第21話成田に降り立った謎の女
同日、日曜日。午後五時。
成田空港の到着ロビーに、その女性は降り立った。
背丈は175センチほど。モデルのような体型は、見る者をハッとさせる抜群のスタイルだ。
《Cristian Dior(クリスチャンディオール)》のレモンイエローのロングドレスに身を包んでいる。髪はセミロングのカール、赤毛に染めていた。《CHANEL(シャネル)》のサングラス、真っ赤な口紅、《Cartier(カルティエ)》のダイアモンドピアス、足元には高級靴人気ナンバーワンの《Fellagamo(フェラガモ)》を履いている。
身につけている物の金額を合わせると、100万円は下らない。そんなセレブな見た目にもかかわらず、彼女は決して派手には見えず、理知的で穏やかな雰囲気を漂よわせていた。
女性の名は『綾波カレン』。
父親がアイルランド系のアメリカ人、母親は京都生まれの日本人。つまりハーフなのだ。
カレンは、世界的IT企業アールビー・インクのCEO(最高経営責任者)である。
このIT企業の前身は、二十年前に、父親のマーク・ドワイライトが創立した《Radical Brain(ラディカルブレイン)》という、コンピュータシステムの会社だった。
資本金わずか二十万ドルで始めたソフトウェア開発事業だったが、インターネットとSNS革命の時代を先読みして、大幅な投資を獲得すると、あっという間に全米屈指のネットビジネスカンパニーへと成長した。
会社は、日本、香港、シンガポール、中国上海、オーストラリアの、いわゆるパンパシフィック圏(環太平洋地域)に進出して、今や資本金の時価総額が三十兆円という、巨大エンタープライズ(企業体)となった。
だが、ドワイライトは《アールビー・インク》の最盛期に現役を退いて、娘のカレンに経営権をゆずり渡した。
そして、自分は妻の『綾波ユリカ』とともに、カリブ海のバージン諸島で、引退後の優雅な生活を送っている。
仕事に明け暮れた自分を支えてくれた妻に、今後は心から尽くしてあげたかったのだ。
カレンはロビーに靴の音を響かせて進んだ。手にしたiPhon Xを片手で持ち、英語で通話相手に話しかけていた。
「Hey, our contact is progressing? conpromising of the signing bonus?」カレンはたずねた。契約は進んでるの。金額の折り合いはついた?「Ah yeah. That's right. Okay I'm sure. I'll call you later. Bye.」あ、そう。それでいいわ。わかった。また電話する。じゃあね。
「日本は久しぶりねえ」とカレンはサングラスをはずして言った。「七年ぶりかしら、柏木?」
「はい、社長」と言う男性の声。男は黒いスーツに身を固め、カレンの一歩うしろにたたずんでいる。
「あなたが秘書になってから、ずいぶんたつわ」とカレンは男性に向かって言った。「いつも苦労をかけて悪いわね。でも、本当に助かってる。ありがとう」
「めっそうもございません。お嬢様。あ、いや、社長」と男は返事をした。
「会社の外では社長じゃなくてカレンでいいわよ。あなたって本当に律儀な人ね、ふふ。まあ、そこが一番の長所でもあるけれどね。とにかく、いつもお疲れさま」カレンは穏やかな声で語りかけた。
「ありがとうございます、カレン様。そう言っていただけると、私もつとめがいがございます」秘書の柏木は、うやうやしく頭を下げた。
「明日から東京で、支社長たちとスウェーデンの『ワールドウィンターミーティング』への戦略会議を行うから、ホテルと会場のセッティングをむこうに伝えてね」とカレンは秘書に言った。「本社の役員も、全員を出席させて。それから、シンガポールと上海のメンバーにはとくに手厚いもてなしを頼むわ」
「かしこまりました、カレン様」柏木秘書は、手元のiPadに重要事項を入力した。
「さて。今日はこれからオフだから、マンショに帰って羽根をのばすとするか」カレンは両手を上げて、ぐっと伸びをした。「休みなんてめったにないからね」と言いながら、カレンは微笑みを浮かべた。「柏木、白金まで送ってちょうだい」
「はい、カレン様」と言って、柏木秘書は急ぎ足で進むカレンの後ろを追いかけた。
二人は、第一ターミナルの到着ロビーからエスカレーターを降りると、地下のP1駐車場にたどりついた。しばらくそのまままっすぐ進むと、社用車のある区画にやってきた。
柏木はスマートキーを取り出して、スイッチを入れた。ピコン、と音がして、車のパーキングランプが点滅した。ていねいに後部座席のドアを開けて、カレンをエスコートする。カレンはドレスの裾をつかんで、車内に滑りこんだ。柏木はドアを閉めると、前部座席のドアを開けて運転席に乗り込む。
車は、《Jaguar(ジャガー) XJサルーン》。メタリックブラックのボディは、シックな落ち着きと、まさに豹(ジャガー)のような荒々しさを兼ねそなえている。
ちなみに価格は1000万円を超えるが、世界企業のCEOのカレンにとっては、単なる乗用車にすぎない。
柏木がイグニッションを押すと、重低音のエンジンが息を吹き返した。シートベルトを締めて、ギアをドライブに入れた。
「では、出発いたします」と言って、柏木はハンドルを切って、駐車スペースからジャガーを発進させた。
成田空港から白金までは、東関東自動車道と首都高速を使って、四十分のドライブである。ジャガーは空港を出ると、宮永ジャンクションへ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます