第28話ホームパーティの日

JR中央線、阿佐ヶ谷駅南口の住宅街にある2LDKのデザイナーズマンションで、高城ダニエル健二は午前中から大忙しだった。

今日はまる一日、仕事はオフ。夕方からホームパーティをひらく予定なので、その準備に追われていたのだ。

すでにシャンパンやテキーラ、ビールなどの酒類は、前日に購入しておいた。大変なのは料理だ。十人ぶんくらいのメニューを、高城は自分で手作りするつもりだった。

タイ料理のガパオライス。トムヤムクンスープ。韓国料理の参鶏湯(サムゲタン)。スペイン料理のパエリア。その他、パスタやステーキ、サンドイッチ、サラダなどなど。米国在住時代に一人暮らしをしていたので、自炊には自信があったが、これだけのメニューを一日で作るのはなかなかの作業である。

きのうの夜は、新大久保にある韓国料理の食材店へ行き、サムゲタンの材料に使う高麗人参(こうらいにんじん)や干しナツメ、それに鶏肉一羽丸ごとを買っておいた。さらに成城石井、紀伊国屋などの高級スーパーをまわって、西洋料理の材料も手に入れた。

やるからには、本格的なレシピのメニューを作りたい、と高城は思っていたのだ。クリエイターとしてすべてにこだわる彼は、料理ひとつにも手をぬくことはない。


高城の部屋のキッチンは、すべてがイタリアのメーカーのもの。料理をさばくテーブルトップのスペースや、シンクのサイズは、ぜいたくなほど広め。冷蔵庫とグリルはアメリカ製である。コンロの上の壁には、鍋やフライパンなどの料理用具がずらりと並んでぶらさげてある。もちろんオープンキッチンで、料理を作りながらテレビを見たり、その気ならゲームをすることだってできる。


高城は音楽配信サイト『Spotify』でEDMの曲をききながら、パエリア用のムール貝の潮ぬきと、ステーキ肉の下ごしらえをしていた。サムゲタン用の鶏肉は、店の人があらかじめ不要な部位をとりのぞいてくれたので、手をつける必要がない。

ムール貝と松阪牛の下ごしらえが終わると、つぎにトムヤムクンスープにとりかかった。iPhoneで料理レシピを検索して、それを見ながら手順をこなしていく。

材料は、春雨、有頭エビ、玉ねぎ、ホワイトマッシュルーム、パクチー、レモングラス、それとトムヤムクンペースト、酒、鶏ガラ出汁、油、水である。

有頭エビの背ワタを取って酒をふりかけておく。玉ねぎとマッシュルーム、レモングラスを薄切りに、パクチーはざく切りにする。寸胴鍋(ずんどうなべ)に油をひいておき、有頭エビを炒めて火を通しておく。エビの色が変わったら、玉ねぎとマッシュルームを炒めてから、水と鶏ガラ出汁を入れて煮込む。

最後にペーストと春雨をくわえて、十分ほどコトコトと味が染みこむまで煮上がるのを待つ。作業時間は二、三十程度だ。

トムヤムクンスープを煮ている間に、フライパンでパスタソースをこしらえた。トマトベースのナスとあさりのソースに、イタリアンパセリを加えて味つけをしておく。

これは簡単なので、さっさとすませて、サラダにとりかかかる。自分としてはシンプルな野菜サラダでじゅうぶんなのだが、女性陣がヘルシーなメニューにこだわるので、チキンとパイナップル入りのハワイアンサラダを作っておく。

トムヤムクンスープがそろそろ出来あがるころなので、スプーンですくって味見をした。うん、よし。これでオッケー。

おつぎはサムゲタンだ。手順を簡単に説明しておこう。主な材料は、鶏の手羽元と米、切りもち、長ネギなど。韓国料理のメニューは、本格派の味を出すのは意外にむずかしく、出来るだけていねいにゆっくり仕上げるのがコツだ。


昼になったので、手を止めて休憩することにした。エプロンをはずして、リビングのソファーに腰をおろした。MacBookの外付けブルーレイスロットに『Xgame ワールドツアー』のディスクを入れて、80インチの大画面テレビのスイッチを入れた。

iPhoneのメールをチェック。高城が経営する表参道のアパレルショップ〈ゾーン〉の店長、美波沙耶からメッセージが届いている。どれどれ…


「明日リリース予定のオリジナルブランドTシャツですが、先ほどメーカーさんから入荷されました。限定六十着プラス予備の十着になります。

八月分の売り上げ管理と収支計算、それと在庫管理は問題なしと申しあげておきますね。そのへんは社長も把握されていると思いますので。

問い合わせメールは二十件。やはり新発売のTシャツについての質問が多いです。これも返事を送信しておきました。

〈109〉のショップへの見積り書は作成中です。午後から、本社営業部の宮下さんとミーティングの予定です。店のほうは、アルバイトのユキちゃんにまかせます。

あ、それからネット通販の撮影が来週の水曜日に決まりました。赤坂のTMスタジオで、『ウェアハウス』さんとプロデューサーの方とおこないます。所用時間は一時間くらいですむそうです。

ユキちゃんがお休みのときのアルバイト求人ですけれど、現在四人の女性が応募していますので、今週中に時間を決めて面接をおこないたいと思っています。

伝達事項は以上ですが、社長からなにか確認したいことありますでしょうか」


う〜ん、あいかわらず美波さん、パーフェクトな仕事するなあ。確認なんてなにもないよ。ラインの報告を読みおえた高城は、思わず感心してしまった。

それにしても、よくもこんな素晴らしい人材にめぐまれたものだ。僕が安心して休めるのも、すべて彼女のおかげ。感謝のしるしに、なにかプレゼントを考えなくっちゃ。とりあえずボーナスアップはまちがいなしだな。

六年前、表参道に店を出すときに知り合いから紹介された美咲さんは、まだ独身の二十代OL だった。初対面で緊張していたけれど、キリッとした目力が印象的だったなあ、と高城は当時をふりかえった。それに、洋服のセンスが抜群だった。

〈ゾーン〉の経営者は僕だけれど、実質は美波さんの店みたいなものだ。ビジネスを拡大したら店の経営権は彼女にゆずることにしよう、と高城は考えた。

既婚者である美波は、店の仕事と主婦のつとめを見事にこなしている。とはいえ家のローンもかかえてるし、二人のお子さんの教育費だってばかにならないはずだ。これだけ会社に貢献しているのだから、彼女の将来を可能なかぎり手助けしてあげなくては。

メールで美波に返事をすると、つぎにラインをチェックした。うわ、百件以上たまってる!きのうの夜に整理したばかりじゃん、と彼はグチをこぼした。

おいおい、なんだよ。ほとんどセイヤからのコメントばっかりじゃないか。まったくひまなやつだ。セイヤは大学時代の同級生で、本名は加賀美誠。高城は、遊び人の親友にあきれた。どうせ夜遊びと女の子のAAR(アフターアクションレポート=事後報告)だろ。写メでイエ〜イとかポーズとって、ギャルに囲まれてるにちがいない。いつものことだ。ほかの人からチェックしよう。

お、ちなみんとライラ、それに『ギャラクシーエンジェルズ』の女の子たちからだ。どれどれ。ふむふむ。今日のパーティーの件ね。

「お酒なにか買ってこうか〜」

「男の人誰がくるの〜」

「料理なら手伝うよ〜」

「楽しみ」

なるほど。最後のはたぶんマユカだ。コメが極端に短いからな。あい変わらず無口だ。

高城はそれぞれの女の子たちにコメ返をすると、ほかの通知をチェックした。

クラブ〈ランスロット〉〈ヒドラ〉から、来月のDJスケジュールを知らせてきた。二店合わせて八ステージ。それぞれが四十分くらい出演だろう。

AU携帯から秋のキャンペーン。ふむ。〈ミルリ青山店〉のタピオカドリンク無料クーポンか。うん、これは使える。

あとは、クラブのゲスト客から、割引きエントリーのリクエスト。五十人ぶんの予約を、各店の関係者用ラインで入れておく。

最後にセイヤ。なになに。え〜と…

「青学の可愛いグループゲットしたぞ!お前のことも話しといたから、今度みんなで飲もうぜ!」

アホか、こいつは。勝手に人の話をするなよな。どうせ俺をネタにしてウケねらいだろ?魂胆が見えみえじゃないか。はた迷惑なやつだ。これは既読無視でいいな。


コメ返をすべて終えると、高城はラインを閉じた。テレビでは、ちょうど日本人の若干十五歳スケートボーダーの『リョウ茂田』が、なみいるトッププロと優勝を争っていた。

すごいな。そういえば、最近は仕事ばかりでスケボーにものってない。大学時代は大会によく参加したけど、すっかり腕が落ちてしまった。俺もいよいよおじさんの領域というわけだ。

高城は〈Xゲームズ〉の画面を見ながら、かつての青年時代を想いおこしていたが、そのときふと思いついた。

そうだ。パーティーに彼も誘ってみよう。よし、さっそく電話だ。高城はその男の子のライン電話の通話ボタンを押した。

五回呼び出し音が鳴って、相手が出た。

「もしもし、ダニエルさんですか」という返事のうしろに、ヘビメタの曲がひびいている。

「ああ、杉本君。とつぜんなんだけどね。今夜って空いてるかな」と高城はたずねた。晴夫とは、先週末の幕張のEDMフェスティバルでラインを交換していた。

「実家のバイトは五時にひけますから、大丈夫ですよ」と晴夫は答えた。「なにか用事でもあるんですか?ていうか、ダニエルさんから電話くるの初めてなんでびっくりしましたよ」

「ああ、ごめんごめん。じつは、今夜、僕の部屋でホームパーティーやるんだだけど、よかったらジェニファーちゃんと遊びにこないかい。今日のきょうで悪いけど」と高城は晴夫に問いかけた。

「え〜っ!ホームパーティ!」電話のむこうで晴夫が悲鳴に近い声をあげた。「なんですか、それ。よくテレビでタワマンパーティーって言葉をききますけど、そんな感じなんですか?」

「いやいや、そんなんじゃないよ。あれは意識高い系の連中がやるものだから」高城は晴夫を安心させようと、穏やかに言葉をつむいだ。「僕のはごく内輪の飲み会だね。仲良しのみんなで集まって盛りあがろうよ、みたいなものかな」

「僕でよければ参加しますよ。クリオネ、あいや、ジェニファーも誘っときます。あいつ友だちいないんで、 "うむ、苦しゅうない" とか言ってよろこんで来ますよ」と晴夫は声をはずませた。

「あはは。ジェニファーちゃんのことよく分かってるね」と高城。

「ちなみに、何人くらい集まるんですか?」

「う〜ん、十人くらいかな。あ、このあいだフェスで紹介した、ちなみんやライラちゃん、それと、ダンサーの女の子たちもくるよ」高城は、DJフェス〈アルティマジャパン〉で晴夫が女の子たちに夢中になっていたのを見ていたので、わざわざメンバーを教えた。

「えっ、マジですか。行きますいきます!」晴夫は速攻で返事をした。電話のむこうでとび上がっているのが想像できる。

「オッケー。スタートは午後六時か七時くらいだから。あ、僕のマンション、となりの阿佐ヶ谷だって話したっけ?駅から徒歩五分くらいだから、場所のライン送るよ」

「もちろん、ことみも誘ったんですよね?」晴夫はたずねた。

「え?う〜ん。それがね、今朝電話したんだけど、いま立てこんでるからっていきなり切られちゃったんだよ」高城は声のトーンをさげて事情を説明した。

「えっ、ことみが?変だな。あいつ、頭はおとぼけだけど、人に失礼なことするやつじゃないんで。それに、たしか今日はバイト休みですよ。実家の美容室も定休日だし。ダニエルさんから連絡きたのに、自分から電話切るなんてありえないですよ」晴夫の声を聞くかぎり、親友の間柄でも戸惑いをかくせないようだ。

「まあ、仕方がないよ。残念だけど、きっとプライベートで用事があるんだろ」と高城は明るく言った。

「ところで、あの〜。ちょっとだけダニエルさんにお願いがあるんですけど…」と、晴夫が急に声を落としてたずねた。

「ん、なんだい?」

「俺、ファッションにうといんで、出来れば少しお洒落して行きたいんですけど。どんな服を買ったらいいんですかね?」

「おっ、そんなことか。じゃあ、僕にまかせて。いま料理の支度してるんだけど、それが終わったら時間できる。君がバイト終わってから、車で高円寺に行こう」晴夫のマンションは高円寺にある。阿佐ヶ谷はJR中央線のとなり駅である。「行きつけの古着屋さんが高円寺にあるから、僕が服を選んであげるよ。お金もかからないしね」

「マジですか。なんか、めっちゃ申しわけないです。ということなら、バイト早めに切りあげてご一緒させてください。うちの店、親父が社長なんですけど、息子のことこき使うんでたまには早引けしてこらしめてやりますよ。ぜひ、よろしくお願いします」

「おいおい、大丈夫なのか。それじゃあ、君のバイト先に車で迎えにいくよ。新宿の楽器店だったよね。ラインで住所送っておいてくれ。近くに行ったら電話するから。なにかわからないことがあったら、遠慮なく電話してね。それじゃあ」そう言って、高城はライン電話を終えた。


さあて。そろそろ料理作りを再開しますか。高城はう〜んと声をあげて背中をそらし、ソファーから腰をあげる。そして、ワイヤレスイヤホンを耳にはさむとキッチンに戻った。

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