第43話メンバー集合

今日はチーム五人の初顔合わせ

男が四人、女が一人だ。


男たちは、オシャレとは縁のない、家にいる時のふだん着のような服装だ。女はかろうじて着かざっているが、伸ばし放題の髪をツインテールにして、分厚いレンズの丸眼鏡をかけている。


ここは東京・新宿。

居酒屋チェーン店の〈鳥平衛〉に集まったのは、全員がゲームオタクばかりだった。

五人は、二ヶ月後のクリスマスに東京・江東区の有明アリーナで開催される、オンラインゲーム〈レジェンド・オブ・インペリアル=ロアー〉の世界大会に出場するチームのメンバーである。


三十三歳の既婚者、神奈川県在住のヤシロ以外の三人は、地方から今日の会合のために東京へやってきた。

福岡のタカ、京都のヤマト、広島のモウリ。いずれも二十代前半の若者たちだ。

五人はいつもネットのチャットアプリで話しているのだが、実際に会うのは今回が初めてである。

このむさ苦しい四人の男たちを率いるリーダーが、" MEDAKA " のハンドルネームを持つ田中ことみだ。メンバー中ただ一人の女性だが、ゲームに関してはそのへんのゲーマーの男たちをはるかにしのぐ腕前である。


くる日もくる日も、ことみはアルバイト以外の時間を使って、取り憑かれたようにオンライン・バトルゲームをプレイしている。インターネットを使って仲間と一緒にプレイする対戦ゲームでは、海外のプロゲーマーたちとチームを組むことがほとんどだ。


多彩なプレイテクニックと、戦況を瞬時に判断して先の先を読むことみの高度なゲームスキルは、世界中のゲームマニアの間でも有名だ。

「MEDAKA」の名はこの世界では有名人扱いなのである。ただしことみは英語が苦手なので、チャットの会話は翻訳ソフトに頼っている。とはいっても、要はプレイが上手ければ問題ないので気にしない。

ことみは、数学とコンピュータプログラミングの達人である。とくにゲームのソフトウェア解析に関しては、IT大企業のエンジニアにも引けを取らない技術の持ち主である。好きこそものの上手なり、とはまさしく彼女のためにある言葉なのだ。


「タカたち、今日はお疲れさま。みんな新幹線の料金高かったでしょ?」ことみは二十代の三人に言った。「ホテル代もあるから、出費がかさむよね」

「あっ、俺たち同じホテルの同部屋なんっすよ、メダカさん」と、福岡のタカは説明した。それに合わせて、京都のヤマトと広島のモウリがうなずいている。

「えっ、そうなの?」とことみ。

「小遣い少ないですからね。みんなで相談したんですよ、えへへ」タカは照れくさそうに頭をかいた。

「東京って、ほんっとゴチャゴチャしてますねえ。僕なんか田舎モノなんで、目がまわっちゃいますって」二十歳のヤマトは、初めて見る大都会の風景に怖気づいている様子だ。

「拙者も同意見ですな。大江戸はスケールが違うでござる」モウリは、時代がかったセリフで感想を述べた。

「またあ〜。あんた、そのサムライ言葉めんどくさいわねえ」ことみは、毎度同じみのモウリのしゃべり方に難クセをつけた。


モウリの住む広島西部地区は、十五世紀末、室町時代の大名「毛利元就」のお膝元なのである。モウリはゲーム以外に戦国武将が趣味なので、ふだんからこういう話し方になってしまう。そんな彼の奇妙な癖に、ことみがケチをつけるというのがいつものパターンである。


「それはさておき、いよいよ参加チームのエントリーリストが発表されましたね」とヤシロが言う。

最年長の彼は、落ちついた声ながらも興奮を隠せずに言った。

「そう!だから、みんなに集まってもらったの」と言って、ことみは男たちに向かって人差し指を立てた。「今日と明日の時間を使って、大まかな決め事を話し合いましょ。十五チームの概要、攻撃・防御の傾向、それからウチらの戦略についてのつき合わせね」

「オッケーです!」二十代の若者たちが声をそろえた。三人はやる気満々である。

「詳しいトレーニングメニューと訓練スケジュールは、地元に帰ってからチャットで話すよ。大会まで時間がないから、シミュレーションには各自集中して取り組んでね」ことみは四人にハッパをかけた。

「秋季キャンプってところですね。メダカさん頼りにしてますよ」ヤシロも静かな闘志を燃やしている。


「まず、ウチら以外の十五チームについて、ざっとおさらいしとくね」ことみは言った。


ことみの説明をまとめよう。

大会に参加するのは、全16チーム。

その陣容はつぎのとおり。


◎「アイスフリート(氷の船団)」= デンマークチーム。

◎「ピョートル(大帝)」= ロシアチーム。

◎「ダイナスティ(王朝)」= 韓国チーム

◎「オライオン(オリオン座神)」=アメリカチーム(フロリダ州マイアミ)

◎「ハーデス(冥府の王)」=アメリカチーム(オレゴン州ポートランド)

◎「ケルベロス(冥界の番犬)=アメリカチーム(ワシントン州シアトル)

◎「サザンクロス(南十字星)」=ニュージーランドチーム

◎「龍牙(ドラゴンファング)」=中国チーム

◎「ボンブ(爆弾)」=フランスチーム

◎「GIG(意味不明)」=無国籍チーム

◎「スペジアルクラフト(特殊部隊)」=ドイツチーム

◎「ランサ(槍)」=ポルトガルチーム

◎「トーレ(塔)」=スペインチーム

◎「ファティマ(太陽の奇跡)」=ブラジルチーム

◎「トラロック(稲妻の神)」=メキシコチーム

◎「アマテラス(日本神話・皇祖神)」=日本チーム


以上の合計十六チームで大会は行われる。


「これが今回のエントリーリストね。みんなのファイルにも出てるでしょ」と、ことみはラップトップPCの画面を見ながら説明する。「初参加は、ロシア、ポルトガル、アメリカ・フロリダ、ニュージーランドの四チーム。他は〈ロアー〉の大会の常連よね」 

「ふむふむ」と男たちはうなずく。

〈ロアー〉とは、オンラインバトルゲーム〈LEGEND OF IMPERIAL(レジェンド・オブ・インペリアル)〉の頭文字L、O、I、を取った略称である。


「ちょっと気になるのが、この『GIG』っていう無国籍の連中なの」と言ってことみは顔を曇らせた。「海外のゲーマーとの会話でも聞いたことないし、そもそもプレイの傾向とかのデータがないから、分析のしようがないんだよね」

リーダーのことみがお手上げなのだから、他の四人に分かるはずがない。それでも全員が知恵を絞った。

「GIGって、バンドのライブみたいな名前だなあ〜」とヤマトはのんきに言った。

「それはBOOWYでしょ!」他の四人が声をそろえて訂正した。

BOOWYは八十年代の日本の有名なロックバンドである。知っているのは最年長のヤシロだけのはずなのだが、ことみと若い二人はこのバンドの知識だけは持っていた。とは言うものの、それはあくまでマニアならではの空知識。ゲームとはまったく関係ない言葉に気を取られて、若い四人はわけのわからないやり取りになってしまった。


「あっ!これって、もしかすると…」とヤシロが突然言い出した。「イスラムの言葉じゃないかな?え〜と、ほら、何だっけ」

「えっ、なになに?」思ってもみなかったヤシロの話に、ことみは身を乗り出した。

一同しばらく沈黙。

「アラー・アクバル!」タカがいきなり叫んだ。パーカーの前を開いて、妙なしぐさをしながら…

「あっ、そうそう、それ!」ヤシロは大きくうなずいた。

「あんた、何でそんなこと知ってるのよ。それってイスラム語なの?」ことみは、タカの口から聞き慣れない言葉が出てきたことに戸惑っている。

「イスラム語じゃなくてアラビア語っすよ、メダカさん」

タカが細かいことにこだわるので、ことみはややイラついた。早く説明しろよ…

「いやね、よく読んでる軍事アクション小説で、テロリストが自爆する時とかに言うセリフなんですよ」とタカが言う。「爆弾ベストのスイッチ入れて

" アラーは偉大なり!" ってね」

「タカさんマニアックですね〜」ヤマトはすっかり感心した様子だ。

「で、そのアクバルが何なの?」ことみはヤシロの話の先をうながした。

「アラー・アクバルを英語にするとですね、God is Great 、神は偉大なり、になるんですよ。だからその三つの単語を略してGIG」

「え〜本当かなあ」モウリは半信半疑で四人を見回した。とは言っても、詳しいのは戦国武将だけなので疑う根拠はまったくない。案の定、ことみがあきれた顔をしている。

「知らないくせに、生意気なこと言わないの」

「かたじけない。面目丸つぶれでござ…」

四人はモウリを無視して、謎のチームについて話し合いを続ける。


「これ、かなり飛躍した発想なんですけどね…」とヤシロが真剣な眼差しで言った。

「うんうん」ことみがうなずく。

「この連中って、ひょっとしてIS、つまりイスラム国なんじゃないですか?」

ヤシロの仮説に、他の四人は一瞬言葉を失った。ゲームの大会に、何でイスラムの過激派テロ組織が?

ヤシロが話を続けた。

「大会の優勝賞金は三億円ですよね?もしこの連中がISだとしたら、それを組織の活動資金にできるじゃないですか」

「あーなるほどね…って、それ、マジやばいじゃん!まさか会場で銃とかぶっ放すわけじゃないよね?」ことみはあまりにも突拍子もないヤシロの話についていけず、ただ動揺するばかりだ。

とは言え、この謎のチームの正体がわからない以上、ヤシロの仮説を否定するわけにもいかない。

大会に向けた準備を打ち合わせるつもりが、想定外の、しかも衝撃的な展開になってしまったが、ことみはあくまでも冷静だった。リーダーがうろたえてどうする。


十二月二十三日の開幕まであと二ヶ月。正体不明の謎のチームは気になるけれど、優先すべきはデータ分析と訓練だ。よけいな不安を追いやって、みんなをトレーニングに集中させなくてはならない。

ことみは気を取り直して、エントリーする他の十五チームのことに話を戻した。


「オッケー。話をもどすわよ」ことみは気を取り直して、十五チームについての検討を再開した。「予選ブロックの発表は十二月に入ってからだけど、たぶん初参加のチームは問題ないと思う。うちらがふつうに戦えば負けることはないはず。もちろん油断は禁物だけど、目標はあくまで予選リーグの一位通過よ」

いつも通り自信をみなぎらせたチームリーダーの発言に、男性陣も身を引きしめて耳を傾けた。

「今回も俺がフォレスターやるんすよね?」とタカが言う。「ガンクとカウンターフォレストはまかせて下さい。スペシャリストの腕前を見せてやるっすよ!」

「それもいいけど、持ち場でしっかりポイント稼いでよね。あと、視野をちゃんと広げておくこと。いいとこ見せようなんて考えないで」ことみはタカの勇み足をたしなめた。


彼らの会話を理解することは、ほとんどの方には難しいと思われるので、ここでざっとレクチャーしよう。

〈ロアー〉つまりレジェンド・オブ・インペリアルは、世界で一億人がプレイするオンラインバトルゲームである。〈ロアー〉をプレイするには、インターネットの公式サイトを開いて、ユーザーネーム、ログインID、パスワード、生年月日などを入力して、最後にアプリをダウンロードすればいい。


〈ロアー〉のゲーム世界には、「インヴォケート・ナローズ」というバトルフィールド(戦場)がある。このフィールド内で、五人のキャラクター(プレイヤー)が敵を攻撃してポイントを獲得しながらキャラクターを成長させていき、難所の「ダークタワー(暗黒の塔)」を攻略して、最終的に相手の本拠地「シタデル」を壊滅させる、というゲームだ。


「インヴォケート・ナローズ」には、プロムナード(中央通路)と、アッパーコリドー(上部通路)、およびロウワーコリドー(下部通路)の三つの「回廊」と呼ばれる道がある。そして、これらの回廊に囲まれた「不死の丘」と呼ばれる広いスペースは、またの名を「フォレスト」とも呼ばれ、暗い谷間や丘、川が流れる草原などがある。


五人のプレイヤーは、〈ロアー〉に設定された数百ものキャラクターから好きなタイプを選ぶことができ、そのキャラクターはゲームの舞台で「チャンピオン」と呼ばれる。

各チャンピオンは、先ほどの三本の回廊とフォレストで様々な攻撃・防御・アイテムやポイントの獲得を行い、さらに担当するポジション以外でも戦うことができる。


敵チームと対戦するにあたって、チームワークを重視した戦略を組み立てるために、キャラクター選びや基礎スキル、アイテム設定が必要になる。〈ロアー〉では、ほぼ無限に近い攻撃・防御パターンの組み合わせが可能なので、相手チームや戦闘の状況に応じたきめ細かなプレイテクニックをいかに確実に決める事ができるかが勝敗の行方を左右することになるのだ。


とは言え〈ロアー〉のプレイ方法はきわめてシンプルなので、そのぶん、ゲーム内で出現するモンスターや生き物、アイテムへの対応に集中することができるという長所があるのだ。

シンプルとはいっても、〈ロアー〉はじつに奥の深いゲームである。プレイすればするほど新しい世界が広がっていくので、世界中のゲーマーが夢中になるのもうなずけるというものだ。


ここまでざっと〈ロアー〉の内容を説明したが、詳しいゲームの戦い方やフィールドの地形、モンスターや生き物などのことを話すとキリがないので省略する。

とりあえず、五人対五人で、シタデルと呼ばれる敵の本拠地を破壊する攻防戦とだけおぼえておこう。

ご理解できたであろうか?


では、話を新宿のミーティングに戻して、物語を進めよう。


「メダカさん。この中でマークするのはどのチームですか?」ヤシロはたずねた。

「そうね。まずは過去の優勝チームかな。それとアメリカの三チームとドイツ、メキシコ」ことみは画面のリストに加えて、みずから作成した戦力分析チャートを見ている。「中国の〈龍牙〉は統率のとれた攻撃、ドイツの〈ゾンダー〉は力押しの突破力に優れている。あと、メキシコの〈トラロック〉は、チャンピオンをレベルアップさせるタイミングが上手い。要注意なのが、韓国の〈ダイナスティ〉なのよ。タイトルは取ったことないけど、毎回ベスト4まで進んでるからね、今年は本気で優勝狙ってくるはず。向こうも分析力とチーム力はかなりレベル高いから、それを上回る頭脳戦のシミュレーションこなさないとね。要は反復練習、努力に勝るものはなし!」


「すげ〜。メダカさん、世界一のデータアナリストじゃないすか!」タカは、ことみの分析力に感心してほめちぎった。「システム解析とプログラミングだけは超一流ですもんね」

「悪かったわね〜。どうせゲーム以外は能無しよ、ほっといて」ことみは投げやりに言い捨てた。

生粋のゲームオタクのことみは、私生活での不甲斐なさを言いあてられた気がした。

と、ここ数ヶ月の出来事が、ふと頭をよぎった。あ〜あ、情けない。あたし何やってたんだろ…


「メダカさん、聞いてます?」

ヤマトが何かを言ったようだが、ことみは別のことに気を取られていた。

「あ、ごめん。なに?」とわれに返る。

「しっかりしてくださいよ〜」とヤマトは言った。「だから、うちらの合宿、じゃなくて訓練はどういうプログラムで進めるんですか?」

「べつにメダカさんまかせというわけじゃないですけど、やはりチームリーダーの構想にもとづいた練習メニューを確認しておきたいですからね」とヤシロは理路整然とした意見をのべる。さすがは大人である。


ことみは、この二週間で仕上げた解析ツールを参考にしながら、まずは「インヴォケート・ナローズ」での五人のポジション決めを行った。

中央回廊の「プロムナード」にはことみ。「アッパーコリドー(上部回廊)」にヤシロ。「ロウワーコリドー(下部回廊)」にヤマト。そして、ゲームで重要な役割を果たす「フォレスト」には、戦術眼にすぐれたタカとモウリを配置する。

各回廊に建つ「ダークタワー(暗黒の塔)」での攻防戦では、ドラゴンの召喚と、「トゥルーパーズ」と呼ばれるチームの攻撃を実行する歩兵団の機動力で、相手のチームワークを崩すための戦闘体型をビルドアップしなくてはならない。


それから二時間。ことみと四人の男たちは頭を突き合わせて、〈ロアー〉の訓練メニューと、ことみから送られてきた他チームの分析データについて真剣に話し合った。

ようやく今日の打ち合わせを終えた五人は、パソコンの画面を閉じると、大会に向けた特訓開始を記念してビールで乾杯した。


やがて、ことみが合図を送った。

「よっしゃ。そろそろお開きにしようか。みんなお疲れさま、明日もこの調子で頼みま〜す!」

「お疲れっす。それじゃあ、俺たちホテルに引き上げますね。ヤマト、モウリ、行くぞ」二十代の三人は席を立った。

「明日もこの調子でがんばりましょう!」と言って、ヤシロは最後にビールを飲み干した。


大会まであと二ヶ月。

ことみ率いるチーム「アマテラス」は

優勝をめざしてついに始動した。




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