第19話二度目のお誘い

" はい、まいど〜〜


みんな今日はありがとう!!

ココロも元気な姿見せられて

しあわせだよ〜!!

つぎはいよいよ最後の曲だね

みんなで盛り上がっていこう〜!!"


「お〜〜っ!!」

「ココロちゃ〜〜ん!!」

「大好きだよ〜〜!!」


" じゃあ聴いてください

新曲の『ブライトラブリー』!!

サビは一緒に歌おうね

それじゃあ〜いくよお〜〜

せえ〜のっ!!


 輝く私の恋は

 どこから来るの‥‥

光に満ちた私の恋は

 いつか見つかるの‥‥ "


バーチャルユーチューバー『ユメノココロ』の二時間半のライブが、ラストをむかえようとしている。


オリジナル二十九曲と、ブイチューバー仲間の『シャオリン』とのコラボが五曲、そして『初音ミク』ちゃんのカバーが四曲という構成だった。


会場のお台場 Zepp Tokyo には、五千人の『ココロ』ファンが集結した。

女性たちの多くは、赤と白の『ココロ』ちゃんのコスプレ姿で参加している。男性ファンは、十代から五十代のオジさんまでが色とりどりのライトスティックを手にして、大きな声援を送っている。


今日は、九月第二週の日曜日。

『ココロ』ファンが待ちに待った、年に一度の《スーパーVライブ》の日である。


五千人の参加者の中には、メダカ(田中ことみ)、ウナギ(杉本晴夫)、そしてクリオネ(水戸井ジェニファー)の姿があった。

三人はいずれも『ココロ』マニアで、デビューから五年間ずっと応援し続けている。

ことみと晴夫はもともとゲームオタクだったのが、バーチャルユーチューバーの登場以来、『ユメノココロ』をはじめとするバーチャルアイドルにも熱中するようになった。

二人ともゲームとコンピューターに詳しく、他の趣味には一切ふり向くことなく、ゲームとバーチャルユーチューバーだけに没頭する毎日なのだ。

連れのジェニファーは、最近になって晴夫と知り合ったばかり。超のつくお嬢様なのだが、見た目のパッとしないオタクの晴夫とは『ココロ』ちゃんつながりで親しくなった。


「なあメダカ、もうライブ終わっちゃうよ。また一年待たないと会えないなんてさびしいなあ」晴夫はライトスティックをふり上げながら、ことみに言った。

「だよね。でも楽しかった!やっぱり『ココロ』ちゃん可愛いすぎる!』とことみははずんだ声で言った。

「同感だ。われもそなた達と来れて満足であるぞ」とジェニファーがうなずいた。

「お前、素直に嬉しいとか楽しいとか言えよな」と晴夫はジェニファーに向かって文句をつけた。「まったく可愛い気がねえなあ」

「よけいなお世話だ。われはしもじものような下品な物言いはせぬ」ジェニファーはまったく意に介さない。「だいたいそなたは二十六歳にもなって子供のようにはしゃぎまわるとは、大人げないことこのうえないぞよ」

「まあまあ、二人ともケンカしないで仲良くしようよ。せっかくのライブなんだから」


ことみはあきれていた。この二人って、何で友だちになったんだろう?どう見ても釣り合わないんだけどなあ。ウナギはパッとしないごくごくふつうの男子。クリオネちゃんはハーフの美少女で、大金持ちのお嬢さん。ラインを交換したこと自体、ほぼ奇跡に近いわよね。

ところで、クリオネちゃんて歳いくつなんだろ。いつも制服のブレザー着てるけど、もしかして十代‥?顔もあどけないし、ありえるわね。うーん、やっぱり不似合いだ。


「ところで、メダカ。今日はお前、何でそんなにおシャレこいてるんだ?」晴夫がことみの服を指さしてたずねた。「だいたい、そんな服どこで買ったんだよ。最近様子がおかしいぞ。髪型もやけにリア充っぽくて、眼鏡もはずしてるじゃん。コンタクトにしたのか?」

「あっ、これは‥‥」と言ってことみは言葉につまった。「‥‥そうそう、お母さんが買ってきてくれたのよ!そろそろ適齢期なんだから、外見にも気を使いなさいって。まったく、お節介よね。結婚なんて何言ってんだか、あはは‥‥」

「そうなのか。何だかあやしいな」と言って、晴夫はことみをじっと見定めた。「あっ!もしかして、彼氏でも出来たのか?お前も女だから、少しは色気づいても不思議じゃないからな」

「えっ!何言ってんのよ。いやいや、ありえないわ。そもそもどこで彼氏とか知り合うのよ」ことみは両手をふって晴夫の言葉をさえぎった。「変なこと言わないでよ、まったくもう〜」と言う顔が赤らんでいる。

「メダカどの。そなた、妙なことを言うであるな」とジェニファーが言った。「女子というものは、つねに殿方の視線を気にするものではないか。それに、メダカどのはなかなか愛らしい顔をしておるぞ。ゆえに、思いびとがいても不思議ではない」と言いながらうなずいている。

「だろ?俺もこいつのこと心配してるんだよ」晴夫はジェニファーに言った。「オタなのはべつにいいんだけど、この歳になるまで恋愛経験ないからな。世間知らずの引きこもりじゃ、嫁のもらい手がなくなるぞ」

「ちょっと、あんた何えらそうに言ってんのよ。自分こそぜんぜん女っ気ないじゃん。人のこと言えないでしょ」

「いや、俺は実家の商売継ぐんだから、時が来たらちゃんと身を固めるよ。今は仕事が一番だから、それどころじゃないの」と晴夫は胸を張った。

「あたしだって、美容師の勉強してお母さんの世話するんだもん。お父さん死んでから、ずっと苦労してるんだから」とことみは言い返した。

「そなた達は家庭事情が複雑であるな。われは、お母様が決めてくださるお相手と連れそうつもりだ。下々の者は世間のしがらみにとらわれて大変であるな」と言って、ジェニファーは二人の会話をこともなげに切り捨てた。

「お前、いちいち言うことにとげがあるんだよな〜。ガキのくせに上から目線やめてくれ」と晴夫は顔をくもらせた。


三人がたわむれている間に、ライブの幕が閉じた。ステージの照明が暗転して、大きな『ユメノココロ』のロゴがスクリーンに映し出された。

五千人の観客はまだ声援を送って、二時間半のライブの余韻にひたっている。場内に『ココロ』ちゃんのテーマ曲『ドリームズネバーエンド』が流れている。

Zepp Tokyo の出口に、いっせいにファンが向かった。それぞれが会場で買った『ココロ』ちゃんのグッズを手にしていた。客席と通路では、会場整理のアルバイトが観客を誘導している。

ことみたち三人も、人の流れにそって会場をあとにした。


日曜日のお台場は、買い物客やカップル、家族連れが目立つ。海浜公園、アクアシティお台場、ジョイポリスで一日を過ごそうという人々でにぎわっていた。

時刻は午後三時すぎ。残暑の日差しはまだまだ焼けつくようで、真夏のような暑さを湾岸の街にもたらしていた。


「まだ明るいなあ」と晴夫は手で日差しをさえぎった。「せっかくお台場に来たんだから、どっかで飯でも食っていくか」と女子たちを誘った。

「それも一興であるな」とジェニファーがうなずいた。

その時、ことみが足を止めて口を開いた。「あの、ちょっと頼みがあるんだけど‥‥」とことみがモジモジしながら晴夫に言った。

「え、何だ?」

晴夫とジェニファーがふり向いた。

「いきなりで悪いんだけど、このあと、二人ともあたしにつき合ってくれないかな?」

「ん? つき合えって、どこに行くんだ」と晴夫はことみに問いかけた。

「ことみどの、どこか用事でもあるのか」とジェニファーもたずねた。

「あのね‥‥その‥‥これからイベントに行くの。それで、一緒に行ってくれないかなって」

「イベントって、お台場じゃゲームショーもアニメ祭もやってないぞ」と晴夫は言った。

「それが‥‥じつは、幕張なんだよね」


一瞬の間があった。

「幕張〜っ!?」晴夫とジェニファーが声を張りあげた。

「それって、あの幕張メッセの幕張か?」晴夫が言う。

「メダカどの、幕張は千葉県であるぞよ」ジェニファーも言い返した。

「わかってる」とことみは話を続けた。「じつは、知り合いにフェスティバルに誘われてて、今日はライブがあるからって断りかけたんだけど‥‥」そのあとの言葉が続かない。

「これからって、もうすぐ四時だぞ。こんな時間からフェスに行くなんて、お前何考えてるんだよ?」晴夫はわけがわからないという感じである。「ていうか、電車で行くんだよな。幕張って何線だっけ‥」

「ことみどの、どうもあやしいであるぞ。さきほどからやけに挙動不審ではないか」と言って、ジェニファーはことみの顔をじっと見つめた。

「いや、あの、あたしも詳しくは知らないんだけど。クラブミュージックというか、DJみたいな、そんなイベントで」ことみは自信がなさそうだ。声がしぼんでいく。「誘ってくれた人なんだけど、これから車で迎えにきてくれるんだよね」と言って顔をそむけた。

「何、クルマか!」と晴夫。

「ははあ、さては‥‥」ジェニファーは何かを察した様子である。そして、ことみの全身を指でなぞった。「そのおシャレは、車の主のためなのか?」と言って、ことみに迫った。

「え〜っ、違う違う!ぜったい違う!」ことみはあせった。

オタク仲間の三人の中で、自分だけが着飾っていることに朝から後ろめたい思いをしていたのだ。

そして、ジェニファーは言った。

「図星であるな」


いっぽうで、晴夫はのんきにかまえている。「何だ、車で来てくれるのか。それならべつにかまわないけど。でも、そのクラブとかDJとか、どういう知り合いなんだ?ゲームマニアでアイドルオタクのお前が、どういう風の吹きまわしかねえ〜。ま、いいや。それで、どこで待ち合わせしてるんだ?」

「フジテレビの前に四時に来てくれるって」ことみは危機を脱して、リラックスした様子で答えた。


しかし、この後のイベントがどんなものなのか、自分にもまったく見当がつかなかった。たしか、あの人は『EDMフェスティバル』って言ってたけれど‥‥



三日前。


実家の美容室〈フローラ〉で、ことみは店の雑用を手伝っていた。

シャンプーやトリートメントの補充、レンタルの観葉植物の水やり、タオルの交換、床の掃除、レジの受付け、などなど。

母親の経営する美容室は従業員と二人で切り盛りしているため、客が混んでくると、ヘアカット以外の準備や雑用に手がまわらなくなる。そのため、ことみはバイトの昼勤の時以外は、こうして母の仕事を手伝っているのだ。


レジでお客さんの対応をしていると、携帯の呼び出し音が鳴った。

「8500円になります」と言って一万円札を受け取ると、おつりを渡した。「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」

ことみはジーンズのポケットからスマホを取り出して、画面を見た。ラインに着信が入っている。

高城ダニエルからだった。


「ちょっと電話してくるね〜」と母親に言って、ことみはあわてて店の裏へまわり、階段の横で電話に出た。

「はい、もしもし」

「あ、ことみさん。僕だよ」高城のさわやかな声が聞こえてきた。「いま忙しくないかい?」

いや、忙しい、とことみは思ったが、口に出しはしなかった。

「あ、大丈夫です。どうしたんですか」

「じつは、このあいだちょっと話した件でね。今度の日曜日のEDMフェスなんだけど」と高城は言った。「それで、僕と一緒に行かないかと思ってね。それで誘ったというわけ」

ことみはドキドキと高鳴る胸を押さえて、高城にたずねた。

「EDMって何でしたっけ?」

この人とは住む世界が違うから、話が通じないことにちょくちょく悩まされる。

「言ってみればダンスミュージックみたいなものでね。DJがプレイするんだよ。そのEDMの世界一のフェスティバルを日本でやるんで、ぜひ君と一緒に行きたくて」高城はことみのことを積極的に誘ってくる。


この人いつも強引に話を進めていくのよね、とことみは思った。

そのいっぽうで、こちらが作った壁を取り払って手を差しのべてくれる彼の想いが、ことみにはとても暖かく感じられたのも事実だった。


ただ、今回はタイミングが悪い。


「お誘いは嬉しいんですけど、じつはその日にお台場でライブがあるんです。もう友だちと約束してしまったので‥‥」とことみは申しわけなさそうに言った。

「えっ、そうなの?」高城の落胆した声が聞こえてきた。「ちなみにそのライブだけど、何時ごろまでやってるんだい?」

「たぶん、午後の三時か四時ごろまでだと思います」とことみは答えた。

「そうか!じゃあ、そのライブが終わったあとに僕が迎えに行くから、ぜひおいでよ」高城はふたたび元気を取り戻して、ことみに語りかけた。「そのフェスは夕方から盛り上がるから、ちょうどいい。できたら、友だちも一緒に連れて行こうよ」

「あ‥そういうことなら、良かったら連れて行ってください」とことみは答えた。「私一人じゃ気が引けるけれど、友だちも一緒ならかまいません」高城が強引に自分だけを誘うと思っていたのに、そんな彼が優しい思いやりを示してくれたことに、ことみは思わず嬉しくなってしまった。「ダニエルさん、あ、いえ、高城さん、友だちのこと気を使ってくれてありがとうございます」

「いや、こちらこそ突然の誘いを受けてくれてありがとう。それに、ことみさんの友だちなら僕にとっても大切な人たちだからね」彼って、初めて会った時はただのリア充なイケメンだと思っていたけれど、ほんとは優しい人なんだな。

ことみは、高城と接するたびに、その人柄に惹かれていく自分に気がついていた。

「で、頼みがあるんだけど」と高城は言った。「ライブの日の午前中に、僕のショップとこのあいだのヘアサロンに来てもらえないかなあ。フェスには、僕の友だちのモデルとか芸能人も来るから、ことみさんには出来れば目いっぱいおシャレをして欲しいんだ。ダメかな?」

ことみはその言葉を聞いて、表参道での出来事を思い出していた。

あれは、本当に夢のような時間だった。あんなに素敵な時間がすごせるなら、こちらから頼みたいくらい‥

ことみは素直に受け入れられる自分に驚きつつも、高城の誘いに心が浮かれていた。

「いえ、大丈夫ですよ。でも、そんな贅沢させてもらっていいんですか。気が引けてしまうなあ‥あ、しまいます」一瞬タメ口をききそうになって、ことみはあわてて訂正した。

「あっ、いいねいいね、それ」と高城がはずんだ声で言う。「ことみさんていつもかしこまってるから、たまにはもっと気楽に接してよ。距離がある感じで気を使っちゃうもんね」

「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなあ〜」ことみは言いながら、だんだん心がトロけていくような気持ちになっていた。

「おっけ〜。それじゃあ、日曜日の朝九時に僕の店で待ち合わせしよう。待ってるから。またね!」と言って高城は電話を切った。


ことみはしばらくスマホを胸に抱きながら、彼と会う日のことを思い浮かべていた。

やった〜!夢みたい!

ことみはウキウキしながら、スマホをポケットにしまって店の仕事に戻った。



ふたたびお台場。

時刻は午後三時五十分。

ことみと晴夫、ジェニファーの三人は、《アクアシティお台場》の通り向かいにあるフジテレビ本社のメディアタワーの前で、アイスクリームを食べていた。


「それにしても暑いなあ〜」晴夫はアイスをなめながらTシャツをあおいだ。「ここって太陽から逃げ場がないよな」

キャップをかぶって直射日光は避けているものの、蒸れた頭から汗がどんどんにじみ出てくる。

「そなたは日傘というものを使わぬのか?」とジェニファーは言った。

一時間前に ZEPP TOKYO を出てから、彼女はずっと日傘をさして、紫外線から肌を守っている。

「ウナギは男だからどうでも良いが、ことみどのは、肌を傷めると三十代あたりからシミが出てくるぞよ」

「たしかに、クリオネちゃんのいう通りだよね。あたし化粧っ気ないし、肌の手入れとかぜんぜんしてないからなあ」と言ってことみは額の汗をぬぐった。

クリオネちゃんの若さがうらやましい。うるおった白い肌は、まるでミルクみたい ‥

「あっ、メダカどの、顔を手でぬぐってはいかぬぞ」ジェニファーがことみの手を取った。「そのようなことをしては、せっかくのメイクが台無しである。ファンデーションが落ちてしまうではないか」

ジェニファーは手に抱えているケリーバッグからポーチを取り出すと、コットンパフを使って、ことみの顔の汗をトントンとたたくようにして吸い取った。

「ありがとう。クリオネちゃんて物知りなのね」と言って、ことみはジェニファーの肩をポンとたたいた。


ことみはクリオネが可愛くてしょうがなかった。お人形さんみたいなルックスはアニメの登場人物みたいだし、しゃべり方は変わってるけど、とってもキュートなのよね。お嬢様らしくて上品だし。うちの妹とはえらい違いだわ。


「いま何時だ?」と晴夫は言った。スマホを見ると、午後四時ちょうどだった。「お前の知り合い、そろそろ来るんじゃ‥」と言いかけたところで、晴夫は遠くから近づいてくる爆音を耳にした。

通りの左の方へ目をやると、猛スピードで近づいてくる車が見えた。やがて、車は三人のいるフジテレビ前の道路の路肩に停止した。

「すげえ外車だな」と晴夫は言って、その車を興味深々で見つめている。


「あっ!」ことみは気がついて、歩道まで歩いていくと、道路の左右を確認した。

「おい、メダカ。何やってんだ?」晴夫はことみに呼びかけた。

「気がつかぬのか、ウナギ」とジェニファーは言ってことみの方へ歩き出した。

「何だよ二人とも。俺を置いてくな〜」と言って、晴夫も歩き出した。


車の向こう側のドアが開いて、男が顔をのぞかせた。銀色の髪と整った顔立ちのその男は、車から道路に降り立った。

クリームイエローのTシャツの胸に、『GUCCI』のロゴが入っている。シルバーのネックレス。耳には小さいピアス。サングラスはストリートデザインの高級ブランド《セイバー》をかけていた。

「おい、すごいイケメンだな!」と晴夫はジェニファーに話しかけた。「車もリッチだぞ」

「わからぬのか?」と言ってジェニファーは晴夫を見た。「あれは、われらの迎えの車である」

「は?」と晴夫はキツネにつままれたような顔をした。

すると、男がこちらに向かって手をふった。それに合わせて、ことみも手をふりながら頭を下げている。


「ことみさ〜ん、お待たせ!」と男は言って、車のこちら側に出てきた。ライトグレーのパンツに、高そうなスニーカーを履いている。通りをわたると、ことみの前にやってきた。

「やあ、お疲れさま!暑いね」高城は言って、サングラスをはずした。

「ダニエルさん。わざわざありがとうございます」ことみは言葉を返した。顔に笑みがこぼれる。

「おっ。あれが君のお友だちかい?」と高城は言って、晴夫とジェニファーを見た。

「はい。よろしくお願いしますね」と言って、ことみは二人を呼び寄せた。

晴夫とジェニファーは誘われるままに、ことみとイケメン男性のそばに来た。

「私のお友だちの杉本くんとジェニファーちゃんです」ことみは二人を高城に紹介した。「みんな、今日のフェスに連れて行ってくれるダニエルさん」

晴夫は男のルックスの完璧さに見とれて、その場につっ立っていた。ジェニファーは堂々としていて、高城をしげしげと観察している。


「やあ、ことみさんのお友だちですね。僕は高城ダニエルです。あ、その下に建二って名前がつくんだけど、ダニエルって呼んでください」高城は自己紹介をすると、二人に身をよせた。「君が杉本くん?」

「あ、はい」晴夫はやや気おくれしながら答えた。そして、おずおずとたずねた。「メダカ、あ、いや、ことみのお知り合いの方ですか?」

「そうなんです。よろしく!」と言って高城は右手を差しのべた。

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」晴夫はその手を握りながら頭をぺこりと下げた。

「そして、こちらがジェニファーさん?」人形のような美少女の方へ顔を向けて、高城はさわやかな笑顔を見せた。

「そうだ。水戸井ジェニファーである。そなた、ダニエルとか申したが、ハーフなのか?」ジェニファーが威圧的に言ったので、高城は思わずひるんでしまった。

「あ、いやいや。僕は日本人ですよ。カリフォルニアに住んでいたので、こういう名前なんです」

「なるほどな。苦しゅうない、楽にせよ」ジェニファーは完全に高城を見下している。

「おい、こら。初対面の人に失礼だろうが」晴夫はそう言うと、ジェニファーの頭をつついた。「すみません、こいつちょっと変わり者なんで‥」と高城に頭を下げた。

「あはは‥面白いお嬢さんだね」高城は苦笑いした。「とにかく自己紹介もすんだので、ことみさん、さっそく行きましょうか」

「はい。よろしくお願いします」

四人は道路をわたると、高城の車に歩み寄った。


「ひゃあ〜っ、めっちゃカッコいいですね!」晴夫は高城の車をあこがれの眼差しで見た。「これ、どこの車なんですか?」

「ああ、これ?イギリスのアストンマーチンって言う車ですよ」と高城はこともなげに言う。

「まあ、庶民的な車ではあるな」ジェニファーがふんと鼻を鳴らした。ふだんからロールスロイスのリムジンに乗り慣れているので、少々の高級車には目もくれない。

「さあ、みんな乗ってください。ことみさんはいつものとおり助手席に座って」

高城の言葉に、晴夫は不思議そうな顔をした。

いつもって、メダカのやつこの車に乗ったことあるのか?なんか、やけに親しげだな‥

「杉本くんとジェニファーさんは後ろで。ちょっとせまいけど許してくださいね」

「本当にせま苦しいな」とジェニファーが言った。

「こら!」晴夫がまた頭をつついた。


と言うわけで、四人はアストンマーチンに乗り込んでシートベルトを締めた。高城はスタータースイッチを押し込んで、ギアをドライブに入れて車をスタートさせた。

6リッターV12エンジンがうなりをあげて、暑いアスファルトを駆け抜けていく。


都道482号線から、湾岸道路でお台場中央を通り越し、首都高速湾岸線の有明出入り口へ向かう。

幕張メッセまで約四十分のドライブである。

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