第40話レジェンド・オブ・インペリアル
十月も半ばを過ぎた。
田中ことみは、アルバイトと実家の美容室の手伝いをこなしながら、空いた時間でオンラインバトルゲーム『LOI=ロアー(レジェンド・オブ・インペリアル』のスキルを磨いていた。
いつもゲームに使う時間より、はるかに多くのトレーニングに励んだ。睡眠時間を削り、食事のときも、片手はキーボードとマウスを触っている。
ことみは、自分が設計した《ロアー》のバトルシミュレーション・プログラムを立ち上げている。
想定される戦闘シーンの、チーム戦術や攻撃のバリエーション、敵キャラへの対処法、奇襲のタイミングなどなど。
さすがコンピュータの天才というだけあって、ことみの分析力はゲーム開発者なみのレベルである。
人生をかけた大一番。ことみは、クリスマスの『ロアー・ワールドウィンターゲームズ』出場にむけた、すさまじいトレーニングに取り組んでいた。
ことみは、海外でも、ゲームマニアの間で上級者として名を知られている。だが、大会に出場してくるプロゲーマーなどの猛者たちとわたりあうには、高度なチーム戦略を練らなければならない。遊びで楽しんでいた、今までの生やさしいパフォーマンスなどとはケタが違う。
世界と戦うには、ひたすら訓練あるのみだ。
まずは敵を知れ。
‥というわけで、今大会に乗りこんでくることが予想される、海外の強豪チームの過去のデータを検討してみる。
《レジェンド・オブ・インペリアル》の大会がはじめて開催されたのは、五年前のこと。
それ以前から、マルチプレイヤー・オンライン・バトル・アリーナ(MOBA)という、インターネット上の複数人数による対戦ゲームのシステムが、ゲームマニアの間で広まっていた。
それとともに、世界各国のプレイヤーどうしがチームを組んで戦うことのできるオンライン対戦ゲームが、次々とリリースされるようになっていったのだ。
ゲームのシステム、プレイの流れなどは複雑なので後々説明するが、要はチームの連携と戦略が勝利の鍵となることは、一般的なチームスポーツと変わらない。
《ロアー》では、あらかじめ決められた「ナローレーン」と呼ばれるマップ上でゲームが繰り広げられる。対戦プレイヤーは、五対五のチーム構成だ。このマップの中には、自分たちの本拠地『シタデル』からさらに「プロムナード」「アッパーコリドー」「ロウワーコリドー」という三本の道(回廊)が存在する。
途中には、「暗黒の塔」と呼ばれるゲームの勝敗を左右する要衝がある。そこは、敵でも味方でもない、ドラゴンを中心とした魑魅魍魎(ちみもうりょう)の生き物が支配する難所でもある。
「回廊」以外の広大なスペースには、待ち伏せ領域の「不死の丘」がある。ここに隠れたキャラクターは、外部から攻撃することが難しく、逆にこの丘から奇襲をかける攻撃パターンもある。
チームの各プレイヤーは、「チャンピオン」と呼ばれるキャラクターを、ゲーム内の選択ステージに数百ある中から選ぶことができる。
このチャンピオンはすべてが同じ能力ではなく、キャラクターによって個性があるのだ。そして、チャンピオンには熟成度もあって、ゲームの中で成長させていくことができる。
対戦では、敵への攻撃法やアイテム獲得・使用方法など、戦略に沿った選択によりチームの力量が試されることになるのだ。
解説しだすときりがないので、概要はこのくらいにしておこう。
ことみがまずリサーチしたのは、各大会での上位チームの戦い方だ。
過去の五大会で優勝しているのは、ほとんどがプロゲーマーの集団である。
◎第一回大会は、中国の〈ドラゴンファング=龍の牙〉。
このチームのリーダーは、人民解放軍でサイバーセキュリティを担当しているとのもっぱらの噂だが、その正体は謎に包まれている。バックに軍がいるとすれば、システム解析や演習による戦闘能力は、桁違いのレベルにあることになる。
◎第二回、第三回は、その中国チームを決勝で撃破した、ブラジルの〈ファティマ〉
チーム名の由来は、1917年にポルトガルのファティマで起きたとされる、聖母による「太陽の奇跡」事件ということらしい。まあ、キリスト教の熱心な信者の多いお国柄らしいネーミングではある。無心論者の中国人を破ったことで、本国のマニアたちは熱狂したらしい。
〈ファティマ〉の連携プレイは、それまでのロアーのバトル・セオリーをくつがえす革新的なスタイルだった。その柔軟な戦術が、中国チームの型にハマった戦術をことごとく打ち破ったと、おおかたのゲーム通は見ている。
◎第四回を制覇した、アメリカとオーストラリアの混合チーム〈フラッシュアロー=閃光の矢〉。
この大会あたりから、世界各国の強豪プロプレイヤーが続々とエントリーするようになってきた。賞金目当ても理由のひとつだが、大会で優勝することによってスポンサーを獲得することが、大きな目的となった。
〈フラッシュアロー〉もプロゲーマーの集団である。予選リーグから決勝まで、他をよせつけない圧倒的な強さでタイトルを奪い取ったことに、世界のゲーマーは衝撃を受けた。
あとでわかったことだが、〈フラッシュアロー〉は億単位の賞金獲得だけを目的に結成された、ゲーマーのスペシャルチームだったのだ。
これ以降、ゲームの大会である『eスポーツ』は商業化が一気に進んだ。ゲーム大会のスポンサーには大企業が名乗りをあげるようになって、ゲームマニアのプロ志向がさらに広まったのである。
◎そして、昨年の第五回。
このタイトルを取ったのは、『黒金色(くろがねいろ)のチェーンメイル』との別称で呼ばれた、デンマークの〈アイスフリート=氷の船団〉
チェーンメイルとは、北欧のバルト海周辺で暴れまわった海賊=バイキングが身につけていた防具の鎖帷子(くさりかたびら)のことである。
この〈アイスフリート〉の戦略は、それまでの緻密なゲーム戦略ではなく、力押しの戦闘能力にあった。
五人のプレイヤーが「チャンピオン」に力を集中させて、強力な武器と魔術、戦闘力で障害物を破壊しまくる。
彼らは、他チームの小手先の戦術を楽々と粉砕して、優勝までパワーと破壊力でのぼりつめた。まさに、海賊軍団の名にふさわしい勇猛な戦いぶりだった。
専門的な話はこのへんにしておう。
う〜ん、ヤバいなあ…と、ことみは頭をかかえていた。過去の優勝チームはもちろんだけれど、それ以外にも上位をねらう強豪がいることは知っていた。なかでも要注意なのが、隣の韓国のチームだ。コンピュータ大企業のSAMSUNGをスポンサーに持つ〈ダイナスティ=王朝〉は、世界のeスポーツで数々のタイトルを取っている。
こんな究極の達人たちを相手にしたら、今のあたしたちのチームは赤ん坊と同じ。大会までの二ヶ月で、タカとヤマト、そしてあと二人のメンバーを、少なくともあたしのレベルまで鍛え上げなければならない。
そういえば、残り二人のメンバーって、どこから見つけてくるの。タカたちの知り合いなのかしら。それとも、ネットで募集する?ひよっとして、マスタークラスの人材が見つかるかも…なんて都合のいいことないよねー。
まあいずれにしても、出るからには勝利あるのみ。自慢じゃないけど、世界中の超マニアたちと戦ってきたから、〈ロアー〉に関しては誰にも引けをとらない自信はある。
それに、あたしにはゲームしか取り柄がないんだから…二十六歳。彼氏なし。引きこもり。そんなオタクの意地を見せてやる。世の中を見返してやる。
ことみは自らを奮い立たせた。そして、ふたたびマウスをつかむと、シミュレーション画面にむかった。
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