いざ準決勝へ、ことみの作戦

十二月二十四日。午後二時。

世の中の人々は、クリスマスのデコレーションに飾られた街にくり出し、今夜のイヴにむけて盛りあがりをみせていた。

テレビでは、イベントやコンサート、あるいはイルミネーション・デート、レストランでのディナー、そしておなじみのケーキやチキンを心待ちにする人々で混雑する、街の様子が報じられていた。

だが、ここ江東区の有明アリーナでは、そんな世の中のできごとにまったく興味のない、数千人のゲームファンたちが熱狂していた。

いや、彼らにとっては、これが最高のクリスマスイベントなのだった。

米国の〈パックワールド〉社が主催する、オンラインバトルゲーム〈レジェンド・オブ・インペリアル〉、通称〈ロアー〉の年間シリーズ最終戦。はじめて日本で開催されたこの大会は、二日目の準決勝をむかえようとしていた。

昼すぎからおこなわれた決勝トーナメント一回戦の勝者である四チームが、派手なBGMをバックにステージに登場してきた。会場をゆるがす歓声と口笛がアリーナ全体にひびきわたる。

「トウキョウ!アーユーガイズ ハビナ グレイ ターイム!」MCが観客によびかけた。東京、もりあがってるか〜!

「Yeah!」

「おお〜っ!」

国籍ごったまぜのゲームファンが、こぶしをつきあげて叫ぶ。会場はますますヒートアップするいっぽうだ。

クリスマスイヴの大会二日目は、いよいよ準決勝をのこすのみとなった。明日の決勝へと勝ち進むのは、はたしてどのチームなのか。

「ここで、セミファイナルへ駒を進めた四チームを紹介しよう!」MCは声をあげて、合計二十名のプレイヤーたちのほうへ手をふった。

ステージを色とりどりのスポットライトが照らす。選手たちは、メンバー紹介のアナウンスに、各自が手をふってこたえた。

決勝トーナメント一回戦を勝ち抜いて、準決勝に進出した四チームは、以下のとおり。

◎第一ブロック

〈スペジアルクラフト=特殊戦団〉ドイツチーム

◎第二ブロック

〈アマテラス=高天原皇祖神(たかまがはらこうそしん)〉日本チーム

◎第三ブロック

〈トラロック=稲妻の神〉メキシコチーム

◎第四ブロック

〈GIG=意味不明〉無国籍チーム


予選リーグでは、優勝候補とみられていた強豪チームが敗退する波乱があった。

そのひとつ、中国の〈龍牙=ドラゴンファング〉は、初戦にあたった謎の無国籍チーム〈GIG〉にまさかの大敗をきっした。このジャイアントキリングに動揺して、そのあと中国チームは統制を欠いてしまった。彼らは混乱したチームを立て直そうと奮闘したものの、けっきょく最後まで実力を発揮できず、そのまま無念の予選敗退となった。

もうひとつは、昨年優勝のデンマークチーム〈アイスフリート=氷の船団〉である。こちらも初戦、初出場の日本チーム〈アマテラス〉の驚異的な速攻にこてんぱんにやられてしまった。彼らはこの敗戦をうけて、その後の二試合でスピードを重視するあまり、守備に乱れが出て結果を残せなかった。

それ以外の実力派チーム、アメリカの〈ハーデス〉やニュージーランドの〈サザンクロス〉は、予選リーグを突破したものの、トーナメント一回戦を勝ち抜くことができなかった。


今大会は、初出場の伏兵チームが、実力上位の相手を苦しめるゲームが目立っている。

その一番手が、田中ことみをリーダーとするチーム〈アマテラス〉である。予選リーグを圧倒的な強さで突破した彼らは、さらに決勝トーナメント一回戦を、韓国チームのルール違反による不戦勝で通過した。

〈アマテラス〉の準決勝の相手は、ドイツの〈スペジアルクラフト〉。力押しのパワーオフェンスが得意の、名の知れた強豪チームだ。チャンピオンのレベルアップが巧みで、獲得したポイントで武器や攻撃技を強化して、相手をどんどん押しこむゲームスタイルである。

反対側のブロックでメキシコの強豪〈トラロック〉と戦う無国籍チームの〈GIG〉は、世界中の〈ロアー〉ファンに衝撃をあたえた。メンバーの実力はまったく未知。過去のゲームデータもまったく不明。それでいて高度で洗練された戦術に、謎につつまれた中東人たち五人は何者なのか、という憶測がとびかっていた。

ことみは準決勝の相手ドイツより、この中東人チームを警戒していた。予選リーグからトーナメントの戦いぶりをみるかぎり、決勝に進むのは確実と判断していたのだ。

不安なことがひとつある。過去のデータがないために、〈アマテラス〉の強力な武器である、ことみのデータ分析に頼れないのだ。

とりあえず彼女は、〈GIG〉の予選からトーナメント一回戦までの四試合を、プレイの一手一手にいたるまで検証してみた。が、ますます謎は深まるばかりだった。

攻撃もディフェンスも洗練されていて、各チャンピオンの動きは基本に忠実だ。一見プレイはオーソドックスにみえる。だが、試合の重要な局面でとび出すトリッキーな裏ワザは、〈ロアー〉の達人といわれることみでも予測不能な動きが多い。とにかくこの「GIG」は危険な相手だった。

決勝に進めば難敵になりそうではあるが、まずは目のまえのドイツ戦を確実に勝利しなくてはならない。

ステージ上では各チームの選手紹介が続いていたが、ことみの頭のなかでは、準決勝のシミュレーションがかけめぐっていた。そのとき会場の歓声のボルテージがあがったので、ことみはわれにかえった。

「今大会のヒロイン、フジヤマキャットガールに注目!チーム〈アマテラス〉のコトミ・タナカだ!すげえぜ、日本。いけてるよ、ベイビー!」

MCのテンポのいいトークに、会場の〈ロアー〉ファンから盛大な拍手がわきあがった。いつもの照れくさそうな笑顔で、ことみは手をふって観衆にこたえた。

「メダカさん。どうしたんすか?」

ことみの心ここにあらずな様子をみて、メンバーのタカが声をかけてきた。

「え?ああ、ちょっとね」

「リーダーはめずらしく神経質になっておりまするな。たのみまするぞ」チーム最年少のモウリがハッパをかけてくる。

「わかったわかった。心配しないで」試合をまえにナーバスになっている姿をみせまいと、ことみは表情をかえた。「いまは一分でも時間が惜しいのよ。戦略をおさらいしてただけだから、気にしないでちょうだい」

「だいじょうぶ。わたしはメダカさんを信じてますよ。自信をもっていきましょう」と言って、年長者のヤシロがメンバーをなだめた。


ステージ上で、各チームのメンバー紹介が終わった。二十人の若者たちがぞろぞろと控え室へとひきあげていく。MCが大声でしめくくりの言葉を発すると、アリーナにふたたび〈ロアー〉のゲーム曲が流れた。準決勝までしばしのブレイクタイムである。

観客の興奮はひと段落したようだ。おなじみとなった休憩中の風景。数百人が席から移動する。飲み物を買いにいくもの、トイレに立つもの。席にのこった人々は、これからおこなわれる準決勝の予想であれこれ談義をかわしていた。

そんななかに、観客席の最前列で、ひとり観戦していた男性の姿があった。〈ロアー〉のTシャツやパーカーを着たゲームオタクたちのなかで、彼の服装はやけにファッショナブルだ。長身、銀髪、〈グッチ〉のライトイエローのドレスシャツに、黒のレザーパンツ。どうみてもゲームマニアにはみえない。

大騒ぎでもりあがる若者たちをよそに、彼は手もとで iPad を操作しながら、さかんに腕時計に目をやっていた。

高城ダニエル健二は渋い表情をうかべると、スマホをとりあげて電話をかけた。すぐにつながった。

「あら、社長。なにか連絡事項があるんですか?」いきなり電話の相手がたずねてくる。女性の声は、高城が経営する表参道のアパレルショップ〈ゾーン〉の店長、美波沙耶(みなみさや)だった。

「じつはね。あ〜、午後三時半からのクライアントとのミーティングなんだけど。少しだけ先にのばせないかな。ちょっとプライベートで大事な用があってさ」高城はひけめを感じながら、すまなさそうな口調で美波に言った。「だめかい?」

「うーん、それはむずかしいかと。今回の顔合わせは、春モノ新ブランドの発表もかねてますからね。来季のメイン商品ですので、うちとしてはいっさい弱みを見せるわけにいきません。なぜですか?」いつもの理路整然とした態度で、美波は意見をのべた。。そのいっぽうで、ビジネスにスキのない高城の煮えきらない様子に、とまどってもいた。

「そうか。君の言うとおりだな。もっともだよ」

「どうしたんです社長。めずらしいじゃないですか。なにか困ったことでもあるんですか?」

「いや、とくに問題はないよ。オッケー。わかった。予定どおり先方にうかがうので、君もむかってくれ」

「承知しました。店のほうはアルバイトの子にまかせますので、現地で集合しましょう」

「よし。それではのちほど。ありがとう」

「はい。失礼します」

iPhoneのライン画面を閉じた高城は、背中を丸めてうなだれた。視線をステージにチラッとむけて、退場していく選手の集団に目をやる。チーム〈アマテラス〉のメンバーにまぎれた、ピンク色のパーカー姿をみつめて、ため息をついた。

決勝に勝ち進むために奮闘することみさんの晴れ姿を見れないなんて…こんなときに仕事か。くそっ。高城は心のなかで悪態をついたが、ビジネスが最優先であることは自分でもよくわかっていた。

彼女とのすれちがいで会えなくなって、もう二ヶ月だ。なんとか誤解をときたいと悩みつづけてきた彼は、今日このとき、ことみの輝きに心をおどらせていた。会えないのなら、せめてその姿だけでも目に焼きつけたかったのだ。だが、その願いさえかなわないとは…高城は、生きがいである仕事をはじめて恨んだ。そして、ことみに対する想いをますますつのらせた。

iPadのアプリを終了させて、ホーム画面にもどした。高城はふたたびスマホを手にして、ラインで電話をかける。いきなり元気な声が聞こえてきた。

「ダニエルさん、いよいよ準決勝ですね。ことみのやつ、マジでかっこいいです!」杉本晴夫が興奮しながら、アリーナの騒音に負けじと大声で電話に出た。

「ああ、彼女はほんとにすごい人だ。僕もびっくりだよ」と晴夫に言葉をかえした。

「あれ。ダニエルさんどうしたんですか?なんか元気がないようですね」晴夫が心配げに言った。

「いや。じつは、これから仕事があって。キャンセルできない件なんで、帰らなきゃいけないんだよ」

「えっ、ほんとですか?じゃあ、ことみの準決勝は見れないんですね」

「ああ。もうしわけないけど、もう行かなくちゃ」

「あやまる必要なんかないですよ。でも残念ですよね。あ〜あ、もしあいつがダニエルさん来てること知ってたらなあ…あっ、すみません、よけいなこと言って」

「気にするなよ。というわけだから、あとで試合の経過をラインで教えてくれるかな。たのむ」

「了解です。まかせてください。なに、あいつのチームが勝つに決まってますって。安心して仕事にいってください」

「それじゃあね。また電話する」

高城は電話をおえると、iPadを手ばやくバッグにしまい、席を立った。仲間ではしゃいだり席で身体をゆすっている若者たちの前をすりぬけ、通路の階段をのぼって、アリーナの出入り口からコンコースに出た。

騒音から遮断されたことで、わびしい気持ちがせりあがってくる。彼はうしろ髪をひかれる思いでアリーナを出ると、駐車場にとめてあった愛車のアストンマーチンに乗りこんだ。

「しかたない。さあ、気持ちをきりかえて仕事、仕事!」と自分にいいきかせて、イグニッションスイッチを押しこんだ。

カーナビに豊洲入口から港区の青山通りへのルートを入力して、首都高速10号線から東雲ジャンクションへ車をとばしていった。


高城が高速を走っていた同時刻、有明アリーナの選手控え室では、ことみをはじめとするチーム〈アマテラス〉のメンバーが顔をよせあっていた。

準決勝までの四十分の時間を使って、五人はおなじみとなった〈バトルシミュレーター〉での戦略会議に取りくんでいた。大会前のトレーニングでは、毎日毎日、ことみが開発したこのシステムでハードな特訓をこなしてきたのだ。

シミュレーターには、準決勝の相手ドイツチーム〈スペジアルクラフト〉の過去の対戦データを、事前に打ちこんであった。そのデータは、ことみが独自に開発した解析ツールで構築されたものだ。チーム〈アマテラス〉のゲーム戦略は、この解析ツールとバトルシミュレーターの二つのシステムによって生み出される。

大会に出場するすべてのチームについて、ゲームの勝敗を動かす局面でどのような選択をするのか、また五人のチャンピオンの連携にどういった傾向があるのか、などなど。あらゆるプレイパターンがデータベース化されることで、本番と変わらないリアルな仮想敵チームをつくりだすことができる。つまりことみは、シミュレーターによる訓練をムダなく効果的におこなえるよう、無数の選択肢をもつシステムをつくりだしたのだ。

〈アマテラス〉が結成されたのは、わずか二ヶ月前である。その短期間で、メンバーたちは海外の強豪チームに対等に戦えるまでのスキルを身につけた。もちろん各自の努力のたまものであることはいうまでもないが、ことみの天才的なシステム開発力がなければ、ここまで〈ロアー〉の戦闘力を強化することは不可能だったにちがいない。

〈アマテラス〉の五人は、一戦をおえるごとに強くなっていく自分たちを実感していた。

バトルシミュレーターの模擬戦闘で、彼らはリアルタイムにほぼ近いかたちの仮想敵を相手に、もっとも効率的な攻撃と防御のパターンを身につけることができた。その威力が想像以上のものであることは、予選リーグの圧倒的な勝利がものがたっている。

彼らは、大会期間中もシミュレーターでの訓練を欠かさない。対戦相手の最新のプレイデータ、つまり今大会の試合に関する情報も、そこにはもりこまれているからだ。試合ごとにプレイの凄みを増していく〈アマテラス〉は、もはや敵はないと思えるほどのチームに成長していた。


「メダカさん、今回はどんなポジションでいくんすか?」準決勝での五人のチャンピオンの配置について、タカがことみに問いかけた。「まあ、俺はフォレスターなんで、ほかのみんなのことですけどね」フォレスターは、ゲームを戦う五人のプレイヤーに与えられる役割のひとつである。

〈ロアー〉の戦場である「インヴォケート・ナローズ」と呼ばれる地図上には、三本の通路つまり「アッパーコリドー」「プロムナード」「ロウワーコリドー」と、その間の広大なスペースに広がる「フォレスト」がある。ちなみに、コリドーとは「回廊」のことだ。五人のプレイヤーのアバターであるチャンピオンキャラクターは、この通路とフォレストのいずれかに配置されるのだ。

「フォレスター」とは、フォレストを主戦場として担当するチャンピオンのことで、タカはフォレスターのスペシャリストだった。

そのタカの問いに対することみの返事は、四人をあっと驚かせた。

「いいえ、今回タカにはプロムナードを担当してもらう」とことみは言ってのけた。「かなり変則だけどね」

男たちは目をむいて仰天してしまった。

それもそのはず。フォレストは、キャラクターがポイントを大きく稼げるエリアだからだ。そこに潜入してきた味方チャンピオンは、フォレスターの支援がなくては、モンスターやプラント(植物)キャラクターと戦いながらレベルアップするために、自由に動きまわることができない。

また、フォレストから三つの回廊へ奇襲をかけて、敵とのバトルに加勢するのもフォレスターの重要なミッションだ。つまりフォレスターとは、〈ロアー〉のゲーム展開のなかで、欠くことのできない役割なのである。

「えっ、タカをフォレストからはずすんですか?」とヤマトが不安げに口をひらいた。「じゃあ、誰がフォレスターやるんで?」

「う〜む、拙者もはなはだ疑問、というより理解に苦しむでござるな」モウリもわけがわからないという様子だ。

「わたしもわかりませんね。なにか考えがありそうですけど、説明してもらえませんか?」最年長のヤシロも、落ちついた口調ながら、さすがに疑心暗鬼になっている。「準決勝になっていきなりフォーメーションチェンジ、というより掟やぶりですよ。いままでシミュレーターでもやったことないのに、危険じゃないですか」

男性陣はかなりうろたえぎみだが、そんな彼らに対して、ことみはさらに爆弾を落とした。

「フォレスターは使わない。全員でアッパー、ロウワー、プロムナードを担当するのよ」ことみはポカンとした顔の四人に説明しはじめた。「ドイツチームの今大会のデータを解析したんだけど、なぜかフォレストでのポイント獲得に興味がないみたいなのよね。ゲーム開始時、フォレストでモンスターを倒して、チャンピオンをレベルアップさせるのは〈ロアー〉の常識よね?でも連中は、そこではなくて中央通路のプロムナードに戦力を集中させて、ひたすら相手のトゥルーパーズをたたきまくる。それでレベルアップしてから、敵のチャンピオンを力で押しこんだら、つぎは三つのタワーを一気に攻略する。しかも、その攻撃力とスピードがはんぱないのよ。アッパーとロウワーでも、このパターンは同じなのよね。基本的な戦略は過去のデータと変わらないんだけど、今回はその傾向が極端すぎる。なので、ゲーム開始からしばらくは、こちらも隊形を変えて様子をみることにした。ふだんあたしは相手のペースに合わせることはしないけれど、今回はむこうのプレイスタイルをトレース(写す)してみる」

ことみはわかりやすく理由を説明したつもりだったが、四人の男たちはまだピンとこないようだった。ヤマトが質問してきた。

「それって、もしかして速攻封じってことですか?」

「うまいっ。そのとおり!」と言って手をパンとたたいたことみは、ヤマトにむかって人差し指を突きつけた。「あたしたちのストロングポイントは速攻でしょ。もちろんただの早駆けじゃなくて、データ分析にもとづいたものだけどね。だから相手はつぎの試合で、おそらく先制攻撃にすべてを賭けてくるにちがいない。〈アマテラス〉の強みである速攻・連撃を、序盤のステージでおさえこむつもりなのよ。ここで鍵を握ることになるのが、トゥルーパーズの陣形と、それにタカのキャラクタースキル。あんたのアバターは『ドレンガー』でしょ?」

「え、あ〜そうですけど」いきなり問われたタカは、一瞬だけおくれて答えた。「それがなにか?」

「もう〜しっかりしてよ。フォレスターをはずす理由がわからないの?」

ことみの問いに、タカは目をぱちくりさせた。まったく見当がつかないようだ。すると、それを見ていたヤマトが声をあげた。

「あっ、もしかして、こいつアホなんでお役ごめんとか?」と言いながら、ヤマトはニヤニヤ笑った。

「おい、こら。おまえに言われたくないわ、だはは!」

むずかしい話が続いたので、二人ともやや脱線ぎみである。

「あんたらしっかりしてよね。本番までもう時間ないのよ。って、あはは!」ことみも思わず笑ってしまった。

二日間の戦いで緊張の連続だった彼らには、気をぬいてリラックスすることも必要だ。こういう和気あいあいとした雰囲気も、チーム〈アマテラス〉の強さのひとつなのである。

「おほん!じゃあ、みんなに教えるね。フォレスターをはずす理由はというと…」

小声でうちあけることみの話は、そのまましばらく続いた。メンバーの男たちはうなずきながら、彼女の説明にじっと聞きいっていた。

準決勝開始まで、残り二十分。


「はい。これがちなみんのポップコーン。こっちがおまえのクリームソーダ。って、お子ちゃまかよ。ぷはは!」

「そなた、われを子供あつかいするでない。それに、おまえとはなんだ、おまえとは。ジェニファーと呼べ」

「もう〜。杉本くんとクリオネちゃんて、いっつもケンカするふりしていちゃいちゃしてるよね。マジであきれる」

二階の観客席、関係者用のロイヤルボックスで、水戸井ジェニファーと橘ちなみは、杉本晴夫が買ってきたドリンクとフードを受けとった。

三人は午前九時に、ジェニファーの家の執事である園田が運転するリムジンに乗って、ここ有明アリーナへやってきた。現在すでに午後二時をまわり、かれこれ五時間も大会を観戦していることになる。

晴夫はゲームにくわしいので気にならないが、女の子二人はやや疲れぎみである。なので、彼女たちのために売店に行ってきたのだ。試合中には、恋人のジェニファーとちなみのために、わかりやすくゲーム内容を解説してあげてもいた。

「ところでクリオネ。おまえ大学のほうはだいじょうぶなのか?」と晴夫はジェニファーにたずねた。「大会の三日間、サボりはまずいだろ」

そう言った晴夫をみて、ジェニファーは馬鹿にするように顔をしかめた。

「そなたは救いようのないうつけものであるな。いまは冬休みだ。カノジョのスケジュールくらい把握しておけ」

「あっ、そうか。学校なんてはるか昔のことだから、思いつかなかった」と言って、笑いながら頭をかいた。

「そうかじゃないよ〜。晴夫くんいつもいいかげんなんだから。わたしのこと、ほんとに好きなの?」と言って、ジェニファーは彼氏の顔をみつめた。

「なんだよ、いきなり。そんなにあからさまに言われたら照れる…あれっ?おまえ、いま『晴夫くん』って言ったよな。それに、語尾がふつうの女の子じゃん!可愛いじゃねえか、よおよお、お嬢様〜あはは」晴夫はそう言って、ジェニファーの頭をなでた。

「しまった。今のは忘れてたもれ」ジェニファーは顔を赤らめて、晴夫の手をつかんだ。「あ〜もう、最近プライドをたもつのが面倒になってきたである。ちなみどの、世のおなごたちは恋人とどのような話しかたをするのであるか?」晴夫の手をぎゅっと握ったまま、となりのちなみにたずねた。

「クリオネちゃんは貴族みたいな女の子だから、無理もないよねえ。そもそもあたしたち一般人とは、環境がちがいすぎるしさ」と言って、ちなみは思案にくれた。ギャルの感覚では、これはちょっとばかり難解な問題だ。

すると、晴夫がジェニファーのクリームソーダを横からひと口飲んで、空いてるほうの手で、恋人のほっぺたをスリスリとなでた。

ジェニファーの頬がピンク色に染まった。「な、なによ。気持ち悪い」と言うものの、顔はうれしそうだ。

「おまえは財閥令嬢のプライドをすててさ、素直になればいいんだよ」と晴夫は言った。「まだ二十歳じゃん。おれより六つも下なんだから、もっと甘えてくれよ。おまえめっちゃ可愛いんだし、少しくらいブリっこしてくれたほうがうれしいんだけどなあ」

「そうそう、杉本くんの言うとおり!クリオネちゃんが『ねえ晴夫くうん、あたちのこと好き?』とか、それ最強じゃん!」と、ちなみが悪ノリする。

「え〜っ。そ、それはちょっと…」と言うジェニファーの顔が、さらにピンク色に染まる。

「赤くなってる!きゃあ、クリオネちゃんたら照れちゃって可愛いんだから。もう〜見せつけないでよ二人とも」ちなみは冷やかしながら笑って、ポップコーンを口にほうりこんだ。

そのとき、アリーナに大きくブザーが鳴りひびいた。会場が、割れるような歓声につつまれた。クリスマスイヴの午後、いよいよ大舞台の用意がととのったようだ。

「おっ、準決勝がはじまるぞ。メダカのやつ、ぜったい勝って決勝にいけよな!」晴夫は席から立ちあがり、両手のこぶしをつきあげた。二人の女の子も、椅子のうえで座りなおすと、真剣なまなざしでステージに顔をむけた。

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