突破せよ!あと二勝!

〈ロアー・ワールド・ウィンター・ゲームズ〉予選グループ、初戦の八試合が終わった。戦前の予想どおり、各グループともに強豪と呼ばれるチームが初戦を制した。

勝利チームは以下のとおり。

◎グループA:

「ダイナスティ」=韓国

「フラッシュアロー」」=アメリカ・オーストラリア

◎グループB:

「アイスフリート」=デンマーク

「アマテラス」=日本

◎グループC:

「スペジアルクラフト」=ドイツ

「GIG」=不明

◎グループD:

「ハーデス」=アメリカ

「ファティマ」=ブラジル


もちろん、大会を見守る〈ロアー〉ファンをいちばん驚かせたのは、初出場で驚異の圧勝をみせた日本チーム〈アマテラス〉だった。とはいえ、これは〈ロアー〉の世界で達人として知られる「MEDAKA」のチームなので、ほとんどのファンが納得した結果ではあった。

いっぽう、グループCの〈GIG〉の勝利は最大の番狂わせだった。相手は、優勝経験もありeスポーツ大会ではトップクラスの中国チーム〈ドラゴンファング(龍牙)〉なのだ。これには会場の〈ロアー〉ファンや、チャットサイトで観戦していたマニアたちも驚かされた。

この〈GIG〉は謎のベールに包まれたチームだった。メンバーの国籍はイラク、レバノン、シリアなど中東地域出身者ばかりである。しかし、それ以外に彼らがどういう共通項でつながっているのかはまったく不明である。

〈ロアー〉を含めたeスポーツ大会には一切出場したことがなく、まるでとつぜん現れたかのようだった。もちろん出場するからには、運営側に正規のデータが登録されているはずだが、公表されるのは国籍とメンバーのハンドルネームだけだ。

そしてこれが一番の謎なのだが、彼らが大会に参加した目的がまったくわからない。

〈ロアー〉のような世界配信型ゲームでは、ほとんどのプレイヤーは好きなゲームでの名声や、海外の仲間とのつながりなど、ゲームファンならではの達成感を求めるものである。なぜなら、ゲームは趣味であり遊びであり、仕事ではないからだ。

そこには、あくまで人生の喜びだけを追い求めるという究極の目的がある。だからこそ、ゲーマーたちは時間と情熱をかたむけ、睡眠時間をけずってでもプレイの上達にとりくむのである。

ところがこの〈GIG〉というチームには、そうした熱意がまったく見られない。それどころか、試合でもゲームへの興味が感じられないし、全員がほかの何かにとりつかれたような表情をしている。考えられるのは、おそらく高額な優勝賞金だけなのだろうか。


予選リーグ第一ヒートの終了とともに会場の興奮はひと段落して、観客席のあちこちで席を立つものが多かった。トイレに行ったり、飲み物を買いに行ったり、電話をかけに行ったりと、つぎの試合までの時間を利用するためにアリーナを出ていった。

天井からつるされた大型ビジョンに〈レジェンド・オブ・インペリアル〉のタイトルロゴが映し出され、ゲームのBGMが場内に流れた。第一ヒートの見せ場となったバトルが、早くもハイライト映像で、ステージ上の画面にデモンストレーションされている。


世界配信のゲーム中継チャンネルでは、初戦八試合の注目すべきプレイについて、実況アナウンサーと解説者、コメンテーターが熱い談義をかわしていた。

「ゲームの鍵を握るマップ上部のアッパーコリドーで、チャンピオンどうしが繰り出したアタックムーブ(攻撃スキル)はいちばんの見どころですね。その技で相手をキルする、つまり倒すまでのパターンを、対戦ごとに見てみましょう」

「ダークタワー周辺の戦闘はあいかわらず混乱していますね。ミニ兵士のトゥーパーズを倒すことで、双方のチャンピオンがレベルアップの値をどこまで伸ばしたのでしょう」

「優勝候補の一角、韓国〈ダイナスティ〉のタワーでの攻防は見ごたえがありました。彼らはプロムナードに「ウィザード」のチャンピオンを配置しましたが、キャラクター『ドルア』の呪文、キャプチャーからウィックへの流れは見事でしたね」

「回廊の間のエリア「フォレスト」のチャンピオンは、第一試合では大きな力の差が出たようです。ランダムに出現する中立モンスターや〈オーガニズム(生き物たち)〉に対して、会話と交渉でポイントやアイテムを稼ぐ方法が、各チームではっきり分かれていました。回廊への奇襲〈ガンク〉が見事だったのが〈アマテラス〉の『ドレンガー』です。彼はとても初出場とは思えませんよ。オーガニズムとの交渉術もとても巧妙ですしね」

マルチプレイヤーバトルならではの五人のチャンピオンの戦いと各チームの戦術について、解説者とコメンテーターの間で専門的な意見がさかんにとび交った。


試合前におこなわれた、キャラクター選抜におけるチーム間のかけ引き、すなわち「ドラフト」も大きな注目点だった。

チャンピオンの〈ロール〉、つまり属性に対して、チームどうしが相手の得意なキャラクター選択権を奪いあう「コール」の場面は、とくにスリリングだった。各チャンピオンが250タイプからどのキャラクターを選ぶかで、ゲーム展開は大きく左右されるからだ。

〈ロアー〉マニアには、この「ドラフト」での頭脳戦がたまらなく面白い。自分ならこうする、なるほどそうきたか、両方とも互角の編成だな、などと仲間やチャットで意見を交わしあうのはゲーマーの大きな楽しみのひとつである。

ネット中継の専門家たちは、これらをふまえて予選第一ヒートの激闘を世界中の〈ロアー〉ファンに伝えた。



場面は変わって、出場者の控え室。

ことみたち〈アマテラス〉の五人は、「バトルシミュレーター」でつづく二試合への準備を続けていた。

このコンピューターシステムは、ことみが大会のために開発した秘密兵器である。初戦でのバトルの結果、シミュレーターで取り組んできた仮想訓練が、予想をはるかにこえた成果をもたらしたことをメンバーたちは身をもって体感した。

ことみをのぞいた四人の男性メンバーたちは、初めての世界大会で試合前から緊張していた。ところが、いざ幕を開けてみると、試合はまさに自分たちが数ヶ月間トレーニングしてきたとおりの展開になった。そして、シミュレーターで身につけたすべてのプレイで敵の動きをことごとく予測して、撃破することができたのだった。

四人の男たちは、自分たちが想像をこえた強いプレイヤーに成長していたことにようやく気がつきはじめていた。


「第二試合の〈ランサ〉も、同じようなバトルローテーションでいけそうね」田中ことみは自信ありげにメンバーに説明する。「ただ、予選最終ヒートの〈アイスフリート〉とのゲームは、戦術を少し変更しようと思う。相手はさっきの試合を見て対策を打ってくるはずだけど、そんなのまともに相手してたら時間のムダだからね」

「それで、どんな手でいくんですか?」と最年長のヤシロがたずねた。

「シミュレーターの仮想戦闘に、プロムナードに敵を引き込むプログラムがあったでしょ。それを使う」とことみは答えた。

「ああ、アップとローからの裏打撃ですね〜」ヤマトとモウリが、訓練を思い出しながらうなずく。

アップは上部の回廊アッパーコリドー、ローは下部のロウワーコリドーの略称である。プロムナードは中央回廊のこと。

「おれの『ドレンガー』をレベルアップさせて、プロムナードの敵チャンピオンをメダカさんの『リルン』とはさみ打ちするんですよね」と、フォレスターのタカが確認する。「そのあいだに、ヤシロさんたち三人が上下のコリドーで敵を押しこんでいく、と」

「そうね。このパターンではコリドーでのレベルアップが鍵になる。ヤマト、ヤシロ、モウリは、敵のトゥルーパーズを早めに全滅させて、できるだけ経験値とクラウンを稼いで」とことみは言う。トゥルーパーズは、一体倒すごとにレベルアップに使えるポイントやアイテムを稼ぐことができるのだ。「第一試合では真ん中の回廊を速攻に使ったけど、今度は裏をかく。アップとローのタワーを先に攻略して、敵の三人のチャンピオンを一気に弱体化させるのよ」

「まかせといてください、メダカさん。シミュレーターでは完璧でしたから」とヤシロが自信ありげに言った。

「最後の『トレンチ』を攻めるときは、メダカさんとタカの二人と、うちら三人が合流するんでしょ?」とヤマトが確認する。

トレンチは、本拠地「シタデル」を守る最終防衛線にある二つの基地だ。守りが固く、攻撃も強力である。

「プロムナードの戦闘しだいね。相手の抵抗が強ければタイミングが合わないかもしれない。でもシミュレーターでは三人だけの攻撃もじゅうぶんやったし、あたしとタカもそんなに遅れないと思うよ」

「こたびはわれらの速攻が決め手になりまするな」モウリが武将の口調で言う。「ヤシロどのと共闘で撃破しますゆえ、どうぞメダカどのご安心くだされ」

「あんたがいちばん心配なのよ。もう〜いつまで続くの、そのしゃべりかた?」と、ことみは戦国武将マニアのモウリに注文をつけた。

「まあまあ、これはせっしゃのアイデンティティでありまするゆえ、ご容赦を」モウリは頭をかきながら言いわけする。

「アイデンティティって、それ英語じゃん。おまえ武将だろ。ルール違反だ、違反!」と言ってタカは笑った。ほかの男性陣もつられて笑い声をあげると、チームの雰囲気がなごんだ。

そんな四人を見ていたことみは、はやくもつぎの第二試合の勝利を確信していた。そして、この連中もずいぶん強くなったなあ、と訓練をはじめた十月の頃をふりかえった。

予選リーグ突破まであと二勝。ことみの頭にはすでに、前回優勝チーム〈アイスフリート〉とのリーグ最終戦の戦略がうかんでいた。



メインアリーナに大きなブザーの音が鳴った。予選リーグ第二試合の開始まで五分。外出していた人々がつきつぎにアリーナに戻ってくる。

MCが英語で "セカンドヒートも熱いバトルが期待できるぜ!"と観客をあおり、ステージ上のモニターには対戦カードを紹介する映像が流れる。

ふたたび十六チームが登場した。観衆の大声援のなか、それぞれが八つのボックスへ散らばっていく。彼らは席につくと、カスタム仕様のキーボードを接続したり、仲間どうしで最終チェックをしたり、ゲームにそなえて身体を動かしている。


グループBの〈アマテラス〉は第一試合の圧勝で自信をつけたため、メンバー五人はそれほど気負いもなく準備していた。

本日二試合目の相手は、ポルトガルの〈ランサ〉。世界ランキングトップ三十位以内の実力あるチームだが、今の〈アマテラス〉にとっては恐るにたりない相手だった。


試合開始のブザーが鳴った。

両チームはまず、〈ロアー〉では正攻法といわれる「1→1→2→1」態勢をとる。すなわち、アッパーコリドーに一人、プロムナードに一人、ロウワーコリドーに二人、そしてフォレストに一人のチャンピオンを配置した。

開始直後、敵は中央回廊のプロムナードに攻勢をかけてきた。

下部回廊のロウワーコリドーからチャンピオンが一人、プロムナードへ加勢してくる。ここでゲームの主導権を握ろうとするつもりのようだった。

ことみのチャンピオン『リルン』は、リーダー格の「オペレーター」タイプなので、最強キャラクターだ。そこで2対1の優位を作ろうという作戦だった。だが、この先制攻撃はバトルシミュレーターで予測ずみだった。

「タカ、後ろのやつが前に出た。トゥルーパーズとの距離が開いたから、ガンク行って!」ことみの声がインカムから響く。

「おっけーっす!」タカが答える。

相手チャンピオンの一人がが自陣のタワーから離れたタイミングをねらい、フォレストから飛び出してきたタカが『ドレンガー』を動かして、背後から得意のガンク襲撃をかけた。

ミニ兵士の十体からなる「トゥルーパーズ」との連携より、速攻のリスクを選んだ敵のチャンピオンは、単独で動いていたために『ドレンガー』の近距離攻撃をくらって、大幅に体力値を消耗した。あわてて自陣に戻ったものの、そこで『ドレンガー』への防御に手一杯になってしまった。


先行した〈ランサ〉の一人目のチャンピオンは、味方の援護を失って『リルン』とまともにやり合うハメになった。この展開を予測していたことみは、味方のトゥルーパーズとタワーからの攻撃にさらされた相手のチャンピオンを、最強の武器「フラッシュ」で一撃のもとにキルしてしまう。

さらに敵のトゥルーパーズを全滅させてポイントを稼いだ『リルン』は、レベルアップしてフット(脚力)を加速させると、距離の短いプロムナードを突っ切った。

その後『リルン』は相手タワー周辺で戦いながら、『ドレンガー』とポジションを入れ替わった。タカのチャンピオンはそれを見てふたたびフォレストエリアに戻り、さらにポイントを稼ぐことにした。

プロムナードの戦闘では、けっきょく〈アマテラス〉が優位をとるかたちとなった。

「ヤシロ、モウリ、こっちはすぐ片付くから、ロウワーはあんたたちのアドバンテージが取れた。仮想訓練どおりに連携して。レベルアップは必須だからね!」

「了解しました。トレンチで合流しましょう」ヤシロは自信たっぷりだ。


敵は下部回廊のロウワーコリドーで苦戦をしいられていた。プロムナードの優位を前提にした戦術をとったはずが、その思惑が早くもはずれてしまった。プロムナードに参戦した一人が倒されてしまい、チャンピオンどうしの連携が大きく崩れてしまったのだ。

レベルを上げられないまま戦うハメになった〈ランサ〉のチャンピオンは、〈アマテラス〉の攻撃を防ぎきれず、あっという間に自陣深くへと押しやられてしまうことになった。

フォレストからガンクで攻撃してきた敵のフォレスターも、あらかじめ防御の陣形を組んでいたヤシロとモウリにカウンターディフェンスからの一撃をくらい、レベルを下げて戦闘力を失った。

ゲーム開始から五分四十秒、ヤシロの『アイール』とモウリの『クレル』は、敵のトゥルーパーズを全滅させてポイントを得ると、レベルを上げて相手チャンピオンを倒し、共闘攻撃でタワー三体を破壊した。


いっぽう上部のアッパーコリドーでは、ヤマトの『パイロ』がウィザード(魔法使い)の中距離武器で敵とせりあっていた。

第一試合では、このアッパーコリドーでタカのガンク攻撃にチャンピオンが倒されていたため、相手はそれを警戒して〈アマテラス〉陣営のタワーへ攻めきれずにいた。この迷いがけっきょく〈ランサ〉の致命的なミスになってしまった。

プロムナードですでに決着をつけていた『リルン』が、とつじょアッパーに参戦してきた。これにあわてた相手チャンピオンは、自陣のタワーまで下がって防御にまわる。

この機を逃さず、レベルアップしたことみのチャンピオンは『パイロ』とともに猛攻をしかけていった。相手のトゥルーパーズを二人で一気にかたずけると、体力値を上げた『パイロ』と『リルン』は、それぞれのラストヒット(最終武器)を使って敵のタワーを破壊した。

すでに防御スキルを使い果たしていた相手チャンピオンは、いともたやすく〈アマテラス〉の二人にキルされてしまった。


ゲーム開始から六分三十秒。ロウワーから五十秒遅れて、アッパーの二人は敵の「トレンチ」前方で『アイール』、『クレル』と合流した。フォレストの『ドレンガー』も加わった五人の〈アマテラス〉は、急ぐことなく体型をととのえると、敵の三人のチャンピオンに立ちむかう。予想どおり、敵はトレンチからの支援を背にして反撃してきた。

〈アマテラス〉の五人は、ここではじっくりと攻略の機をうかがうことにした。

「勝負あったわね。みんな、急ぐことないから。無駄なバトルでスキル減らさないでね」とことみはメンバーに指示を出す。

相手はチャンピオンを二人失ったうえに、ダメージをくらってレベルダウンしているのだ。ゆっくりと料理していけばいい。


九分十二秒。ついに〈ランサ〉の防衛戦に穴があいた。強攻撃をたたみかける〈アマテラス〉にチャンピオン二人がキルされて、トレンチへのルートがガラ空きになった。

『リルン』を先頭に死角から攻め込んで、五人それぞれのラストヒットが防衛基地に集中する。防御のカウンター値を一気に失ったトレンチが動きを止めた。

そして、敵の「シタデル」になだれこんだ〈アマテラス〉は、楽々と敵の本拠地を破壊してしまった。

第一試合より二十秒早い、またも〈アマテラス〉の圧勝だった。


精密機械のような一糸乱れぬゲーム展開に、会場の〈ロアー〉ファンは騒然となった。日本の女性ゲーマー「MEDAKA」の強さはネットで知ってはいたが、目の前で見る驚異的なスピードとテクニック、そして計算されつくしたチーム戦術は、彼らの想像をはるかにこえていた。

他のチームがまだ対戦中にもかかわらず、観客は総立ちで〈アマテラス〉に拍手と英語で声援を送る。早くも優勝を予想する声もあがっていた。

" イッツアメイジング!"

" ゴー フジヤマキャット!"

" オウサム クレイジー ジャパニーズ!"


「メダカさん、なんかすごいことになってきたっすね。ヤバいですよこれ!」と言って、タカは騒然とするアリーナを見まわした。

「まあね。でもこんなのは想定内よ」ことみはあくまでクールだ。「なんども言うけど、目標はあくまで優勝だから。まわりの空気にまどわされないでね、みんな」

それを聞いた四人の男たちは、おたがいの肩をたたいて励ましあった。

「ステイクールです。つねに訓練を思い出しましょう」とヤシロがみんなを落ちつかせる。

「さあ、つぎは予選のメインよ。今日の山場だから集中してね」

「了解です!」

「よっしゃー!」

ことみの言葉に、メンバーたちは今いちど気合いを入れなおして、ステージをあとにした。



メインアリーナ観客席の二階。まわりから仕切られたロイヤルボックスで、友だちの快進撃を目の当たりにした三人がはしゃいでいた。

「おい、すげえなメダカのやつ。世界中の注目の的じゃんか!」杉本晴夫は親友の大活躍に度肝をぬかれていた。

それを聞いて、ジェニファーはシャンパンを飲みながらうんうんとうなずいている。

「メダカどのはふだんはパッとしないが、ゲームになると人格が変わるであるな。まことに奇妙なおなごだ。あ〜このシャンパンおいしい」

「おまえベビーフェイスのくせにほんと酒強いよな。オヤジかよ。ゲームよりシャンパンに夢中になってるぞ」晴夫はあきれたような顔で財閥令嬢を見た。

「よけいなお世話だ。われは二十歳になるまでずっとがまんしておったのだぞ。とやかく言わずに飲ませてたもれ。フン!」

「ま〜たいつもの口ゲンカ?あんたたちってほんと性格が正反対だよね〜。ウケる!」橘ちなみはつい最近カップルになったばかりの二人を笑って冷やかした。「でも、なんだかんだいって二人とも相思相愛なのよね。とくにクリオネちゃんは杉本くんに夢中。可愛い〜」

「こら、勘違いもはなはだしいぞよ、ちなみどの。逆だ。こやつめがわれにつきまとっておるのだ」と言ってジェニファーは晴夫を指さした。

「はいはい、わかりましたよご令嬢さま。一生あなたのしもべとして尽くさせていただきます」晴夫はいつものことだとあきらめて、ふたたびゲームのことに話を戻す。「ていうか、これでメダカのやつ決勝トーナメント進出じゃん。明日とあさっても来て応援しなきゃ」

「メダカちゃん、めっちゃカッコいい!ゲームはよくわかんないけど、外人さんたちにチョー人気あるし。イェーイ、ヒューヒュー!」ちなみはギャル時代にもどって、無邪気にはしゃいだ。

「ひゅーひゅーとか、そなたはまったくもって時代遅れであるな。死語だ、死語」ジェニファーは冷静な表情をくずして、めずらしくクスクス笑った。

「どうせあたしはオバさんですよ。あ〜あ、二十歳に戻りたいなあ」

「まあまあ。それよりメダカに、あと二日分の席とってもらえるか聞いてみるよ」晴夫はそう言って携帯を取りだすと、ラインでメールを送った。「ちなみんは、明日から二日間のスケジュールどうなの。忙しいんじゃない?」

「ん〜たぶん大丈夫だと思う。撮影と打ち合わせあるけど、夕方からだもんね」ちなみは携帯のスケジュールアプリで確認しながら答えた。「それに、メダカちゃんの大舞台でしょ。ぜったい応援にくるよ!このイベントもすごく盛りあがってるしね」

「われはいっこうにかまわぬであるぞよ。大学院の研究室はサボりだ。教授をうまく言いくるめておく」とジェニファー。

「クリオネちゃん、学者さんみたいだよね〜。ルックスも良くて、頭いいし、お金持ち。弱点はないの?」

「ない」ジェニファーが言い切った。

「ひゃあ〜何それ!」

「だめだよ、ちなみん。こいつおだてると調子にのるって言ったじゃん。クリオネ、おまえそんなだから友だちできないんだよ」と晴夫は言って、ジェニファーの頭をたたいた。

「こら!無礼にもほどが…」

と、そこへ晴夫の携帯にメールが入ってきた。

「おっ、メダカからだ。どれどれ… 」


" おっけ〜了解したよ。三人ぶん、あとで事務局に申請しておくね。最終日は準決勝と決勝だから、進めるかは約束できないけど、あたしのなかではそのつもりだから。今日は来てくれてありがとね。三試合目もがんばる!"


「うん。メダカのやつ、元気そうだな。安心したよ」と晴夫は女の子たちに言った。

「であるな。ダニエルどのと会わなくなったゆえ、われも心配しておったのだ」

「クリオネちゃん、それは言わない約束でしょ。あたし、その話題になるとへこむんだよね〜」ちなみの顔がくもる。

「そうはいっても、メダカの生きがいはゲームなんだから。残り一試合がんばって応援しようよ」と晴夫は言って、一瞬沈みかけたムードをふり払った。

「だよね〜。盛りあがっていこ〜、イェーイ!」

「ギャル丸出しであるな。あっ、シャンパンが無くなった。係のものはどこだ…おっ、いたいた。すまぬ、おかわりをよこしてたもれ」ジェニファーは女性のスタッフに注文した。少々お待ちくださいませ、と言って女性は去っていった。

三人はその後もワイワイと騒ぎながら次の試合を待った。


それから四十分後、ふたたびアリーナに派手な音楽が流れて、初日の最終ヒートとなる第三試合をむかえた。MCのアナウンスとともにゲーム開始のブザーが鳴った。

〈アマテラス〉にとって三戦目のこのゲームは、予選リーグを一位で突破するための重要な戦いだ。つぎの決勝トーナメントで有利な相手と対戦するために、Bグループをトップで勝ち抜かなくてはならないのだ。

三ヶ月間のトレーニングでは、ことみが予想したデンマークのチーム〈アイスフリート〉への対策は万全だった。メンバー全員の頭の中には、ゲーム中に考えられるあらゆる場面への対応がたたき込まれていた。


ゲーム開始の合図とともに、初戦の猛烈な速攻を警戒した〈アイスフリート〉は、まず中央回廊のプロムナードにある自陣のタワー周辺で守りをかためた。第一ヒートの猛烈な速攻を見ていたため、それに備えた態勢をとってきたのだ。

ところが、予想に反して相手の「オペレーター」タイプのチャンピオンが攻めてくる様子はない。〈アイスフリート〉はこれを好機とみて戦法を変えた。

いっぽう、開始直後から〈アマテラス〉の五人のチャンピオンたちは、シミュレーションどおりにゲームを進めていた。

中央回廊プロムナードの『リルン』が、自陣のタワー三体の周辺で味方トゥルーパーズとともに防御を固める。ここはあえて攻撃には出ず、敵のチャンピオンとトゥルーパーズが前進してくるのを待ち受けた。開始から二十秒がすぎた。


いっぽうで、上部回廊のアッパーコリドーを担当するヤマトのチャンピオン『パイロ』は、速度を最大にあげて味方トゥルーパーズとともに敵陣のタワーへ突っ込んでいった。

『パイロ』は魔法使いの「ウィザード」タイプのチャンピオンである。呪文による一撃ヒットという強力な武器をもつが、接近戦では攻撃を食らってやられてしまうリスクが高い。

だが、バトルシミュレーターの計算にしたがって、『パイロ』はトゥルーパーズの背後を移動しつつ防御態勢を固めながら、つぎつぎと強力な呪文と火力攻撃を繰り出していった。

この速攻では、敵が抵抗して一斉攻撃を仕掛けてくるたびに、「フォレスト」エリアからタカのチャンピオン『ドレンガー』がガンクの奇襲をくり返した。

『パイロ』が敵の「タワー」まで達するのにかかった時間は、スタートから一分十五秒。まずまず想定範囲内だった。

「その調子よヤマト。タカと連携して相手のチャンピオンにプレッシャーかけ続けて!」ことみがインカムで指示を出す。

『パイロ』は近接戦闘をさけながら、味方トゥルーパーズの背後や集団の中にポジションをとった。そして、「キャノントゥルーパーズ」と呼ばれるタワーへの砲撃に特化したミニ兵士とともに、タワーへの集中攻撃をかけ続けた。

相手チームのチャンピオンは、攻勢に出ようとするたびにタカのフォレスター『ドレンガー』からガンク攻撃を食らって、タワー後方で身動きが取れなくてなっていた。

決定的に有利になる態勢を待っていた『パイロ』が、このタイミングで破壊の呪文〈クラッシャー〉と、相手を釘付けにする〈フィックス〉を放つ。敵のトゥルーパーズはこれで動きを封じられ、『パイロ』のタワー総攻撃を許してしまった。

ゲーム開始から四分三十秒がたった。


ナローズ下部の「ロウワーコリドー」では、ヤシロのファイター『アイール』とモウリのガード『クレル』が、固いディフェンスと接近戦のコンビネーションで、自陣のタワー周辺で敵のトゥルーパーズを次々と倒していった。

チャンピオンをレベルアップさせながら、安定した攻撃力でジワジワと敵陣のタワー戦へと持ちこんだ。ゲーム開始から一分五十秒。

トゥルーパーズの数を減らして不利になった〈ランサ〉のチャンピオン二人は、タワーの防御のために前衛にポジションをとった。ここでは、敵味方入り乱れての激しい攻防が繰り広げられた。敵の攻撃に対しては、固い防御力の『クレル』が食い止める。それを盾に、一対一の戦闘に強い『アイール』が確実にヒットを決めていく。

けっきょく、レベルアップで強化された二体の〈アマテラス〉チャンピオンは、徐々に相手を押し込んでいった。そして、敵チャンピオンが後退したタイミングを見計らって、タワーに総攻撃をかける。試合開始から四分四十五秒。


上下回廊をまかされた〈アマテラス〉の三人のチャンピオンは、ことみの作戦どおりに、すさまじい前進力と計算されつくした攻撃で敵を押しこんでいった。

彼らの鍛えあげられた戦術眼と即応能力は、すでに世界トップレベルにあった。「バトルシミュレーター」の訓練の成果とはいえ、見事な成長ぶりだった。


なかでもすさまじい能力を発揮したのが、「フォレスト」をまかされたタカのチャンピオン『ドレンガー』だ。〈ロアー〉のゲームでは、上・中・下の回廊で戦うチャンピオンと「フォレスター」の役割はまったく違う。

「フォレスト」は、丘や森、ジャングル、川などが複雑に入りくんだ領域である。そこに住む「中立モンスター」や「オーガニズム」を相手に、うまく立ち回ってポイントを稼いだり、あるいは回廊で戦う味方チャンピオンへ「ガンク」(袋だたき)攻撃で支援するのは、フォレスターの主な役割だ。そのためにも、エリア内の視野を確保して、自由自在に動き回れる能力がなくてはならない。

とくにゲーム後半になればなるほど「フォレスター」の能力差が重要になってくる。敵のフォレスターチャンピオンよりも優位性が強ければ、回廊で敵陣に攻め込む味方チャンピオンへのサポートが確実なヒットを生むからである。

男性メンバー中もっとも〈ロアー〉の経験が長いタカは、フォレストのスペシャリストである。ことみでさえ、タカの「フォレスター」のスキルには信頼をおいており、彼のサポート能力は〈アマテラス〉の変幻自在の速攻の鍵を握っていた。


そのタカのフォレスターチャンピオン『ドレンガー』は、とくに〈フット(脚力)〉、〈トレード(駆け引き)〉、〈サイト(視力)〉などのキャラ性能に優れており、開始から四分間、フォレスト内を駆けまわっててこれらの能力をどんどんレベルアップさせていった。

そして六分三十秒。アッパー、ロウワーの回廊で味方が優勢を占めたと見るや、中央のプロムナードにダイヴして(飛び込んで)、敵を引きつけていたことみの『リルン』と、はさみ撃ち攻撃の態勢に入った。

ここから一転して前進をはじめた『リルン』は、トゥルーパーズとともに敵を相手陣内のタワーまで一気に押し込んでいった。プロムナードにおける敵タワー陣地での戦闘は、相手チーム〈アイスフリート〉にとって悲惨なものになった。

『リルン』と『ドレンガー』の連携攻撃はまったくスキをあたえず、相手はタワーを守るどころか、自分がキルされないようにすることで手一杯だった。『ドレンガー』の背後攻撃を防ごうとガンクをしかけてきた敵のフォレスターも、それを予測していた『リルン』の〈フラッシュ(閃光)〉に一撃で倒されてしまった。

プロムナードの戦闘にかかった時間は、わずか二分あまり。敵の三体のタワーを破壊した『リルン』は、そのまま前進して敵の「トレンチ」に向かった。


アッパー、ロウワーの両コリドーで圧倒的優位をたもったまま、〈アマテラス〉の三人のチャンピオンたちは敵の最終防衛戦である「トレンチ」に到達した。彼らは、そこにリーダーのチャンピオンがすでに待機していたのをみて驚いた。男たちはインカムで思わず声をあげた。

「マジですか、早すぎですよメダカさん!」ふだんおとなしいヤシロが声を上げた。

「うひゃあ〜、もうプロムナード終わっちゃったの?」とヤマトも仰天している。

「獅子奮迅のわが女将軍!おそれいったでござる!」とモウリが叫ぶ。

「みんなそろったね。じゃ、さっさと仕上げるわよ!トレンチからのビームに注意して、弱った相手のチャンピオンを始末して!」とことみは男たちに指示を出す。


敵の〈アイスフリート〉は、最終防衛戦で〈アマテラス〉の猛攻にたえられず、四人のチャンピオンを失ったうえに、あっという間にトレンチを破壊されてしまった。

試合開始から九分二十秒。〈アマテラス〉はついに敵のシタデルを攻略して、第二試合の勝利をあげた。


いつもクールなことみも、重要な第三戦目を勝利したことで喜びを隠せなかった。キーボードから手を離すと、思わずガッツポーズをとる。

「よっしゃ!みんなよくやったわ。これで第一関門をクリアできたわね。疲れたよね〜ヘトヘトよ」と声をあげて、大きくため息をついた。

「メダカさん、めげずに特訓してほんとよかったですよ!めっちゃ嬉しいっす」とタカも歓声をあげた。

「ロウワーのヤシロとモウリが鍵だったけど、予測を超えた働きだったわ。お見事!」ことみは二人の健闘をたたえた。

「期待にこたえられてラッキーです、メダカさん」とヤシロ。

「共闘がうまくいったでござる。まさに戦国武将の極みなり」モウリも得意げだ。

「ま〜たその口調か。まあいいや、頑張ったから許す。あはは!」ことみもすっかりご機嫌である。


けっきょく、予選グループ三試合ともに〈アマテラス〉が最短時間でゲームを決めることになった。決勝トーナメントに向けて、手の内をほとんど見せずに予選を突破したのは大きかった。大会前の計画通りパーフェクトの結果である。

実況中継ルームの解説者とコメンテーターは、初出場の日本チームが驚異的なゲームメイキングを見せたことに驚いていた。興奮を交えて予選リーグを振り返ったが、ここへきて〈アマテラス〉が優勝候補の一番手かもしれないと述べた。

世界中から集まったメディアは、速報で予選の結果をネットニュースやチャットサイトに伝えた。現場での編集作業が進む。決勝トーナメントに進出したチームへのインタビューも、急いで準備が行われた。



選手の控え室では、トーナメント進出チームがメンバーどうしで喜び合っていた。〈アマテラス〉の五人が片付けをしていると、アメリカチームの〈ハーデス〉と韓国の〈ダイナスティ〉のメンバーが、ことみのところへ近寄ってきた。ライバルチームが何の用だろうと、パソコンをバッグにしまいながらことみは首を傾げる。

すると二つのチームのリーダーが、笑顔を浮かべながらたどたどしい日本語で語りかけてきた。

「MEDAKAさん。日本のゲーマーすごいね。ヨロシクおねがいします」

「アニョハセヨ。チンッチャすばらしいヨ。あとでラインこうかんセヨ?」

ことみはあまり意味がわからなかったけれども、彼らの気持ちはうれしかった。

世界の強豪チームから認められた。今までゲームを続けてきて良かった。そう実感できたのだ。

「ありがとう。決勝トーナメントでおたがいに頑張りましょうね」と言って彼らと握手をする。「あっ、ライン」ことみは携帯を出して、韓国チームのチェ・ジュランという女性と連絡先を交換した。その顔に笑みが浮かんでいた。

あいさつを終えると、ことみは顔を引き締めた。

「さ、みんな。明日まで時間ないから、帰ってトレーニングだから。まだまだ気合い入れてくよ!」とメンバーに言う。

「うわっ、マジっすか!」とタカが目をむいた。

「なに言ってんのよ!これからが本番じゃない。相手はどんどん強くなっていくのよ。一瞬でも気を抜いたらおしまいだから」ことみはリーダーとして、チームを鼓舞する。「ま、帰ったらお風呂とご飯くらいはゆっくりしてね。ははは」

「ぼくは子供の世話と家事の分担があるので、夜十時までになんとか済ませます」所帯持ちのヤシロが言った。

「タカとモウリとおれの三人はホテルなんで、弁当食って缶ビールで乾杯でもしよっかなあ〜」激戦を終えて、ヤマトは疲れが見える。

「決勝が関ヶ原の戦いなら、明日は川中島の決戦といったところでござるな」とモウリは歴史上のいくさに例えた。

「おっけー!今日はお疲れさま。じゃ、新豊洲駅まで行くよ〜忘れ物しないでね」

「は〜い!」

「みなさん明日もがんばりましょう」

「腹へったあ〜」

「えいえい、お〜!」

チーム〈アマテラス〉の五人は、それぞれの荷物を持って有明アリーナをあとにした。

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