージを歩きながら、日本チームの五人は観客に手をふった。去りぎわに、田中ことみはちらりとスクリーンに目をやった。そのとき、一瞬だけ身体に電気が走ったような気がした。
あいつら、何をしたのよ…?
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