第49話聖夜への秒読みPART2

gogoダンサーグループ〈ギャラクシーエンジェルズ〉は、全国のクラブや海外のEDMフェスティバルに出演する美女軍団として有名である。ビキニやセクシーなコスチュームを着てステージで踊る姿には、男性だけでなく女性ファンも思わず熱狂してしまうという、クラブ界の人気スターだ。

所属するダンサーは数十名にものぼる。その美女たちの中でも最も人気なのが〈チームM〉と呼ばれるユニットである。メンバーは、真衣(MAI)、萌(MOE)、美弥(MIYA)、真由香

(MAYUKA)の四人。それぞれの名前の頭文字を取って〈チームM〉というユニット名がつけられた。彼女たちは、gogoダンサーとしてだけでなく、最近はテレビのバラエティー番組や音楽番組、さらにYouTubeやライブ配信サイトなどネットのメディアでも大活躍している。


十二月二十一日。代官山の〈ラグーナカフェ〉では、前日からクリスマスまで六日間のカウントダウンイベントが行われていた。

〈ラグーナカフェ〉は、ハワイ風の料理などトロピカルなメニューで有名なレストランで、モデルやお洒落に敏感な若い女性の間で話題になっている。見た目がインパクトのある料理ばかりなので、インスタ映えを理由に来店する客も少なくない。


〈チームM〉ほか七人のギャラクシーのメンバーたちは、クリスマスまであと四日となる今夜のパーティーに招待されていた。彼女たちダンサー仲間は、ふだんからこのレストランに集まって、仕事がオフの時やスケジュールの空いた時間に食事を楽しんでいる。

〈チームM〉の四人は、海外のEDMフェスティバル担当のシャロン、ユキナ、ジュリアの三人と一緒に、シャンパンを飲んで騒いでいた。

海外ブランドの高価な服に身にまとった美女たちは、五十人ほどの客でいっぱいのフロアに華やかなオーラを放っていた。クラブに行った事のない人々は、見た事もない謎の美女たちに目を奪われている。

そんな周囲の視線をよそに、パーティー慣れしたメンバーたちは、彼女たちの間でいま関心を集めている話題で盛り上がっていた。


「ライラちゃん、来年結婚するんだってね。うらやましいなあ〜」〈チームM〉の萌が大きな眼をキラキラさせた。ライラは彼女たちの友人で、同じgogoダンサーのアイドルユニット〈ピーチ〉のリーダーである。「四年越しの愛ですよ、真衣さん。二十七歳だって。真衣さんもうかうかしてられませんねえ」

「痛いとこ突くわねえ、って余計なお世話よ!あたしは彼氏ともっと遊びたいの。家庭に入るなんてまっぴら」グループ最年長の真衣は、シャンパンの入ったグラスを萌に突きつけた。「あんたって、いつもひと言多いのよね。たまにはその口を閉じなさいな」

「その通り」と、真由香が短い単語で同意した。

「出たよ、無口の極み。マユマユさあ、もっと言葉の種類ふやしたら?もしかして、男の前でもそんな感じじゃないわよね」と萌が言う。

「まさか」またまた単語一つ。

「あはは。いい加減あきらめが悪いわね。真由香の無口は今に始まった事じゃないでしょ。この子は浮世離れしてるからさ、あんたと違って余計なことは口に出さないの」と言って、真衣は笑った。

「それより、ライラちゃんの結婚の話に戻りましょうよ」三人のやり取りを聞いていた美弥が言った。彼女はチームの他の三人とは違って、意見をあまり表に出さない性格だ。「婚約者の彼って、お医者さまなんですよね?」

「そうそう。アメリカに四年間留学した優秀なドクターらしいわよ。専門分野は、え〜と…」真衣は天井を見上げて、言葉を思い出そうとする。

「心臓外科」萌がすぐに答えた。

「そう、それそれ!」

「真衣さん、記憶力落ちてるんじゃないですか?大丈夫かなあ〜」

「若年アルツハイマーか。あたしは小難しいことは苦手なのよ。世の中単純が勝ち、シンプルイズベスト!」

「だから、ライラちゃんの結婚の話を…」と美弥はつぶやいた。


隣のスタンディングテーブルで話をしていたシャロンが、彼女たちの会話に割り込んできた。

「相変わらずMは仲がいいよね!」彼女はオランダと日本のハーフ。ゴージャスなルックスでファンから『銀河一の女神』と呼ばれている。「四人の会話って、ほとんどコントに近いわよ。さすがギャラクシーの芸能担当だわね」

シャロンの言葉を聞いて、ユキナとジュリアが馬鹿ウケしている。

「シャロンは知ってるだろうけど、ユキナたちはライラちゃんには会った事ないでしょ?」と真衣が若い二人にたずねた。

「ですね。ライラさんてどんな人なんですか?」ユキナが聞き返す。

「伝説のシンデラガールって聞きましたけど」とジュリアは言った。

「そうなのよ!」と萌が言う。「あの人の集客力ってハンパないらしくてさ、渋谷の〈タイタン〉時代に記録作ったらしいよ。日本中のパリピに大人気なのよねえ」

「ところで、結婚したらダンサーやめるのかな?」真衣が疑問を口にした。

「それはそうですよ。大勢の前でビキニで素肌露出してたら、旦那さんいい気しませんてば」チームで一番おしとやかな美弥は、当たり前のように言った。

「え〜。でもライラちゃんぶっ飛んでるから、現役続行かもよ」萌はいたって真面目な口調だ。「聞いた話では、二人はクラブで知り合ったんだけど、彼氏がライラちゃんにベタ惚れだって。案外喜ぶかも。僕の奥さんはSO

SEXY!みたいな」

「あはは、やっぱりコントだわ」シャロンたち三人が爆笑する。

「あ、ボトル無くなったからもらってくるね」と言って、萌はバーカウンターのほうへ去っていった。

「これでやっと静かに飲めるわよ」と真衣。全員がまた爆笑する。一人をのぞいて。

「平和だ」と真由香は言った。




代官山からおよそ八キロ離れた、杉並区高円寺。JR中央線駅近くの美容室〈フローラ〉。

「あれ〜?たしかここにあるはずなんだけどなあ」

田中ことみは、風呂上がりの濡れた髪をタオルでくるみ、身体にバスタオルを巻きつけただけの姿で一階のキッチンにいた。

「も〜袋の豚骨ラーメン食べたいのに、どこ行ったのよ?」

流しの下の食品入れをあさったり食器棚を探しても、目当てのインスタントラーメンが見つからない。だんだん寒くなってきた。裸に近い格好をしているので当たり前だが、面倒くさがりなので気にしない。それに女三人だけの家だし…ことみは鼻歌を歌いながら、キッチンを荒らし回る。


「お姉ちゃん!」

かん高い声が飛んだので、ことみは振り向いた。キッチンの入り口に妹のくるみが立っている。

「そんな裸みたいな格好して、ここで何やってんの!も〜信じらんない!」くるみは姉の姿を見てあきれている。

「いいじゃんべつに。誰も見てやしないわよ。何か用?」ことみが無愛想にたずねた。二人はふだんから犬猿の仲なのだ。

「これだから男にモテないのよ。とてもじゃないけど、友達に姉だなんて紹介できやしないわ!」くるみは完全に姉を見下している。「あたしはミルクティー取りにきただけ。お姉ちゃんこそ、ここで何か探してるの?」

「豚骨ラーメン食べたいんだけど、どこにも見つからないのよ、袋のやつだけど。あんた知らない?」床の段ボール箱を開きながら、ことみはたずねた。ここにも無い。

「あ、それならあたし食べたよ」くるみがしれっと答えた。

「何い〜、大切に取っておいたのに勝手に食べないでよね!」ことみは悲鳴に近い声をあげた。「ほんとムカつく」

「そんなに大事なら、名前でも書いておけばいいじゃん!ふん。どんクサい姉貴」ふてぶてしい態度を見せたくるみは、冷蔵庫からペットボトルを取り出してキッチンから出ていった。

「くっそお〜。人のもの食いやがって。くるみのやつ、絶対に許さん」


怒りは収まらないけれども、それよりお腹がすいてきた。仕方がないので、冷蔵庫の中から焼きいもを取り出して、電子レンジにかけた。待っている間、ことみは椅子に座ってほかの事を考えていた。

あと二日か…身体が震えるなあ。準備は万端なんだけど、不安がないって言えば嘘になる。でも、ここまできたらやるっきゃない。自分の腕を信じて、チームの団結に託そう。きっと最高のクリスマスプレゼントにしてみせる。

チーン!

ことみは椅子から立ち上がった。電子レンジから焼きいもを取り出すと、皿に乗せて二階へと上がっていった。

さあ、ミーティングを始めようっと。今日は最後のトレーニングだ。明日は大会前日だから、これまでの総決算として、みんなに戦略の確認ね。

ことみはデスクのDELLコンピューターの電源を入れると、チャットのアプリを開いた。トップ画面に〈LEGEND OF IMPEREAL〉というゲームのタイトルが浮かび上がった。ミーティング開始まであと二十秒だ。ことみは声を上げた。


「十時だよ!全員集合!」

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