第51話開幕、アマテラス始動!!

十二月二十三日。東京江東区にあるスポーツ・ライブイベント会場の〈有明アリーナ〉前には、数千人の観客が押しよせていた。最寄りの駅、東京新交通〈ゆりかもめ〉の新豊洲駅から会場まで、人また人の長蛇の列が続いている。

ほとんどが二十代から三十代の若者で、多くの外国人もふくまれていた。集団のなかには、あちこちに派手なコスプレ姿の男女が目立っている。大会の開幕を前にして雄叫びをあげるグループも少なくない。

アリーナの入場時間までまだ三時間もあるというのに、会場前は早くもお祭りムードで盛りあがっている。クリスマスのビッグイベントにむけて、ファンの興奮は最高潮に達しようとしていた。


今年の最後をかざるeスポーツの世界大会〈ロアー・ワールド・ウィンター・ゲームズ〉が、クリスマスの三日間、ここ有明アリーナでおこなわれようとしていた。

〈ロアー〉とは、世界で一億人がプレイするオンラインバトルゲーム〈レジェンド・オブ・インペリアル〉の略称である。ゲームファンの間ではこちらの名称で呼ばれることが多い。

今大会は〈ロアー〉の年間シリーズ最終戦である。それだけに注目度も高く、会場前では世界各国の中継スタッフが機材の準備におわれていた。

初の日本開催となったクリスマスのゲームイベントは、世界中のゲームファンが利用するチャットコミュニティ〈ツイッチ〉や、開発・運営元の〈パックワールド〉社の公式サイトで、すでに数ヶ月前から大きな話題となっていた。

出場チームのなかには、過去の大会で優勝したプロゲーマーや、シリーズのランキング上位経験者など、〈ロアー〉の常連プレイヤーが名をつらねている。

もちろん、それらの猛者たちが大会の花形であることはまちがいないが、今回、最大の注目を集めていたのは、初出場の日本チーム〈アマテラス〉のリーダーである女性ゲーマーだったのだ。

大会出場経験はないものの、〈ロアー〉の上級者で彼女を知らないものはいない。『フジヤマ・キャットガール』のニックネームでよばれるその女性ゲーマーは、驚異的なスピードとテクニックで世界の〈ロアー〉マニアたちから女神とあがめられている。常識をこえたトリッキーで狡猾(こうかつ)な戦術には、プロのゲーマーでさえ苦戦をしいられるという。

〈ロアー〉のサイトで世界中のトッププレイヤーが対戦を求める、その女性のハンドルネームこそ「MEDAKA」だったのだ。


「メダカさんおそいっすねえ。まさか、迷子になってるんじゃないだろうな?」

「タカさん落ちついてください。まだ三時間前ですよ。駅に着いたらメール来ますから」

「ヤシロさん、よく冷静でいられますね。おれオシッコ行きたいけど仮設トイレめっちゃ行列してるし!」

「いくさを前にすると、武者ぶるいが止まらぬでござるな。拙者は腹がへりもうした」

アリーナ前の関係者エリアに、チーム〈アマテラス〉の男たち四人が集まっていた。選手の入場受付まであと一時間半。まだじゅうぶん時間があるにもかかわらず、メンバーたちはリーダーの到着をいまやおそしと待っていた。

福岡のタカ、京都のヤマト、広島のモウリ、そしてメンバー中最年長で神奈川県に住むヤシロは、この大会のために結成された田中ことみのチーム仲間だ。年齢は二十歳から三十歳、ゲーム歴十年前後のベテランプレイヤーだが、そのほとんどは趣味で遊んでいた経験にすぎなかった。

〈レジェンド・オブ・インペリアル〉は、十年以上もの歴史がある巨大規模のオンラインバトルゲームである。世界で一億人がプレイしているとなれば、〈アマテラス〉の四人のメンバーたちより腕の立つプレイヤーが星の数ほどいるのは明らかだ。その頂点を争う大会で日本代表として戦うのは、リーダーの田中ことみにとっても無謀な挑戦だったのだ。

モウリとヤシロは大会参加が決定してから加わった。タカもヤマトも〈ロアー〉は国内の経験しかなかった。十月の〈アマテラス〉結成時のチームの総合力は、とても海外のプレイヤーに太刀打ちできるレベルではなかった。

だがしかし、チームリーダーのことみは、ゲームの天才、コンピュータの達人である。彼女が考案した〈ロアーバトルシミュレーター〉での仮想対戦のくり返しと、出場チームの徹底的なデータ解析によって、〈アマテラス〉のメンバーたちは、短期間で高度な戦闘スキルを身につけることに成功したのだった。

そして今日。二ヶ月間のトレーニングの成果が、ついに試されるときがきた。

タカが落ちつきなく足を踏みならしていると、アリーナにむかってくる人々のなかに、背が低くて眼鏡をかけた、ピンク色のパーカーを着た女の子が走ってくるのが見えた。

「タカさん、あれメダカさんじゃないですか?」とヤシロが指をさして言った。

「えっ、マジっすか?」

四人はいっせいに群衆に目をこらした。タカの携帯に電話が入ったので、スピーカーにした。

「ごめ〜ん、待った?いま着いたから!」ことみの息があがる声が聞こえてきた。

「待ってましたよ。リーダーがいないともう不安でたまらんっす」とタカは安心したように言った。

「大丈夫ですよ。おはようございます」とヤシロがタカの携帯にむかって声をあげる。

「メダカさん、俺もう漏れそうですってば」とヤマト。

「将軍の到着でいっきに士気があがるでござるな」と言って、戦国武将マニアのモウリが息をあげる。

そして、ことみが到着した。四人の男性たちは、やれやれといった感じである。

「みんなおはよう!」と、ことみ。

「おつかれさまで〜す」と四人の男性陣が、安心した様子でこたえる。

「さあ、はじめましょ」

ことみは手にした麦茶のペットボトルを地面におくと、背中のリュックを重たそうにつかんで地面にすわりこんだ。ラップトップパソコンを二台とりだして、その場で電源を立ちあげる。

「なにしてるんすか、メダカさん?」とタカがたずねる。いきなり機材を広げたのでびっくりしたのだ。

「のんきなこと言ってないで。トレーニングよ、トレーニング!ほら、みんなすわって PC出して!」

「えっ」男たち四人はことみの言葉に目をむいた。「今ですか?」

「なに言ってんの。まだ時間あるんだからウォーミングアップしなくちゃ。きのうの最終訓練からもう十時間すぎてるのよ。そのあいだに腕が落ちてるじゃない」と言いながら、ことみはいつものシミュレーター画面をひらいた。もういっぽうのパソコンには、今日の予選グループで対戦するチームの情報が、画面いっぱいに表示されている。

「あ、はい。了解です!」

男連中は戸惑いながらもその場に腰をおろして、自分たちもラップトップパソコンを出して画面を立ちあげた。

千人以上の群衆が騒ぎたてるなか、チーム〈アマテラス〉の五人は輪になって、最後の仮想演習にとりかかった。



「おいクリオネ、ラインのメッセージ見たか?」

午前九時半。杉並区高円寺と世田谷区成城のあいだで、杉本晴夫と水戸井ジェニファーがラインの電話中だった。

「確認したぞよ。これはまことなのか?」とジェニファーが聞きかえす。彼女は自宅の部屋で、急いで外出用の服に着がえているところだった。

「ああ俺もびっくりしたよ。メダカのやつ、こんなどえらいことを当日になって伝えるなんてさ。しかも昼からはじまるんだぞ、時間ないじゃん」晴夫はあせっていた。

アルバイトが休みの今朝、自宅のマンションでコーラを飲んでいたときに、親友のことみからラインがきた。その内容は、きょう有明アリーナで〈ロアー〉の世界ゲーム大会に出るから、クリオネちゃんと一緒に見にきてね、というものだった。受付に二人ぶんの招待リストを用意してあるから、名前を言えば通してもらえる、ともつけ加えられていた。

「なにはともあれ、急いでかけつけようではないか」ジェニファーはスマホに語りかけながら、ヘアメイクの仕あげにとりかかった。「心配するでない。園田にはすでに車の準備をさせてあるゆえ、まだ時間は余裕であるぞよ」園田とは、水戸井家の執事で運転手でもある、初老の紳士のこと。晴夫はすでに、その執事と顔見知りになっていた。

「ああ、わかった。すまないな。俺はどこで待てばいい?」

「ん〜、われは道路にはくわしくないゆえ、すぐ園田に連絡させる。そなたは出かける支度をすませておいてたもれ」

「おっけー。あ〜それにしてもびっくりしたな。じゃあ連絡待ってるから」と晴夫は電話をきった。

まったく、メダカのやつとんでもないことやらかすよな。あいつらしくないぜ。せめて俺にひとことくらい言えばいいのにな。

晴夫はぶつぶつグチをこぼしたが、ここ数ヶ月のあいだ、ことみに起こった出来事を思いうかべて考えなおした。

ああ、そうか。いろいろあったから話す余裕なかったんだな。ここのところぜんぜん連絡なかったし。それにしてもこんな大それたことやるなんて、よっぽどの覚悟にちがいないな。よし、俺がそばにいて助けてやるからな。待ってろメダカ。

いっぽう、自宅の部屋で支度をおえたジェニファーは、ふと思いついてまたラインの画面をひらくと、電話のアイコンをクリックした。呼び出しているあいだ、鏡にうつる自分の姿をしげしげと眺めた。" 私ってほんとキュートよねえ。彼、気に入ってくれるかしら。うふふ〜ん" とつぶやいていた。

「もしもし、クリオネちゃん!いま杉本くんのこと考えてたでしょ。もう〜わかりやすいんだから、あはは!」

いきなり橘ちなみに声をかけられて、ジェニファーはとびあがった。

「な、なんだ!前おきなしに電話に出るでない。あ〜びっくりした」

「えっ、めずらしい。びっくりした、なんて標準語つかってる。可愛い〜。ギャップ萌えよねえ」

「よけいなお世話だ。それより、そなたこれから時間はあるか?」とジェニファーはたずねた。

「うん。今日は撮影もないし、お友だちとも約束ないよ。完全オフ」ちなみはインスタのフォロワー数が二十万人をこえる、有名ファッションモデルである。「なんで?」

「じつはであるな、メダカどのがゲームの世界大会に出場するのだ。ちまたでは "eスポーツ" とよばれているもので、ようするにネトゲの競技であるぞよ」とジェニファーは説明した。「イベントの名前は忘れたが、優勝すると賞金三億円が出るとやらで、下々のものたちが必死になって戦うそうだ」

「ええっ、三億円!メダカちゃん元気なかったのに、そんなイベントに出るの」ちなみは電話のむこうで叫んだが、すぐに冷静になった。「ていうか、下々が必死って…。どうせクリオネちゃんから見れば大したお金じゃないんでしょうけどね〜」とちなみは皮肉をこめて言った。

「あたりまえだ。それより、これからウナギと有明アリーナへ行くのだが、そなたも同行せぬか」

「えっ、行くいく!メダカちゃん応援しなきゃ。で、それってなんのイベントなの。ネトゲってなに?」とちなみがきいた。

「だからインターネットゲームの大会だと言っておるでは…まあいい、そなたに話してもムダだ。とにかくそういうわけだから、外出の支度をせよ」

「なにそれ〜。またバカにしてるし。ほんとお姫さまはつきあいづらいわよね。わかった、すぐに準備するね」

「たのんだぞよ。ウナギをむかえにいく途中で、そなたをひろってやるとしよう。またのちほど連絡する。では」

「ひろってやるって、もう〜えらそうなんだから」とちなみは文句を言ったが、ジェニファーはすでに電話を切っていた。

これは、親友の田中ことみが世界の注目をあびる大舞台だ。その晴れ姿をみるために、晴夫、ジェニファー、ちなみの三人は、執事の園田が運転するロールスロイスのリムジンで、このあと有明にむかうことになった。


アリーナの開場まであと二時間となった午前十時。大会運営スタッフから、出場者およびメディア関係者に集合の声がかかった。

ことみたち〈アマテラス〉の五人は、急いでラップトップ PCをしまうと、リュックを背負って立ちあがった。

「さあ、いくわよ」ことみがメンバーに声をかける。

「いよいよですね」

「ドキドキするなあ」

彼らは、目前にせまった戦いに緊張をかくせない。

「本番はまだ先だってば。それに、訓練を思いだして集中すれば、ぜったい負けることないから」

「リーダー、たのもしいっす」とタカが言い、他のメンバーもこぶしを握りしめた。

参加者全員が、スタッフの誘導で関係者入り口へむかった。まわりでは海外のゲーム専門チャンネルの技術者たちが、カメラや音響機材、その他のデジタル機器を運搬している。それを見た〈アマテラス〉のメンバーは、自分たちが世界規模の大会に出るのだと、あらためて実感していた。


出場するプレイヤーたちは、全員がチームごとに整列した。はじめて顔をあわせる他の十五チームの外国人たちが、仲間どうしでささやきながら、こちらを見ている。彼らが視線を注いでいるのは、「MEDAKA」のハンドルネームで知られる〈アマテラス〉のリーダー、田中ことみだった。

「ハイ。アイムオナードトゥミーテュー、ミズメダカ」会えて光栄ですメダカさん。

「ニーハオ。バイトゥーニンラ、メダカジャン」こんにちわ。よろしくメダカさん。

海外チームのメンバーが、ことみに握手を求めて声をかけてくる。英語や中国語で意味はわからないけれど、ことみは顔を赤くして照れながら、その手を握った。

「シーズソーキュート」

「モエ〜」

外国人選手たちのあいだでは、ことみはすでにスター選手なのである。それをみた放送局の関係者がインタビューしようと近づいてきたが、ことみは大会前に集中を乱されたくなかったので、手をふって断るしぐさをした。

「メダカさん、すごいっすね。まるで映画スターじゃないですか」タカとヤマトが驚いて目をむいている。

「とうぜんですよ。メダカさんは海外では有名人なんですからね」ヤシロがうなずいて言った。

「そんなことはどうでもいいの。いまはよけいなこと考えないでね」ことみは浮かれそうになる仲間にクギをさした。

「それでは、順番に前へ進んでくださ〜い!」運営スタッフの声がかかった。「受付でIDカードを配りますので、なくさないようにお願いします!」

選手とメディア関係者が、ぞろぞろとチェックカウンターに集まる。ことみたち五人もカードを受けとり、ストラップを首にかけた。

アリーナの中にはいると、巨大なモニターに映し出された映像やキャラクター画像、ポスターが目にとびこんできた。

〈レジェンド・オブ・インペリアル〉のCG映像、戦いの舞台となる『インヴォケート・ナローズ』の3Dマップ画像、大会のプロモーションビデオ、そしてサイトを運営する〈パックワールド〉社のロゴなどなど。どれも迫力満点で、このイベントがいかに大規模なものかをあらわしていた。

完成して間もない有明アリーナの内部は、壁も通路もなにもかもが美しく、洗練されたインテリアに目をうばわれる。

各チームの出場者は、二階のコンコースとよばれるメイン通路を進んでいった。通路の両側には、カフェレストランや売店にまざって、多くの〈ロアー〉のグッズショップが設置してある。どの店でも、観客の入場にむけて店員がいそがしく働いていた。

アリーナは、まさに〈ロアー・ワールドウィンターゲームズ〉一色に染まっていた。


ことみたちはやがて、豪華な内装の大部屋に案内された。室内には、壁に200インチの大型モニターがあり、高級なソファーとテーブルがいくつも置かれていた。大会スタッフによれば、ここはふだん要人用のVIPルームとして使われているという。

そんなことは気にせず、各チームの選手たちは思いおもいに場所取りをする。部屋のスペースが広いので、チームどうしが近づきすぎることはない。

〈アマテラス〉のメンバーは、会話が聞こえないように部屋の隅っこにすわりこんだ。とくに予選グループであたる、アメリカ、ポルトガル、そしてデンマークの三チームには、神経をつかってパソコンの画面が見えないようにした。

「じゃ、最後のおさらいね。もうくりかえす必要はないと思うけど、今日の三試合について、開始直後のコンビネーションをチェックしましょ」

この二ヶ月間、メンバーの頭にたたきこんできた対策項目について、ことみが最終確認をする。

五人のパソコンには、予選リーグ・グループBの相手である、アメリカチーム〈オライオン〉=オリオン神、ポルトガルチーム〈ランサ〉=槍、デンマークチーム〈アイスフリート〉=氷の船団、それぞれとの対戦に関する、詳細な攻撃・防衛パターンが入力されている。

ことみのゲームスタイルは、相手に対応する間をあたえない猛烈な速攻と、ゲーム開始直後、相手がしかけてくる攻撃の裏をかくカウンターオフェンスである。彼女の驚異的な速攻には、世界トップクラスのプロゲーマーでさえ苦戦をしいられる。その恐るべきゲームスキルは、初出場にもかかわらず、すでに敵チームから警戒の的になっていた。

ゲームプレイの仕組みについては、のちほどわかりやすく説明するとして、話を先へ進めよう。


チーム〈アマテラス〉の戦略は、自分たちの「手」を見せずに勝ちあがることだった。とくに予選リーグでは、時間をかけずに相手チームを追いこみ、プレイデータを強豪チームに知られないようにする。

めざすのはあくまで優勝なので、決勝トーナメントからが本番というわけである。そこで対戦する可能性が高い相手に、わざわざ手の内をみせる必要はない。

大部屋のなかはおおぜいのゲーマーたちの声で騒がしかったが、そこにはピリピリした雰囲気もただよっていた。

大会初日、予選リーグの開始まであと一時間。初出場のチームはあわただしく準備に追われている。大会の常連チームはあくまでクールな態度をくずさない。ことみたち〈アマテラス〉はそんな対戦前の独特なムードを無視して、本番直前までシミュレーションを続けていた。


正午、午後十二時となり、いよいよ観客の入場がはじまった。

競技スタートまで一時間を切って、アリーナ前の観衆は一万人近くにふくれあがっていた。三ヶ所ある入場ゲートに、待ってましたとばかりに群衆が押しよせてきた。十数人の大会スタッフが、ワイヤレス拡声器を使って必死に整列をよびかけている。

日本人と外国人が入り混じったゲームファンの若者たちは、入場ゲートでセキュリティチェックをうけてチケットを提示すると、つぎつぎにアリーナの会場へ入っていった。

〈ロアー・ワールドウィンターゲームズ〉の競技は、会場一階のメインアリーナでおこなわれる。

アリーナの広さはおよそ四千平方メートルで、バレーボールコート四面、バスケットコート三面をとれるだけのスペースがある。観客席は四階まであり、収容人数は最大一万五千人である。

メインアリーナは今回のイベントに合わせて、観客席の360度パノラマビューを確保するレイアウトになっていた。

第一日目の予選リーグは、グループAからグループDまで全二十四試合が行われる。

競技スペースには、十六のブース(仕切り席)が一段高いステージに設けられていた。各ブースには、〈ロアー〉のロゴデザインとテーマカラーをあしらったヘキサゴン(八角形)のテーブル、最高級の特製ゲーミングチェアー、そしてプレイヤー用のインカム、つまりワイヤレスマイクレシーバーが用意されている。

天井からは四つの大スクリーンがつるされて、ゲームの模様がライブで映し出される予定だ。

大会の中継を配信するのは、〈ロアー〉の運営元であるパックワールド社が経営する、米国のケーブルネットワーク局だ。世界中のeスポーツ競技の放送を手がけるテレビ局なので、エキサイティングな番組づくりでファンを盛りあげることはまちがいない。

実況を担当するのは、日本人初のeスポーツアナウンサーの男性である。彼は大手テレビ局から転身した異色のプロ実況者で、インターネットのオンラインゲームを知りつくしている。キャラクターの細かい戦闘技術からプレイヤーのパーソナリティまで、あらゆる情報を駆使したアナウンス能力が評価されて、今大会の試合実況の大役をまかされた。

大会の中継は、彼と解説者、レポーターの三人でおこなわれる。

観客席には、ラテン系やアフリカ系、ロシア系など、英語圏以外の外国人のための通訳ヘッドセットが用意されている。実況のニュアンスをあますことなく伝えるために、海外のゲーム解説者が翻訳を担当する。


四階まである観客席が、一万人以上のゲームファンで埋まってきた。はじめてみる有明アリーナの内部と、〈ロアー〉のビッグイベントならではの派手な会場デザインに、誰もが興味津々になって目をうばわれていた。

やがて、メインアリーナの特設ステージに照明がきらめいた。人の背丈ほどもある〈ロアー〉のタイトルとパックワールド社のロゴ装置が、ゲームサウンドにのって動きだす。巨大モニターには、〈ロアー〉の主役である男女様々の「チャンピオン」キャラクターが、ゲーム世界そのままに華麗なアクションをみせている。

場内にゲームのタイトル曲とMCのアナウンスが流れはじめ、いよいよ〈ロアー・ワールドウィンターゲームズ〉の舞台はととのった。

そしてついに、大会は荘厳なファンファーレとともに開幕をむかえた。

競技スタートまで三十分。全十六チームのメンバーたちが登場してきた。観客が立ちあがって歓声をあげ、拍手と口笛が大音響となって、アリーナじゅうに鳴りひびいた。


「To all game fans around the world , welcome to holly-night games in Japan !!」


英語のアナウンスが場内に響いた。


「世界中のゲームファンのみなさん、聖なる夜のジャパンゲームズへようこそ!」と、モニターに同時通訳の字幕が流れる。

続いて全出場メンバー八十人が一列にならんで、各チームの紹介がおこなわれた。観客が、おのおのが応援するメンバーたちに拍手をおくる。

そしてチーム〈アマテラス〉が紹介されると、場内の八割をしめる日本のゲームファンから大喝采がわきおこった。

「メダカ!」「MEDAKA !」

「がんばれ〜!」「よお〜っ天才!」

「優勝だ!」

ことみと四人の男たちは、はじめての大舞台にすこし緊張してはいたものの、観客から熱い声援をうけて勇気がわいてきた。鳴りやまない拍手に、全員が手をふってこたえた。

「いやあ、すごいなあ。俺たちめだってますよメダカさん!」とタカが興奮して言った。

「期待が大きいぶん、情けない姿はみせられないわね」ことみは声援にこたえて手をふりながら、冷静に言った。「ぜったい負けられないわよ、みんな」

「この応援がプレッシャーにならないように、ひたすら集中あるのみですね」と言ってヤシロが気をひきしめる。

チームの紹介がおわると、つぎに〈パックワールド〉社のCEOがマイクの前に立ち、大会開催の短いあいさつをおこなった。日本側の運営団体に感謝をしめし、最後にこのビッグイベントの成功を願う言葉をのべて、彼はスピーチをしめくくった。

試合開始の前に、十六名の審判員から、ゲームプレイ中のルール違反や不正行為について厳重な注意がつげられた。それを合図に、各チームは指定のブースに散らばっていった。

予選リーグの第一ヒート、八試合がまもなくはじまる。プレイヤーたちは席につくと、各自のラップトップPCをひらいて〈レジェンド・オブ・インペリアル〉の画面を立ちあげた。

グループBのチーム〈アマテラス〉は、初戦の相手であるポルトガルのチーム〈ランサ〉との対戦を前に、メンバー全員が目をあわせてうなずきあった。

そして、会場にゲームスタートのブザー音が鳴りひびいた。

五人はシミュレーションどおり、本拠地「シタデル」から所定のポジションにむけて、各自のチャンピオンキャラクターをはなった。

ついに戦闘開始である。

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