第46話冬のおとずれ
十二月初旬の週末。
高城ダニエル健二は、親友のセイヤこと加賀美誠と二人で、渋谷のクラブ『ランスロット』に来ていた。
高城はこの日のDJラインナップにメンバー入りしており、深夜1時半と3時から、それぞれ二十分間プレイする予定だった。
今日はめずらしく、高城がセイヤを誘った。パリピで遊び人のセイヤは親友から声をかけられたことに驚いたが、クラブで酒を飲めるなら理由なんてどうでもよかった。
男だけでのクラブ遊びは、二人にはめったにないことだ。それでも、女っ気がないことで飾らずに話せるのも事実である。親友どうしの高城とセイヤにとってはあまり機会がないことなので、今夜はいつもと違う夜になりそうだった。
なぜ高城が自分を誘ったのかセイヤはその理由に心当たりがあったけれど、電話の会話でも、クラブに来てからも、そのことを自分から口に出さずにいた。
カレンとの間に起きたこと、そして最近ずっと心を寄せていた女の子とのすれ違いで、ここのところ高城がすっかり落ち込んでいる。その話は、遊び仲間のダンサーの女の子たちや片思いの相手である橘ちなみから伝え聞いていたのだ。
高城とはアメリカの大学からの友だちなので、自分が力になれるなら、とセイヤは感じていた。とは言え、真面目に相談相手をつとめるガラではないので、酒を飲みながら気軽に親友と話ができればいいと思っていた。
深夜0時半頃、二人ともそろそろ酒が回ってきたタイミングで、その話題になった。
「で、例の不思議ちゃんとうまくいってないのか?」モエのシャンパンをあおりながら、セイヤは問題にいきなり切りつけた。
「ずいぶん露骨に言うな。それに、何だよその不思議ちゃんて?」高城はセイヤのこういう接し方に慣れていたものの、あえて抵抗を試みた。
「だってさ、女に対してカタブツのお前をこれだけ悩ませるなんて、俺からしたら不思議なんてもんじゃないぜ」セイヤは含み笑いをしながら、半年前から高城を夢中にさせている女性、田中ことみのことを指摘した。「俺は九月のEDMフェスで会ったきりだけどな。あの時だって、お前の方がデレデレだったじゃんか」
九月のフェスとは、幕張メッセで開催されたDJイベント『アルティマジャパン』のことだ。
セイヤはいつもの夜遊びグループと盛り上がっていたが、高城が見知らぬ若い三人組を連れてきたことに驚いたのをおぼえている。男一人女二人、正直言って場違いな印象を受けたが、親友の手前それを口に出すことはしなかった。
その三人は、何でもゲームオタクの仲間だと言ってたっけ。一人は二十歳のハーフですげえ美形だったよな。健二のやつどこでこんな連中と知り合ったのかって、その時は少し面食らった。
その三人の中で最も地味で目立たなかった、やけに目がクリクリしていた女子と、健二のやつはいつになくイチャついていたっけ。それまで、てっきり大学時代の恋人である綾波カレンと続いていると思っていたのに、突然あらわれた今まで見たことのないタイプの女に興味をかき立てられたのは事実だ。
健二いわく「この人はまわりにいる派手なギャル系の女の子とは違う、今どきめずらしいくらい純粋で優しい女性なんだ」と。
まあ俺に言わせれば、恋愛に関して一途な健二が、めずらしがって一目惚れしたんだろうくらいに思ってたんだが…
それにしても、あのカレンのライバル心に火をつけるとは、その不思議ちゃんもなかなかどうして。こんどぜひお会いして、その実態を探りたいもんだ。
「初めて会ったときに、俺は一瞬でさとったんだ…」
セイヤが思いにふけっていると、高城が自分から口を開いた。
「ことみさんは、二度と人生で出会えることのない唯一無二の女性なんだってね」高円寺のCDショップでことみと偶然出会った時のことを、高城は頭の中で思い浮かべていた。「女性にあれほど積極的な行動をとったのは、人生でたった一度だけか。それくらい彼女に夢中になったんだよ」
「でも、その後はうまく進展してたんだろ。それが何でまた、こじれちまったんだ?」セイヤは素直にたずねた。「ちなみんに聞いたところでは、どうやらカレンが絡んでるとか?」
「まあ、流れとしてはそうなんだけど、原因は俺がハッキリしなかったせいなんだ」高城は、ことのあらましを親友に語ってみせた。「俺の気持ちはお前にはもうない、今は新しく好きな人ができたって、そうカレンには言うべきだったんだよな。ただ、ことみさんが俺のことを好きになってくれているのかどうか、ぜんぜん自信がなかった。彼女は今までに会ったことのないタイプだし、控えめで臆病な人なんで、あまり踏み込みすぎると俺を避けちゃうんじゃないかと不安だったんだよ」
「なるほどなあ。俺はそんな恋愛したことないし、女の子とは楽しけりゃいいってそれだけかな!」セイヤは高城の悩みを聞き流して、お気楽なセリフを口にする。「女には深入りしない方がいいのよね。一晩遊んであとはバイバイ。それが一番よ。ダハハ!」
「お前のそのチャラさをバカにしてたけど、今はある意味うらやましいよ」そう言うと、高城はソファーの背もたれにグッタリと寄りかかった。「それにしても、カレンのやつにはつくづく参った。あれから七年もたったのにまだ振り回されてるなんて、俺は自分が情けないよ。ことみさんには、今回のことですっかり嫌われちゃったみたいだし、まったくお先真っ暗もいいところだな」
高城は、この一ヶ月あまり抜け出せないでいる状況に、やるせない気分を吐き出していた。その様子を見ていたセイヤは、親友のこれまでに見せたことのない一面に興味をかき立てられた。
「おいおい、酒が回ってきたのか?まだあきらめるのは早いだろうが」と言って、シャンパンのグラスを親友に向けた。「だいたい、その不思議ちゃんの気持ちをお前はハッキリ確認したのか?」
「いや、それは…」と高城は口ごもった。「俺にはそんな資格なんてないし…」
「そこなんだよ、お前のダメなところは!女心にうといにもほどがあるぞ」親友の情けない態度に、セイヤはタバコの煙を吐き出しながら文句を言う。「女っていうのはな、男が強引なくらい攻めてくれるのを待ってるの!相手の気持ちなんか気にせず、ガンガン行かなきゃ。俺ならすぐに押し倒すけどなあ〜」
それを聞いた高城はあきれたように目をぐるりと回した。そして、なかばヤケになりながらモエのボトルを手にして、空になったグラスにシャンパンを注ぐ。
「おい、ことみさんはそんな女性じゃないんだよ」高城はセイヤを横目で見ながら、話のわからない子供を相手にするように言った。「壊れやすいガラスみたいな心の持ち主なんだから、そんなことしたらそれこそパリンって割れちゃうってば」
「あ〜だめだめ、全然わかってないって。恋愛は頭で考えれば解決できるもんじゃないの。理屈は通用しないんだよ。そのことみちゃんだって、きっとお前にぎゅ〜って抱きしめてチューしてもらいたいと思ってるよ。間違いない」セイヤは酒が回ってきたことも手伝って、得意のギャル攻略の手ほどきを目の前のカタブツに語ってみせた。
「あ〜あ、お前は単純でいいよな」と、高城はセイヤの軽さにあきらめの表情を見せる。「可愛い女の子と見れば、片っ端から、だからね」
「はあ?片っ端からって、何だよそれ。俺にだって好みはあるし、こう見えてけっこう紳士な…」
「あっ。いま何時だ?」高城が会話を中断して、いきなりセイヤにたずねた。
「なに!おい、おまえ人の話聞いてんのか?」とセイヤ。
それをスルーして、高城はスマホを取り上げた。深夜1時を過ぎている。
「おっ、そろそろ出番だ。じゃあな。スタンバイしてくる」そう言うと、ソファーから腰を上げて、DJブースの方へ駆けていった。
「ちぇっ。何だよ、あいつ。せっかくこのオレ様が極意を伝授してやろうってのに…まっ、いいや」セイヤは親友の煮え切らない態度に、あっさり見切りをつけた。
さあて、可愛い女の子はいるかな?気分を変えてナンパモードに切り替えことにするか、とギアチェンジする。まわりを見回すと、すぐ隣のレディースシートで三人のモデルたちが盛り上がっている。さっそく声をかけた。
「ねえねえ、彼女たち。こっちで一緒に飲まない?連れがDJやるから紹介するよ!」
モデルの女の子たちは、チャラい男の定番なセリフにきゃあきゃあと笑っている。
ウィークエンドのクラブは、これからが盛り上がる時間だ。
その四時間前。
金曜日の午後九時すぎ。
新宿三丁目にある「杉本楽器店」の店内で、杉本晴夫は一人で黙々と作業をしていた。
店はすでに、七時の閉店時間にシャッターを下ろしている。父親の社長やスタッフが帰ったあと、晴夫はお得意さんの指名客から預かっているギターの修理に、時間を忘れて集中していたのだ。
オタク仲間から "ウナギ " と呼ばれる晴夫は、その飄々(ひょうひょう)とした外見に似合わず、何ごとにも責任感をもって緻密(ちみつ)な計画を立てて取り組む性格だった。オタクらしく、マニアなところが仕事に活かされているのもある。
今も、プロのミュージシャンから依頼のあったギターのネックの反りとピックアップ交換を、完璧な仕上がりになるまでかれこれ一時間以上かけて手入れしていた。若干二十六歳にして、その姿はまるで職人を思わせた。
晴夫は父親の経営するこの楽器店で十年近く働いているので、店長以外のスタッフよりずっとベテランだった。都内では老舗の楽器店なので、有名なアーティストやプロのスタジオミュージシャンも常連にいて、晴夫はそんな客からの指名を受けるほどの腕前の持ち主なのだ。
「よおし、できたあ〜!これで完璧っしょ!」晴夫が気合の入った声をあげて、作業机の上のギターを持ち上げる。「アリアプロII 、カッコいいなあ〜。KAITOさん来月のライブで使うって言ってたよな。俺の治したギターがステージでグィングィンうなるう〜たまんねえ!」
自分の仕事に満足すると、ギターを高級革のハードケースにていねいにしまって、修理を終えた楽器を保管する倉庫に運んだ。一台五十万円のモデルのさらにカスタム仕様なので、落としたら話にならない。
レジカウンターに戻ると、晴夫は凝った肩をほぐしながらダイエットコーラを飲んだ。GパンのポケットからiPhoneを取り出して画面を見ると、思っていた通りラインのメッセージが入っていた。
じつは、今夜残業して仕事をしていたのにはもう一つ理由があったのだ。それは、嬉しい友達からのお誘い、つまり女の子との約束だった。
" 待たせたな。あとで会おうぞよ "
ラインの画面には、身分の高い人物からのようなぶっきらぼうなメッセージが入っている。
「クリオネめ、そんなに俺に会いたいのか。強がりやがって。えへへ、可愛いやつ」晴夫はスマホの画面を見ながら、思わずニヤついていた。「でも、こんな夜に外出なんて、よくお母さん、いや、お母様の許しが出たな」
クリオネとは、世田谷区成城の豪邸に住む学園財閥の令嬢、水戸井ジェファーのニックネームだ。
この二十歳の美少女と出会ったのは、真夏に西新宿のショップでゲーム機材を探していた時のことだった。
" はじめて会った時はすげえ高飛車で生意気だったけど、アニメのキャラみたいに萌え可愛いかったよなあ〜 "
晴夫は四ヶ月前の出来事をふり返って、頭にその時の光景を思い浮かべた。
" でもあいつって、最初からどこか孤独で寂しそうに見えたんだ。俺はそんなクリオネが気になってしまったんだよな。でも、まさかねえ、あいつと付き合うことになるなんて… "
そんな想いにふけっていた時、スマホが着信音を鳴らした。ラインの電話だ。
「おっ、着いたかな?」と言って画面を見た晴夫は、相手の名前を見て飛び上がった。「うひゃあ〜っ、ちなみさんからじゃん!マジ?」
電話をかけてきたのは、九月に親友の田中ことみとの関係で知り合いになった、ファッションモデルの橘ちなみだった。
晴夫と同い年で二十六歳のちなみは、有名人にもかかわらず気さくで優しい女性だった。そのとき以来、彼女はことみとジェニファー、晴夫の三人に親しく接してくれるようになった。
とくに、見た目がお人形さんのようなジェファーを可愛いがっていて、そのこともあって三人で何度かプライベートで遊んだこともある。
今までゲームとアニメアイドルに夢中になっていた晴夫の世界は、この数ヶ月の間に異性との関係が激変した。そのすべてのきっかけとなったのは、親友のことみの存在だったのだ。
まあクリオネは別だけどな、あれは自力だったし…と思って再びニヤッと笑みを浮かべながら、晴夫は通話ボタンを押した。
「もしもし杉本くん?」とちなみの明るい声。
「あ、はい。こんな時間にどうしたんですか?」と、晴夫はたずねた。「ちなみさんから電話なんて、びっくりしましたよ」
「ちょっと〜。同い年なんだから、敬語はやめようよ」と言うちなみの声は、春男にとって天にも昇る響きだ。「ちなみんって呼んでね。あたし、SNSでもみんなにそう呼ばれてるの」
「あ、はい、わかりました…じゃなくて、オッケーっす、ちなみん。って、めっちゃ恥ずかしいけど…」
「あはは、ウケる!」ちなみは電話の向こうでケラケラと笑っている。
と、その時だった。いきなり別の声がかん高い音で耳に響いた。
「そなた、何を浮かれておるのだ。この節操のない軽薄男め!」
風変わりな喋り方を聞くまでもない。ジェファーが割り込んできたのだ。
とつぜん飛び出してきた気難し屋の娘の大声に、晴夫は椅子からずり落ちそうになった。
おいマジか、何でちなみんと一緒なんだよ!最初から言っておいてくれよな。ヤバいぞ、あいつヘソ曲げると面倒くさいからなあ〜。
「ビックリしたでしょ?あはは!」と言って、橘ちなみはジェファーと二人で笑っている。「あ、ごめごめん。実はクリオネちゃんから誘われたの。夜遅い時間からの外出だから、ママに話して安心させて欲しいってね。デート邪魔しちゃったかなあ?」
いやいや、ちなみんが一緒ならぜんぜん邪魔なはずないでしょ〜…と晴夫は浮かれていた。とはいうものの、それを声に出すとまたジェファーに噛みつかれてしまうので、ここはそれらしく振る舞うことにした。
「まあデートというほどのもんじゃないけど、ちなみんならいいっすよ」と、晴夫はサラリと言ってのけた。
すると、電話の向こうからガサゴソと雑音が聞こえた。
「ほどのものではないとは、どういう意味だ?」ジェファーがまた突っかかってきた。「わざわざ新宿なんぞに足を運んでやったのだ。ありがたいと思え!」
え、スピーカーにしてんのか?晴夫は焦って、口調を変えた。
「あ、わりいわりい。そう言うなってば。お前に会えるのを楽しみにしてたんだよクリオネ」猫なで声で、子供をあやすように言う。「今日はしっかりおもてなししますから、機嫌直してね」
「なんだあ〜。杉本くんとクリオネちゃん、二人ともラブラブじゃん。ヒューヒュー!」とちなみが冷やかした。
「やめてくださいよー、ちなみさん、じゃなくて、ちなみん」と照れた後、晴夫はたずねた。「ところで、二人とも今どこにいるの?」
「早くシャッターを開けろ」とジェファーの声。
「えっ。店の前に来てるの?」晴夫は驚いて椅子から立ち上がった。「びっくりしたなあ、もう。はいはい、今開けますよ」
晴夫は鍵を持って急ぎ足でフロアを横切り、入口のガラスドアを開けてかがみ込んだ。ガラガラと音を立ててシャッターを開けると、毛皮のハーフコートを着た女の子たち。そして、その後ろに黒いスーツ姿の白髪頭の紳士が立っていた。
「ご無沙汰しております、杉本様」と言って、彼は頭を下げる。
「あっ、園田さん!こちらこそ、わざわざお越しいただきお疲れ様です」と晴夫も頭を下げた。
水戸井家の執事である園田は、末っ子のジェニファーの世話役でもあり、彼女が外出する時はリムジンの運転手をつとめている。晴夫とは、以前に成城の屋敷で顔を合わせていた。
「本日は、お嬢様が初めてのオールナイトという事でございまして。奥様からも、くれぐれも杉本様によろしくお頼み致しますよう承っております」と言うと、園田はジェファーの方へにこやかに笑顔を向けた。
「何だ、ニヤニヤするな」執事の嬉しそうな顔を見て、ジェファーは頬を紅く染めている。
「はい、まかせてください。お嬢さんに万が一の事がないように、僕が責任を持ってあずかります」と、晴夫は胸を張って言った。
「うわあっ、杉本くん男らしくてカッコいい!クリオネちゃん、こう言うところが好きになっちゃったのね〜」と言いながら、ちなみがパチパチと手をたたく。
「そなたら、われを子供扱いするではないぞよ」ジェファーは両手を腰に当てて、プンプンと頬を膨らました。
その姿はまるでアニメのキャラクターのようで、晴夫は心の中でひそかに
" 萌えるわあ〜 "とニヤついていた。
「まあまあ、いいじゃんか。とりあえず、寒いから中に入ろうよ」と晴夫。
四人は楽器店の中へぞろぞろと足を運んだ。晴夫はみんなに椅子をすすめてると、店の裏でコーヒーを入れて戻ってきた。
ちなみが珍しそうに店内を見回している。ジェファーはカップを両手で持ち、熱いコーヒーにふうふうと息を吹きかける。外には冬の冷たい風が吹いて、歩道に落ちたイチョウの枯葉を吹き上げていた。
「ところで、この後の予定は?」と晴夫は女の子たちに聞いた。「俺はまだ考えてないけど、二人はどこか行きたいところでもあるの?」
「ネットでググったら、歌舞伎町に『VIPカラオケ』っていうお店があるの」とちなみが答えた。「オシャレで綺麗な個室で、パーティーみたいに遊べるみたい。クリオネちゃんがそこに行きたいって」
「うむ。われは優雅なインテリアとシャンパンがあれば幸いである」ジェファーはコーヒーをちびちびすすりながらうなずいた。
「えっ。そこってすごく高そうじゃない?」晴夫は少し不安になった。「セレブの二人と違って、俺はしがないバイト民だからなあ。それに、初デートのお金は男が持つものだし」
「心配するでない。今夜は皆がもてなしてくれるゆえわれにまかせよ」と言って、御令嬢さまはショルダーポーチに手を入れた。そして、VISAの無制限クレジットカードをひらひらさせて見せる。
「ひゃあ〜。いつもほんとスケール大きいわあ。さすがお姫様、プリンセスジェファーよね」ちなみは目をパチクリさせて感心している。
「いやあ、でもなあ〜。お前まだ二十歳なのにそんな…」晴夫は困り果てて頭をかいた。
横で静かにコーヒーを飲んでいた園田が立ち上がった。彼は晴夫に向かって笑顔を見せ、うやうやしい口調でこう言った。
「杉本様、ぜひともご遠慮なく。本日は奥様の特別なお計らいにより、初デートのお相手であるあなたを丁重におもてなしするよう賜っておりますので」
えっ、それってクリオネのお母様が俺のこと認めてくれてるのか…晴夫は驚くとともに不安になった。
前にお屋敷へ行った時、たしかに園田さんにはクリオネをよろしくとは言われたけど、あいつの母親とはまだ会ったことないし。財閥の一人娘の彼氏がこんなバイト青年なんて知ったら、家族にどう思われるんだろ…
いや、そんなこと気にするな。俺は真面目に働いてるんだし、何も臆することはない。クリオネのこと守るって決めたんだから堂々としてればいいんだ…
「はい!ではお言葉に甘えさせていただきます。お嬢様のことは僕がしっかり守りますから!」
「承知いたしました。幸いでございます」園田は腰をおろした。
「ウナギ、何をカッコつけておるのだ。そなたはアニメの主人公か?」とジェファーがキョトンとしている。
「いや、だからさあ、そこは " 素敵ですわ晴夫さん " だろ?空気読めよな…」
「ぷはは。もう〜、いいから」ちなみが、二人のやり取りに吹き出しながら言った。「それより、予約八時半に取ってあるんでそろそろ行こう」
四人は椅子から立ち上がった。晴夫はカウンターに置いてあったUS ARMYのボマージャケットをはおると、鍵を持ってキャップをかぶった。
そのジャケットは、親友のことみに気を寄せていた高城ダニエルに買ってもらったものだった。高城によると70年代製のレアものらしく、それ以来、晴夫はお宝のように大切にしているのだ。
外の気温はマイナス1.5度。女の子二人はコートの襟をかき寄せて、ぶるぶると震えている。
「では参りましょう」園田がリムジンのドアを開けて、三人を車の中へ導いた。
「いえ〜い、めっちゃ楽しみ!」ちなみがはしゃいだ。「あ、いけない。今日は杉本くんとクリオネちゃんのデートだよね。あたしが盛り上がってちゃダメダメ」
「いや、構わないっすよちなみん」と晴夫。
「構わないとはどういう意味だ」ジェファーがまたご立腹。
年の差六歳のカップルとギャルを乗せて、リムジンは夜の歌舞伎町へ去っていった。
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