第45話田中姉妹、仰天する!
「あ〜ん、予選グループの組み合わせ、十二月にならないとわからないのマジつらいわあ〜」
実家の美容室「フローラ」の二階の部屋で、田中ことみは特製のゲーム用チェアに背中をあずけてそり返っていた。
十一月中旬。今年は例年にない低気温が続いて、毎日冬のような天気が続いている。ことみも押し入れからストーブを引っ張り出して、膝に毛布をかけてパソコンとにらめっこ状態である。
今日はCDショップのアルバイトが休みの日だ。ことみは午前中から夕方まで美容室の手伝いをしてから、仕事が終わるなり二階の自分の部屋に閉じこもって、時間を惜しんでゲーム関連の作業に集中していた。
「まあ、グチ言っててもダメなもんはダメだからね。決勝トーナメントに進出してくるチームを想定して分析するっきゃないか」と言ってマウスから手を離すと、テーブルに置いてあったファンタの1.5リットルボトルをグイグイとあおった。「それと、ビッグイベントには番狂わせがつきものだから。ダークホースが勝ち上がってくることもあるかもだけれど、それも計算のうち…あ〜うまいっ!」
ことみは身体をえいっと起こすと、再び気合を入れて、他チームの攻撃データ分析と対戦シミュレーションの相互リファレンスを続けた。
若干用語が難解なので、ここは無視していただいてかまわない。
ことみがブツブツひとり言を吐き出しているのは、12月23日から25日の三日間に、東京の有明コロシアムで行われるゲーム大会『LOI WORLD WINTER GAMES(ロアー・ワールド・ウィンター・ゲームズ)』のことだった。
《ロアー》とは、世界で1億人が参加すると言われる、アメリカのゲーム会社PACK WORLD(パックワールド)》の『レジェンド・オブ・インペリアル(LEGEND OF IMPERIAL)』の略称、すなわち《LOI》の日本語読みである。
《ロアー》は、マルチプレイヤー・オンライン・バトル・アリーナ(MOBA)と呼ばれるジャンルの一つであり、複数人数のプレイヤーが二つのチームに分かれて「チャンピオン」という最強キャラクターを操作して戦うゲームだ。
RPG(ロールプレイングゲーム)のように、アイテムやポイントを得ることでキャラクターを成長させることができ、さらに複数人数での戦闘などアクションの要素も含まれる。
対戦においてより戦略的な視点が求められるので、《ロアー》ではチーム内の連携が鍵を握るポイントになってくるのだ。
《ロアー》の魅力は、なんと言ってもそのゲーム世界の奥の深さとシンプルな操作性である。対戦を重ねるたびに次々と新しい発見があって、なおかつ初心者から上級者までがゲームワールドを簡単に理解できるので、世界中のファンから多くの支持を獲得している。
話が専門的になった。
先へ進めることにしよう。
『ロアー・ワールド・ウィンターゲームズ』の大会は、今年で六回目の開催となる。第一回から世界のゲームファンを熱狂させる大人気ぶりで、毎年レベルの高い凄まじいバトルに観客や世界中の視聴者がヒートアップして、今やクリスマスのビッグイベントとなっている。
世の中がケーキやイルミネーション、フライドチキンで盛り上がっているなか、ゲームオタクたちにとってクリスマスと言えば《ロアー》のウィンターゲームズなのだ。
世界中のゲーマーは、三日間パソコンの前で大会の中継にかじりつきながら、同時に視聴サイトやチャットで他のファンたちとワイワイ騒ぐのである。
そんなビッグイベントに、ことみは自分のチームを率いて参加することになった。それには確かな理由があった。
ことみのゲームプレイヤーとしての達人ぶりは、驚くべきことに、世界中のゲーマーの間に知れ渡っている。
「eスポーツ」(エレクトロニック・スポーツ)というゲームの競技が広まった現在では、スポンサーまでつくプロプレイヤーもめずらしくない。そんなプロゲーマーたちでさえ〈MEDAKA〉という日本の女性ゲーマーには一目置いているというのだから、ことみのゲームスキルがいかに凄いかは明らかである。
そんな彼女のテクニックを支えているのが、コンピュータプログラミングとデータ解析の技術であり、そのレベルは並のI Tエンジニアを軽く上回るほどなのだ。コンピュータへの高度な知識と技術が、凄まじいゲームパワーを生み出すもとになっているというわけである。
ことみが小学校の頃、コンピュータに飛び抜けた才能があるのを担任の教師が見いだして、彼女に独学で技術を磨くノウハウをさずけてくれた。
ことみは専門の授業や講座はいっさい受けることなく、中学生ですでにパソコンを分解して基盤や回路の構造などを自分で調べたり、データ解析ツールを開発して手作りのオリジナルソフトウェアもこしらえていた。
驚くべき才能というべきか。
まさに神童なのである。
Appleのマッキントッシュの生みの親、今は亡きスティーブ・ジョブズの女子版、と言えなくもない。
とは言うものの、学校の他の科目は赤点だらけなのだが…
現実社会では、二十六歳のさえない独身女で特に取り柄もないことみなのだが、ことゲームに関しては人が変わったように輝きを放つ。ガラスのパソコンを抱えたオタクのシンデレラという感じなのだ。
《ロアー》日本大会へのエントリーは十月に行われて、ことみ以下五名のチーム『アマテラス』は見事に16チーム枠のひとつを勝ち取った。
世界中の強豪をおさえて参加資格を得た理由は、《ロアー》の開発・販売元で大会主催者の《パックワールド》社が、〈MEDAKA〉というハンドルネームのことみに注目していたからだ。
《ロアー》のプレイヤーで日本に凄い女性がいるという噂は、ことみと一緒にオンラインゲームをプレイしたマニアの間から広がり、今や世界各国のギーク(ゲームオタク)が彼女とのプレイを希望しているのだ。
ちなみに、ことみのチーム『アマテラス』のメンバーは、福岡のタカ、京都のヤマト、広島のモウリ、そして神奈川のヤシロの男性四人である。
ヤシロだけがことみより歳上なのだが、ゲームの世界ではプレイヤーレベルが序列を決めるので、チームリーダーは当然ことみである。
そもそもタカとヤマトが有名人(?)のことみを持ち上げて大会参加することになったのだけれども、ほかの四人とは比べものにならないゲームスキルを持つ彼女がチームを動かすのは、当たり前といえばその通り。
大会参加を決めて以来、ことみの指導で四人の腕前はメキメキ上達した。
たった一ヶ月で世界のプレイヤーと渡り合えるレベルにまでなったのは、彼女が開発した《ロアー》専用のバトルシミュレーターのおかげだった。
エントリーしてくる他の15チームの中から、自分たちと対戦する相手をシステムがランダムに選択すると、シミュレーターに組み込んだ無数の攻撃パターンが示される。それをチームでひたすら研究しながら訓練することで、どのような相手でも高いレベルのバトルが可能になったのだ。
もちろん、シミュレーションはあくまで仮想敵を対象にしているのだから、実際にプレイする強豪チームとの対戦が厳しいものになることは、ことみも十分に分かっていた。
予選リーグのドロー(組み合わせ)が発表されるのは十二月になってからなので、シミュレーターで柔軟な対戦テクニックのバリエーションを身につけた『アマテラス』は、他のチームを一歩リードしていることになる。
しかし、目標はあくまで優勝なので、ベスト8が出そろってからの決勝トーナメントの戦い方と、本番での即応性の高いチーム戦術が今後の課題になってくることは間違いない。
話が最初に戻るが、ことみが頭を悩ませていたのにはこういった背景があったわけだ。
「今の時点でKINGYOが弾き出した予選の相手は、と‥」
ことみはつぶやきながら、画面いっぱいに広がる文字と数列を見つめる。
ちなみに「KINGYO」とは、ことみが手作りの解析ツールにつけたネーミングである。メダカの作った金魚、という単純な発想だ。
「なるほど〜、アメリカの『オライオン』とポルトガルの『ランサ』。ふむふむ‥これはたぶん勝てるわね」解析ツールが弾き出した予選グループの相手について、ことみは腕を組みながらつぶやいた。「 『ダークタワー』でのトゥルーパーズのハンドリングが統率取れてないし、いちばん致命的なのは、『不死の丘』でキャラが孤立してる。チームプレイの練度が低いわね。予選で当たるといいなあ〜」
『ダークタワー(暗黒の塔)』は、《ロアー》の戦場となるマップ「ナローレーン」にある三つの通り道に立つ、戦闘の鍵を握る建築物(塔)のことだ。
プレイヤーが操る「トゥルーパーズ」というミニ兵士たちが、この塔の攻防戦で重要な駒となるのも注目すべきポイントである。
『不死の丘』は、「アッパーコリドー」「ロウワーコリドー」「プロムナード」の三つの回廊の間にある広大なスペースで、森や川がほとんどを占める、なだらかな起伏の丘陵地帯である。
ここにはモンスターをはじめとする様々な生き物や、ポイントが稼げるアイテムなどが潜んでいる。また、ここから回廊に奇襲攻撃をかけることも出来るため、チームの戦略上で大きな役割を果たす領域なのだ。
『ダークタワー』と『不死の丘』は、両方ともにゲームの勝敗を決する重要な場所なので、ここでのミスは命取りになる場合が多い。それは、過去の《ロアー》の大会のデータからも明らかなのだが、それは、ことみのように細かい分析能力がないと判別できないことなのだ。
「マークしなくちゃならないのが、残りのひとチーム‥と。うわ!デンマークの『氷の船団』か!予選からいきなり去年のチャンピオンと戦わなくちゃならないの〜トホホ」解析ツールが予想したグループのライバルに、ことみは思わずうなった。「予選は何としても一位突破しなくちゃダメだから、ここが大会最初の山場だな〜。KINGYOの分析が当たるとは限らないけど、決勝トーナメントには必ず上がってくるチームだから、シミュレーションしとくにこしたことはないか‥」
ことみは、それからもしばらくの間、大会の解析作業を続けた。時計を見ると、夜の九時半になっていた。
と、その時、下の美容室で話をする声が漏れ聞こえてきた。パソコンの画面を食い入るように見ていたことみは、おやっと思って顔を上げた。
" 男の人の声だ‥ "
話し声の主は、母親のキヨと大人の男性と思われる相手の二人のようだ。キヨはめずらしく大きな笑い声をあげている。その様子がやけに楽しそうなので、ことみは椅子から立ち上がると、部屋のドアを開けて廊下に顔を出した。
そのとき、ふと以前に見た光景がデジャヴのように頭に浮かんだきた。
これって…そうだ、あの新宿の高島屋!モデルのような服装で外出したお母さんを、あたしは不審に思って尾行したっけ。
レストラン街のうなぎ屋さんで、ダンディでお父さんそっくりの男性と待ち合わせしていたお母さんをこっそり監視していたけれど、あたしは何が起こっていたのかよく理解できなかった。
けっきょくお母さんに尾行がバレちゃって、問い詰められることもなく笑われてしまった。あの男の人はいったい誰なんだ、という疑問は残ったままだったけれど…
ことみはしばらく、階下の話し声にじっと耳を澄ませていた。すると、いきなり隣の部屋のドアがバタンと開いて妹のくるみが廊下に飛び出してきたので、ことみはびっくりしてしまった。
「お姉ちゃん、下でママが騒いでるよ!何笑ってんの!」くるみは大きな声をあげながら、腰に手を当てて、ことみに向かって文句を言った。
「しいっ!ちょっと、あんた静かにしなさいよ。空気が読めないの?」と言って、ことみは人差し指を口に当てた。「それに、何であたしがケチつけられなきゃならないのよ。頭にくるわね」
田中家の二人姉妹の会話は、いつでもケンカ腰である。歳は十歳も下なのに、妹のくるみはオタクの姉をつねに見下してくる。
ことみは地味で引っ込み思案。くるみは派手好きのリア充。性格も好みも正反対な二人は、同じ家族とは思えないほど犬猿の仲なのである。
とは言うものの、この時ばかりは母親のいつもとまったく違う様子に、二人とも同じ疑問を浮かべているようだった。すると、妹がスタスタと階段のほうに近づいていく。ことみもその後についていった。
二人はヒソヒソと声をかけあって、下の様子をうかがった。ママどうしたの…男といるって何なのよ…
「二人とも、ちょっと降りてきなさい!」
階段の下からいきなり母親の大きい声が飛んできて、ことみとくるみはズッコケそうになった。
「お姉ちゃん、何やってんのよ!」
「あんたこそ何ビビってんの!」
お互いに相手のせいだとばかり、またも言い合いになった。
「こらっ、ケンカしてないで早く来なさい!」また大声で、キヨは二階の娘たちを呼んだ。「まったくもう、家族なんだから少しは仲良くしてよ」
階段の上から、二人はバツが悪そうな顔をして降りてきた。
くるみは、えへへと苦笑いを浮かべてごまかした。
「お姉ちゃんがさあ〜…」
ことみがすぐに反論する。
「ちょっとあんた人のせいに…」
「あんたたち、お客さんの前で失礼よ。黙りなさい」キヨは仲の悪い姉妹を一括した。
二人は「は〜い」と声を合わせて、口を閉じる。
妹のあとから店内に足を踏み入れたことみは、そこにハンサムな顔つきの、背の高い男性がいるのに気がついた。髪に白いものが混じった、五十歳代らしき人物を見たことみは、その男性がまさしく新宿で母親と会っていた人だと気がついて驚いた。
そんなことはつゆ知らず、くるみは男性をジロジロと見ている。この人誰?やけにお金持ちっぽいけど、もしかしてスポンサー?お母さんの愛人とか…なわけないか。でも気になる〜。
「紹介するわ。こちらは田中圭一さん」と言ってから、キヨは親しげに男性の顔を見つめた。「圭一さん、娘のことみとくるみよ」
紹介を受けた男性は、キヨの娘たちに笑顔を浮かべて近づいた。彼の視線がなぜか懐かしいものを見るようなことに、娘たちは気がつかない。
「やあ、はじめまして。君たちがキヨさんの娘さんたちだね」と言う男性の言葉は、まるで自分の子供に話しかけるようだ。「聞いていたよりずっと美人さんだなあ。さすがはキヨさんのお子さん、これは間違いなく遺伝だね」
その褒め言葉に、くるみがすぐに反応する。「それほどでも〜。でも私、学校でもみんなによく言われるんです〜。アイドルになったらって…うふふ」
な〜にがアイドルよ…わざとらしいわね。性格ひん曲がってるくせによく言うわ…。ことみは妹のあざとい態度にムカついたが、気を取り直して男性に挨拶をする。
「こちらこそはじめまして。姉のことみです」ことみは男性に向かって深く頭を下げた。
「あっ、この人はどうでもいいんで無視してください」くるみは姉のことをあっさりけなした。「お母さん似なのは私だけなので。ほんと、さえないですよね〜」
くっそお〜!こいつ、いつかシバく!ことみは思い切り腹を立てたものの、それを言葉にはしなかった。性格が弱気なので、キツいことを言えないのだ。
「ところで、あんたたちに話があるの」キヨがあらたまって言った。「二人にも関係することだから、ちゃんと聞いてね」
キリッとたたずまいを直した母親の態度に、姉妹は思わず気が引き締まる。あたしたちに関係あるって、何の話?わざわざ呼びつけて、ママどうしたの?二人とも好奇心と不安が入り混じって、無言で母親の顔を見つめていた。数秒間、部屋が沈黙に包まれた。
次にキヨの口から飛び出したのは、驚くべき内容だった。
「わたし、この人と再婚するから」
「ええ〜っ!」
「うそ〜っ!」
目が飛び出しそうな表情の姉妹をよそに、キヨは圭一という名の男性に、娘たちには決して見せたことのない色気の漂う視線を向けていた。
混乱の前の静けさが四人を包む。
この展開、果たしてどうなるやら。
田中家に訪れた冬の嵐に、二人の姉妹はいかに立ち向かうのであろうか。
それはまた、後ほどお話しするとしよう。
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