第52進撃のメダカ

クリスマスの世界ゲームイベント〈ロアー・ワールド・ウィンター・ゲームズ〉が、初日の予選リーグをスタートさせた。

ステージに設けられた八ヶ所の特設ブースで、グループAからグループDの予選リーグが行われている。

予選リーグは、各グループ四チームが総当たりで戦い、合計六ゲーム。対戦の総数は二十四試合になる。


ゲームの展開が会場の大ビジョンに映し出されていた。実況アナウンサーが、同時におこなわれているゲームの戦況をあわただしく伝えている。アナウンサーが見どころのバトルを取りあげると、解説者とコメンテーターが展開の予想をのべた。

同時に進行する八ゲームは、いずれも序盤から激しい攻防戦となっていた。各チームともにメインキャラクターの「チャンピオン」五名が、三つの回廊に建つ〈ダークタワー〉周辺でせめぎ合っていた。

回廊とは〈ロアー〉のマップ上にある通り道であり、上部の「アッパーコリドー」、下部の「ロウワーコリドー」、中央部の「プロムナード」のことだ。これらの回廊は、両チームの本拠地である「シタデル」の間を結んでいる。

ゲームの基本は、五人のタイプ別チャンピオンをどのように回廊に配置して、いかに敵との戦いを有利にするかだ。

とくに、敵チームの進撃を妨害する三本のタワー近くは、ゲームの勝敗を左右する重要なバトルエリアである。

タワーには強力な攻撃を仕掛ける「オーガー」という守護モンスターがいて、うかつに近づくと壊滅的なダメージを喰らってしまう。

この〈ダークタワー〉をいかに攻略するかで、ゲームを優位に進めるかいなかが決まるのだ。



グループB、初戦を戦っているチーム〈アマテラス〉は、メダカ=田中ことみのチャンピオン、「オペレーター」タイプの女性キャラクター『リルン』が、開始四十秒で中央通路「プロムナード」の敵ダークタワー三棟をたった一人で攻略してしまった。

『リルン』は大きなアドバンテージを得て、大量のヒットポイントを稼ぎ、初期設定から一気に三段階までレベルアップさせることに成功した。

メダカの猛烈な速攻に相手チーム「オライオン」は手を尽くして対抗したものの、結局なすすべなく自陣の三つのタワーとチャンピオン一名を失ってしまった。


〈ロアー〉の対戦中には、本拠地の

「シタデル」からチャンピオンが出動すると、一定時間ごとに「トゥルーパーズ」と呼ばれるおおぜいのミニ兵士が、味方チャンピオンの進行方向へ先行していく。

ことみは敵のタワー攻略時に、このトゥルーパーズ十体を巧妙に盾にしながら、神がかったコンビネーションで攻撃・防御に当たらせた。

その間に『リルン』が、タワーのモンスター〈オーガー〉と相手チームのトゥルーパーズをわずか十二秒で退けた。

そして、強攻撃アイテムの〈スティンガー〉で敵タワーを破壊してしまったのだ。


中央回廊の「プロムナード」で完全優位に立ったことで、「アッパーコリドー」を担当していたヤマトのチャンピオン『パイロ』、「ロウワーコリドー」を担当していたヤシロの『アイール』とモウリの『クレル』は、『リルン』のトリッキーな防衛ワザによる支援を受けることになった。

ことみのキャラクター『リルン』は、プロムナードの戦闘で二段階もレベルアップされていた。敵を倒して獲得した大量の〈コイン〉で、攻撃・防御に高い性能を発揮するアイテムも手に入れた。

ことみが選んだ『リルン』は、「オペレーター」タイプのチャンピオンだ。その特性は、チームの統率力と攻撃・防御をコントロールできるマネジメント力である。

これらのスキルにくわえ、レベルアップした戦闘能力と獲得したアイテムを駆使して、『リルン』は上下の回廊で目の回るような防衛ワザを繰り出し続けた。

彼女の敵キャラへの超人的対応スピードは、トップクラスのプロゲーマーをも超えるものだ。「MEDAKA」はまさしくゲームの申し子なのである。

それによって、敵タワーからの攻撃とトゥルーパーズの対応で手いっぱいだった味方のチャンピオンに、戦術的な余裕ができた。『リルン』はそのまま、電光石火のカウンターディフェンスで彼らに支援をあたえ続けた。


リーダーのサポートを受けて、他の三人のチャンピオン、つまりアッパーの『パイロ』と、ロウワーの『アイール』、『クレル』は、トゥルーパーズとともに敵タワーを撃破して、ジワジワと敵陣へ押し込んでいった。

とくにアッパーコリドーをまかされたウィザードタイプ(魔法使い)のチャンピオン『パイロ』は、呪文と火力、そしトゥルーパーズとの共闘を使って一人で奮戦していたところへ、タカの強力な奇襲支援を得ることができた。

タカの「フォレスター」タイプのチャンピオン『ドレンガー』は、前半戦、アッパーコリドーとプロムナードの間に広がる「フォレスト」、またの名を不死の丘と呼ばれるスペースで着々とポイントを稼いでいた。

『ドレンガー』は、アッパーで一人で戦っている『パイロ』の敵にむかって、フォレストからとび出すと、「カウンターフォレスト」と呼ばれる強力なガンク(袋だたき)攻撃を仕掛けた。これが最終的に、アッパーコリドーに建つ敵陣の三つのタワー攻略の決め手となったのだ。

タカは「フォレスター」のスペシャリストで、メダカの圧倒的な速攻と連携した奇襲プレイは、チーム〈アマテラス〉の強力な武器である。


戦いは、二ヶ月前から〈バトルシミュレーター〉で仮想訓練してきたとおりの展開になった。

そして、ついに敵の本拠地に迫った〈アマテラス〉は、シタデル前の最終防御線である二ヶ所の城塞「トレンチ」を、チャンピオン五人の猛攻であっという間に破壊してしまった。

相手チーム「オライオン」はチャンピオンを一人失ったうえ、メダカのキャラクター『リルン』がひきいる〈アマテラス〉に圧倒されて、あっさり本拠地「シタデル」を占拠されてしまったのである。

あっけない敗戦に悔しがる間もなかった。じつに、ゲーム開始からたった十分の完勝だった。


チーム〈アマテラス〉の驚異的な圧勝に、アリーナの一万人を超える観客たちは衝撃を受けた。一瞬言葉を失ってしまったが、すぐに立ち上がってスタンディングオベーションの嵐となった。

「メダカ!」「リルンもえ〜!」

「アマテラスやべえ!」

「オーマイガッ!」「オウサム!」

実況していたアナウンサーが、〈アマテラス〉の早すぎる圧勝を受けて、熱狂ぎみに興奮した言葉をならべ立てている。

つぎのゲームを控えていた他の強豪チームのメンバーたちは、信じられないというように驚きの表情をうかべていた。「MEDAKA」のことは事前にマークしていたが、まさか初出場のチームがこんな超人的プレイをするとは予想もしていなかったのだ。


〈ロアー・ワールド・ウィンター・ゲームズ〉初戦を圧倒的勝利でかざったチーム〈アマテラス〉の五人は、ことみを中心に輪になって手を握り合った。

「やりましたね、メダカさん!」タカは握りこぶしをふりあげる。「俺のガンク、イケてたでしょ。えへへ」

「いやあ、ここまでシミュレーションどおりにいくとはびっくりですよ。さすがメダカさんです」ヤシロは信じられないという表情である。

「メダカさんのスーパーディフェンスは凄かったですね!おかげて助かりました」アッパーコリドーで単独の戦いをしいられたヤマトは、ホッとしたように言った。

「おい、俺のガンクもほめてくれよな」とタカがからかう。

「大勝利でござるな。みなの衆、このまま一気に城攻めと参ろうぞ」モウリは相変わらず戦国武将の口調だ。

「初戦は予想どおりだったわね。みんなトレーニングの成果が出てたじゃん」男性陣の興奮をよそに、ことみは当然という表情だ。「つぎのゲームまで四十五分あるから、控え室でアフターミーティングと二戦目の確認やりましょ」

「了解です!」

「反省会、反省会」

「あ〜疲れたでござる」

「トイレいきたい!」

とにかく第一関門を突破したことみたちは、安堵と喜びとともにメインアリーナをあとにした。



ことみたち〈アマテラス〉が戦いを始めた頃、杉本晴夫、水戸井ジェニファー、橘ちなみの三人は、リムジンで高速道路を飛ばして、ようやく有明アリーナに到着した。

受付で名前を言うと、晴夫とジェニファーは招待客のリストにのっていた。ただ、ちなみは予定外だったので、入場することができなかった。晴夫とちなみは途方にくれて、どうしようかと焦ってしまった。

するとジェニファーがスマホを取り出して、どこかに電話をかけた。

「おい、なにしてるんだよ」と晴夫がたずねる。

「待っておれ。われにまかせよ」とジェニファーは余裕の表情だ。電話がつながった。

「ああ、水戸井でございます。日頃よりお世話になりまして、わが一族まことにいたみいりまする」ジェニファーはいつもと一変して、なにやら高貴な会話を始めた。「いま有明アリーナというイベント会場に来ておるのですが、手違いがございまして、お友だちが入ることができずにいるのでございます。つきましては、お宅さまからご連絡いただき、ここの会長にご指示いただきたいと。…はい、さようです…はい、承知いたしました。心より御礼申しあげまする。では」

ジェニファーが電話を終えると、それを聞いていた晴夫とちなみは、仰天して彼女を見た。

「おい、今のどういうことだ!」

「クリオネちゃん、会長ってなにそれ!」

ジェニファーはそれに答えずに、ふたたびいつもの上から目線で言う。

「うろたえるでないぞよ。しばし待ってたもれ」

それから五分ほどすぎた時だ。運営会社の幹部と思われる女性が三人のところへかけ寄ってきた。ずいぶんあわてた様子である。

「お客さま。まことに申しわけありませんでした。ご招待席をご用意いたしましたので、皆さまどうぞお入りください」

女性はペコペコ頭を下げて、ジェニファーたちをアリーナの中へ誘った。スタッフに指示を出して、三人をVIP席へ案内しなさい、くれぐれも失礼のないように、と言った。

晴夫とちなみは、この状況にあっけに取られている。

「マジかよ!どんだけ!今さらだけどさ」と晴夫は言った。

得意そうにスタッフをしたがえて歩くジェニファーのあとを、まるで家来のようについていく。

「わあすご〜い!こんなの見たことない!」コンコースのあちらこちらにディスプレイしてある〈ロアー〉の映像に、ちなみが驚いている。「ていうか、メダカちゃん、こんな大会に出てるの。ヤバい、カッコいい!」


三人はそのまま進んだ。やがてスタッフが立ち止まり、B-2 と表示された防音扉を開けた。

いきなり中から大音量が響いてきた。数千人をこえる観客が声援をあげている。デジタルBGMと効果音に混じって、実況アナウンサーの叫び声がアリーナに流れていた。

晴夫たち三人は、はじめて見るeスポーツの世界大会の迫力に圧倒された。めったに表情を変えないジェニファーでさえ、目をむいて驚いていた。

四階建ての観客席に囲まれたアリーナ中央のステージで、いくつものチームが試合をおこなっている真っ最中だった。


「どうぞこちらへ」

スタッフがていねいに誘導した。二階席の通路をぬって、三人は観客席を進んでいく。やがて、まわりの席から遮断された「ロイヤルボックス」と表示のあるブースに着いた。〈ロアー〉のデザインが美しい特製のチェアーに三人は座った。

「お飲み物はいかがいたしましょう?」とスタッフがたずねる。

それぞれがソフトドリンクを注文すると、女性はおじぎをして去っていった。

「あちゃあ〜。こりゃすごいな」と晴夫はまわりを見ながら感心している。「おれもゲームオタクだけど、こんなのはじめて見たよ。外人もたくさんいるぜ」

「フェスみたいでおシャレだよね。ビジュアルがきれい」ゲームのことがわからないちなみは、会場の雰囲気に見とれた。

ジェニファーだけは、スマホをいじりながら何かを検索している。

「あ〜これであるな。〈ロアー・ワールド・ウィンター・ゲームズ〉。オンラインバトゲーのシリーズ最終戦らしいぞよ」ジェニファーは二人に教えた。

「おまえ、相変わらずクールだな。わあ、すごい、とか、めっちゃヤバい、とか言えないのかよ?」と晴夫は文句をたれた。

「良家のおなごは、みだりにはしゃいだりせぬのだ」ジェニファーは当然だという顔をしている。「はしたない真似をせぬようにと、いつもお母様に言いつけられておるからな」

「ちぇっ。また令嬢きどりかよ。まあ、じっさいそうだから文句言えないけどな」と晴夫はあきらめの様子だ。

そんな二人のいつものやり取りは気にせず、ちなみが無邪気にたずねた。

「ねえ、メダカちゃんどこにいるの?」

「おっ、そうだそうだ。ええと…あっ、あそこのモニターになんか出てるぞ!」晴夫は近くの大きな画面を見つけだ。

そこに映っているのは、進行中の各試合の映像、クローズアップされたキャラクターの動き、それと対戦についてのデータとテロップだった。

「なんだよ、英語ばっかじゃん。メダカのチームどうなってんだよ。そういえばチームの名前なんだっけ?」

ゲームの世界大会を見るのは初めてなので、晴夫は疑問だらけだった。

「学のないやつめ。われがみてやろう。どれどれ…」ジェニファーがモニターに目をこらした。「ふむふむ、なるほど…あ〜、今日は第一日目で、予選グループの最中だそうだ。グループAからグループB、全部で十六チームであるな。メダカどののチーム名はと…おお〈アマテラス〉とな。日本神話の天照大神からとったのだな。それでと、メダカどのの試合は…なにっ!」淡々と説明していたジェニファーが、めずらしく驚いた。

「なんだ、どうした?」と晴夫。

「もう試合は終わったそうだ」

「えっ、どいうこと?まだ始まって十分しかたってないけど」

「おお、なんとメダカどののチームは、第一試合をあっという間に勝利したそうだ。テロップにも『驚異的なアマテラスの発進!MEDAKAおそるべし!』と出ているな」というジェニファーの顔は、少女らしい素直な喜びにあふれていた。

「え〜、じゃあメダカちゃん勝ったのね!やったあ、すごい!」と、ちなみは手をたたいてはしゃいでいる。

「早まるでないぞよ、ちなみどの。まだ始まったばかりであるからな。まあ、メダカどのならこのまま勝ち進むのは目に見えてはおるが」とジェニファー。

「おまえは楽観主義者でいいなあ。だけどさ、おれはあいつにタイトル取ってもらいたいんだよ」晴夫は真剣な顔つきで言った。「だって、最近ずいぶんと落ち込んでただろ?」

「そうよね。健二くんとのこと、あたしめっちゃ心配だもん。がんばって自信取り戻してほしいなあ〜」ちなみは大会そっちのけで、ことみのことを気づかった。

「まあ、とりあえず試合を見守ろうではないか」とジェニファーが落ちついた口調で二人をなだめる。「つぎの試合の予定は…四十分後だそうだ。その間にシャンパンでも飲むとしょう。係のものはどこだ?」


そのあと三人は、手もとのパンフレットで今日のスケジュールをチェックしながら、大観衆とともに予選グループの戦いを楽しんでいた。

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